ブログ記事14件
おはようございます備忘録ですこの日は昼間は暖かくなる予報だったので日の出🌅前に出発🚗💨下道から行きます〜朝日が当たり始めた〜江の島と富士山🗻やってきたのはー静岡県足柄山に築かれた小田原城の支城足柄城🏯あしがらじょう静岡県駿東郡小山町ちょっと待ってー足柄って神奈川じゃないの?静岡なの?どういうこと?🤔φ(..)💡かつて駿河(静岡県側)と相模(神奈川県側)の境目にあたり、大森氏や北条氏が東西の要衝を守るための出城として利用した歴史がある。静岡県小山町と神奈
名称:足柄城別名:霞城城郭:山城築城年:1392年?築城主:大森氏?改修者:北条氏綱、北条氏康主要城主:北条氏光所在地:南足柄市矢倉沢郭へ郭跡郭から富士山足柄ノ関
これまで何度となく足を運んでいる足柄城ですが、足柄城と足柄峠城塞群~浜居場城を歩くという、静岡古城研究会の見学会に参加する機会を頂きました。お城に対する目が肥えた人たちが大勢集まった中で足柄城を見てみると、それまで見えていなかったものがこんなにも見えてくるんだということを改めて実感しました。これまで遺構か後世の造成かが判別できなかったあたりも明確に遺構であるとの見解を頂いたり、今まで見てこなかったエリアにも堀やら何やらがあることがわかったり、「石がふんだんに用いられた虎口がある」ことを
本日は静岡古城研究会の見学会で、足柄城と足柄防衛線(通り尾砦、小楢尾砦、阿弥陀尾砦、山伏平、浜居場城)の見学に行ってきました。帰宅した時点の歩数計は21,229歩。大半が山道だったことを思えばなかなかの歩数。いやー歩いた歩いた。2ほど前に全く同じコースを歩いているのですが、大勢で見て歩くとやっぱり気付きが多くて有難いです。前回見落としたポイントも沢山ありましたし、何度となく行っている足柄城でも筆者自身は初めて見る石積みポイントがありましたし、有意義な見学会だったと思います。実は前回も時間の関
今日は、神奈川県と静岡県の県境にある足柄城の登城記を本編のホームページにアップしました。本編のホームページはこちらです:http://shanehsmt.html.xdomain.jp/index.html足柄城は、足柄峠に位置していて、築城されたのは1555年(天文24年)。北条氏康が改修した記録が残っているそうです。その後、北条氏が、甲斐・武田信玄と駿河・今川義元と結んでいた三国同盟が、武田信玄によって破られた1568年(永禄11年)の翌年から大規模な改修が行われ、更に、北条氏
葛山城から足柄城までを巡るプチオフ会の締めくくりとなったのが足柄城。このオフ会、実現までに何年もの年月を要したのですが、初めて足柄城を訪ねる参加者にも内緒にしていたのが、「足柄城の夕陽はとんでもなく素晴らしい」ということ。こんな夕焼けが見えるはずでした・・筆者が企画した東京発のプチオフ会の中では、群馬県の白井城から眺める夕陽と、ここ足柄城から眺める夕陽とが双璧だと思っています。ただ白井城の夕陽を眺めるオフ会には何度となく成功しているのに、足柄城の夕陽は標高が高いせいもあってか難易度が
浜居場城と足柄城支砦群を巡るハイキングを終え、持参したおにぎり(コンビニですが)を食べる場所を・・・ということで、足柄城でのランチとなりました。幸い、富士山もよく見えて気持ちの良いランチとなりましたが、じっとしているとやたらと寒い!それはそうです。訪ねたのは2月ですから(笑)。2月に山の上でおにぎりを食べたのは2020年の霧山城(三重県)以来ですが、いくら晴れていてもやっぱり寒いものは寒いですね。ランチ後に軽く足柄城を散策してみましたが、いよいよ四の曲輪、五の曲輪のスケール感がわからなくな
足柄城『別名』霞城『所在地』静岡県駿東郡小山町竹之下3649付近『城主』大森氏、北条氏『遺構』曲輪、土塁、堀跡、井戸跡『城郭形態』山城『駐車場』あり『歴史』足柄城は足柄峠の抑えとして大森氏によって築城されたと言われています。その後、後北条氏によって武田氏の侵攻に備えて修築されました。天正15(1587)に豊臣秀吉の来攻に備えて足柄城を拡張し、北条氏忠が守将を務めました。天正18(1590)に起きた豊臣秀吉による小田原征伐で山中城が落城した後に足柄城の
足柄城址、“一の郭”の藪の中に…↓若干の窪みが有り、かつては池だった所だとか。平面写真になると、さすがに判り辛いか…。↑窪みの中から“一の郭”を見ると…↓“一の郭”の中のこれは、かつては石垣でも在った…のか…?↓
足柄城址の“二の郭”から藪の中に入ると…藪の中に突出した平場に、蔵屋敷跡?食料、或いは武器の貯蔵庫か?“二の郭”のほうを振り返ると、こんな感じ。“二の郭”より少し低い所に蔵屋敷跡という位置関係。↓“二の郭”に戻る途中、石垣跡らしき所が。↓戦国時代、後北条氏時代の物か?
足柄城址の“一の郭”から“二の郭”と見て、更にその先の空堀を越えると…空堀の中~↓“三の郭”。↓“三の郭”から空堀越しに、“二の郭”を見る。↓“三の郭”の奥には、藪に飲み込まれそうになっている平場が。↓何か有りそうな…?
足柄城址が在るのは、所謂、足柄峠。ここには、平安時代前期から小規模な砦が存在していたらしい。戦国時代になると、小田原北条氏によって改修が施されたそうだ。城域に入ると…↑“一の郭”。↓そこから人為的なV字谷“空堀”を越えると…↓↑“二の郭”。↓“二の郭”から“一の郭”を振り返ると…↓
昨年、大きな被害をもたらした台風が通り過ぎた少し後、足柄城址へ。その途上…足柄山の“金太郎”伝説がちらほらと。金太郎のモデルは、“大江山の鬼(酒呑童子)退治”をした源頼光(※頼光の弟・頼信が、あの鎌倉幕府を開いた頼朝の先祖)の四天王の1人・坂田金時の幼少期の姿。足柄山で熊を投げ飛ばした子供を源頼光がスカウトし、後に頼光四天王にまでなったというお話。近辺には、小さな地蔵堂。室町時代初期の地蔵菩薩立像と、室町時代末期の厨子(菩薩像を納めた箱)が現存している。ただし、普段は非公
新年明けましておめでとうございます。ですが、記事はまだ年を越していません。こないだの伊豆付近のお城巡り、泊まっていたところは沼津市。伊豆~駿東のお城へ行きましたが、この日は東へ向かいます。まず目指すは足柄城。静岡県と神奈川県のちょうど境目にあるようですが、かめへいが参考にしている本では神奈川のページに書いてあるので、そのつもりでいきます。(今までに訪問した関東地方のお城は→こちら)お城巡りブログランキングへ足柄城は、北条氏綱によって築かれ、その後も北条氏が改修していったようです。
金時公園から、次に向かったのは足柄峠。金太郎富士見ラインを走ると、富士山が綺麗に見えます。途中に七地蔵と六地蔵があります。足柄峠には、足柄城跡と足柄関所跡、金時山登山口、聖天堂、新羅三郎吹笙の石などの史跡があります。新羅三郎吹笙の石新羅三郎(源義光)後三年の役に出陣の際に、秘曲の奥義を伝えた場所足柄城跡北条氏により築城豊臣秀吉の小田原征伐の際に、井伊直政の攻撃を受け落城足柄関所跡聖天堂足柄峠、足利尊氏が本営を置いた場所。更にその前は日本武尊が東征の帰路、亡き妻を偲んで呟
↓♪こちらからどうぞ♪↓バリエーション豊富ネットショップ☆FREEDOM☆入口★6月のおすすめ商品★↓!!新生活特集!!↓【アウトラストクール敷パッド】『接触冷感素材』【抗菌防臭・防ダニわた使用】¥5,490【ワイドスタンドミラー】『全身姿見鏡』【ワイドスタンドミラー】『全身姿見鏡ホワイト』¥6,350★注目特設コーナー★↓ナナコポイントも使える!↓↓翌日到着便が便利↓↓書籍からなんでもAmazon↓↓!人気絶頂商品!↓↓引越しはやっぱり「安い」が