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呪)足利義昭:不撓の鞆公方呪)蒲生氏郷:寛厳の妙呪)真田幸隆:世渡りの深謀呪)滝夜叉姫:魍魎の呪姫呪)斎藤朝信:武功の証左呪)菅原道真:雪辱の疾雷呪)瀬名姫:気位傲然呪)徳川家康:無事長久の基呪)酒井忠次:猪切の猛士呪)立花道雪:雷神斬りの勇©コーエーテクモゲームス
さてさて…先週の「豊臣兄弟!」は…比叡山焼き討ちを縦軸に…浅井家重臣の宮部継潤(みやべけいじゅん)を寝返らせるべく…兄弟の姉夫婦の長男である万丸(よろずまる)を人質とすることについての家族間の葛藤を横軸にした…大変見応えのある回でした🆕特に万丸の母である、とも役の宮沢エマさんの演技が秀逸で…視聴者の涙を誘いましたね😖そんなシリーズ屈指の名場面が描かれながらも…前々回の姉川合戦から一年も経過していないのですが…この元亀元年(1570)は織田信長にとって…これから四年近くも続く
岡崎の山奥のくらがり渓谷に入り口にあるカフェ、くらがりで食事したことは書きました。春の山菜天ぷらと三河もち豚の額田味噌カツ巻きセットを食べたあと、渓谷の風が気持ちよかったので、このお店に置いてあった本を読んで、新鮮な空気を吸いながら過ごしました。「合戦の日本史」という本だったので、じっくり読みました。姉川の戦いでの徳川軍の奮戦について書いてありました。将軍・足利義昭が浅井、朝倉の背後で、黒い影
武田信玄をそそのかしたのは、どなたか、、将軍足利義昭か、、武田信玄を怒らせないでよ!!絶対だよ!!怖すぎるから、、豊臣兄弟👬!今、このあたり?徳川、めっちゃ面白いところ
織田信長は、尾張の守護・斯波氏の正統な当主・義銀(よしかね)を助ける、という名目でライバルを倒して尾張の実権を握り、のちにその斯波義銀が反信長の陰謀を企んだので「仕方なく」追放しています。ここで、守護を殺したり、追放した義銀のかわりにに自分を守護と呼ばそうとしたりすれば。それはやっぱり叛逆となり、世の中の非難を浴びます。そうならないように、注意深く段階を踏むわけです。大義名分はいつの時代にも必要なんです。のちに足利義昭に対しても、信長は同じことをしています。ちゃんと手順を踏んで、義昭を
さてさて…先週の「豊臣兄弟❗️」では…信長の命令による比叡山延暦寺の焼き討ちの場面が描かれました‼️女子供とて容赦なく撫で斬りにせよ‼️信長の厳命を受けた明智光秀と木下藤吉郎秀吉ですが…前者はその命令を忠実に実行した一方で…後者はそれに従わず、女子供を逃すという…命令違反を敢えて行ったのです🆖ところで…今回の叡山焼き討ちのシーンを視て…どこか違和感を感じた方もおられたかと思われます🆕それは…光秀が他の織田家臣たちよりも率先して自らの手を血に染めた‼️というシーンだったと
大河ドラマ豊臣兄弟足利義昭役を尾上右近さんが演じている。その足利義昭の扮装をした尾上右近さんを見ながら、いつも思っていた。というか感じていた。なんか面差しが中村獅童さんに似ている。なんか話し方とか声とかが、中村勘九郎さんに似ているような。(注:つい勘九郎さんと書いたが、我々の年代は勘三郎さんというより勘九郎さんのほうがなじみが深いので)(要するに現在の勘九郎さんの父上のほうね(;^_^A)いつも豊臣兄弟をみて
大河ドラマ「豊臣兄弟!」の最新情報-NHK信長は秀吉と小一郎に浅井の忠臣・宮部継潤を織田方に寝返るよう工作を頼む宮部は秀吉の子を人質に差し出せば織田についても良いと条件を出します元々は浅井の家臣でも、朝倉との旧い付き合いに流されるのを見て、織田に着くタイミングをはかっていたのかも知れませんしかし、秀吉も小一郎も子どもがいませんそこで姉:ともの子を養子にと思いますが、家族を第一に考えるともが承諾しません秀吉の家族は農民から武士になることで、これから甥を養子に出したり、嫁
戦国時代最も悲惨だったと言われる信長の比叡山焼き討ちの話です。ドラマのあらすじ1571年(元亀2年)になります。織田信長(小栗旬さん)は、浅井長政(中島歩さん)を攻める構えをします。藤吉郎(池松壮亮さん)には宮部城主・宮部継潤(ドンペイさん)を調略せよと命じます。藤吉郎と小一郎(仲野太賀さん)が直談判すると、藤吉郎の子を養子にさしだすなら織田につくと条件を出します。しかし子いない藤吉郎は姉・とも(宮澤エマさん)の万丸しかいません。当然激怒されてしまいます。森可成が、宇佐山場で討ち
今夜の豊臣兄弟です。豊臣兄弟は、織田信長に頼まれて、比叡山延暦寺のお坊さん、宮部殿に会いに行きました。宮部殿は、殺された浅井朝倉の家臣たちの供養に来ていました。宮部殿は、浅井朝倉の家臣でした。しかし、藤吉郎の子供をくれるなら、織田信長側に付いても良いとの話でした。浅井朝倉は女子供や皆んなが比叡山に隠れて2か月も立て籠っていました。織田信長は皆殺しにせよ、と命令を出していました。万丸です(よろずまる)小一郎の姉の子に当たります。藤吉郎には、子供がいませんでした。小一郎にも子供がい
さてさて…永禄十三年(1570)の途中で改元があり…新たな元号である元亀の時代を迎えたのですが…織田信長にとっては…ここから四年余り続く元亀年間は…まさに試練と危機の連続であった‼️と断言して良いくらい…彼の人生において最も苦しい時期でした😱元亀への改元は、将軍足利義昭の主導によるものでしたが…信長はこの元亀元号採用に難色を示していたことについては以前このブログでも触れました…元亀三年(1572)に信長が義昭に出した「異見封事」の中に…「元亀の元号は不吉故に直ちに改元然るべ
こんばんは。前回の続きです。↓前回はこちら『豊臣兄弟!14話絶対絶命!』こんばんは。大変お待たせしました。豊臣兄弟!14話「絶対絶命」です。前回…柴田勝家より、浅井長政謀反の知らせを聞いた信長…『豊臣兄弟!第13話疑惑の花…ameblo.jp戦いに疲れてきた小一郎たち…。日が昇ってきて辺りが少し明るくなってきました。松明の火はまだ残っています。次の追っ手がまた来る模様…。声がしました!!敵の気配を感じます。旗印を見てそれが浅井の軍であることを知ります。蜂須
皆さぁ〜ん、大河ドラマ「豊臣兄弟」見てますかぁ〜今回はいよいよ藤吉郎の見せ場だねってことで第14話の感想ぉ!朝倉攻めの織田軍を裏切り、朝倉と挟み撃ちにすべく行動し出した浅井長政。うむ〜、子が朝倉に人質になってるとはいえ…う〜ん、しょうがないのかなぁ…そして朝倉義景も登場しましたが…後のことを思うと哀れに見えてきます。浅井離反の報が次々に入り、ついには市からも…市の文は白紙。何も言えない市の心情を表すことだと小一郎は読みました。そうだよね、何かを書けば浅井勢に捨てられるよね信長は
大河ドラマ「豊臣兄弟!」の最新情報-NHK大地は血の色に染まった…妹・市を嫁がせることで、浅井長政との同盟は盤石――織田信長はそう信じていたしかし、長年の盟友である朝倉義景を切り捨てることはできず、浅井は信長に対し反旗を翻す浅井・朝倉に挟まれ、絶体絶命となった織田軍そのしんがりを務めたのが豊臣秀吉だった命からがら京都へと撤退する姿は、まさに“猿の執念”の極みだった><一方で信長は、すでに報復戦の準備を整えていた浅井に残してきた妹・市を気遣いながらも、「長
桜の名所としても知られている福山市熊野町にある常国寺は日本の歴史の舞台でもありました・・・今の,大河ドラマ『豊臣兄弟』に登場している室町幕府・最後の将軍足利義昭が織田信長によって京都を追われ1576年2月8日、毛利氏を頼って福山市の鞆に到着し毛利氏の庇護下で鞆幕府を11年間も行使しますその間の三年間この常国寺は将軍の御所(御座所)として使われ、征夷大将軍として政務を執ったこの時期が幻の「鞆幕府」と
さてさて…未視聴だった「豊臣兄弟!」二週分の放送を…本日漸く視ることができました😋番組の回数を重ねるにつれて…将軍義昭と信長どの対立が深まりつつあるのですが…それを象徴するかのような出来事が…前々回放送の前半部分の元亀(げんき)改元でした🆕十三年続いた永禄(えいろく)からの改元だったのですが…この改元は義昭自らが朝廷に改元を要請したことでも知られています🆕永禄十一年(1568)、信長の協力のもとに上洛を果たし将軍の座に就いた義昭は…天下(畿内)における秩序の安定と復興をすべく
歴史が好き。どうも、キムです!いつもブログをお読み頂きありがとう御座います!戦国時代、信長や秀吉といった超天才たちの影に隠れがちですが、実は誰よりも「しぶとく」時代を生き抜いた男がいます。それが、室町幕府・第15代将軍の足利義昭。🏃♂️波乱万丈すぎる「放浪将軍」足利義昭の執念最近では大河ドラマ『豊臣兄弟!』で尾上右近さんが気品たっぷりに演じていますが、個人的に忘れられないのは……1996年『秀吉』での玉置浩二さんの義昭です!✨🎭玉置浩二さんが見せた「狂気」と
大河ドラマ「豊臣兄弟」の第14回を、鑑賞。今回は、いわゆる「金ヶ崎の退き口」の話でしたね。この「金ヶ崎の退き口」について、ネットで調べて見る。そもそも、この「金ヶ崎の退き口」のきっかけになったのは、織田信長が、北陸に出陣をしたこと。昔は、この織田信長の北陸への出陣は、若狭の平定を口実にして、越前、朝倉氏を攻めるために行われたと言われていましたが、近年、この織田信長の出陣は、信長の意思ではなく、将軍、足利義昭の命令だったのではないかと言われています。なぜ、足利義昭が、織田信長
今夜の豊臣兄弟です。長いこと、私がわからなかった事がこの回で分かりました。織田信長の命を狙っていたのは将軍、足利義昭でした。明智光秀ではありませんでした。浅井長政の裏切りを知った信長は、小谷城を総攻めにして、皆殺しにせよ、と命令しました。しかし、機転を利かせた藤吉郎は、自分は怪我をしてしまい戦には出られないと言い出しました。後の徳川家康となる人物が、薬を差し出します。藤吉郎は喜びました。松平元康。後の徳川家康です。こんな戦ばかりでは、命がいくつあっても足りないとぼやいていました。とこ
大河ドラマ「豊臣兄弟!」の最新情報-NHKやっぱり猿は、可愛い奴よのう_浅井長政の謀反を信じ切れぬ信長は、浅井・朝倉と刃を交えよう⚔️⚔️⚔️と息巻きます織田の重臣たちが必死に諫めますが、信長は聞く耳を持たない――今、戦えば挟み撃ち。織田軍はまさに絶体絶命の状況でしたそんな中、秀吉は自らの足に刀を突き立て、「傷のため動けぬ」として、しんがりを申し出ます。その覚悟に触れた信長は、ようやく冷静さを取り戻し、撤退を決断わずかな手勢ながら、この戦況を見抜いていた竹中半
皆さぁ〜ん、大河ドラマ「豊臣兄弟」見てますかぁ〜小一郎さん、信長さんの命でお嫁さんもらったけど…怪しい〜ってことで第13話の感想ぉ!小一郎は信長の命で安藤守就の娘、慶を嫁に迎えることになりましたが…何やら怪しい…小一郎は藤吉郎や寧々ら周りの心配をよそにわかった上で嫁に迎えていましたね。慶の前夫は斎藤家に仕えていた武将、つまり織田は仇。慶の父、安藤守就さんが織田に付くきっかけとなった小一郎を恨んでいる?さらに街中で他の男と会って…いやはや小一郎…信長の命とはいえ、これは疑惑だらけ🫢
おはようございます。お待たせしました!豊臣兄弟!13話です。今回はもうあっという間に終わったという感覚でした。少し長くなります。前回、織田信長より縁談話を持ちかけられ、安藤守就の娘•慶(ちか)と対面した小一郎。↓前回のお話はこちら『豊臣兄弟!12話小谷城の再会』こんばんは。今回の豊臣兄弟!の記事を書いてたら、なぜか全部消えてしまい…。また再度、やっと書きましたよ。①信長が公方様のために二条御所を僅か三月で完成!!庭に…ameblo.jp◯小一郎の嫁取りについて、木下家で会議
さてさて…足利義昭の斡旋による美濃斎藤氏との和睦を破棄してまで強行した信長の美濃攻めが失敗したことで…義昭の上洛計画は頓挫🆖三好陣営の調略により寝返った南近江の六角承禎の襲撃を受けた義昭主従は…滞在していた近江矢島を追われ、若狭国から越前国へと落ち延びました😭この事態を招いた責任の大半が信長にあることは火を見るよりも明らかであり…天下の評判を著しく落とした信長の挽回手段は…一旦は挫折した義昭の上洛実現以外にはなく…そのためには、何としても眼前の敵である美濃斎藤氏を攻め滅ぼさなけれ
大河ドラマ「豊臣兄弟!」の最新情報-NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」|NHK小一郎は信長から勧められ安藤守就の娘:慶(ちか)を娶ることになる守就は美濃を見限り、信長に付いた美濃三人衆の一人でちかの元夫はその戦いで命を落とした心を開かない彼女の中に、愛するものを理不尽な死で失った自分と同じものを見て、小一郎は無理に踏み込んでいくことを止めたそんな中、信長は越前浅倉との戦いを決め妹:市を嫁がせた義理の弟:長政と新たな絆を育てていたしかし、戦国の世_個人的な絆よりも古
さてさて…足利義昭の働きかけににより、信長は斎藤龍興との間に和議を結ぶに至りました…これで義昭を奉じての上洛が実現される‼️と誰もが思ったのですが…何と信長は龍興との和議を一方的に破棄して美濃国境に侵攻‼️その結果は惨敗という醜態を曝してしまったのです🆖そしてこの彼の背信は彼一人の問題ばかりにとどまらず…三好陣営と雌雄を決するべく上洛を目指す義昭陣営の戦略に大きな齟齬をきたすことになったのです😭義昭サイドの足並みが揃わないことを看破した三好陣営は…直ちに義昭支持者の切り崩しに着
槙島合戦の舞台となった巨椋池(おぐらいけ)ですが、戦国時代、軍事的な拠点を持つ勢力と、古くからの特権を持つ漁師集団の二層構造で支配・管轄されていました。この池は周囲約16km、面積約800haに及ぶ巨大な淡水湖でした。元々は縄文時代、三河川(宇治・桂・木津)の土砂堆積により出現。平安時代には歌に詠まれる景勝地として、また豊かな漁業(コイ・フナ等)と水運の拠点として栄えたのです。1.室町幕府・将軍の直轄地戦国時代に入るまでは、山城国の要衝として室町幕府(将軍)の強い影響下にありました。池に
さてさて…足利義昭の働きかけにより、織田信長と斉藤龍興との間に和議が締結‼️これを受けて「天下復興」を実現すべく義昭を擁しての上洛が敢行されることになったのです‼️義昭が滞在する近江矢島に信長を筆頭に周辺の諸大名及び国衆が参集する段取りとなっていたのですが…ここで想定外の事態が起きたのです🆕義昭の肝煎りにより斎藤氏との和睦が成立したものの…信長は尾張を留守にして上洛することに不安を禁じ得なかったのです😱自分が義昭に供奉して不在の隙をついて、斎藤龍興が尾張に攻め込んで来るのではない
歴史系図トリビアこれは楽しい!おもしろい!そう感じるような歴史上の人物の系図を紹介していきます歴史上の人物の系図を追っていく歴史系図トリビアです。はい(´Д`)。今回は足利義昭の系図を書いたら、「鎌倉殿の13人」と「光る君へ」の登場人物たちが押し寄せて来た件について見ていきたいと思います。足利義昭、ついに大河ドラマ「豊臣兄弟」にも出て来ましたね。それを記念して改めて系図を書いてみました。足利義昭は室町幕府の第十五代将軍にして、最後の将軍でもあります。足利氏の将軍ですので、も
大河ドラマ「豊臣兄弟!」第12回の紀行で、二条御所が出てきましたね。かつて、京都御苑の西側にあったとされる二条御所。織田信長が将軍・足利義昭のために造った居所です。ルイス・フロイスによると、信長が陣頭に立ち、城は僅か70日間で完成したといいます。堅固な石垣と堀で守られ、美しく広い庭が備えられていました。(発掘された旧二条城の石垣)
4月1日水曜日大河ドラマ「豊臣兄弟」主要登場人物浅井長政(中島歩)浅井長政(あざいながまさ)は、1545年(天文14年)生まれ。幼名は「猿夜叉丸」(さるやしゃまる)。浅井家の3代目当主で、祖父は「浅井亮政」(あざいすけまさ)です。浅井亮政は、北近江(きたおうみ:現在の滋賀県長浜市、米原市、彦根市周辺)の守護であった京極氏に仕えていましたが、京極氏の後継者争いの際に乗じて一揆をおこし、北近江の土地を支配するようになりました。父は「浅井久政」(あざいひさ