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20歳くらいのとき、独り暮らし3軒目に引っ越した先は、静岡の川辺町というところだった。当時、歴史もさることながら周囲に何があるかとか、全く無知だった。おまけに風俗というものをまるで知らない世界にいた。すでに古びたマンションに住んでいたが、1階に大家さんの住居があり、家賃は直接納めに行き大家さんが「領収」のハンコを押してもらうシステム。大家さんはチャキチャキしてて、若い女の子の扱い方がうまいというイメージだった。マンションの周りには、女将さんがいそうな飲み屋と古びた小さな旅館が立ち並
免許証の更新のお知らせが届いた。普通の免許証にするのかマイナ免許証にするのかそれとも両方持つのか。そんなの警視庁のホームページで詳しく調べれば良いのだけどそれさえも面倒になってしまったことで自分の”老い”に気づく。いかん、いかんこんなことじゃ。もっと色んなことに興味を持ってあれこれ調べて…ってもう少し若い頃は出来たのになぁ。でもさ、考えようによっちゃ大切なことだけに集中できるよ
薬を色々と飲んで身体が副作用で悲鳴を上げたので病院の先生と相談して薬を一旦飲むのをやめました。我慢できない痛みではない腎臓近辺と右手親指最後にもらった胃薬の副作用が頭痛。これが地味に痛かった。抗生剤の副作用で寝れなかったのは薬を飲み終えてからも暫く続き次にもらった抗生剤は眠くなる。眠いのに寝れないってゆう日が数日続きました。催眠剤出しましょうかって言われたけどそれは嫌ですときっぱりお断りしました。さて、福生です。前回のカラフルなお店の通りより1本駅から離れた通りは
刈谷の裏に残る、亀豊園跡。細い路地と建物の配置が語る、戦後の小さな赤線。亀豊園近くの元銭湯素晴らしい外観
琴電は高松城址のお濠端を走り、90度カーブして片原町駅に到着。(2025.9.9高松琴平電鉄高松築港〜片原町)片原町は高松随一の繁華街で、東西に伸びる長いアーケードの切れ間に駅があり、閑散としたビルの下にある瓦町駅とは対象的です。(2025.9.9高松琴平電鉄片原町駅)昔から変わらない駅舎とホームが良い雰囲気で、リバイバルカラーの1080形(元.京急1000形)の到着まで粘りました。片原町駅から徒歩30秒の路地に、赤線の雰囲気を残す「パラダイス通り」があります。ただ現在は完全
赤線跡を探して「柴屋町遊郭跡」撮影日は2025年9月2
「ソープランド街スグ横に残された痕跡」新開地を歩いていても、かつての赤線の痕跡を見つけるのは容易ではありませんでしたソープランド街に建ち並ぶ看板の陰で、昭和の面影を残す建物は次々と姿を消していきましたそれでも路地の奥に「旅館ますみ」の看板を見つけたり、「サロンうたげ」や「純喫茶リボン」といった名残を感じさせる看板に出会うと、過去と現在が静かに重なり合っていることを実感します。写真に残すことで、今はもう薄れてしまった時間の断片を、かろうじて記録できたと思いました。
まとめ雑多すぎ
かつて、藤沢駅北口から徒歩5分で凄みのある場所がありました。(2006.2.19藤沢市藤沢旧.辰巳町)このエリアは、以前は藤沢新地と称する特飲街の一画で通称は「小鳥の街」でした。木製のアーチの奥にあるバラックの建物、ただの飲み屋街でない雰囲気が漂う・・まさか藤沢駅の至近にあるとは驚きでした。妖艶な「まりこ」の行灯のセンスは、今でも十分に通用すると思いますが・・「小鳥の街」の奥に広がる転業旅館、このあたりは藤沢遊郭が戦後に赤線へ移行した名残りを留めてしました。「松竹旅館」のドアは
現在、高架化工事が進捗中の京成立石駅、完成予定は2030年で随分と工期が長いんですね。取り壊された橋上駅舎、下り線は仮線路へ移っており、上り線も来年に仮線路へ移る予定とのこと。高架化と併せた北口地区再開発で、魅惑的な路地裏がゴッソリと消えました。飲み屋街のシンボルだった「呑んべ横丁」の看板も夢の跡・・・「呑んべ横丁」の看板をくぐると、まるで映画のセットのような飲み屋街が出現、このディープさは只者ではない。アーケード状の飲み屋街は昼でも薄暗く人通りも少ないが、夜の様子が見たかったなぁ・・
B2版イラスト・ポスター完成版午前中に昨日のイラスト・ポスターを仕上げた。来週あたりいつものネット印刷屋さんでオンデマンド印刷してみよう。木村聡:赤線跡を歩く(2002)ちくま文庫木村聡『赤線跡を歩く(1998初出/2002文庫化)ちくま文庫』が出版されてずいぶんになるから「赤線跡」の風景も変わっているんだろう。溝口健二監督の映画『赤線地帯(1956)』や、芝木好子原作、川島雄三監督の『洲崎パラダイス赤信号(1956)』が撮られ、熊井啓監督の映画『忍ぶ川(1972)』で、
3月15日駅舎はタレントの誰かがDIYで造ったらしいけど忘れました。今回は、整理してたら出てきた未発表ものを。銚子電鉄,本銚子駅あたりの昭和テイスト溢れる旧市街の奥まったところ。田中町赤線跡。結構有名みたいです。2019年に訪れたと記録にありました。今は飲屋街のようですが、夕方だというのに妙に静まり返っていたのを思い出しました。それがかえって独特の空気感を感じた記憶が。カフェーのような派手なものはありませんが。このエリアを周
去年長野県渋温泉に行った際に立ち寄った松本市松本城開智学校に続きふらりと歩いた遊郭跡時間をかけて歩けばもっと名残のある建物が発見できたようだけど下調べも甘くラスボスのような建物のみ見てきました。この長屋のような建物から路地にはいるとリノベされてるけどここもそれっぽい。はい、ドーンなんともおどろおどろしいこの建物が独特の雰囲気を醸し出しながら存在感を主張してます。真ん中の入り口から入れます。飲み屋の貸店舗に改装されたんだねー。にしても営業してるのかな?
東山電停から3005号に乗車し、小橋電停にて下車。運良く赤信号での停車時間にダッシュし後追い撮影に成功!(2025.1.4岡山電気軌道小滝電停付近)2往復目も小橋を渡る地点で撮影。ちなみに小橋とは旭川に架かる橋の名称です。小橋の下にある旭川の中洲には、中島遊郭の堂々たる妓楼が現存しています。私の好きな映画「拝啓天皇陛下様」で、若き渥美清と長門裕之が、この建物に登楼する場面がありました。
まとめ窓から、こっそりと・・・
散人のオノーちゃんは、船橋生まれなんですが、船橋には子供の頃歓楽街船橋新地がありました。赤線地帯の建物が好きで、鳩の街、東陽町、立石、遺産を観るのが好きで、橋本にも行きました。街が好きなんですネ、街の匂いが好き浅草散歩で今回カストリ書房に行こうと決めていました。カストリ書房は色街やらの文献本を販売している聖地です。お伺い致しましたら色街写真家の紅子さんにお会いすることができました。ご縁ですネ。紅子の色街探訪記国内No1リンクまとめlit.link(リットリンク)元
伊勢佐木町商店街から1本裏手に入った、曙町親不孝通りと呼ばれる風俗街。戦前のこの界隈は遊郭があって、その影響でカフェー建築の店舗が増えていったそう。戦後は売春防止法が施行されるまで、赤線地帯として発展していった。現在のようにヘルスが乱立するようになったのは1990年代前半。条例では学校や病院から200m離れていないと、風俗店は営業できなかったんだけど、当時近くにあった病院が保険金詐欺で営業停止となったことが、風俗店が激増した原因らしい。東日本大震災が起きるまで営業していた名物スナック。こういう
では妓楼カフェの2階へ行きます踊場1つ目の部屋応接間のようですね2つ目の部屋もありました。この2つの応接間は待合室だったのかな?と思います。ではこのカフェの直ぐ近くに立派な妓楼がありました。とても暑かったけど、好奇心って凄いね!岡山城から20分歩きました😱☀️
遊郭跡地と言っても戦争で焼け野原から復活したので、戦後の赤線地帯の名残です。江戸時代岡山城主の宇喜多氏が作った門があり、この京橋を渡ると遊郭があり大変賑わっていました。廃墟になってる所もあります。東と西と2つの島の上にありました。
炎天下の白昼、閑散とした糸崎駅に到着。(2024.7.9山陽本線糸崎駅)電留線にポツンと佇む湘南色の115系、草むした構内側線が奥まで続く糸崎駅構内・・・なんだか「兵どもが夢の跡」の心境に・・・(2024.7.9山陽本線糸崎駅構内)(国鉄時代は門司発岡山行のロングランもあったが)現在は糸崎駅か隣の三原駅での乗り換えが基本で、ホームには糸崎折り返し岡山行き115系が停車中。スカ色・湘南色の115系に馴染んだ身にとって、この濃黄色はむしろ新鮮ですね。改札口を出て徒歩10分、瀬戸
伊勢街道の神戸宿の北口には神戸の見附(みつけ)が有ります。神戸の見附をみつけました!と言うシャレはさておき。見附(見付)とは見張り番が置かれていた城門などの施設であります。神戸の見附の看板には両側に土塁(どるい→とは土を盛って出来た防壁)と石垣を築いたものである。ここには町の治安を守るために番人が居て夜間遅くには木戸を閉じて通行を禁じたと言われる。明治ニ年の絵図にはこの見附の様子が描かれて両側の石垣には木戸の柵を支えた溝が今も残っていると書かれています。坂になっております。
2023年10月27日勤務しているスナックは赤線にあります。赤線と聞くと物騒なイメージがありますよね💦今日も出勤中に女性がもう一人の友人らしき女性👩に「バイバイ👋赤線を通るときは気をつけてね💦」と声をかけていました。確かにフラフラしていると危ないと思います😓私が勤めるスナックは帰りは店長が車で送ってくれるので、助かります😊ただ私は赤線の独特な雰囲気が好きなんですよね(^o^)生まれ育った実家がある場所も寂れた赤線の近くで、町並みにも当時の面影が残っていてノスタルジックな雰囲気があり
東京なうアタシの長い旅もクライマックス(もう10日目だわ)前回はプサンの市場が鶴橋に似ているくらいで、全く新鮮味も無いまま韓国出国。それ以降をサクッと振り返りますプサンからフェリーで帰国下関を8時下船後は獺祭と雁木を購入し、速やかに山口宇部空港へ電車移動ビューンと羽田へ✈️その足でお茶の水の明治大学に隣接してる『山の上ホテル』のビアガーデン🍻ここ、アールデコ調のクラシックな建築で訪れてみたかったのよ出版社が近いって事もあり、文豪(川端康成.池波正太郎に三島由紀夫など)の
スカイツリーのお膝元墨田区へやって来ました梅雨空が暗っ^^;けど歩くには今回の散策は、こちらの小説を読んで思い立ちました。時代は戦後、北海道から上京した娼婦八重子が働く場所を探して挙がった赤線地区洲崎、玉の井、鳩の街。今は聞かぬこれらの場所がどこなのか、どうなってるのか気になり、散策も兼ねて出掛けてみた次第ちなみに八重子は、亀戸で働くことになりますが、借金のために働いた戦前、混乱の戦後、1956.7年買春禁止法が発令する頃まで、明るい性格でそれほど悲壮感なく描かれてます。(メインは貧困の
6月5日東京駅で熱海行きを3本送ったうえに、安全確認で10分の遅延で出発。これがあとを引いてイメージより2時間の遅れでやっと三島駅に到着。やっぱ今日は出るんじゃなかったと後悔。しかし訪れたからにはミッションを達成せねば。三島の駅雨は水の街らしく、池があったりと涼しげ。本当はゆっくり座ってランチにしたかったけど、時間が押しているので立ち食いうどん。会計にPasmoが使えました。三島広小路まで1駅は伊豆箱根鉄道。ここはICカードが使えないので切符を購
一泊二日の旅なのに、だらだらと10話目になってしまいましたもうお腹いっぱい感があるかもでも、まだまだ続くのです八日市駅にある延命新地は元遊郭跡→赤線地帯の名残があり、花街として栄えた場所です。ディープな世界へいざ!潜入!!ドキドキ…わぁ雰囲気ありますね暗すぎてiPhoneでもブレてますがお月様も昇ってきました。タイムワープしてしまったらどうしよう誰も歩いていないし…昔から市場町であり街道の交わる八日市。お伊勢参りの途中に立ち寄ったり、きっと沢山の人が訪れ賑やかな声が溢れていたのでし
1月23日新しいものから取り上げることになりますが、国立まできたのでメインのはずだった立川を。https://ameblo.jp/mikimoto07/entry-12785602329.html『高架化前の旧国立駅舎で世代の違いを見た』1月22日中央線国立駅のシンボル的駅舎で有名だったとんがり屋根の旧駅舎。高架化に伴い解体されたのですが、取り壊されたのではなく分解されて市が保管し、令和2…ameblo.jpの続きです。国立から再び中央線に乗り一駅、立川へ。
12月30日お正月は混むので年内に伊豆あたりへの旅行を考えましたが、早くからホテルが満員で中止。ならばと年内最後の散策を考えましたが、寒くて1日外にいるのは無理なので引きこもってます。https://ameblo.jp/mikimoto07/entry-12781636636.html『富士山は気まぐれ〜ちょいと富士吉田・6』12月29日昨日で仕事納め。来月の3日まで年末年始休暇です。今の職場に入るまでは介護職だったので、盆暮正月GWもなかったです。正月も普段と同
12月27日クリスマスが終わればもう今年もわずかです。コンビニは一夜にして時期もののたながお正月用に変わってました。普通、売れ残りはロスにするんですが、いつも行くコンビニは残ったクリスマスものが半額で売られてました。前回の続きです。『次世代に残したい歴史を伝える建物〜ちょいと富士吉田・4』12月26日受診で連休なのに寒すぎて散策にも出る気になりません。東京くらいの寒さなら、中はTシャツで平気という南極探検隊の防寒服欲しいです。特注ものではな…ameblo.
12月26日受診で連休なのに寒すぎて散策にも出る気になりません。東京くらいの寒さなら、中はTシャツで平気という南極探検隊の防寒服欲しいです。特注ものではなくてアウトドアショップで普通に売ってるものらしいですし。値段がピンキリなのが気になりますが。前回の続きです。『昭和テイストのミリオン通り〜ちょいと富士吉田・3』12月25日メリクリらしいこと何もしてないです。昨夜、寝落ちしたせいで体が冷えて震えてました。諸事情により、更新があいてしまいました。導入部で止まっ