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桜井警察署高井駐在所の前を通って栂坂バイパスと別れ、高井の集落に入って行きます。おしゃれな青い建物は、旧郵便局です。今は使われていませんが、〒のマークがついていますね。郵便局は、この隣に新しくできていました。その隣に地蔵堂昔の建物がいくつか残っていて、街道の面影があります。旅館はまだ営業しているようです。周辺の観光案内図ここから仏隆寺を経て室生寺へと向かう室生古道と伊勢本海道に分かれます。左室生山女人
大将軍山の大山祇神社旧社地へ。林道を走り参道を探すも行き過ぎたようで戻り、おそらくここかな?植林された間の道を進むと、北側斜面上部に岩盤が露出しています。苔むした石段を登っていくと、北から東の斜面に岩盤が露出しており、巨大な劇場のように感じます。祀られていた所のようです。丸石が置かれています。上部のモアイのような岩
宇陀市榛原赤埴?山の神次の目的地へ向かう途中に山の神大将軍山へ向かいます。
高城山山頂祠おそらく雨乞いの嶽山だと思います。小雨ですが決行、登ります。赤埴という地名、赤い土鎖場山頂近くから雨が強くなり山頂で雨宿り。雨上がりを待ち三郎岳へ向かうが、藪漕ぎで断念戻りました。白岩神社の御神体?
2025年7月16日宇陀市榛原赤埴児玉稲荷2度目小雨ですが決行。以前の画像です。
11月に突入しました。紅葉の季節ですが、この時期は滝の水量が少ないので、狙いはメジャーな滝になりますね。今回は2年ぶりくらいの低山登山になります。最近は毎日のように山の滑落死亡事故が、新聞に載っています。北アルプスなどに憧れる方も多いですが、天(天候)、地(地形)、人(体力)の一つでも不安要素があれば、無理しないのが賢い選択です。
杵築大社(出雲大社)の大国主命像*画像はWikiより【古事記神話】本文(~その72根堅州國3)まだまだ体調不良、経済的困窮が続いてはいるのですが、そろそろ1日1記事UPまでには戻そうと考えています。大がかりなテーマ記事を多く抱えており、困難ではありますが。そして近いうちに1日2記事UPにまで。1日3記事は肉体的にも精神的にも到底戻せそうにはないですが…。大幅に縮小となりましたが、掲げた目標に向かって余生を過ごしたいと考えています。~*~*~*~*~*~*~*~*~*~
5月1日(月)「天香山埴焼奉製会」が開催する「埴採神事」がありましたこの神事は令和元年の御代替わりを祝して地元住民と宮司さんが立ち上げ、今年で5回目を数えます。神武天皇は天香具山の埴で焼き物を作り八百万の神にお祀りをすればよいと夢で告げられ、それを実行して天下を平定したと日本書紀にあります。つまり天香具山の埴には特別な力があるのです。神武天皇は山の周りにいる敵を欺くため、2人の部下をお爺さんとお婆さんの姿に変装させ天香具山から埴を採らせました。このエピソードを
5月1日(月)「天香山埴焼奉製会」が開催する「埴採神事」がありましたこの神事は令和元年の御代替わりを祝して地元住民と宮司さんが立ち上げ、今年で5回目を数えます。神武天皇は天香具山の埴で焼き物を作り八百万の神にお祀りをすればよいと夢で告げられ、それを実行して天下を平定したと日本書紀にあります。つまり天香具山の埴には特別な力があるのです。神武天皇は山の周りにいる敵を欺くため、2人の部下をお爺さんとお婆さんの姿に変装させ天香具山から埴を採らせました。このエピソー
2022年4月6日室生・西光寺から更に林道を登り道路に獣除けフェンスの手前に、石仏がありました。奈良県最大の樹齢900年の山桜。何度も来ていますがまだ満開を見たことがありません。
5月1日(日)に「埴採神事」がありましたこの神事は令和元年の御代替わりを祝して地元住民と宮司さんが立ち上げた「天香山埴焼奉製会」が開催しています。埴は土のことです。神武天皇は天香具山の埴で焼き物を作り八百万の神にお祀りをすればよいと夢で告げられ、それを実行して天下を平定したと日本書紀にあります。つまり天香具山の埴には特別な力があるのです。神武天皇は山の周りにいる敵を欺くため、2人の部下をお爺さんとお婆さんの姿に変装させ天香具山から埴を採らせました。このエピソー
伊豆神社(榛原高井)大和国宇陀郡奈良県宇陀市榛原区高井504(P無し、社前道路に寄せて路駐か)■祭神伊豆大神(高水上神・福井神)大山祇神「内牧川」という宇陀川水系の畔、のどかな農村地帯の小さな集落に鎮座する社。「伊勢街道」筋にあたります。◎わずか1km余りの上流沿いに同名の伊豆神社(内牧)が鎮座しますが、由緒もご祭神も異なるため、関連はなさそうです。◎社頭案内板には、古老の口碑伝聞として、延長三年(903年)氏神を祀り創立、「高水上神」と「福井神」のうちの「高」と「井」の二字
11月6日(土)に「火入神事」がありました火入神事は「天香山埴焼奉製会」により開催。天香山埴焼奉製会は令和元年の御代替わりを祝して地元住民と造田宮司が立ち上げた会で今年で3回目を数えます。神武天皇は天香具山の埴で焼き物を作り八百万の神にお祀りをすればよいと夢で告げられ、それを実行して天下を平定したと日本書紀にあります。つまり天香具山の埴には特別な力があるのです。令和元年よりこのエピソードを基にして天香具山から埴を採り、天平瓮(あめのひらか)を作り橿原神宮へ奉
10月1日(金)に「埴採神事」がありました埴採神事は「天香山埴焼奉製会(あまのかぐやまはにやきほうせいかい)」が開催。埴は土のことです。天香山埴焼奉製会は令和元年の御代替わりを祝して地元住民と宮司さんが立ち上げた会で今年で3回目を数えます。白埴御新地へ参進する奉仕者神武天皇は天香具山の埴で焼き物を作り八百万の神にお祀りをすればよいと夢で告げられ、それを実行して天下を平定したと日本書紀にあります。つまり天香具山の埴には特別な力があるのです。神武天皇は山の周
2021年1月27日宇陀市榛原赤埴児玉稲荷神社祖父が牛を引いて赤埴まで行ったというのを思い出しました。戦前かな?白岩神社から諸木野への山越えの途中、高城岳登山道の近く。巨石が付き出ていてその上に祠が祀られています。元々、磐座で祭祀されていて後から稲荷が祀られたのではないでしょうか。
2021年1月27日宇陀市榛原赤埴(あかばね)白岩神社祭神:須勢理姫命延暦九年(790年)赤白岩下に鎮守。室生寺と関係のある仏隆寺の鎮守として善如竜王を祀った。林道で室生寺迄行けます。樹齢900年の山桜仏隆寺。拝観料払って入山開祖・堅恵の墓とされる石室(国重要文化財)横手から登ると神社へいけました。平成11年の台風で倒壊し新たに建てられたそうです。本殿後ろ。磐がごろごろ。画像左の石積が石室背後の山の上、白岩?
天香具山。。。“あの櫻”は‼️。。咲いているだろうか?。。「天香山神社」“あの櫻”。。。波波迦‼️。。。朱櫻‼️。。。天波波迦‼️。。波波迦。。ん~。。。。。さすがにまだ、、蕾か…。。。フツーの桜より。。咲くのが少し遅く、桜が終わった頃。。。くらいから、、咲く‼️…感じかな。。んん⁉️。。少し咲いているのも‼️。。しかし‼️…スマホの限界‼️。。この木‼️…めっちゃ高いの‼️。。この花が開いている場所‼️…めっちゃ高い位置にあるから‼️。。スマホの
5月7日畝尾坐健土安神社から本日の一番行きたい所、「埴安伝承地」を探します。が、あっさりと八釣山地蔵尊の道標の隣に「埴安伝承地」の新しい道標がありました。そちらへ進みますが、奈良文化財研究所藤原宮跡資料室の裏へ出てしまい違います。戻ると地元の方がおられ尋ねると途中の小さい橋を渡って山へ入るとのことで、畑の中を通って行きますが分かりません。農作業のおばあさんに尋ねると、竹藪の中らしいです。荒れ放題の竹藪と蜘蛛の巣と格闘しながら踏み跡をたどり道標に従いますが、次の道標の矢印は今来た
4月16日嶽神社から帰り道に佛隆寺の千年桜へ立ち寄りました。奈良県最大最古、樹齢900年を超えるといわれる桜で天然記念物です。さすがに凄い人でした。寺への石段もちょっとしたラッシュ並(大袈裟)です。寺の前の駐車場には駐車待ちの列、通れない車がクラックションと桜見物の風情ではありませんね。ここを抜けて山越えで室生の城之山桜を見に行こうと思ってましたが、諦めました。祖父がこの佛隆寺の赤埴まで牛を引いてきていたという話を聞きいたことがあります。祖父もこの桜を見ていたのかな?