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2026年5月20日八阪神社五條市西吉野町屋那瀬南朝・賀名生旧皇居より丹生川を少し上がった所。テイカカズラ有毒
2025年9月6日(土)、奈良県五條市、五條酒造さんの地酒「純米大吟醸生原酒賀名生(あのう)露葉風」を呑む。奈良県産の酒米、露葉風を50%精米したお酒だ。五條と言えば、柿の葉寿司の「たなか」の売店がある。数年前までに吉野口駅で頑張っていた柳屋さんと異なり、国鉄以来の駅弁業者ではないが、駅の寿司、ではある。今日は、その具材の、〆さばや、サーモンをアテに、五條の地酒を呑もうと思う。昆布〆の〆さばで、賀名生を呑み始める。純米大吟醸だから、吟香ゆたかなお酒かと思いきや、味わい深いお酒だ。この色み
先週、九州へ2000km以上の旅をしていたこともあり、二週間前に奈良にいたのがなんだか遠い昔奈良滞在時にも地元の友人の好意で南紀勝浦方面へ連れて行ってもらいました途中、賀名生皇居跡でトイレ休憩この道はこれまで何度か通ったことはあるけど、全然気づかなかった💦途中、トイレ休憩できる場所がなかなか見つからなかったスポットなので今後も利用したいと思います(笑)時代は14世紀前半、後醍醐天皇の時代、後醍醐天皇は足利尊氏によって幽閉された京都を脱出し、吉野へと向かう途中で賀
賀名生梅林ハイキングからの🚞幻の五新鉄道を歩いてきましたスタートゴールは賀名生の里歴史民俗資料館素敵なおひなさまが見られます梅の花も満開です賀名生皇居跡①屋那瀬トンネル踏切跡すっごい綺麗な垂れ梅(鈴鹿の森庭園みたい)②大日川トンネルこのトンネルが一番長いそしてさむーいライト必要です③衣笠トンネル④黒渕トンネルここで折り返しスタンプカードが置いてありますスタンプポイントが5ヶ所あり一つず
十津川までやってきました!連休で天気も良く、五條から十津川まで時々渋滞。有料駐車場にレンタカーを入れて、ここから歩きます。長さは約300メートル、高さ54メートル。日本一の長さを誇り、そして高さもかなりのもの。高いところから見下ろすと、そのスケールがわかります。なんでわざわざ高いところまで行ったかと言うと、そこにはこの看板があるのを、車で通りすぎる時に見ていたから。大塔宮護良親王が幕府軍に追われ、修験者に身をやつして十津川へ。そこで親王を助けたのが
賀名生の皇居跡から南下して、大塔宮ゆかりの地を目指します。道の駅の向かい側に歴史資料館。道の駅の駐車場はいっぱいになるので、すぐ向かい側にあるこちらに停めると便利。大塔宮の像。鎌倉幕府と戦い、敵に追われ修験者に身をやつして十津川の逃避行。うむ。鎌倉幕府に追われ北陸道を逃れる義経にそっくりではないか。忠魂碑。第二次世界大戦で亡くなられた方々の慰霊碑でしょうか。歴史資料館には、喫茶店のレジの女性に話をして、鍵を開けてもらいます。宮の刀な
皇居跡をみてから、続く目的地は北畠親房の墓。資料館の裏の山の上にあると聞いて…案内標識に沿って坂を上っていきます。ところが坂を上ったところで、ふと案内が途切れる。先には稲荷神社が。まずはお祈りしてきました。ちなみに今後ここを目指す方、この神社に来たらUターンです。いちおう資料館の方に要望出してきましたが、廃校の門のところに最後の案内板を設置してほしい。そうでないとわからん。神社の手前、向かって左に古い校門が。すでに廃校。その門の
南朝の皇居跡地と護良親王が隠れ潜んだ場所は何としても行きたい!そこで今回はレンタカーを借りて十津川までのドライブを楽しみました。目的地はこの三ヶ所。休日を利用してドライブという方が多く、十津川村までの一本道はところどころ渋滞。奥地まで行くと車を返す時間が迫ってくるため、余裕を持っての撤退となります。最初の目的地、賀名生の里。楠木正行が戦死した四条畷の合戦の後、幕府軍が大挙して吉野に迫りました。もはや少ない守備兵で守り抜くことは無理と判断した後村上天皇は豪族を頼って山間の
2月28日水曜日朝早く起きたので、高野山、奈良県は五條市まで走りました【高野山大門】この日は五條市の西吉野まで行ったのですが、朝いちまず高野山へ大門の向かいにある温度計は1・6℃さすがに高野山の朝は冷えます今年初めての高野山は『奥の院』へ参拝朝8時半ごろでしたので参拝者はまばらです手水舎のお酌には氷が張り付いていました水も沁みるほど冷たい「こうやくん」は年中にこやか奥之院への参道は貸切でした【英霊殿】英霊殿の前には雪が残っていて、高野山はまだ冬です
観心寺内に、後村上天皇檜尾陵参道登りますよ〜第97代南朝2代後村上天皇檜尾陵。大阪府河内長野市寺元475観心寺境内。結構な距離。見えて来た💦南北朝時代初期の(南朝第2代)天皇(在位1339~68)。名は義良(のりよし)(「のりなが」とも読む)。後醍醐天皇の皇子。母は阿野廉子(あのれんし)(新待賢門院(しんたいけんもんいん))。1333年(元弘3・正慶2)北畠顕家に奉じられて陸奥に下向し、奥州将軍府によって東北地方を統治した。35年(建武2)、37年(延元2・建武4)の二度にわた
2005年に奈良県五條市は南の西吉野村と大塔村を併合した。西吉野村は1959年に白銀(しろがね)村、賀名生(あのう)村、宗檜(むねひ)村が合併してできた村で、賀名生は梅林で有名なので知っている方も多いだろう。この付近は柿の大産地であり、奈良が日本一と思っていたが、生産高は和歌山のほうは上のようだ。さて、賀名生村史を見ていると、「連子滝」という弘法大師が訪れた滝があり、場所は大日(おび)川の西谷のようだ。賀名生史蹟名所案内にはもう少し詳しい情報が書かれており、下流には孫淵猫淵音姫淵があり、連
奈良県五條市樫辻町にある女姫桜[おとひめざくら]賀名生梅林[あのうばいりん]から西へと向かいます。そして樫辻町東部の丘の上の集落・・・・■女姫桜樹齢200年。江戸後期、鶴谷善臣の元服を記念して当地と春日神社に植樹。女姫桜の名の由来は集落に住んでいた若乃亟乙姫[わかのじょうおとひめ]より。■専崇寺樫辻分教場跡碑境内東側の寺小屋は後に樫辻分教場へと引き継がれました。1898年(明治31年)教場廃止。1951年(昭
おはようございますこんばんは~四日前の【おまけ】でアップした賀名生の枝垂れ梅をあらためてね今年は良いタイミングで撮ることができましたでわでわご覧くださいね四日前やっと咲き始めた賀名生梅林です今週末から見頃が始まります私ももう一度行こうと思ってますよ(^_^)/【今日のおまけ】Zお嬢様が居た場所に早くもこの方居座りましたそろそろ田圃の耕運を始めないとね赤トラ君頑張ってね
おはようございますこんばんは~高天彦神社の後五條市の賀名生へ寄りました皆様もよく御存じの南朝の里賀名生梅林ですもちろんまだまだ梅林の開花はしていませんがね立派な石碑です此処に来た理由はこの南朝後醍醐天皇が一時期過ごしたこの皇居跡茅葺の屋根に雪が残っていたら絵になるだろうとね残念向こうの瓦屋根には雪が残ってましたけどね少し付近をウロウロと~河側から皇居跡を眺めてみました此処で飲食ができるのですが生憎この日はお休みでした資料館の前にロウバイが咲いて
サライで配信された情報にびっくりしました賀名生の御所がホテルとレストランになる!!五条市西吉野賀名生(あのう)には延元元年(1336)足利尊氏によって京を追われた後醍醐天皇が立ち寄った家があり後に、後村上、長慶、後亀山天皇の皇居となり南朝の歴史を刻みました後醍醐天皇をもてなし南朝を支えたその家は堀家といい現当主は29代目「3年前に重要文化財の母屋を改修してカフェレストランに、江戸時代の長屋門をホテルにしました。」(藁葺きの母屋と重厚な冠木門が重要文化財
2022年7月20日(水)目が覚めたら、真っ赤な朝焼け。この日は、大阪の友人と奈良へ。赤い朝焼けで目覚め、赤い「火の鳥」初乗車。ひのとり、快適です。朝8時の車内は、ほとんど独り占め。大和八木駅まで1時間半。あっという間でした。友人と待ち合わせて、レンタカーでいざ。今回は狭い山道を走るので、軽自動車ムーブを借りました。馬力ないのかなぁ?と思ってたけど、坂もへいちゃら、頑張ってくれました。京奈和道を走り、五條インターでおりて、まずは「カフェレストラ
先日、三度目のワクチン打ちました1回目、2回目はファイザ-製で副反応は全くなし3度目はモデルナ。注射した当日の夜から寒気がしだしました体温を測ると37度7分ありました。成人してから発熱したこともなかったし超ひさしぶりに発熱したせいかキツイキツイ話は変わりますが先日、ぶらっと五條市西吉野の「賀名生の里」辺りまで走って来ました【賀名生皇居跡】「枝垂れ桜」かな~少し南に走って、「常覚寺(じょうかくじ)」へも行きました【本堂】拝観させて頂きました境内に
以前より気になっていたのですが、この季節、車で大阪方面より奈良県の大淀町を抜け、R309号を大峰山方向に走ると、下市町の山間にかかるとあたりで突然見えてくる「梅林」があります。調べると、月ヶ瀬・賀名生と並ぶ奈良の三大梅林「広橋梅林」ということで先週末見学に行ってみました。当日は残念ながら雨模様、あいにくのお天気となりました。しかし、その影響で山あいに霧がかかり、雲海を見ているような景色です。肝心の梅の方はまだ少し早かったよう(梅林の下の方は咲いてた様)でしたが、白梅紅
みなさん、こんばんわ。本日、オッサンは私用で家族と奈良県の十津川村に行ってきた。道中・・・賀名生の地名が!!あのうって読むんですよ。そう、月組桜嵐記のあの賀名生。後醍醐天皇が危ななったら、吉野から賀名生に行ってもらったらええ、っていうセリフの賀名生ww家族がおったから通り過ぎただけやけど。十津川村で吊り橋体験がメインやったからね。なんせ、ムラがやってへんし家族サービスですwwしかし、吉野と賀名生、遠すぎるで。あの時代、吉野か
北朝2代光明天皇北朝第2代の天皇(在位1336~48)。名は豊仁。法名真常恵。後伏見天皇の第2皇子。母は広義門院寧子。光厳天皇の弟で、その猶子となった。建武中興崩壊ののち、足利氏に擁せられて皇位につき、のちこれを崇光天皇に譲った。1351年(正平6・観応2)における南朝後村上天皇の天下一統に際して出家し、幽閉の身となり、光厳、崇光両上皇らとともに南朝根拠地の大和賀名生および河内天野の金剛寺に数年間を過ごした。のち京都郊外の伏見に帰還、同地の保安寺、金剛寿院また大光明寺に居住し、その後所々
こんにちは月曜日は何かとお家のリセットに時間がかかりますね~💦そして梅雨入りした?!そんなバカな朝から洗濯物をあっちへやったりこっちへやったり。。。中に入れたのに日が差してきたからまた外に出したり。。。これからしばらく洗濯物の管理に時間をとられそう~乾燥機も家にはあるけど、やっぱり天日干しの気持ちよさにはほど遠いですもんね。せめて梅雨さん、早く入ってもいいけど、滞在時間はいつもと同じでお願いしますよぉ~こんなジメジメした日には、先週家族で行った奈良県の五條の賀名生旧皇居でのラン
昨日の続きです。今回で賀名生梅林の最終回です。水玉に梅の花が映りました。下図⑩の所です。ここで右の坂を上がりました。坂の上にもきれいな所があると聞きました。⑩のところから坂を上がります。教蓮寺がよく見えます。この付近で梅に水をかけてマクロ撮影しました。ストロボでの撮影です。ストロボでの撮影です。逆光で花が輝いています。中心部が赤い花は散りかけだそうです。これで賀名生紹介は終わり
昨日の続きで最終回です。今回は東雲(しののめ)千本までです。寒桜が満開でした。今回は⑧~⑨付近です。この左側に寒桜が咲いていました。寒桜寒桜モクレンも咲いていました。この付近から北の方を見ると金剛山が見えます。教蓮寺が下に見えます。今回は⑧~⑨付近です。この付近が東雲千本です。この先にある奥の千本も行きたかったのですが、ここまでにして次の機会には、自動車で回りたいですね。一方通行ですが
昨日の続きです。今回は見返り千本です。教蓮寺から③に戻る途中で撮影した梅の花です。今回は上図⑤から⑥です。2人の方が弁当を食べていました。途中には所々に休憩所や売店があります。見返り千本の標識があります。この付近から見返ると標識付近から見返り撮影しました。今回はここまでで、明日に続きます。読者募集中ですので、読者登録はここのリンクです。希望があれば、読
昨日の続きです。賀名生梅林地区の村のお寺が教蓮寺さんです。今回はそちらに行きます。教蓮寺さん近くで咲いていた山茶花です。③から④の教蓮寺に行きます。③から教蓮寺への道に入る所です。進むと右に行きます。教蓮寺さんの鐘が見えてきます。鐘です。教蓮寺の門です。留守なのか中に入れませんでした。村の梅農家さんが協同で資金を出して建てたのでしょう。立派な門がありますが隙間から撮影しました。本堂
昨日の続きです。今回も賀名生梅林です。今回は②から③です。上図③の所です。教蓮寺の屋根が見えています。今回はここまでで、明日に続きます。読者募集中ですので、読者登録はここのリンクです。希望があれば、読者相互登録出来ます。毎日午後8時半~9時頃に更新しています。登録では「相手わかるように」に設定して読者登録してください。読者様のブログは拝見に行き、「い
昨日の続きです。今回は賀名生梅林口の千本から一目万本です。口の千本の梅です。現地の案内パンフレットです。今回は上図①から②付近です。一目万本付近です。雲海のような梅林です。一目万本付近です。梅が雲海のようになっています。一目万本の木札があります。さらに登ります歩いてきたところを振り返り見た一目万本です。上のしだれ梅は右端に見えます。梅とミツマタの花ミツマタの花です。日本の野山に自生し、古くから和紙
昨日の続きです。今回は賀名生皇居周辺写真です。賀名生梅林のしだれ紅梅です。今回はいろいろな方向から賀名生皇居周辺を撮影しました。②からは今までUPの写真ですこの右にカメラを回すとみやたにかわとあります。橋を渡り③から撮影すると③から②方向です。皇居前橋の名前があります。右にカメラを回すと宮谷川と白壁に石垣がきれいです。橋の上から撮影しました。③から④方向は空き家の古い家があります。④から③方向は空き家な
昨日の続きです。今回は賀名生皇居の周辺で、北畠親房墓地です。賀名生梅林の紅梅です。下図②の北畠親房の墓です。北畠親房は賀名生で亡くなりました。奈良県五條市西吉野町賀名生の華蔵院跡の墓地です。鳥居があり、墓は六角の土饅頭形です。②が墓地の位置です。グーグル地図からです。北畠親房肖像画です。(阿部野神社)NHK大河ドラマ「太平記」で近藤正臣の北畠親房です。村上天皇の末裔だった北畠氏は摂家に次ぐ家格の清華家公家でした。北畠親房は後醍醐天皇が即
2021年3月14日・・・2年前に来た時は、咲き始めだったので今年こそは雲海の梅を見ようと2度目の正直で朝から賀名生梅林に来てみました。ミツバチの巣箱を見ながら、坂道をゼーハー登って。2万本の梅が咲き乱れてましてん。花粉症で鼻詰まりの私の鼻にも梅の香りを感じましたほんま雲海やんか~~~!ワオ~なんだかんだと上にあがったけどやっぱりここ。一目万本が一番キレイやん。よーくみたらちょっと散り始めてるのもあるけどめちゃめちゃキレイだ~。上のほうも満