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貝島炭鉱アルコ22号に連結するトロッコ製作の件です。前回14015トロッコの改造ではあまりにもアンバランスでしたので津川洋行Nゲージ14015保線用トロッコレール運搬車Amazon(アマゾン)今回はネジ式連結器付無蓋車ト1形から改造してトロッコを作ってみました。津川洋行Nゲージ木造貨車無蓋車ト1形(初代・初期仕様・ネジ式連結器付)鉄道模型貨車14114Amazon(アマゾン)
国鉄から蒸気機関車から消えてからもココ九州の貝島炭鉱にはアルコとコッペルという輸入機関車が残っていました。特に大正生まれのアルコ22号機はリンク式カプラーとバッファーが付いていました。国鉄セラを連結するにはリンク式カプラーから自連に変換するトロッコが連結されます。因みに姉妹機アルコ23号機は自連に交換されていました。1976年昭和51年6月に最後の撮影をして風のたよりでは翌月には閉山になり九州からけむりが消えました。私の現役SL撮影ラスト
熊本県山鹿市鹿北、今朝の最低気温13.9℃。午後の最高気温18.9℃。雨模様の中、昨日とほぼ同じメニューの作業内容を応援先でこなしてまいりました。さて本日3月2日にちなんだ鉄道画像…スマホの画像ストックにキハ32もあったんですがやはり九州に縁のある車両と言うことで貝島炭鉱32号機画像撮影2020年10月4日、ブロ友様にお連れいただいた福岡県直方市石炭記念館にて『2020.10.4くさせんり師匠と糟屋・筑豊遠征!⑦貝島炭鉱32号蒸気機関車(直方市石炭記念館)』直方の石炭記念館に、C
既製品の入線撮影はメーカーさんがカッチリ作られた物ですから安心ですが、ほぼ自作となるとなかなかそうは行きません。こうやって実物より大きく拡大させて見ると手摺は太かった等色々と出て来ます。津川洋行貨車ワ1形付属品ドローバーを加工したものですが妥協はダメですね。時間をかけてでも材料を吟味し納得して作り込んで行かないとね。【Venue101PresentsCreepyNutsTHELIVE】を聴きながら、まだまだ、のびしろはあると自分に
私の現役SL撮影のラストは1976年(昭和51年)06月でした。九州のSL全廃が前年の3月、高森線C12と湯前線8620(SL人吉58654)。その後も約1年3か月続きました。そのSLとは九州筑豊地区貝島炭鉱専用線で活躍していたアルコとコッペルです。今みたいな情報はなく、電話で動いているかどうかの確認も出来ず、行って見るしかなかったのです。5回訪問して3回稼働していて1回はステレオで録音しました。『多趣味ゆえの悩み!アナログデータのデジタル化!!
国鉄から現役のSLが消えた昭和50年、福岡県貝島炭鉱専用線を撮影に行ってました。その後は炭鉱の閉山が続く中、平成元年に廃止されました。そのころ現役だった国鉄宮田線に乗り、終着駅の筑前宮田駅で下車しての撮影でした。この線は貝島炭鉱から筑前宮田駅までの短い900mほどの石炭輸送線でした。SLはドイツ製のコッペル。もうどこの場所で撮ったかも忘れています。
https://www.walkerplus.com/event/ar1040e478361/九州歴史資料館パネル展「鉄道遺産ものがたり9~筑前・筑後・車両編」(福岡県)の情報|ウォーカープラス九州歴史資料館パネル展「鉄道遺産ものがたり9~筑前・筑後・車両編」(福岡県小郡市)のイベント情報です。石炭や鉄の生産で日本の近代化を支えた福岡県には、多くの鉄道が敷設されてきた。こうした鉄道の施設には、明治など古い時代に造られたものが今も残り、これを「鉄道遺産」…www.walke
技術の進歩は著しいものがあります。しかし、その都度メディアが変わり互換性が無いのには困ったものです。写真データ、フィルムはスキャナーでデジタル化し現像ソフトを駆使すればかなり現実感のある映像が得られるようになりました。が、困ったのはVTRテープと生録テープです。自分史で恐縮ですが、中学生の頃はSONYラジカセ1300というモノラル生録から始まり、大学生の頃はSONYカセットデンスケで少し本格的にSLの生録にも挑戦しました。九州福岡県貝島炭鉱アルコ22号機カセットデン
さて、今回遊んでみる場所は、福岡市と北九州市の中間地点の宮若市にある『脇田温泉』です。福岡市街からも北九州市街からも車なら1時間以内…かなり余裕で到着してしまう、まさに気軽に行ける”都会の奥座敷”!!自然とともにゆったり温泉にも浸かれちゃう…言うことなしの癒しの場です。1年前にも『脇田温泉』の日帰りをご紹介しましたが、今回は前回行かなかった場所を中心に遊んでみます。記事をアップするのが遅く、9月頃の様子ですのでその点だけご容赦を。前回の記事は:『気軽な日帰り温泉:宮若市『脇田
今日、何となく入手してちょっと調べただけだけどこれ何気にすごいお宝じゃないの?九州の貝島炭鉱、文字通り日本を動かしていた会社のひとつ。作曲があの軍艦マーチのひとってのもツボですね。昭和13年、関係者に配られた盤なのだそう。出だしに軽く針ドッスンやらかしたのかプチ音入る傷があるがそれ以外は良好で針音も少ない。
2021.10.1JR直方駅を出てまっすぐに進むと立派なお寺が見えてきます。①②1908年(明治41年)本堂建立当時の棟瓦。重量は400キログラム、幅3m、高さ2.5m、奥行54㎝で三州瓦製の秀作です。③本堂1908年(明治41年)の建立=寿光山圓徳寺=創建1624年(寛永元年)本尊阿弥陀如来宗派浄土真宗本願寺派圓徳寺は1624年(寛永元年)に黒田孝政が東蓮寺(直方)藩をおこし、城下町形成の際に鞍手郡植木村より圓徳寺をこの地に移したことに始まります。当初は、城下町の出入
明治から昭にかけて、筑豊地区では炭鉱用の鉄道が網の目のように敷設されていましたが、中でも屈指の採掘量を誇った貝島炭鉱の運炭用鉄道として開通したのが国鉄宮田線と貝島炭鉱専用鉄道でした。石炭産業の斜陽化に従って次々にその姿を消した運炭鉄道の中でも、最後まで古典蒸気機関車が活躍したのもこの路線でした。訪問した1974年にはすでにメイン路線であった筑前宮田ー庄司間は廃止され、筑前宮田ー六坑間2キロを残すのみでしたが、のどかな田園風景と、巨大な炭鉱施設の中を走る輸入機関車の姿が見られる稀有な存在でした
※本日2月3日につき、貝島炭鉱23号蒸気機関車(小竹町町民グラウンド)明日2月4日は17:30~居酒屋営業※20:30オーダーストップ21:00閉店としますビール(アサヒスーパードライ):400円ハイボール:400円ウィスキー:350円焼酎(いも・むぎ):350円日本酒:400円ノンアルコールビール:300円ウーロン茶:200円みかさの紳士淑女が集う阿志岐の迎賓館食事処御来欧音TEL090-2081-6468818-0011筑紫野市阿志岐1521-1
本日は2月2日、2‐2Dayですので、宮田町の石炭記念館(旧大之浦小学校跡)に保存されている貝島炭鉱22号蒸気機関車をご紹介します。34,500円という購入価格はいったい幾ら位なのでしょう?国会図書館のHPで、大正5年の1,000円は現在の923,800円という指数が載っていました。そのままの比率でいくと、31,871,100円となります。23号同様の弁当箱スタイルに、古風な連結器。赤色が美しいアクセントになっています。やはり貨車のロトを牽引した状態で
遠賀川ひろいわ〜貝島太助翁炭鉱経営者直方市石炭記念館救護練習用坑道蒸気機関車救命器人力車の紋蒸気機関車続く洋美
JR化後の平成元年に廃止されました、勝野~筑前宮田間を結んでおりました宮田線の廃線跡の話題をご紹介しておりますが、前回では、宮田線の沿革及び上の画像にもありますように勝野駅の先にあります今も残ります橋梁、そしてそれから先の廃線跡区間をご紹介しておりました。これら区間も、廃止から32年を経過しておりますが、路盤が残っている所が多く、かつて鉄道が通っていた証が今も残されております。特に画像1の橋梁がその時を残しておりますので、時代を感じさせる部分ではないかとも思います。しかし、
※本日23日につき、貝島炭鉱23号蒸気機関車。アメリカンロコモティブ社製(アルコ)明日7月23日は17:30~居酒屋営業※21:00オーダーストップ22:00閉店としますビール(アサヒスーパードライ):400円ハイボール:400円ウィスキー:350円焼酎(いも・むぎ):350円日本酒:400円ノンアルコールビール:300円ウーロン茶:200円みかさの紳士淑女が集う阿志岐の迎賓館食事処御来欧音TEL090-2081-6468818-0011筑紫野
※本日22日につき、貝島炭鉱22号蒸気機関車。アメリカンロコモティブ社製(アルコ)明日7月23日は17:30~居酒屋営業※21:00オーダーストップ22:00閉店としますビール(アサヒスーパードライ):400円ハイボール:400円ウィスキー:350円焼酎(いも・むぎ):350円日本酒:400円ノンアルコールビール:300円ウーロン茶:200円みかさの紳士淑女が集う阿志岐の迎賓館食事処御来欧音TEL090-2081-6468818-0011筑紫野
昭和51年の3月、一浪して希望の大学に合格。ウキウキ^^最高な気分の中、SL撮影に行ってきました。「えっ、SL?」、「すでに1月に追分駅の入換え作業が終了したはず」と言われそうですが、筑豊の炭鉱の専用線で細々と走っている所がありました。そう貝島炭鉱です。専用線は当時国鉄宮田線(すでに廃線)の終着・筑前宮田駅と六坑と呼ばれる採掘場を結んでおり、通称「アルコ」&「コッペル」と呼ばれるCタンクの外国製のSLが走っていました。撮影日は丁度45年前の今日、3月26日。ハイ、証拠の入場
今夜の「ちょっと福岡行ってきました」は柔道家・篠原信一と元サッカー日本代表・前園真聖さんのコンビでした。もう8回目の登場なんですね。今回は珍しくゴールならず・・・・。でも、貝島炭鉱のアルコ社製蒸気機関車23号が遺る小竹町(さすがに蒸気機関車は登場しなかったけど・・・・)が出てきました。今夜の「世界ふしぎ発見!」は元寇を中心にした対馬。実は、対馬にはまだ行ったことがないのですが、いつか行きたいです。元寇の際に築かれた博多湾の防塁元軍の軍船の錨。
直方の石炭記念館に、C11-131号機と共に展示されているのが、筑豊炭田の中でも御三家と称される貝島炭鉱で活躍した32号機です。貝島炭鉱で使用された32号機は、九州の私鉄に比較的多かったドイツ・コッペル社製蒸気機関車の中でも最大であり、45トンもある重量級です。因みに、この直方市石炭記念館は、本来、救護練習所の跡地にあります。こちらは、救護練習所の記念碑。前回訪問済でしたので、今回はパスしましたが、こちらが救難訓練用の模擬坑道。本物の炭鉱の坑道に似せた場所で実践
宮若市石炭記念館(旧大之浦小学校跡)にやって来たら、表にある貝島炭鉱専用鉄道のアルコ社製蒸気機関車22号機は外せません。34,500円という購入価格はいったい幾ら位なのでしょう?国会図書館のHPで、大正5年の1,000円は現在の923,800円という指数が載っていました。そのままの比率でいくと、31,871,100円となります。独特の弁当箱スタイルに、古風な連結器。赤色が美しいアクセントになっています。貨車のロトを牽引した状態で展示されています。
志免炭鉱を後にした私たちは、宮若市にやって来ました。途中で見つけたレトロなポスト。現役みたいです。凹凸のある草地と、一面に敷かれたソーラーパネル。田舎では珍しくない光景ですが・・・・ここには、筑豊御三家と称された、大きな貝島炭鉱がありました。そう、凹凸のある土地は石炭の露天掘りの跡だったのです・・・。志免炭鉱から石炭つながりでやって来たのは、宮若市石炭記念館。実はこの建物、貝島炭鉱が設立した、私立大之浦小学校(現在は廃校)の建物を利用し
本日は、くさせんり師匠とおでかけ・・・の前に、当店常連のH先輩がたまたま当店の前を・・・・。実は、御来欧音が行けなかった地域のイベントの立ち合いに行ってくださいました。朝から、コーヒー飲みながらワイワイ!須恵から志免方面へ。くさせんり師匠の勝田線訪問は、廃線以来とのこと。不謹慎な(笑)くさせんり師匠より、顔良ローバーの後釜に勧められましたが、とてもそんな気分には。貝島炭鉱について、改めて学びました。直方汽車倶楽部さんを初訪問!大関・魁
唐戸付近風景(大正初期)左側より石田汽船、貝島商館、旧英国領事館(澤忠宏関門海峡渡船史より)(彦島のけしきより)注:石田汽船は関門汽船と発展的合併する。貝島商館はジャーディンマセソン商会の建物を引き継ぐ。参考①関門汽船(wikiより)•1889年(明治22年)9月:門司の石田平吉により関門間の和船航路の運航が始まる。•1896年(明治29年):関門汽船(株)が下関市に設立。石田との共同運航により本格的に航路が整備される。•1945年(昭和20年)以降、関門汽船と関門
炭鉱経営で麻生家、安川家とともに「筑豊御三家」の一つとされた貝島家の「旧高宮貝島家住宅」の主屋と茶室を福岡市登録文化財にした。かつて、貝島炭鉱の本社が下関市唐戸の旧英国領事館の北側の旧ジャーディン・マセソン商会の建物にあり、貝島太市邸が下関市長府侍町1丁目6−19、貝島太市別邸が下関市前田1丁目13−23の前田砲台跡地にもあったことがある。旧高宮貝島家住宅中央:福岡県福岡市南区高宮5丁目16参考福岡市の「旧高宮貝島家住宅」主屋と茶室を登録文化財に[福岡県]西日本新聞(2017/
貝島炭砿の鉄道写真展宮若市石炭記念館で30日まで[福岡県]西日本新聞筑豊最後の炭鉱となった貝島炭砿の鉄道の写真展が、宮若市上大隈の市石炭記念館で開かれている。慶応大生の鉄道愛好家でつくる「けむりプロ」...国有形文化財、本県3件答申文化審議会岩手日報文化審議会(馬渕明子会長)は18日、遠野市の旧遠野寶物(ほうもつ)館、金ケ崎町の旧陸軍省軍馬補充部六原支部官舎3棟(3件)、住田町の旧菅野家住宅6...忍者の衣装を用意しのぶトークも23日から養父の記念館/兵庫毎
少し前からなのだが、デイサービスや病院などにも足を運ぶようになった、これは各地のお年寄りと地区で出会う機会が極端に減ったからだ、近年炭鉱の話を聞くにはそういった施設に行かないとほとんど聞けなくなった。時代もそういった頃に差し掛かったといえる。今回はとある病院に大辻炭鉱で仕繰夫として働いていた90代の男性がいると聞き、日時や具合の様子を見て病院へ向かった。話し始めは昔の大辻炭鉱の写真を見ながらの会話となる、写真には大辻炭鉱町が写っていた。町中には多くの旗が靡くさま