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初代豊竹咲太夫(初代・とよたけ・さきたゆう)本名生田陽三(いくた・ようぞう)芸名歴竹本綱子太夫豊竹咲大夫豊竹咲太夫昭和十九年(1944年)五月十日大阪府大阪市に誕生。父は八代目竹本綱太夫。豊竹山城少掾に入門。重厚な語りで役の命を明かした。令和六年(2024年)一月三十一日死去。七十五歳。平成二年(1990年)六月中座において上演された六月大歌舞伎の夜の部『義経千本桜』「川連法眼館」に豊竹咲大夫が出演した。源九郎狐・佐藤忠信は
今月、豊竹呂太夫改め十一代目豊竹若太夫お師匠さまの、襲名披露公演へ伺ってまいりました。豊竹若太夫の名前は、義太夫節の創始者竹本義太夫の弟子であった初代からの大名跡。本当におめでとうございます。「市若初陣の段」そう、これがこの時代の武士の魂。それは、男も女も子供も関係ない。武家の誉れと主君のため、たとえ幼子であろうとも自ら命を投げ出す。そして親である前に、人である前に、武士なのが、この時代。涙がとまらなかった。。本当に迫力と切なさとがこんなに豊かに伝わってくるお師匠さまは、日本の宝。泣い
こんばんはいつもお読みくださりありがとうございます北千住シアター10105月文楽公演シアター1010は場内飲食禁止ですがドリンクコーナーがありサインがいっぱい並んでいましたカウンターには上演中の5月文楽公演の出演者たちのサインが玉男さん、勘十郎さん、和生さん、團七さん、若太夫さんそれぞれの魅力が溢れるサイン色紙!玉男さんの【覚】は本当にパッチリとした感じですごいエネルギーを感じます。目が覚める感じです☺️✨では、また
おはようございますいつもお読みくださりありがとうございます北千住シアター1010令和6年5月文楽公演豊竹呂太夫改め豊竹若太夫襲名披露狂言和田合戦女舞鶴綱手は桐竹紋臣休演で吉田玉誉がつとめていました。ストーリーがまだ呑み込めてないところがありますが主人公・板額(怪力で強い力を持つ女性)が実の子の市若丸を尼将軍の孫の善哉丸の身代わりにしなければいけないお話でした。その身代わり方法が我が子を一室に閉じ込めその外の部屋で母である板額が一人芝居をして市若丸を自害へ追い込むという
おはようございますいつもお読みくださりありがとうございます国立劇場第228回文楽公演Aプロ豊竹呂太夫改め十一代目豊竹若太夫襲名披露口上裃姿のコワモテ(に見える)個性的な男たちのユーモラスさも味わえる口上はオヤジスキーとしてはとっても楽しかったですこれから凄い強い勢力へガサ入れに入る刑事さんみたいなコワモテでドシリアスな雰囲気ででもしっかりきっちり笑わせてもくれて、私達と向かいあってくれてるの、いっぱい感じることが出来ました厳しいお顔で内容砕けてくるとか錣太夫も團七さんも勘
建て替え工事に入っている国立劇場。工事中なので文楽も他劇場で行われるのですが、北千住のシアター1010では5月文楽公演が始まっています。そこで豊竹呂太夫の“豊竹若太夫”襲名披露が行われています豊竹若太夫というのは江戸時代初期の人で、義太夫節の創始者・竹本義太夫の弟子であり、豊竹座を旗揚げした人物だと豊竹若太夫-Wikipediaja.m.wikipedia.orgそんな大名跡を襲名するらしく、テレビでもニュースになっていた。正直、豊竹呂太夫さんのことは全く知らないのですが、
4月16日(火)、国立文楽劇場で、第174回=開場40周年記念公演を見ました。第1部が『絵本太功記』。寛政11(1799)年7月、豊竹座で初演。作者は、近松柳、近松湖水軒、近松千葉軒。武智光秀(史実では、明智光秀)が、尾田春長(織田信長)を倒すという謀反を決意した天正10年6月1日から、真柴久吉(豊臣秀吉)との戦いに敗れ、小栗栖の竹藪で落命する13日までを、一日一段で描いています。で、全13段。それに『発端』がついて。長い長い作品なのですが、現在、歌舞伎では、『夕顔棚の段』『尼ヶ崎の
第二部にて11代目豊竹若太夫襲名披露口上が執り行われる豊竹若太夫三昧団子売で景気をつけたあと豊竹呂大夫改め、豊竹若太夫へ若様グッドポジション公演前と公演後、ご本人が立たれていた襲名披露自体を初めて見た呂勢太夫さんが取り仕切り太夫から三輪太夫、三味線から團七、人形から勘十郎が挨拶みなさん、ユーモアを交えて、若太夫さんのお祝いを述べられていた文楽というと、見たことのない人は伝統的な堅苦しいものというイメージがあるが、実際は大衆芸能であるし、笑わせる場面も多々あるコロナ前
大阪のお土産(岩おこし・こがしバターケーキ他)。彼女の墓参り(神戸)。豊竹呂太夫改め十一代目豊竹若太夫襲名披露4月文楽公演が開催されていた。
令和三年(2021年)四月十九日国立文楽劇場。三代目吉田簑助の錦祥女を拝見しました。全身全心を挙げて熱くなりました。三代目吉田簑助(さんだいめ・よしだ・みのすけ)文楽人形遣い昭和八年(1933年)八月八日大阪府生まれ。本名平尾勝義芸名歴桐竹紋二郎三代目吉田簑助平成十四年(2002年)四月十日『菅原伝授手習鑑』千代平成二十二年(2010年)四月十二日『妹背山婦女庭訓』雛鳥平成二十六年(2014年)四
国立文楽劇場。四月公演。十一代目豊竹若太夫の、襲名披露がありました。豊竹呂太夫から、十一代目豊竹若太夫。呂太夫にとって、若太夫は、祖父にあたり。芸筋からも、血筋からも、襲名にふさわしく。十代目の若太夫に関しては、時代が異なるので、直接には知りません。ただ、横浜ボートシアターの遠藤啄郎さん(残念なことに亡くなられてしまいました)から、十代目豊竹若太夫の話をいろいろ聞いたり、彼の家で、そのビデオテープを見せていただいたりして。(遠藤さんは、文楽の上演に関わっていたことも多く、その話も
4月の国立文楽劇場は、呂太夫改め、十一代目・豊竹若太夫の襲名披露でした。残念ながら、襲名披露狂言の「和田合戦女舞鶴」には行けませんでしたが、ぜひ次は。資料展示室では、若太夫ゆかりの品が展示中。これは、初代。そうして、当代。これからも、文楽劇場では、上方ならではの演目が続きます。文楽鑑賞教室と、舞踊・邦楽鑑賞会は、親しみやすい。素浄瑠璃と若手の浪曲には、未来を感じます。乙女文楽と娘義太夫が、華やか。染左の「百年目」は、春らし
満開の桜が祝福するかのように咲き誇る国立文楽劇場の、豊竹若太夫襲名披露。愛と笑いに満ちた襲名口上の後は、「和田合戦女舞鶴」。これはすごい作品。息子市若の決心を聞いた時の「腹を!」の母の切り裂くような高い声は新・若太夫師匠にしか出せまい。「おのれが我が子を引き入れて手柄さそとは心得ず」で打掛を脱いで真っ赤な着物になる、あの母の心情。桐竹勘十郎師匠が、毅然とした武家の妻であることと情愛あふれる母親であること、両者の間で揺れ動く女を見事に遣う。「ナウ母様。今までわしはほんの子と〜〜」と、いたいけな
昨日5時台に放送。来月6日に若太夫を襲名される呂太夫さんのインタビュー。「ほんで」とおっしゃたり、大阪のおっちゃんのお話しぶり。とても親近感が湧きました。「何か訳があろうがな」というセリフを、娘、子供、よいお侍、悪いお侍、よい町人、悪い町人、お爺さん、よいお婆さん、悪いお婆さんと順々に語り分けてくださってもう感服あるのみ。4月は春期講習、コーラスの定演、遠出2回と予定がいっぱいで、襲名披露興行を大阪まで見に行くことは諦めています。10月には津で巡業がありますが、夏の興
春は文楽。4月の国立文楽劇場は、呂太夫改め若太夫の襲名披露です。時は鎌倉時代。「和田合戦女舞鶴」の忠義心と母心を、どう語ってくれるのか。他にも、「絵本太功記」、「御所桜堀川夜討」などが揃いました。えっ、また、「釣女」。舞踊も、春ならではの彩りです。舞踊公演は、次々と演目が入れ替わり、いっぱい楽しめるのがうれしい。次世代の育成が、なんといっても大切です。6月は文楽鑑賞教室。その前の5月は、浪曲練声会です。浪曲は文楽劇場だけじゃな
2月10日(土)、日本青年館ホールで、文楽の二月公演、その第一部を見ました。12時開演。最初の演目は、『二人三番叟』。もともとは、猿楽の『式三番』。現在の、能の『翁』。翁と、千歳が登場し、3番目に現れるので、『三番叟』。そのうちの、翁と、千歳を省いての演目。天下泰平、五穀豊穣を祈願し。で、二人の三番叟が、激しい動きのなかで、疲れ、サボり。片方が、それをとがめ。という、やり取りのおもしろさ。やがて、「治まる御代こそめでたけれ」と、舞いおさめ。祝典の演目。三番叟を、睦太夫
今日は、某雑誌の「人間力」という3ページの連載記事の取材で、人形浄瑠璃文楽座・太夫で切語り(太夫の最高位)の豊竹呂太夫師匠を撮影しました。呂太夫師匠は、今年4月に11代目豊竹若太夫を襲名します。77歳の呂太夫師匠。ハートを作ってくれる師匠は、とってもお茶目な方!襲名披露公演のチラシから。。。男前です!!豊竹若太夫の名跡は、義太夫節の元祖竹本義太夫の高弟、竹本采女が独立して豊竹座を創設(1703)するに際に名乗ったもので、豊竹姓の元祖であり、義太夫界におけ
『七福神宝の入舩』(しちふくじんたからのいりふね)第一七三回=文楽劇場公演令和六年一月四日国立文楽劇場第一部七福神宝の入舩≪大夫≫寿老人竹本三輪太夫大黒天竹本津國太夫弁財天豊竹咲寿太夫布袋竹本小住太夫福禄寿竹本碩太夫恵比寿竹本聖太夫毘沙門豊竹薫太夫《三味線》野澤勝平鶴澤清馗鶴澤清丈'鶴澤寛太郎野澤錦吾鶴澤清允《人形役割》寿老人吉田玉助大黒天吉田簑一郎弁財天吉田文哉布袋桐竹紋臣福禄寿桐竹紋秀恵比寿吉
近頃河原の達引この演目は2019年4月公演で1度見たことがあるあの時も猿回しの段は呂太夫&清介さんでした四条河原の段4人の登場人物に1人ずつを太夫さんが語る掛け合い伝兵衛睦太夫官左衛門靖太夫勘蔵文字栄太夫久八南都太夫三味線團七幕が開くと背景は真っ黒の闇夜上手に枯れた柳の木のみ亀山家の悪い侍の官左衛門と出入りの道具屋の伝兵衛の喧嘩(達引)の場面伝兵衛は遊女おしゅんと将来を誓い合った仲官左衛門はおしゅんに横恋慕またお家の宝の〝飛鳥川の茶入れ〟を盗ん
1月18日(木)、国立文楽劇場で、文楽公演第一部を見ました。最初の演目は、おめでたく、『七福神宝の入舩』。七福神、つまり、寿老人、大黒天、弁財天、布袋、福禄寿、恵比寿、毘沙門が宝船に乗って現れ、それぞれ、『一芸』を披露するというもの。いわゆる『芸廻し』。今年が、『辰年』なので、彼らの乗った船も、辰の船。太夫は、寿老人が、三輪太夫。大黒天が、津國太夫。弁財天が、咲寿太夫。布袋が、小住太夫。福禄寿が、碩太夫。恵比寿が、聖太夫。毘沙門が、薫太夫。の掛け合い。三味線は、勝平
令和五年(2023年)九月五日国立劇場小劇場『寿式三番叟』《太夫》翁豊竹呂太夫千歳竹本錣太夫三番叟竹本千歳太夫三番叟竹本織太夫豊竹咲寿太夫竹本聖太夫竹本文字栄太夫《三味線》鶴澤燕三鶴澤藤蔵野澤勝平鶴澤清志郎野澤錦吾鶴澤燕二郎鶴澤清方<人形役割>千歳桐竹紋臣翁桐竹勘十郎三番叟吉
『菅原伝授手習鑑』令和五年(2023年)九月五日第二百二十五回文楽公演国立劇場小劇場第二部通し狂言菅原伝授手習鑑賞四段目北嵯峨の段太夫豊竹希太夫三味線竹澤團吾寺入りの段太夫豊竹亘太夫三味線鶴澤友之助寺子屋の段切太夫豊竹呂太夫三味線鶴澤清介奥太夫豊竹呂勢太夫三味線鶴澤清治五段目大内天変の段太夫竹本小住太夫三味線鶴澤寛太郎《人形役割》舎人松王丸吉田玉助春吉田清五郎八重吉田一輔御台所
1月3日10時頃より4年ぶりの鏡開きが行われるとのことで10分前には着きました暖かく晴れていましたまず劇場支配人さんのご挨拶から4年ぶりの鏡開き文楽劇場は今年開場40周年とのこと元旦から北陸の大地震があり昨日は羽田空港で事故があり鏡開きを取りやめようか検討したが劇場内に募金箱を置きましたとのこと1人の皆さんが2人連れて来て下さいと技芸員を代表して呂太夫さんのご挨拶今年は辰年竜頭蛇尾にならないよう龍頭龍尾でいきましょうと第1部で出演するする恵比寿さんと弁財天が
文楽太夫の豊竹呂太夫さんが来年4月に十一代目豊竹若太夫を襲名しますこの事について京都新聞に記事が載っていたのでメモしておきますそもそも〝豊竹若太夫〟という名跡はビッグネームらしいです現在受け継がれている義太夫節を始めたのが竹本義太夫その一番弟子が豊竹若太夫とのこと江戸時代の道頓堀の西の方に竹本義太夫が開いた竹本座がありその後豊竹若太夫は道頓堀の東の方に豊竹座を開いた2つの座は切磋琢磨して客を集めた竹本義太夫の名跡はプロ野球界でいう巨人軍の長嶋や
11月5日日曜日文楽公演2日目第1部と第2部見てきました日本シリーズ応援疲れと仕事疲れが重なったこと10列目の床よりという私にとっては緊張感のかからない座席で見たので途中眠たくなったりしましたちゃんとした観劇記録は後日2回目見た後にアップするかも知れません第1部は双蝶々曲輪日記プログラムによると全九段構成の堀江相撲場の段は二段目難波裏喧嘩の段は五段目八幡里引窓の段は八段目ということです堀江相撲場の段で登場する人気の関取(プロ)が濡髪長五郎
2023年(令和5年)8月20日(日)内子座文楽2日目であり、最終日です。この日も快晴でした。午前の部の座席は1階向正面桟敷席の7番にしました。2階にある嶋太夫師匠の遺品展示を鑑賞させていただいたので2階からも撮ってみました。庭です。私の座席から舞台を見た様子です。私の座席から上を見た様子です。午前の部お客さんも浄瑠璃をよく分かってい
令和五年(2023年)九月五日国立劇場小劇場『寿式三番叟』翁豊竹呂太夫千歳竹本錣太夫三番叟竹本千歳太夫三番叟竹本織太夫豊竹咲寿太夫竹本聖太夫竹本文字栄太夫鶴澤燕三鶴澤藤蔵野澤勝平鶴澤清志郎野澤錦吾鶴澤燕二郎鶴澤清方<人形役割>千歳桐竹紋臣翁桐竹勘十郎三番叟吉田玉勢三番叟吉田簑志
昭和59年(1984年)9月国立文楽劇場で上演された『国言詢音頭(くにことばくどきおんど)』大川の段・五人伐の段(カラー・約94分)が配信中です。視聴者特典として床本のデータプレゼントもあります。販売期間令和5年9月1日(金)午前11時~9月21日(木)午後11時59分※視聴期間は、販売期間に関わらずレンタル後2週間視聴料金2,500円(税込)配役大川の段 豊竹呂太夫(五代)