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おはようございます。4人部屋に2人でいます。相棒となるオッサンは夜中も点滴あるので、看護師さんが部屋に来る。ええ。目が覚めますよ。しゃーないけどね。お互様だからね。あと、点滴棒のコロコロ動かす音…アレも気になって目が覚める😀廊下の先の方からオッサン歩いてるのが聞こえてくる。神経質?気にしすぎ?気を入れ直して、朝6:30頃の富士山5時頃トイレ🚽で目が覚めた時は、稜線がクッキリと綺麗な富士山🗻だったけどね。霞んじゃったね。今朝もマスターズをデイルームで1人で観てます。もうこの歳
寒い日に食べるものは?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしようチャー・シュー・メン!寒(しゃみ)いなぁ〰〰〰!!この人、知ってる?(笑)プロゴルファー謝敏男🔗プロゴルファー猿オープニングテーマ「夢を勝ちとろう/水木一郎」公開中の本編再生リストはこちら💁♀️【プロゴルファー猿作品概要】田舎に母親と兄弟5人で暮らす、外見が猿そっくりの野生児「猿谷猿丸」は、木の根を削って作った手製のドライバーを用い近
二鉄遊びをしていると、ラウンドでここは二鉄の出番じゃとなった時には、よっしゃぁって気合が入る。ビシィッとヒールに当てて内外に振り出し、右から返ってくる球筋を頭の中に描いてアドレスに入る。するってぇと工夫の記憶をいろいろと引っ張り出して、しばし混乱する頭の中を一瞬で整理する。その工夫もせいぜい一振りで意識できるのは多くて3つくらいのポイント。それを意識し過ぎればやり過ぎもあり、しかし、上手く当たる確率が低いのは二鉄を持ったぞって言う気概。これが常に無用な力みを招き、折角の機会を無駄にする
トニーシェモデルの二鉄、無闇に手にしてみたわけじゃなく、手持ちのセットものの番手補完てぇのが本来の目的。このモデルの二鉄ってなかなかないですねぇなぁんて会話をし、捜索願をネタにしたら、突如として現れた。そんな経緯は以前の小ネタとして、セットものを手にした時から二鉄探しはしていたわけで、また、当時のカトプロもトニーシェモデルを使われていたこともあって、情報にはアンテナを張っていた状態。んで、現れたのは二代目のトニーシェモデル。メモリアルの刻印がミュアフィールドの20勝記念と同じロゴと判断
トニーシェモデルの二鉄をレンジへ持ち出してみました。マクレガーのこの時代のモデルとしては特に主張するモデルでもなく、刻印から連想されるのはミュアフィールドの20勝記念モデル。本来は一世代前のトニーシェモデルの二鉄を探していたのですが、見かけないってぇ世間話からして、千載一遇の機会を逃すことはできません。一世代前のモデルは見かけた資料にR55をベースにしたモデルとあった。だもんで、R55の二鉄を見つけて喜々として観察していた小噺もネタにしてました。ところが、それは見つけたR55ではなく、
忘れちゃならんかった、トニーシェの312モデルのスプーンと新たに手にしたアメリカンレプリカのM85、バッフィーです。これを同時に振り回したというのはデジカメデータを撮り損ねたレンジでM85のドライバー合わせ。バッフィーはもちろん同じモデルシリーズですから組み合わせて間違いはない。んで、ドライバーとバッフィーの間をこの312モデルで補うには、ってぇ目論みでレンジ遊びをしたわけです。ついでに持って出たハーマンバーロンのバッフィーとも比べてみると、楽しいレンジになる。振り回してみて、本音を言
これです。手持ちの記憶に薄かったトニーシェのスプーン。資料には312モデルの解説が残っていて、その背景もアイアンを手にしたときに何人かの方からご教授いただきました。トーナメントで3週連続12日間首位をキープしたというメモリアル。これは間違いなく日本国内でのお話しで、R55という当時の標準的なモデルをモディファイして生産されたモノと残ります。ま、これも、一定の資料をつなぎ合わせてストーリーにしただけなんですけどね。88年のカタログ的年鑑資料ではカーボンインサートのコンパクトなヘッドのモデ
膝が痛いのはいろんなところに影響している。生活環境の中でも然り、このブログでもそう。ここのところ見た目の画が全く代わり映えしないのは、引っ張り出してデータに収めるというのがかなり面倒なことになっているからだなぁ。生活の中での変化は、ま、それなりってぇことで、詳しく書き留めるネタとも違う。ま、前回にジャンボの話をしたのは、この新たなる届け物の前振りという事であって、頭だけがはっきりしているという状態が、始末に悪いという話になってしまうのであります。というのはね、いつもならなんかないかな