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昨日図書館で本📚️を借りてきた「諸葛孔明」日頃本📖を読むことは少ないけども⋯「諸葛亮孔明」は歴史上最も尊敬している人物なので思わず借りてきた☺️【伏龍🐲(臥龍)】「諸葛亮孔明」は言わずと知れた⋯「三国時代」劉備に「三顧の礼」で迎えられ「天下三分の計」を掲げて蜀を建国し丞相として国を治めた『天才軍師』だ🙂「死せ
2.諸葛亮の投影を確認する~呉用、公孫勝、孔明、孔亮~まず梁山泊の軍師である呉用ですが、以下のような諸葛亮との関連性が見られます。・呉用の道号「加亮先生」は「亮に加える」と解釈でき、呉用は諸葛亮より優れた存在・呉用が登場した時の小うたでは「謀略は敢えて諸葛亮を欺り」(※2)とされ、呉用は智謀で諸葛亮を上回るとされている・童貫が梁山泊に攻め寄せた場面で、白い道服、羽扇、綸巾を身につけた描写がある(※3)(※4)呉用は『水滸伝』でも指折りの智謀を持っていますが、しばしば失策(
1.はじめに『水滸伝』には、三国志(正史、演義問わず)の登場人物と共通する要素を持つ好漢(※1)が登場します。明らかにキャラクター造形が類似する好漢がいる一方で、名前だけとしか思えない場合もありますが、対象としては以下の好漢が挙げられます。【諸葛亮】呉用、公孫勝、孔明、孔亮【関羽】関勝、朱仝【張飛】林冲【関索】楊雄【呂布】呂方【その他】秦明、李俊、張横、孟康、李立、楊林、張順これらの好漢について、まずは三国志の人物がどのように投影されているか確認し
4.「隆中策」の描いた戦略後編(漢王朝の復興とその後)前回(諸葛亮は天下三分ではなくどんな戦略を描いたのか(三・隆中策の戦略前編))は「隆中策」により劉備が荊州、益州を領有するまでの戦略を確認しましたが、引き続き「隆中策」の最終目標である漢王朝の復興を確認します。第三段階曹操を打倒し、漢王朝を復興する・劉備が益州を支配し、荊州と合わせて2州を支配できれば、ある程度の戦力が整う。変事が起こり、機会ができれば見逃さず、荊州と益州から曹操の支配地に侵攻する。・特に、漢中から長安に
2026年1月22日いつもわたしのブログへ訪れていただいて「いいね」や「コメント」いただいて本当にありがとう(*´∀`)♪みなさんは「諸葛亮」についてはよくご存知のことと思うのですけど?言わずと知れた中国は「三国志」の時代「蜀(蜀漢)今の四川省の辺り」に仕えた軍師ですお名前についておさらい「諸葛亮」もしくは「諸葛孔明」といいます間違っても「諸葛亮孔明」と云う言い方(呼ばれ方)はしません「諸葛(しょかつ)」は名字(苗字)
3.「隆中策」の描いた戦略前編(荊州、益州の領有まで)「天下三分の計」としても知られる「隆中策」は、『三国志演義』では天下を三分する戦略ですが、『正史三国志』を見る限り、天下三分する戦略になっていません。では、「隆中策」はどのような戦略だったのか、まずは「三顧の礼」(207~208年頃)の前後に劉備がどのような状況下にいたのか整理します。(劉備の状況)・劉備は劉表を頼り、新野に駐屯していた。・新野の北から東にかけて曹操の勢力下にあり、曹操軍と争うこともあった。・新野の南東には
2.「天下三分の計」は何に由来しているのか史実における諸葛亮の「隆中策」は、前回(諸葛亮は天下三分ではなくどんな戦略を描いたのか(一・史実に天下三分の計はない))確認した通り天下を三分する戦略にはなっていません。しかし、「天下三分の計」として広く認知されていることも確かで、これは『三国志演義』の影響と考えられます。『三国志演義』における「隆中策」は、劉備からの「漢室は傾き、天下に大義をのべたいが、働きがないまま今日にいたった。志は捨てておらず、どうすればよいか」という問いに対して、諸
1.史実で諸葛亮は「天下三分の計」を立てていない「三顧の礼」において、諸葛亮は訪れてきた劉備に対し、「隆中策(隆中対)」と呼ばれる今後の戦略を示します。「隆中策」は「天下三分の計」と呼ばれることも多く、こちらの名称でご存知かもしれません。ただ「正史三国志」に記されている「隆中策」は、しばしば指摘されているように、天下を三分する戦略にはなっていません。劉備からの「漢王朝は傾き、天下に大義を示したいが、力不足である。どうすれば良いか」という問いかけに対し、諸葛亮は以下のように回答し、戦略を示しま
三国志において「もしもあの人物が生きていたら」「もしもあの時こうだったら」という、歴史のifがしばしば話題になることを見かけます。ただifの話を始めておいてなんですが、実はあまり三国志のifを考えることに興味はありません。想像する楽しさを否定するのではありませんが、ifを考えた途端、三国志が世界からなくなることを意味するように感じるからです。黄巾の乱から漢が衰退し、三国鼎立を経て、晋が統一するまで約100年に渡る三国志の世界。1800年前の出来事が、今なお人々を魅了していることが奇跡だと感じ
12.人名を眺めてうずいた収集癖後編前回、三国志の登場人物の姓や名で、同じ種類のものを揃えることができないか挑戦しました。漢数字と干支は話にならないほど揃わず、中国の歴代王朝はあと一歩のところで揃いませんでした。引き続き、別のテーマで挑戦を続けます。〇南総里見八犬伝の八つの玉南総里見八犬伝に登場する八つの玉には、それぞれ徳を表す漢字が1文字ずつ書かれています。「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」の八つで、三国志で見覚えのある漢字もあります。南総里見八犬伝には三国志について
南蛮王孟獲の夢は、成都侵攻からスタートしました。蜀漢が滅ぶのは、【名君チャンピオン道場】でのプレイ通りでした。『【三國志Ⅴ】南蛮王、一路猛攻す【名君チャンピオン道場】』南蛮王、一路猛攻すシナリオ五路侵攻戦(223年8月)設定難易度☆☆☆プレイ難易度☆☆攻略スタイル兵糧攻め同盟相手(不要)玉璽所持者曹丕攻略サイト南…ameblo.jp問題はここから。蜀漢の優秀な人材を揃えようと思ってたところへなんとライバルのアイツが成都に潜んでました!まさか立場逆転しようとは…。しかも、t
『三國志』シリーズ40周年。今まで『信長の野望』シリーズをやってきましたが、『三國志』シリーズもやっていました。『Ⅶ』はやらず仕舞いでしたが、『Ⅴ』まではプレイしていました。…完クリしたのは『Ⅱ』『Ⅳ』『Ⅴ』だけでした。『三國志』シリーズの素晴らしさは、個人もしくは命令書の数でできる行動でした。『信長』シリーズのように、大名の能力が高いと行動が広がるのと違ってきます。『Ⅴ』のように、名声で行動力が制限されるのはキツいかもしれませんが、内政や領土拡大で命令書が増えるのは、ある意味楽しみ
2025年11月1日、第19回「三国志祭」に参加し、三国志に関する様々な話を拝聴しまして、所感を中心に引き続き記します。〇その記憶の元は何だったのか、確認しないと危険である歴史上の人物のイメージは、小説や映像作品などで描かれた姿になっていることがあります。それは三国時代の人物も例外ではなく、実像より「三国志演義」での姿を思い浮かべることが多いように思います。時には「正史三国志」や「三国志演義」をベースに創作された作品のこともあるでしょう。(この点に関しては以前『三国志学会第二十回大
成都といえば、三国志は蜀の都!ということで、ネットで調べると、劉備、諸葛亮、関羽、張飛ら蜀の英雄を祀った「成都武侯祠博物館」というのがあるではありませんか!なので、博物館は開いていませんが、24時間開いているらしい博物館周辺の錦里(Jinli)という街を早朝に訪れてみました。目覚めたのは3時半。Googleマップが正確ではないので、百度地図をインストールし、また、中国のタクシーアプリDiDiもインストールしてクレジットカードを登録し、行先登録をテストして、なんとかなりそうだったので、ジョ
NHKで放送された「三国志秘密の皇帝」細かなところに“?”はありましたが楽しく視聴しました。5月4日の最終回からかなり日にちが経ちましたが、少し綴ってみました。昔から「三国志」と言えば、曹操ファンです。“昔から”というのは吉川英治の「三国志」を読んだのが若い頃だったからです。吉川英治の三国志は明代の「三国志演義」をもとにしたものではなく江戸時代に広く読まれていた「通俗三国志」を原
名参謀の張良が話の途中でしばしば姿を消します。項羽と劉邦の戦いは横山光輝の漫画で読んだのが初めてだったと思います。そのときから不思議だったことです。横山光輝生誕90周年記念電子出版「SelectedWorks」項羽と劉邦ー若き獅子たちー(1)始皇帝暗殺Amazon(アマゾン)項羽と劉邦全12巻セット箱入(潮漫画文庫)Amazon(アマゾン)[新品]項羽と劉邦[文庫版](1-12巻全巻)全巻セット楽天市場特に横山光輝版の場合、項羽の陣営も
NHKBSで始まった「三国志外伝」は「三国機密」と同じ馬伯庸の『風起隴西』が原作です。中国語版「風起隴西」には副題にSPYofTHREEKINGUDOMSとあるように、以前放送した「三国機密SECRETofTHREEKINGDOMS」に続く時代を描いています。漢王朝最後の皇帝献帝は双子の弟だったという「三国機密」の最後で、献帝を禅譲させ皇帝に上った魏の文帝(曹丕)が描かれました。彼の死(226年)後、覇権をめぐって鎬を削る魏・蜀(漢)・呉の三国。ドラマ冒頭に「泣いて
引き続き、2025年9月7日に行われた、「三国志大文化祭2025」および「三国志学会第二十回大会」の所感を中心に記します。〇三国志演義の諸葛亮像は無意識に影響されていないか日本で三国志演義は長い年月親しまれています。これほど受け入れられている背景は、主役である劉備陣営が志を果たせず散ってゆくことへの判官びいきや、武士道的な滅びの美学を感じているのだろうと、短絡的に考えていました。苦労の末に蜀を建国した劉備であるが、関羽と張飛と死別し、復讐戦に敗れて漢王朝の復興を諸葛亮に託す。諸
引き続き、2025年9月7日に行われた、「三国志大文化祭2025」および「三国志学会第二十回大会」の所感を中心に記します。〇草船借箭は何に由来するのか草船借箭のエピソードは正史三国志の蜀書諸葛亮伝に見えず、呉書呉主伝に曹操が建安18年(西暦213年)に濡須を攻めた時の注として記された、「孫権が船で偵察に行くと、曹操軍に矢を大量に射かけられ、片側が矢で重くなったので反対を向いて矢を受け、船が安定したところで引き揚げた」ことを、諸葛亮に変えて膨らませたものだと思っていました(
3.魏、呉、蜀の争い以下に示す三国志の簡単な紹介文(『「三国志」とは何なのか、知るほどに悩む(一・三国志を簡単に紹介)』に記載)を、引き続き検証します。--------------------三国志は2~3世紀頃の中国における、魏、呉、蜀の3つの国の争いが描かれています。書物としては、陳寿が書いた歴史書である「三国志」と、羅貫中が書いた物語としての「三国志演義」があります。歴史書「三国志」は歴史上の事実を伝えており、中でも卑弥呼が登場する「魏志倭人伝」は、2~3世紀頃の日本の
你好(Nǐhǎo…中国語で「こんにちは」という意味です)今回は🇨🇳中国🇨🇳の成都にあります武侯祠博物館について投稿したいと思います。成都で有名な観光地は成都パンダ繁育研究基地や、成都より離れますが九寨溝が有名です。武侯祠博物館は劉備・関羽・張飛・諸葛亮の他に三国時代の蜀にゆかりのある武将を祀った祠堂です。また、劉備・甘夫人(劉備に長く連れ添った側室の方です)・穆皇后の3人が眠っている合葬墓である恵陵もあります。恵陵は円形となっていまして周りを歩くことができました。名前は博物館となっていま
『トランプ大統領とイーロン・マスク氏の決別はロックバンドの方向性の違いによる解散と似てるが世界規模』大統領選挙期間中は親友の様な振る舞いでずっとベッタリやったのにトランプ政権が始まって140日前の政権時でもそうやったけど、今回もまた側近を次々とクビにしていく…ameblo.jpトランプ大統領とイーロン・マスク氏が完全に決裂したのは周知の事やったけどそのイーロン・マスク氏はトランプ大統領に対抗する為に自身で新党「アメリカ党(AmericaParty)」を立ち上げたアメリカ党の方針として
趙雲の生年は正史三国志に記されておらず年齢不詳ですが、三国志演義では第92回の第一次北伐(228年、※1)において、詩や鄧芝[トウ芝]の言葉から70歳とわかります。趙雲は229年に亡くなっていることから、計算すると生年は159年で享年71歳になります。第一次北伐の時の趙雲は、蜀建国の功労者で諸葛亮を支える老将であり、70歳でも違和感はありません。では、159年生まれで良いかというと、そうとも言えません。劉備は生年が161年ですので、趙雲の方が年上になり、結果として三国志演義では劉備を長兄とす
中国の成都に行ってきました。人口は約2140万人で中国4番目。ちなみに1位は重慶約3190万人、2位は上海約2480万人、3位は北京約2180万人で、これに続きます。東京都の人口が約1400万人ですから、東京より大きい街がゴロゴロあって驚きです。自分は今回訪れることができませんでしたが、三国志の蜀の拠点で諸葛亮を祀った廟もあります。古くから、少なくとも2千年前にこんな興亡が繰り広げられた場所です。日本の弥生時代に三国志の世界という時間スケールの大きさにも驚きです。さらに驚いたの
今朝、先日購入した三国志に関する書籍を読み終えました。楽しかったですね。読んでいる最中は夢中になりました。三国志には主に2つの楽しさがあり、1つは強い武将同士の一騎打ち、もう1つは軍師による人間心理を読んだ策略の数々。強い武将として有名なのはやはり「関羽」でしょう。横浜中華街の「関帝廟」に祀られているのはこの「関羽」ですからね。軍師として有名なのは「諸葛亮」でしょう。お盆の時期、祖先の霊を弔うために空に飛ばす「孔明灯」を考案したのがこの「諸葛亮」とい
「空城の計(くうじょうのけい)」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?これは中国三国時代の名軍師・諸葛亮(しょかつりょう)が使ったとされる、有名な兵法の一つです。文字通り「城を空にする計略」であり、兵がいない状態をあえて見せることで敵を疑心暗鬼にし、戦わずして退却させるという高度な戦術です。この記事では、空城の計の由来や具体例、成功の要因、そして現代における応用方法について詳しく解説していきます。ビジネスや人間関係、日常生活においても活用できる「戦わずして勝つ」知恵を、諸葛亮から学びましょう
相次ぐ敗戦と領土の失陥、一騎当千の宿将達と百戦錬磨の軍を失い、失意の中・父帝が病死。国内各所で反乱が起こり、外敵に国境を脅かされる滅亡寸前の国の命運は、凡庸な17歳の少年に託された。国力7倍の大国の侵攻の前に、少年と国の命運は如何に!?・・・まあ、少年って劉禅のことなんですけどね。帝位を継いだ時、アルスラーン戦記冒頭並みに酷い状態だった国を40年持たせたのに、後世でアホ呼ばわりされるというのは、なかなか不憫ではあるな。全部、諸葛亮の手柄みたいな扱いになってしまっ
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関羽と諸葛亮は人物を特定できるアイコン(姿、武器、アイテムなどの特徴を示す意味で使います)があると考えていますが、どのような要素がより強く関羽と諸葛亮を想起させるのか、実際の事例を見てみます。まず、三国志演義と並ぶ「四大奇書」のひとつ「水滸伝」には、関羽と諸葛亮に似た人物が登場します。朱仝(もしくは朱同)は関羽と同じ渾名「美髯公」で呼ばれ、容姿は「一尺五寸の立派な髯と赤い顔で関羽そっくり」(※1)と言われています。関勝は関羽の子孫とされ、容姿は「赤い顔、朱色の唇、三すじのひげ(※2)」で、青
Helloeveryone!暑い一日となりました。都心では28度近くまで気温が上がり、日中はずっと半袖で過ごしました。この暖かさ(暑さ?)で、動植物の動きもますます活発になり、初夏のきざしすら感じられる今日この頃です。AJapanesegrasslizardthatIcameacrossonmywaytoworkthismorning.今朝、仕事へ行く途中で出くわしたニホンカナヘビ。そして、こちらは2週間ほど前に見た諸葛菜(またはムラサキ