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半年前に食事介助の講座を受講してその続きを書こうと思って随分遅くなってしまった仕事が連休の間に続きを書こうと思いやっと書きます食事介助の講座の最後に講師からおすすめしてもらった介護食です。⚫︎楽天そふまる↑これが1番おすすめ他の介護食に比べて楽天市場の「そふまる」(名阪食品)は、形状はなるべくそのままの状態で舌でつぶせるように柔らかい状態にしているそうです。こんなに食べる人のことを考えて作られた介護食は、今までに見たことなかったそうです。早速私も父のために買っ
こんにちは😊ゴールデンウイークみなさんゆっくり過ごされていますか?実は私の母が4月30日入院しまして投稿できずいました高熱の原因を診断するため誤嚥性肺炎の疑いがあり現在は治療中です母は自転車でどこでも行きお友達も多く踊ったりカラオケ教室に行ったり友達とお茶をしたり元気元気でいてくれたのですがこの2年ほど前から母のお姉さんの突然死とその最後のお別れに会えずとてもショックをしており悲しんでいたのはありましたそのきっかけもありストレスとなり家で寝込んでしまいました
先月18日から始まった夫の不調。発熱と解熱を繰り返し、2週間以上湿性咳嗽と淡黄色の痰が続いていました。一昨日から色付きの痰が出なくなり、昨日は痰の排出もかなり減りました。長かった不調からやっと抜け出せそうです😮💨なので、一昨日か昨日にしようと思っていた、訪問医への抗生剤中止の可否の相談はやめました。不調時は、右に左に傾いていた夫の身体ですが、昨日は車椅子で連続2〜3時間も傾く事なく過ごせた上に、目もスッキリ開いていました。それにしても、今回の不調は長かった😭今回ばかりは、入院も免
父が誤嚥性肺炎で入院していること、家族以外に誰にも知らせていなかった。元々、父の交友関係は狭いし、近所で仲良くしていた友人は隠居して遠方にいたり、先にあちらへ行かれたり。父の姉弟は、父と一悶着あり疎遠だし。でも、たった1人だけ父の親友がいる。それは大学時代の友人である。もう60年以上のお付き合い。お互い結婚してからも家族ぐるみで仲良くしていた。珍しいことに母同士も仲良くなり、そして、私もあちらの娘さん2人と仲良くなり子供の時にたくさん遊んだ。父が、このような状況だと言うことを、その
母の気持ちを前向きにしてあげたくて、お正月に外出できるか聞いてみようかとか話していました。大晦日は家族が集まってみんなでUNOをして勝つと好きなお菓子を貰えるというのが我が家の恒例行事。そのために大の大人が袋いっぱいのお菓子を持って大晦日は集まります。外泊は出来なくても外出なら…なんて呑気な話をしていました。家族とグループラインでそんな話をしていた時にふと、そういえば手術の話ってどんな感じだったの?みたいな話題になり。なんと誰も話を聞いてないと判明した21日。みんな、誰かが聞いていると思って
おおままが誤嚥性肺炎で入院した頃はコロナで面会ができない時期だった病院からの説明は電話で受けるのみ様子を見に行くことができないチーム医療で複数の医師が関わってくれている先生方と看護師さんたちで情報が共有されていれば安心できるところが何度か電話説明を受けるけど微妙に内容が違っているそれっておおままのことですか?さっき聞いた内容と違うんですけど??そういうやりとりのなかである医師から言われたこと…「誤嚥を繰り返して抗生剤きかなくなって命
ご訪問いただきありがとうございます暗い内容となっております苦手な方もいらっしゃると思いますので、気分が落ち込みそうだなと思う方はどうかスルーしてやってくださいね昨日久々に記事をアップしましたが、勢いのあるうちに書かないと文章が纏まらないような気がしたので本日も続きを書こうと思います本当に色んなことがあったのですが、その中でも今回は実家のおばあちゃんに関することを書こうと思います。おばあちゃんは昨年の8月に通っているデイサービスでトイレから落ち、大腿骨を骨折しました見守りの目を離し
・お茶や水でむせる・会話中に咳き込む・食事中に“ゴホッ”となるこれ、実は更年期に多い変化の1つです。そして多くの人が、「ちょっとしたことだから大丈夫」「年齢的なものかな」と流してしまいます。でもこれ、身体からのサインかもしれません。なぜ更年期でむせやすくなるのか?ポイントは3つ。①嚥下機能の低下飲み込む動き(嚥下)は、反射+筋肉の連携で成り立っています。更年期では、・反応が少し遅くなる・連携がズレるが
ギリギリセーフで行ってきた父の面会。「今日、お母さんは面会来れないよ」と言ったら、「どうしたんだ?」と聞いて来た父。店が忙しいから、来れないことを説明した。帰る時も「そろそろ帰っていい?」と聞くと、「帰っちゃっていいよ。」と言う。ちゃんと会話が成立する。認知能力が低下していないからこそ、自宅に帰れず、施設に移すことが可哀想だと言う母。なんにもわかってないほうが、父にとって、どこにいても同じだろうと諦めつくけど、、、。とは言っても痰の吸引や経鼻栄養を自宅で、ってなるの
オーキャンという言葉を初めて知ったアラフィフ。大学のオープンキャンパスを略してオーキャンって言うんだね。今日は娘とオーキャン!G.W.のめちゃくちゃ店が忙しい日に😹店は夫と母に託して来ました。まだ大学進学なのか、留学なのか、就職なのか、なーんも決まっていない娘。やはり専門的に今頑張っていることを仕事にしたい!と思ってるみたいだけど、その夢が叶わなかったら、、、、と考えると、大学が1番、他の選択肢が取れるのかなと。でも、大学はいつだってその気になれば入学出来るしな、とか色々悩む。
明日で、父が入院して丸2ヶ月。毎日、みんなで入れ替わりに面会に行くと、父の態度が人によって使い分けていることがわかった。まず、母と私には共通して、気を使わず、辛い時は機嫌が悪く、皺寄せて返事もしない。面倒くさくなると、目を閉じてスルーする。特に私には、帰ってほしくない時は、自己主張する夫には、返事のみ笑。一応、他人だからか、気を使ってるのか、どんなときも返事だけはする。娘、、、こちらは特別。何か会話が弾むという訳ではないみたいだが、娘が帰る時は「バイバイ」と言う。ちなみに「バイ
昨年9月から、今年の2月くらいまで、寝たきりで、食事も摂れなくて、手足の血管に針もさせなくて、首に中心静脈カテーテルを刺して命を維持していたときは、精神的にもどん底で、🧓「俺はもう寝たきりだ。このままどこかの施設に入れてくれよ!」😭となげやりでした。(この頃は、全く要介護5の人でした。)ゼリーとかお粥も飲み込めなくて、誤嚥性肺炎を何度もやって。🧓「うちのご飯を食べたい。ママのお握りなら食べられる。」と言われた時は、🧑🦰「何言ってるの?お粥も飲めないのに。」と思いながら、夫の
昨日、父は急性期病棟から慢性期病棟に移動しました。医師からは、今までと医療体制は変わらないと、言われたものの、、、、なんか、先生や看護師さんの数が少ない??元気な患者さん多くね?みたいな印象があった。なんか過保護にしてもらってた場所から、急に世間に放たれてしまった気分。父、まだまだ過保護な状態が必要なんですけどぉー。ここにいられるのも、これまた期限があって60日。その間に次の場所を見つけるというミッション。いよいよ、終の住処になるであろう場所を吟味していく。美味しくて、つい食
4月28日の晩から変更後の抗生剤を服用し始めた夫でしたが、翌朝はちょっと寝汗をかいていました。布団がちょっと暑かったのかもしれませんが、やはり身体の中の炎症が消火しきれずに火種が残っている状態だったようです。抗生剤変更前の数日と翌日は、立位も困難で移乗介助もなかなか大変でした。常に虚ろな感じで、スッキリ目が覚めている感じはほとんどありませんでした。夫はきっとかなりしんどかったのでしょう。それが、抗生剤変更して3日目の朝前日までは常に温かかった額が冷たい感じがしてビックリ‼️目がスッ
難しい!今日もありがとうございます。BirdBreedingときいろの飼育員(夫)です。今回はちょーーっと悲しい話が混ざります。いや大部分かもしれないです。去年の秋頃からかな。端的に言うと雛が育たないのです。生まれてくる↓育ってくる↓羽が生え揃ってくる↓なぜか体調を崩し始める↓亡くなってしまうというスパイラルに悩まされています。ブリーダーとしてあまり書きたくない事実ですけどね。生まれた時から明らかに成長が遅かったり動きが怪しい子は一
こんにちは、昨日から降り続く雨、雨、雨、5月1日です、今日から5月になりました。4月1日の早朝に他界した最愛の偉大なる父の死から1ヶ月、今までの中で最も長いと感じる4月からの1ヶ月が過ぎました、涙の出ない日はありません、毎晩父がいなくなった頃の明け方前の時間になると目が覚め、動悸がして、そして涙がこぼれ落ちてきます。最初は小さな肺炎で3月上旬から入院していた父が、下旬に合併症を発症し、その晩から泊まりの看病をし、必ず良くなると信じていました。父も亡くなる数時間前に
父が入院して、急に一人暮らしになった母。さびしいことに悩んだりしてるのかなと思っていた。でも、そうじゃないことでも悩んでいる。それはお金💴「お父さん、いつまで生きるのかしら、、、」ポツリと衝撃の一言死んでほしくない気持ちは、もちろんある。でも、ただ寝たきりで生かされてる現実、その分ずっと月20万以上かかってしまう現実、それも母の不安な気持ちを増幅させている。誤嚥性肺炎を何度も繰り返し、痩せ細っているし、何十年もその状況で生き延びるとは思えないけど、だからといって、早く死んでほし
入院中の父、いよいよ急性期病棟の期限が切れ、慢性期に入る包括ケア病棟へ移らなければいけない日になってきた。師長さんから「今、標準の部屋が空いてなくて、1日部屋代が2.200円かかりますー」と電話がきた。標準の部屋が空くまで待てないですか?って聞いたんだけど、もう期限ギリギリで待てないと言う。強制的に➕2200円の部屋に移るのね💦嫌だと駄々こねられないし、標準の部屋が空いたら移動させてもらうことにした!どこにいても、家から離れたら💴かかる!我が家の仏壇に。カフェオレみたいな香り
私が高校生の時、実家のある岡山から千葉の坐禅の道場までしょっちゅう通っていました。その経緯は以前に自己紹介のときに書いたので今回は割愛しますが、初めて坐禅のやり方を教えて頂いた時に驚いたことがあります。それは何かというと「坐禅をする時には舌の先を上の前歯の裏の根本に軽く触れるように置く」という指導でした。正直「それって何の意味があるの?」っていう違和感に似た感情が湧きました。姿勢の安定につながるって教わったような記憶がうっすらとあるのですが、正直言ってそれを意識して
ちょっとわき見をしながらお茶を飲んだら、息道に入ってむせた昔はそんなことはなかったのに「誤嚥」という言葉が、脳裏に浮かんだ。高齢者の「誤嚥性肺炎」は、結構死亡率は高いという。予防は、早い内からするに限る。口周りの筋肉を動かす「かみかみ体操」や、のどの筋肉を動かす「ゴクゴク体操」が良いらしい。
ドラマティックな出来事があった。相変わらず、歯の調子が悪い私は歯医者通い😹もう抜くしかないかなと意気消沈して診察終えて待合室に戻ると目の前に、お見かけしたような顔。あっ!!父が最初に入った病室で、向いのベッドの爺さんの奥さんだ!こんな偶然ある?って感じで、びっくりした!3月末くらいに「うちは、そろそろ退院」って言ってて、奥さんも嬉しそうにしてたから、「お父さん、退院してどう?」って聞いてみた。そしたら、「2週間前に亡くなったの」と💦え、肺気腫とは聞いてたけど、うちの父より若い
すみません、話しが遡りますが10日くらい前に上二人の子どもの幼稚園同級生ママさんで、亡きうちの母、在宅介護中、諸事情により母が居る家に帰りたく無かったので幼稚園降園後によくうちの子ども三人とママさんのお子さん方と、公園で遊んでまして、そちらのママさん、私より3歳年上で介護などは未経験ですが優しい良い方なんで存命してた認知症の母のこともよく、ママさんに愚痴らせて頂いてまして、そちらのママさんのお宅、亡きうちの母が数年間、介護と看取りをお世話になった特養さんから自転車で5分くら
母が言う。「老夫婦が一緒に買い物してたり、外食や旅行してたりすると羨ましいんだよね」って。父が入院し、もう自宅に戻れないから、そう思うのかもしれないが。私は言いたい「父が元気だったとしても一緒に出かけたりしてないじゃん!」と笑出不精の父は家で留守番してて、母が飛び回っている。それが我が家の構図であるいざ、父の死期が近づいてくると、急に色々な願望が湧き上がってくるんだろうか。簡単出汁パック!なのに本格的に美味しい😋天然だしパック10g×20袋入【黒門市場山長商店】Amaz
これは、2023年5月の記事です私には、遠方で施設に入っている母がいます。日頃は、近くの親戚が、お世話をしてくれています。このことは、以前のブログ記事でお伝えしました。『私の母の命~母の誕生日に寄せて~+そして、今』お子さまへの○○○○雪舟が始まり、〇回目の○○○○雪舟が始まり、ご家族間でいろいろなご意見の対立があるようです。ブルーローズにも、さまざまなご相談が寄せられ…ameblo.jp母が、1度目の看取り宣告をされて、3年8カ月が経ち
最近は、父の面会時にすんなり帰ることができない。父は私が帰るのが、なぜだか嫌らしい。面会に許される時間は20分。引き留めた割には、父と会話が弾むわけでもない。意外と20分は長い💦そんな私はルーティンになってしまったことがある。それは父の同部屋3人のベッドサイドモニターをチェックすること。ここで誤解しないように補足すると、父の病室はかなりの大部屋、おそらく6人部屋くらいの広さを4人で使っている。しかも誰もカーテンで遮らない。なぜか、みなさんのベッドサイドモニターが視界良好な場所に
今日の父面会時のこと。いつもの如く、「もう帰っていい?」と聞くと父、「どうしようかなぁ」だと。なに?笑どうしようかなぁって笑不覚にも、父をかわいいと思ってしまった💦けど、数秒後、いや父はそんなキャラじゃなかったと思い直した。結局、もう少しいてほしいって言うんで、面会が許される時間ギリギリまでいました。母が、「お父さん、あなたに甘えてるんだね」って言ってたけど、、、なんだか腑に落ちない。だって、私はお父さんに甘えたことなんかなかったんだからー😤買ってよかった。下手な私で
酸素濃度が低いということで酸素量を多くして酸素マスク救急対応してくれた先生からの説明誤嚥性肺炎は重い病気酸素濃度が低いので厳しいことになるかもしれない相談員の人からの説明ではここは緩和ケア病棟なので入院期間は2ヶ月まで施設と情報共有しながら今後について考えていくこれまで入院しても淡々と対応できていたと思うでも今回は先生の説明を聞いて涙が滲んできてあわててこらえた看護師さんから案内されて酸素マスクをしているベッドの母の所へ頑張れ!頑張れ!とエールを送った帰る時
今いる急性期病院から、いよいよ慢性期病院へ移るため、療養型介護施設を探してもらっている。病院付きのソーシャルワーカーさん、介護施設相談所に探してもらい、結果が出てきた。介護施設相談所の担当の方は、ソーシャルワーカーさんが探していない範囲を探してくれていたが、やはりどこも25万/月が最安値だと😹で、ソーシャルワーカーさんは近所の施設や、うちから行きやすい施設を探してくれて、20万/月だそう。やっぱりどこも高いね😹幸いなことに、実家の近所の施設が20万/月という事で目星をつけた。実はそ
父には姉と弟がいる。遺産相続の時、父だけ除け者にし、調停に持ち込み、その後父はストレスで体調を崩し入院もした。両親を介護したのは父なのに。口だけ出していた姉弟に反旗を翻された。私は父を嫌いではあるが、この頃の父は可哀想だった。正直者が馬鹿を見る、そのものだった。真面目で口数が少ないって、本当に損するんだと思った。父の長年の友達からも「おまえはバカだ」と言われるくらい、ずる賢く立ち回れない父だった。父は認知症になる前「自分の葬式には姉も弟も呼ぶな」と言っていた。巻き込まれた母も同