ブログ記事176件
〇ブログを振り返ってみると、昨年は正月五日に試筆を書いている。・テーマ「無題」:ブログ『令和七年試筆』令和七年試筆|古代文化研究所〇令和六年は、正月七日に試筆を書いている。・テーマ「無題」:ブログ『令和六年正月試筆』令和六年正月試筆|古代文化研究所〇令和五年は、正月六日に試筆を書いている。・テーマ「無題」:ブログ『令和五年試筆』令和五年試筆|古代文化研究所〇令和四年は正月四日に、試筆を書いている。・テーマ「無題」:ブログ『令和四年試
〇2025年5月25日に、中国山西省太原にある山西博物院を訪れた。太原での最初の訪問先であった。山西博物院は真新しい、巨大な建物だった。現在、中国では博物館が大人気である。何処の博物館も大賑わいである。〇前々回、ブログ『玉韫华夏』を案内した。中国の宝石を集めて展示したものである。その展示のなかに、興味深い記事を見付けた。それが李賀の「楊生青花紫石硯歌」詩だった。前回、ブログ『李賀:楊生青花紫石硯歌』を案内した。〇今回案内するのは「詩経」衛風『淇奥』詩になる。『淇奥』詩は次の三編からなる。
【内容2025年10月21日記事】※この記事で引用した全ての画像は著作権に配慮し削除しましたm(__)m寒くなりましたなぁ...麻痺側の痺れは辛いし、腹も冷えます😖さすがにまだ暖房は入れませんが、私は今日、厚手の長袖スウェットで過ごしています🍵ところで、先ほど耳を澄ませたら、庭から「リィリィリィリィ...」と虫の声が聞こえました🦗🎶ツヅレサセコオロギでしょうか...10月18日~10月22日は「寒露」の末候「蟋蟀在戸」ですが、「蟋蟀在戸」の由来は古代中国周代に成立した「詩経」で、
婦に長舌あるは、これ厲の階なり。女のお喋りは、世の中を乱すもとである。女だけではない、男についても同じことが言えるかもしれない。中国古典の名言録Amazon(アマゾン)${EVENT_LABEL_01_TEXT}
哲夫は城を成し、哲婦は城を傾く賢い男はよく国を治めるが、なまじ賢しい女は国を滅ぼしてしまう。そんな一面のあることは否定できないかもしれない。因みに「傾城」という言葉はここから出たのである。中国古典の名言録Amazon(アマゾン)${EVENT_LABEL_01_TEXT}
既に明且つ哲、以ってその身を保んず。仲山甫という周代の宰相を称えた詩の一節。「明」も「哲」も、深い読みのできる能力を指している。深い洞察力があったからこそ、わが身を安泰に保つことができたのである。「明哲保身」という四字句はここから出たのである。「保身」という言葉は、現在では専ら悪い意味で使われているが、元々はそうではなかった。中国古典の名言録Amazon(アマゾン)${EVENT_LABEL_01_TEXT}
小心翼翼として、古訓にこれ式る。仲山甫という周代の宰相を称えた詩の一節。「何事も注意深く慎重に対処し、先人の教えを踏み外さなかった」「小心翼翼」という四字句の出典がこれである。現在では、気が小さいといった悪い意味で使われるが、元々は「注意深く慎重」という意味だった。中国古典の名言録Amazon(アマゾン)${EVENT_LABEL_01_TEXT}
温温たる恭人はこれ徳の基なり「温温」は、寛容で穏やか。「恭人」は、態度が謙虚な人。徳を身に付けていれば、嫌でもそうならざるを得ない。中国古典の名言録Amazon(アマゾン)${EVENT_LABEL_01_TEXT}
我に投ずるに桃を以ってすれば、これに報いるに李を以ってす。桃を贈られたら、李でお返しをする。受けた恩はどんな形であれ返さなければならない。これもまた人間学の基本である。中国古典の名言録Amazon(アマゾン)${EVENT_LABEL_01_TEXT}
殷鑑遠からず、夏后の世に在り殷王朝の鑑とすべき手本は、遠くにあるわけではなく、すぐ前の夏王朝の時代にある。夏王朝の最後の皇帝であった桀王は暴挙な政治を行って国を滅ぼした。同じ失敗を繰り返すなというのである。だが、歴史を振り返ってみると、人間は性懲りもなく同じ失敗を繰り返してきた。学習効果は余りあがっていない。中国古典の名言録Amazon(アマゾン)${EVENT_LABEL_01_TEXT}
初めあらざること靡し、克く終りあること鮮なし殷王朝末期の乱脈ぶりを嘆き、あわせて周王朝の衰亡を予見した詩の一節。なべて初めはよかりしものを、何故に終りをよくしたまわぬ。創業の初めは緊張感をもって仕事に取り組むが、時が経つにつれて気持に緩みが生じ、やがてそれが衰亡に繋がっていく。つまりは「初心忘るべからず」ということである。中国古典の名言録Amazon(アマゾン)${EVENT_LABEL_01_TEXT}
済済たる多士、文王以って寧し。周の文王の徳を称えた「文王」と題する詩の一節。「素晴らしい人材がたくさん揃っているので、文王も安心であろう。」「多士済々」という四字句は、これが出典である。中国古典の名言録Amazon(アマゾン)${EVENT_LABEL_01_TEXT}
溥天の下、王土に非ざるはなく、率土の浜、王臣に非ざるはなし。「溥天」は普天と同じで、遍く覆っている天の意。「率土」は陸地が続いている限り。「あまねく覆っている天の下は、王の領土でないところはなく、この地の果てまでも、王の領民でない者はない」王化があまねく行き渡っている形容として、しばしば使われてきた。中国古典の名言録Amazon(アマゾン)${EVENT_LABEL_01_TEXT}
戦戦兢兢として、深淵に臨むが如く、薄氷を履むが如し。恐れ慎んで、深い淵に臨んだり、薄い氷の上を歩くときのように、弥が上にも慎重に対処する。責任の重い立場にいる人ほど、こうありたいのだという。中国古典の名言録Amazon(アマゾン)${EVENT_LABEL_01_TEXT}
敢て暴虎せず、敢て馮河せず。「暴虎」は、素手で虎に立ち向かうこと。「馮河」は、歩いて黄河を渡ること。そんな無謀なことはやってはいけないのだという。ここから「暴虎馮河」という四字句が生まれ、向こう見ずな行動を形容する例えとして使われてきた。中国古典の名言録Amazon(アマゾン)${EVENT_LABEL_01_TEXT}
他山の石、以って玉を攻くべし。よその山で採れた石でも、わが玉を磨く助けにすることができる。他人のつまらぬ言行でも、それを「他山の石」として、自分の過ちを正したり、自分を磨いたりするうえで、参考にすることができるのだという。中国古典の名言録Amazon(アマゾン)${EVENT_LABEL_01_TEXT}
具に予は聖なりと曰うも、誰か烏の雌雄も知らんや。それぞれに我こそは知恵者だと言っているけれども、鳥の雌雄など、誰にも分からない。「誰か烏の雌雄を知らんや」という言葉は、是非善悪の区別が付けにくい例えとして使われてきた。中国古典の名言録Amazon(アマゾン)${EVENT_LABEL_01_TEXT}
兄弟牆(かき)に鬩(せめ)げども、外その務(あなど)りを禦ぐ兄弟は、家の中では争っていても、外から侮りを受けると、協力して立ち向かう。家庭はともかく、政治の世界だけでもこうあってほしい。中国古典の名言録Amazon(アマゾン)${EVENT_LABEL_01_TEXT}
切するが如く磋するが如く、琢するが如く磨するが如し。領主の徳を称えた「淇奧」という詩の一節。「切磋」とは、象牙や骨を細工するとき、切ったり、削ったりすること。「琢磨」とは、玉や石を加工するとき、叩いたり、磨いたりすること。領主はそのようにして、常に自分を磨く努力を怠らなかったのだという。ここから「切磋琢磨」の四字句が生まれたのだが、現在では、友人同士が競い合い、励まし合って自分を磨くといった意味で使われることが多い。中国古典の名言録Amazon(アマゾン)${EVE
みなちゃまこの暑さいつまで続くもう秋は来ないのか?!と思ってまう今日この頃いかかがお過ごしか?わしお盆過ぎから微熱が続き夏負けか?エアコンつけっぱの弊害でたか?などと自己診断で過ごしておりました2か月ごとに受ける診察で主治医の一言「風邪、ひきましたか?」本人風邪ひいたという自覚なし血液検査の数値の一か所前の診察時より格段に上がっていてまた来月と予約を入れてきましたよ日頃何もせずのうのうと過ごしてるわしでさえ体調崩すんですもの暑さの中通勤、お
諸星大二郎の太公望伝。実は、この本(電子書籍)に収載されている、徐福伝説を読みたい!と思って購入しました。ちょっと徐福に興味がわいたもので。でも、徐福伝説を読む前に読んでしまった太公望伝が面白いかったので、まずはそちらから紹介を。太公望は、釣り人の代名詞にもなっている言葉ですが、中国古代、殷周時代の呂尚という人物とされています。呂尚は、周武王や周公旦を補佐して殷を滅ぼし、周王朝を覇者とする立役者となった人で、武王の父、太公が待ち望んでいた人物として、太公望と呼ばれるようになったのですね
昨日、所用で奈良県に向かう途中、近鉄の車窓から二上山が見えました。古代の様々な逸話の舞台となった山で、『万葉集』にも歌われています。また、石器の材料として、あるいは美しい音色で知られるサヌカイトの産地でもあります。いろいろなことに思いを馳せていますと、頭を過ったのは、「切磋琢磨」の由来となった『詩経』あるいは『大学』の一節です。夏日望二上山(夏日二上山を望む)夏日望山正気新(夏日山を望めば正気新なり)清風緑竹払都塵(清風緑竹都塵を払ふ)余音上古磋磨石(余音上古磋磨
○2024年12月18日、湖南省長沙の湘江の畔に建つ杜甫江閣を訪れた。杜甫江閣は、もちろん、この地で亡くなった杜甫を偲び、顕彰する建物である。杜甫江閣には、そういう杜甫の作品が石碑として残されていた。○前回、ブログ『杜甫:清明二首』として、清明二首を案内した。最低でも、もう一つ二つは案内しないと杜甫に失礼だろう。それで、今回紹介するのは、『杜甫:對雪』である。もちろん、杜甫が、この地で成した作品である。【原文】對雪杜甫北雪犯長沙胡云冷萬
おはようございます。虫が知らせるという言葉がありますが、ふとよぎる瞬間消えてしまうような儚い香りのようなそれを生かすのは一歩立ち止まる勇気でしょうか。小さな失敗が小さなものである事大事に至らなかった事に深く感謝し学び生かさなければならないと思います。戦戦兢兢として深淵に臨むがごとく薄氷を履むがごとしせんせんきょうきょうとしてしんえんにのぞむがごとくはくひょうをふむがごとし恐れ慎んで、深い淵に臨んで落ちることを恐れるがごとく、薄い氷を踏んで割れ落ちるのを
JamesSetouchi2024.11.29「尊王」「攘夷」1『詩経』小雅、車攻序に、「宣王…攘夷狄」とある。誰がいつ書いたか、未研究。2『春秋』には、「尊王攘夷」という言葉は、あるのか?ないようだ。(未確認。尾藤正英によれば、中国の文献には、この四字熟語は、ない。)3『論語』には、「尊王攘夷」という言葉は、ない。14憲問篇18に「管仲が桓公をたすけて諸侯に覇たらしめ、天下を一匡した。…もし管仲がいなかったら、私は髪を結ばず左前に着物を合わせていただろう。」と孔
立命の書『陰騭録』を読む/安岡正篤Amazon(アマゾン)Amazon(アマゾン)で詳細を見る楽天市場で詳細を見る${EVENT_LABEL_02_TEXT}★★★★★四回目。この陰隲録の最も好きなところ、安岡正篤先生の他の本では人間の運命がはじめから定まっているなら、なんで釈迦や孔子が苦労したのか?偉大な人が修行したのは、修行によって、人間をつくることができるからだ。人間ができれば環境もつくられるであるが、立命の書『陰騭録』を
詩経と言えば今から2,700年から3,000年以上も前の詩集ですが、我が家の照手水蜜の花咲く頃になると、毎年乍ら《桃夭》の四言古詩を思い出します。桃之夭夭(桃の夭夭たる)灼灼其華(灼灼たり其の華)之子于帰(この子行き嫁ぐ)宜其室家(其の室家に宜しからむ)アプローチからお庭に入ってみると、こちらではハナカイドウが花盛り。《海棠》と聞くと、蘇軾の詩よりも寧ろ水滸伝の一丈青扈三娘(いちじょうせい・こさんじょう)が《海棠の美》と称せられたことを思い出します。道路から見えないところに植えたの
今日は友人が船橋の「梨の里」なる銘菓をもってきてくれました。これをお茶菓子に、お薄を点てていただきました。これが「梨の里」です。本ものの梨みたいです。そこでふと思い出したのが漢詩の『桃夭』。桃と梨とは違うけれど、この詩の出だし”桃のようようたる”って口ずさむと幸せな気分になります。桃夭桃の夭夭(ようよう)たる灼灼(しゃくしゃく)たり其(そ)の華(はな)之(こ)の子于(ここ)に帰(とつ)がば其(そ)の室家(しつか)に宜(よろ)しからん桃の夭夭(ようよう
凱風私はこの単語を「セルフコンパッション」「慈悲」って感じで心に留めてる「詩経」の凱風の一部で自分に優しい気持ちを送って硬い心のつぼみを開いて生きていきたいそしていつかは周りにもそんな温かな春風のような対応ができる人になりたいやっぱりその為には瞑想かな。「凱風になりたい」でも、今は春の嵐って感じかな、。
みなさま、韓国ドラマ『赤い袖先』から『詩経』の良さを学んだ東京から、ごきげんよう〜😊ゴメンナサイ!インスタからアップしている動画が、またAmebaに連携させると見られなくなってしまってますねー😰申し訳ございませんが、この記事の左下のインスタマークをタップして頂いて、私のインスタの記事の一番上の左の写真をタップして、ご覧になって下さい🙏去年の入院中、退院が間近に迫った頃、テレビ東京でこのドラマをやっていて、観てハマってしまったんですよ😅でも、その時は日本語の吹き替えで、ドラマも大