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義士切腹忠臣蔵の姫阿久利[佐々木裕一]楽天市場後編です。浪士たちの士気というか、討入りまでのあれこれも、とても丁寧でドラマチック。討入りを果たした後の、公儀の苦悩も。ただひたすら、吉良と柳沢の存在が無ければ…と思ってしまう。子供に恵まれなくても家臣を子供と思い奔走する阿久利。ですがちょいちょい考え無しというか、周りに迷惑をかけているだけのような…。浪士の息子が、討入り後細川家預かりとなった父を訪ねるところなんて、涙なしには読めません。「綸言汗の如し」
忠臣蔵の姫阿久利[佐々木裕一]楽天市場瑤泉院として討ち入りの際に暗躍していたとするドラマがありましたが、これは嫁ぐ前の幼い日々と殿中までのお話。阿久利と名前を改める前は栗姫だったとか。早くに親を亡くした者同士、仲睦まじい幼い恋の様子など、武家のしきたりの厳しさの向こうに微笑ましい物語が続いています。吉良上野介のいやらしさがてんこ盛り。執拗に嫉妬された浅野長矩の堪忍袋の緒が切れるのがわかります。長矩だけでなく、大石内蔵助も親を亡くしたタイミングの悪さも、この不幸
今日は、あの赤穂浪士たちが黄泉の国へと旅立った命日。ということで、昨年はその中で最年長の堀部弥兵衛金丸について記事にしました。(↓)ならばということで、今回は逆に弱冠15歳という最年少の志士だった、大石内蔵助の長男おおいしちからよしかね大石主悦良金にスポットを当ててみます。1688(元禄元)年に赤穂で城代家老・大石内蔵助の嫡男として生まれ、幼名を松之丞とつけられた主税は大変聡明で、子供がいなかった主君・浅野長矩に大変可愛がられたといいます。その浅野長矩が江戸城・
元禄15年12月14日(1703年1月30日)今夜元赤穂藩士吉良邸討ち入り洋暦では2月1日本暦では12月14日実際は15日午前3時過ぎの討ち入り当時は次の夜明けまでが14日なので歴史的には12月14日になる
仲良く過ごすためのルールある?▼本日限定!ブログスタンプ赤穂市/忠臣蔵寺子屋-第3回1703年の今日は赤穂浪士が吉良義央を討ち取った日です。そのおよそ1か月半後、赤穂路氏は47人中、46人が切腹することになりました。なお、討ち入りはなかったとする説もあるほどなお顔い事件でもあります。https://www.city.ako.lg.jp/kensetsu/kankou/terakoya3.html赤穂事件-Wikipedia
あのさぁ、1703年の今日(元禄15年12月14日。新暦1月30日)、大石内蔵助ら赤穂浪士47人が、吉良義央の屋敷に討ち入ったんだよね。だから今日は、新暦の「討ち入りの日」ってことになるのかな?この討ち入り。1年以上の時間をかけて行われたんだって。衝動的な事件ではなくて、じっと耐えて、待ち続けて行われた事件だったんだね。すごい忍耐力だよね。でね、アメブロの“今日はなんの日”スタンプは「EPAの日」になっているんだけど、ふと、思ったんだよね。忍耐力って、
討ち入りしてしまった。やっぱり買ってしまった。水曜どうでしょうDVDコレクションの第2号。2号以降は通常価格の1780円に戻るんだよね。2号にはDVDを収録するためのバインダーが付録としてついていた。
362)新暦では1月30日寒さの中、雪景色の中、一念岩をも通す。1702年(元禄15年)12月14日(旧暦)、赤穂浪士47人が江戸・本所松坂町の吉良邸に討ち入りし、主君の仇討ちを成し遂げた。火事場装束で成功凶器準備集合罪入念なる計画的犯行。「あら楽し思いは晴るる身は捨つる浮世の月にかかる雲なし」「極楽の道はひとすぢ君ともに阿弥陀をそへて四十八人」ーーーーーーーーーーーーーーーー
***2026年に入ってから、何がどう、とかってわけじゃないんだけれど、気分が変わったんだ。いい意味でいい加減になった、っていうか、楽になった。年末の家族旅行の時に、初めての爆発をやったことがよかったのかもしれない(笑)穏やかに物事を遂行させることばかり考えてた私の頭と、ずっと我慢していた私の心が、タイマン勝負したな、って感じ^^タイマンって、若い子わかる?(笑)昭和のヤンキーっぽいかな(´艸`)私の心は、今まで頭にずっと0勝全敗で、頭が作った
以前書いた「赤穂事件の違和感」の続編。続編といっても、討ち入りの前の話だ。赤穂浪士の討ち入りが決定されたあと、浪士たちは江戸市中に潜伏すつことになるのだが、ある本によると3分の1の16人が麹町に潜伏していたというのだ。そのうち急進派代表格の原惣右衛門も麹町にいた。残りのうちやや多いのは本所・深川で、いわゆる吉良邸のスパイの役割を果たしていたのだろう。下掲は江戸急進派の中でも武闘派の堀部(中山)安兵衛と高田馬場の決闘で助太刀した彼を娘婿にした堀部弥兵衛で、約130年後の天保年間に描
1月5日仕事始めです今年もはりきっていきましょうゆうてますが年末から年始にかけて「忠臣蔵」を見ました日本人はあの話好きよね〜身支度を整えて討ち入りの支度をするシーン泣ける〜〜😭中村吉右衛門凛々しいわー概ね話はわかってるはずなのに見てしまうのよねー
懐深く、情感厚く、声量圧く、歴史を映す。名演🗻☀️講談師・神田松鯉先生『赤穂義士伝より大高源吾』松鯉先生の講談を、腰を据えて聴かせていただいたのは初めてでした。テレビではありましたが、先生のお話が胸にせまり、やがてお話の中に引き込まれ、目の前に雪がちらつき、討ち入りの場面がそこにはっきり見える。。。あまりの技に時は溶けるように消えていきました。ありがたい気持ちです、新春の感性の磨きの稽古を先生につけていただいたようです(誠に勝手ながら!)。
#軽度外傷性脳損傷#MTBI忠臣蔵から読み取る忠臣蔵とは、今でいう、大人のひがみから来る#いじめ!子供らにも教えよう。イジメるとこのような反撃が来る!と!--------------------------------------------------------------元禄14年(1701年)、浅野長矩は朝廷からの勅使を接待する「勅使饗応役」という重要な役目を命じられ浅野は、吉良から十分な作法を教えられなかったり、人前で恥をかかされたりするなどの嫌がらせや侮辱を
40年前の本日1985年(昭和60年)12月30日、日本テレビ年末時代劇スペシャル第1弾「忠臣蔵」放映(2夜連続)。杉山義法脚本。大石内蔵助を里見浩太朗、浅野内匠頭を風間杜夫、吉良上野介を森繁久彌が。この3人は以降日テレ年末時代劇スペシャルで主要な役を演じることに。その他これでもかと言うほどの豪華キャスト。※本日1800よりBS日テレにて放映実は私、恥ずかしながら初めてきちんと見た「忠臣蔵」でした。そう言う人にもわかりやすい極めてオーソドックスで正統派の「忠臣蔵」。重要な場面場面で流
ごきげんいかがですか月曜日は俳句週歴熱燗や討ち入りおりた者同士職場等の忘年会のシーズンはもう終わった頃だろうか。いまごろある飲み会と言えば、気の合った仲間同士というぐらい?どちらにせよ、同じ立場の者同士だと、酒がすすむ。気兼ねがないというか、こころ穏やかで、愚痴も言いやすい。エリートコースに乗っかったような奴が一人でもいると、しらけるものだ。下手をすると、荒れる。この句、別に赤穂浪士の事じゃない。「降りた」同類で飲んでいるのだ。熱燗が、全身に染みていく。いい夜になりそ
『年の瀬や水の流れと人の身は』宝井其角が大高源吾へ贈った句で、討ち入りを仄めかす返歌で有名だ『明日待たるるその宝船』その歌のように人生の慌ただしさと無情を感じる年末に梅田へ出かけた帰り道、人身事故でJRが止まってしまった携帯の道案内で途中下車した駅から私鉄の駅まで歩き乗り換えてなんとか家にたどり着いたJR駅の駐輪場に置いた自転車は夫が取りに行ってくれた奇しくもその日はクリスマスイブそんな日の人身事故は一層辛く感じる聖母や天使が迎えに来てくれるわけでもあるまいにフウセントウ
12月25日木曜日〜その2野地秩嘉著『吹けよ風、呼べよ嵐東映の仁義なき戦い』を読む。P50では、S27年の東映が上場。"戦後初めての忠臣蔵"と銘打った「赤穂城」と「続赤穂城」を製作。討ち入りシーンがなかったのは、仇討ちという主題には故意に触れなかった…と記しある。間もなく撤退のGHQに気を使ったのか?。(写真)地下資料室には、VHS版の『赤穂浪士』がございます。こちらは、S36年公開。吉良邸討ち入りまでが描かれています。9時から11時まで二度寝。
どんだけ赤穂浪士の話が好きなんだよと自分でも呆れますが、やっぱり今夜も見てしまうBS12の映画『赤穂城断絶』昔の名だたる俳優さんたちが出ています。今名優の方たちも、とても若いです。昔の歌や映画は本当に素晴らしいです。先ほどは三船敏郎さんが出ていました。ものすごいインパクトと貫禄でした。いよいよ明日の夜討ち入りだそうです。これからいよいよ、クライマックスです。https://share.google/uOiYZCBhnAioiLl9Phttps://share.goog
12月のエンタメ@日本といえば、忠臣蔵?!1702年(元禄15年)12月14日(旧暦)に47人の赤穂浪士が吉良邸に討ち入りし、主君・浅野内匠頭の仇討ちを遂げました。毎年年末、12月には歌舞伎で『忠臣蔵』が上演されますし、一時期はそんな歌舞伎を楽しみに出かけていましたが、今年は劇団☆新感線の『爆烈忠臣蔵~桜吹雪THUNDERSTRUCK』へ久しぶりの劇団☆新感線のお芝居主なキャストは、劇団☆新感線の古田新太、橋本じゅん、高田聖子、粟根まこと、羽野晶紀、橋本さとし。
⚔️【1702年・赤穂浪士の討ち入り】―元禄の江戸を震撼させた「忠臣蔵」の原点を、史実から読み解く―元禄15年(1702年)12月14日。江戸の本所松坂町で、この時代最大級の衝撃事件が起こります。赤穂浪士47名が、吉良上野介義央の屋敷に討ち入り、主君・浅野内匠頭の仇討ちを果たしたのです。この事件は後世「忠臣蔵」として脚色され、歌舞伎・文楽・講談・映画など、あらゆる芸能を通じて語り継がれましたが、その“原点となる史実”はどのようなものだったのでしょうか?◆事件の背景―
今から約300年前に起きた一大事件として伝わる赤穂義士たちによる討ち入り!主君浅野内匠頭の無念を晴らすため1年9ヶ月もの歳月を費やし、見事本懐を遂げた英雄たちのひたむきなまでの忠誠心は、現代まで伝え語られ、今もなお国民的ロマンとして受け継がれています。毎年、赤穂義士たちが討ち入りを果たした12月14日に赤穂市最大のイベントとして「赤穂義士祭」が盛大に開催されており、今回、人生初の「赤穂義士祭」見物をさせてもらいました!
冬の鳥取砂丘で一足早くクリスマス気分を楽しんでもらおうと、「鳥取砂丘イリュージョン2025」が開幕しました。およそ45万球のLEDが一斉に光を放ち、砂丘の斜面が鮮やかに浮かび上がります。21回目を迎えた「鳥取砂丘イリュージョン」の今年のテーマは「ほっこり『とっとり旅』」です。特産の食材などをモチーフにして鳥取県をゆったりと旅する雰囲気を味わえるように演出されています。砂丘の入り口の近くにはカニが温泉にほっこりとつかる姿が浮かび上がり、きらびやかな砂漠のピラミッドの隣には日
12月14日義士会法要がありました。直書き午前の法要参加者の直書き書き置き午前中の法要に参加して、再び午後1時半に集合。新たな討ち入りを果たすため。それは間違い探し。8箇所あったけど、1箇所間違えたから失敗。こちらの書き置きがもらえました。☺️討ち入りそばも頂きました☺️
投稿しないと寂しくなる。ルーティン化?第96話形振り構わず焦る-変貌の党争。日本壊滅計画の危機を救うのは?(龍玄)-カクヨム日本壊滅計画の危機を救うのは?求められる愛・嫌われる愛kakuyomu.jp
CrazyRed第60話自国で自慢、他国で屈辱第60話自国で自慢、他国で屈辱-CrazyRed(龍玄)-カクヨムこれは、現代の赤組パラレルワールドでのお粗末なお話です。kakuyomu.jp
みなさんおはようございます~(^_^)今日は出掛けたくない、昨日歩きすぎてます天王寺の曹洞宗の寺院、万松山吉祥寺です禅宗義士の寺だそうです外からもなんだかただならぬ気配ですよね寛永7年創建、浅野内匠頭は吉祥寺に「万松山」の山号を与える元文4年(1739年)には江戸の泉岳寺にさきがけて赤穂義士の墓が建立された義士討入り当時の住職は赤穂の出身で、浅野長矩とも親交があったという現存の墓碑には遺髪、遺爪鎖帷子が埋葬され、浅野本家より内匠頭の墓碑の建立を依頼、大石内蔵助の密命
こんばんは。昨日(12月14日)はこちらは冷たい雨となりましたが、都心では雪が降ったりしたのでしょうか?昨日は討ち入りの日、赤穂浪士が吉良邸に討ち入った日⋯⋯ではないのですね、厳密には旧暦の12月14日だったようです。討ち入りの時に雪が降るのですが、新暦の12月14日に都心ではなかなか雪は振らないですね、ましてや積もるほどには。ただこれまで何回かあった大河ドラマで赤穂浪士を扱うとちょうど新暦の討ち入りの日辺りに最終回を迎えることになりますね。今年はその12月14日が日曜日でしたね、今まで
第95話BAN祭り-変貌の党争。日本壊滅計画の危機を救うのは?(龍玄)-カクヨム日本壊滅計画の危機を救うのは?求められる愛・嫌われる愛kakuyomu.jp
定例投稿の出番です。第236話関わってはいけない中酷-超限戦・洗脳術廻旋(龍玄)-カクヨムリアル!ー洗脳と戦浪外交の超限戦勃発。kakuyomu.jp
赤穂浪士の討ち入りについては14日、引き上げは15日とするのは、日替わりの時間を明け六つ(6時)としていることによる。今回ご紹介する「富森助右衛門筆記」は、赤穂浪士17名を細川家が預かった折、接待役の堀内傳右衛門の求めに応じて、助右衛門が討入りとその翌日の行動について記した筆記である。吉良の首級をあげる場面については磯貝十郎左衛門加筆を受け、それを冨森が改めて浄書したとされる。元禄16年正月24日の事である。巷間映画やTVなどで紹介されるシーンとは全く違う、炭小屋で死を迎えた上野介の無残な最