ブログ記事57件
荻窪三庭園のひとつ、「角川庭園」は角川書店の創設者である角川源義さんの邸宅が整備され公開されていらものです。俳人でもあった角川源義氏にちなんで、現在は「幻戯山房」と命名され一般公開されています。角川庭園は大田黒公園から徒歩7~8分ほどだったでしょうか?かなり奥まったところにありました。運転のへたな私は、こういう道の狭いところには住みたくないな~とおもったりして(こんな高級住宅街に住めるわけがありませんが(笑))俳人であると共に、お茶もたしなんでいたのでしょうか?茶室はもとより、ちゃ
大田黒公園の次は角川庭園歩いてほんの数分です角川庭園は角川書店の創業者で俳人だった角川源義氏の元邸宅です近代数寄屋建築の建物にお庭には俳句を詠むために様々な草花が植えられていて四季折々楽しめます
読書好きの方なら、この出版社の書籍が何冊も本棚にあることでしょう。角川書店今日は、この業界大手社の創立記念日・・・ちょうど80周年にあたります。同書店の創業者は、国文学者・俳人であった角川源義(げんよし)氏。1917(大正6)年、富山県に生まれた源義氏は、旧制中学通学時代から俳句に深い関心を抱き、国文の教師をやり込める程の知識を持っていたとか。そして上京すると父親の反対を押し切って国学院大学の予科に入学し、折口信夫の主宰するの短歌結社『鳥船』に入会。卒
日本語の「ありがとう」と、英語の「thankyou」は、意味が異なります。日本語の「ありがとう」は「有難う」と書きます。漢字のとおり、「有ることが難しい」から、「有難う」つまり、当たり前ではないということです。だから、感謝というのはまず当たり前の有り難さに気づくことから始まります。逆にいうと、人は当たり前と思った瞬間から感謝を忘れるということでもあります。これについて、非常に考えさせられる本があります。「少女パレアナ」という本が角川書店から出版されています。少女パレアナエレナ
半夏生に凝っているわけではないけれど、今日の句は「半夏雨」が季語。夜へ継ぐ工場の炎や半夏雨角川源義鑑賞は清水哲男さん。『増殖する俳句歳時記』より。季語は「半夏雨(はんげあめ)」で夏。夏至から数えて十一日目(仏教的には夏安居の中日。「半夏生(はんげしょう)」に降る雨のこと。サトイモ科の半夏(烏柄杓の漢名)の花が咲くころなので、この名があると言われる。梅雨も末期にかかってくるこの時期には、大雨の降ることが多い。当然
(神奈川県横須賀市長沢)四月の雪女神に詣で余生感角川源義今日も寒い、いや、昨日以上に寒い…。とにかく寒いのがいやだ。今日は、俳句アトラスで出来た句集の代理発送作業。いつもなら朝9時に来る宅急便が来ないのでやきもきしたが11時頃に到着し、梱包作業をして、ポストに全て投函した。せっかく車で出たので、投函のあとは三浦市三崎へ行く。今日はとにかく寒く、小雨も降り、風も強い。そのせいもあるのか、お目当ての金目鯛専門店は早仕舞いしていた。なので、金目鯛はあきら
4か月ほど前に自宅近くから杉並区に向かってウォーキングして、「そうかここは自分の本籍地だった」と思い出した。だからというわけでもないが、昨年12月から一般公開されたと聞いて一度行きたいと思っていた荻外荘という杉並区にある近衞文麿の旧宅を見学がてらウォーキングに出かけた。もともとは、大正天皇の侍医頭だった入沢達吉が1927年に建てた邸宅だったが、近衞がこの家を気に入って、多分無理矢理だと想像するが購入した。3度首相をした近衞としては、この家は問題山積の政治からいっとき離れる別荘のつも
(宮崎県宮崎ブーゲンビリア空港)宮崎県に来ています。あいにくの雨…。あとで知ったが3週間ぶりの雨らしい。「避寒」という季語があるが、今回は避寒の旅なのでちょっと残念。しかし、それでも東京や横須賀と較べればあたたかい。早速、レンタカーを借りに、レンタカー乗り合いバス乗り場へ。なんか、ゴルフバッグを担いだ韓国人がたくさんいるので驚いた。九州はやっぱりアジア系の観光客が多い。なんか普通の感じのアジアの観光客がゴルフの為に宮崎に来る光景は時代だな~と思う。とりあ
(神奈川県横須賀市長沢)海照りの眼にあふれゐて春近し角川源義今日は横須賀の里山を散歩した。今日はあたたかいのだろうか。ヒートテックを着ていることもあるのか、坂道では汗が出た。菜の花、薺、かたばみなどが咲き始めている。なんだか寝釈迦のような雲が湧いていた。寝釈迦は横寝だが、この雲は仰向けで寝ているような感じだが…。「お釈迦様の雲」と「神社の鳥居」のコラボというのがなかなかいい。第3回俳人協会神奈川支部俳句大会投句受付中!!『第3回俳人協会神奈川
#大田黒公園#大田黒元雄#角川庭園#角川源義#荻窪⚫︎大田黒公園東京都杉並区荻窪3-33-12ホームページから抜粋/大田黒公園は、音楽評論家・大田黒元雄(1893-1979)の屋敷跡を杉並区が回遊式日本庭園として整備し、1981年に開園しました。樹齢百年を超えるイチョウ並木やもみじなどの紅葉の時期には、多くのひとが訪れます。敷地内にある旧大田黒家住宅洋館は、1933年に大田黒氏が仕事部屋として建てたもので、現在は記念館として公開しています。大田黒が愛用していたスタインウェイ社の
母の見舞いで上京したので、久しぶりに小学校時代の友に会い旧交を温めました。母校のラグビー部の大学選手権出場試合の観戦も予定しているのですが、生まれて幼稚園の頃まで住んでいた荻窪を探訪しました。以前から、大田黒公園や角川書店の創始者である角川源義氏の庭園は散策したことがあったのですが、この度、近衛文麿氏の戦前の邸宅を杉並区が改修したというので、興味津々で訪れました。その昔、「西の鎌倉、東の荻窪」と言われていた時代があったそうで、各界の著名人が荻窪に居を構えました。北口は文人たちが暮らし
先日荻窪の「荻外荘」を訪問した際、近くに「角川庭園」があると書いてあったので訪問。つまり前知識はなし。角川書店の創立者である角川源義(げんよし)の自邸を整備し公開している。建物は1955年築、加倉井昭夫設計の数寄屋造り。角川は1917年生まれで、角川書店を設立したのが終戦の年、1945年。よって立派な自宅の建築も(筆者にとっては残念ながら)戦後になってからである。国の登録有形文化財。旧書斎は今も使っていそうに思われるほどモダン。1949年5月、角川文庫を創刊。文庫本は戦前より岩波
(東京都杉並区荻窪大田黒公園)冬紅葉冬のひかりをあつめけり久保田万太郎杉並区荻窪の「大田黒公園」は都会でも紅葉を楽しめる名所。音楽評論家・大田黒元雄の邸宅跡である。大田黒元雄については以前に書いた。『荻窪の庭園&俳人の店』(東京都杉並区荻窪太田黒公園)今日は来年4月から始まる「おくのほそ道講座」の打ち合わせの為、杉並区荻窪のすぎなみ詩歌館(旧・角川源義邸)へ行く。少し早く着…ameblo.jp12月8日(日)まで、17時~20時の間、ライトアップがされ
結局、斎藤元彦の選挙は情弱の祭典なんだよな──政治家の支持者なら構わないけど、政治家の”信者”になったらあかんよ!この記事は斎藤元彦”信者”の情弱ぶりを見事なまでに描写している。インフルエンサーのSNSの投稿から「真実にたどり着いた」者もいれば──…pic.twitter.com/iUqY07oaT2—白坂和哉|ジャーナリスト|”突き刺さる”政治情報を提供します!(@shirasaka_k)2024年11月16日真実が虚偽に敗れた、誠実が不実に敗れた、寛容が傲慢に敗
(東京都杉並区荻窪すぎなみ詩歌館)大水の刈田は海の如くなり正岡子規今日は荻窪の青丹会。結構な雨が降っていたが、大雨というほどではない。句会が終わる頃には雨もあがった。講義ではたいした話は出来なかったが、今月、NHKで「坂の上の雲」が再放送されるそうなので「正岡子規」の話をした。私はとにかく芭蕉が大好きだが、子規は好き嫌いというよりも、ただただ凄い人だ、という印象がある。なにしろ千年続いた「雅」の美意識を破壊した人なのだから。芭蕉も蕪村も「雅」という
「人質司法は自白を強要させるためのシステム」「拘置所では自分の影が愛おしくて語りかけたくなりました。」角川源義氏の次男。源義氏は角川書店の創業者で、一財産を築いた。荻窪街歩きのときに、別邸(一般公開されている)を見学した。東京オリンピックの(実は何だったのか忘れています)何らかの不正にかかわったとして投獄された、その時の体験を綴り、出版されています。タテ見出しは「あがいてあがきたいんですよ、生存権のために」日記をつけていたら接見弁護士に取り上げられコピーをとられたその時から日
(東京都杉並区荻窪旧・角川源義邸(すぎなみ詩歌館))今日は災害級(?)の暑さ。今日も句会で8時半過ぎに西荻窪の事務所を出て、9時半開始の荻窪・青丹会へ。句会場の旧・角川源義邸(現・すぎなみ詩歌館)には緑が生い茂っていた。玄関前の芭蕉も今が盛りのようだ。やや破れているが、芭蕉の葉は破れやすいので、これくらいが最盛期であろう。(庭)書斎だった部屋には、源義先生の、ロダンの首泰山木は花得たり掛け軸、色紙が展示されていた。句会場にもしばらく汗が止まらない
(東京都杉並区荻窪すぎなみ詩歌館(旧・角川源義邸)))なでしこや歌神に侍すさとめぐり(なでしこやうたがみにじすさとめぐり)角川源義今日は荻窪の「青丹会」。雨が降ったりやんだりの不思議な天候だった。句会前、句会場のすぎなみ詩歌館(旧・角川源義邸)の庭を回ったら、蛍袋の花が咲いていた。雨に濡れて美しかった。今日はめずらしく最高点、まあ、清記に誤記があり、私が訂正をお願いしたので、私の句だとわかってしまい、気を遣ってくれたのかもしれない。まあ、芭蕉を敬愛する句だ
元高校教師で、お寺の住職の妻でライフコーチの桜井あきこ(akoko)です。コーチング&カラーセラピー&手帳であなたの人生を応援します!5月から地元の図書館で始まった「日本文学教室」今年度からの新参者はわたしともう1人だけど全体で15名ほどの中に高校時代の同級生Tちゃんがいて嬉しい早速LINEがきました本当に気分は高校生前回「雉(キジ)」の話で終わったことについて『「きじ」の話とゆったりペースがいとおしい日本文学講座』元高校教師で、
元高校教師で、お寺の住職の妻でライフコーチの桜井あきこ(akoko)です。コーチング&カラーセラピー&手帳であなたの人生を応援します!ワタナベ薫さんの未来手帳の4月のワークのテーマは「学び」でしたそこに「日本文学」と書き今月から地元の図書館で始まる「日本文学教室」に参加しました毎年度、5月から月に2回開催されていて参加者の皆さんと講師の先生の雰囲気がいい感じ新参者はわたしともう1人だけらしいけど近隣の市や町から集まった15名余りの
悲しい譚(はなし)日刊スポーツさんに載っていたのだが…そのおしらせ…『営業する中で、駐車場のルールいはん、カスハラ、…注意したことをやめてくれないなど、悲しい出来事があまりにも多いことで、営業を続ける意欲が無くなったことが一番の理由になります。』なんと、哀しい想いを言葉にしなければならないのでしょう。衰退の国、ニッポン。誰かがと言うより、一粒一粒が潰れ始めているのかも…縮小していくのも当たり前なのかもです。支える気力が、また一つ折れました。私達の米づくりはまだ、「わしの代で終
(東京都杉並区荻窪旧・角川源義邸)昼顔のここ荻窪は終の地か(ひるがおのここおぎくぼはついのちか)角川源義今日は荻窪の青丹会。句会場の「すぎなみ詩歌館」の運営が今月から新しい会社に変わったので、何か変化はあるかしら…と思ったが、何も変わらないようだった。というか、担当の人とも会わなかった。普通、挨拶に来ないかな…(笑)、忙しかったのかな?それとも何かわけあってのことだろうか。まあ、なんだかわからないが、引き続き、この会場を使用出来たらうれしい。ここ
ビーフカツを求め全国各地を彷徨う超変人の超マニアックなブログです。今回はスピンオフ編。ビーフカツやその他の食べ物からは離れ、これまでの国内外の旅などで印象に残っているスポットなどをご紹介します。今日は東京都杉並区荻窪の『角川庭園』です。最寄駅はJR中央・総武線、東京メトロ丸ノ内線『荻窪』。JR駅南口から徒歩15分住宅街の中にひっそりと門が現れます。『角川庭園』は角川書店の創業者である角川源義氏(1917.10.09-1975.10.27)の自邸を遺族から寄
(神奈川県横須賀市長沢)芋の露連山影を正しうす(いものつゆれんざんかげをただしうす)飯田蛇笏今日は東京都立川市のクレア句会。毎回、句会のあと短時間だが俳句講義をしている。今日は「飯田蛇笏(いいだ・だこつ)」。蛇笏の功績や句を解説しながら、「立句(たてく)」について話をした。「立句」とはだいたい以下のように考えられる。1)連句の座で一番最初に詠む句。発句。2)厳然と屹立している句。気高く力強い立ち姿を持っている句。3)一句が完全に独立。このうち