ブログ記事20件
人間1人ひとりの心の境界線突破への水先案内人、おがじゅんです。普段の生活において、おがじゅんはほんの時々あることを目の当たりにします。今回のこの事をテーマに書きます。まず、ほんの時々目の当たりにすること。これはズバリ逆ギレ!!です( ̄▽ ̄;)何故、人間はつい逆ギレするのだろうか?ということをふと思う時があったのですが、これについて1つの結論を見つけました。この結論は以下になります。まず、人間は大前提としてその人オリジナルのマル・バツの判断基準が例外なく必ずあります。そして、相
人間1人ひとりの心の境界線突破への水先案内人、おがじゅんです。前回のブログにて、おがじゅんには「散々誤解されて、正しく観てもらえなかった」という涙があった、と書きました。この涙、家族との関係においても、学校での同級生との人間関係や教師との人間関係においても、また大学以降の人間関係・コミュニケーションにおいても、常に「誤解を受ける、そして攻撃・統制の標的にされる」という容赦ない攻撃を受けて来ました。これはまるで、第二次世界大戦末期の日本がアメリカを初めとする連合国によって徹底的に破壊されたか
人間1人ひとりの心の境界線突破への水先案内人、おがじゅんです。皆さんもこれまでの人生の中で、本当にやりたかったこと、チャレンジしたかったこともいっぱいあり、その中で叶えられたこともあれば、そうでないこともきっとあるかと思います。もちろん、おがじゅんもそうです。ところでやりたいことやチャレンジしたいことがあっても、これが出来なかった時、もしくは踏みだせなかった時、何が原因でブレーキを踏んでしまったのか、自覚はあるでしょうか?・お金がなかった・・・・時間がなかった・・・このような物理的な
人間1人ひとりの心の境界線突破への水先案内人、おがじゅんです。ちょうど1週間前、広島市内でセッションの振り返り会をし、その時のことを「自分軸vs他人軸」で整理しました。そして昨日の夜に、Pと話していた時にさらにこのテーマで追加したい内容が浮かんだので、先週のブログをリプログしつつ、お伝えしたいと思います。自分軸に行っても他人軸に行ってもどちらも問題である、ことは先週お伝えしましたが、これに共通する問題の根っこがあるのです。ここからはかなり衝撃的なことを言いますので、どうかご容赦下さい
人間1人ひとりの心の境界線突破への水先案内人、おがじゅんです。最近、上地優美さんのブログを読む事が多く、読むたびに気づかされることがあり、なおかつかつてのおがじゅんがずっと疑問に思っていた「生きる」上でのテーマでもあったことを思い起こされますね^^そこで、今回はあなたの「価値」についてお伝えしたいと思います。いきなり皆さんにお聞きしますが、「どうれオレなんて・・・」や「どうせアタシは・・・」って口に出したことってありますか?また、どんな相手・どんな場面でこれらの言葉が出て来たことがあ
人間1人ひとりの心の境界線突破への水先案内人、おがじゅんです。最近は某テレビ局の特番での事件簿を代表に、「脱・ステレオタイプ」がテーマとしてかなりの頻度で取り上げられているのをみます。その中で、今回もハフィントンポストの記事から、これもついついステレオタイプなイメージを持ってしまうな、というモノを引っ張って来ましたので、引っ張って来たモノを題材に共に考えてみたいと思います。今回取り上げるテーマは「ハーフの子」について。記事リンクはこちら→「残念ハーフ」は誰が生んだのか「ハーフ」と聞く
人間1人ひとりの心の境界線突破への水先案内人、おがじゅんです。10月初日は、セッションを今まで受けた人たちが集まって、広島市内のカフェでセッション振り返り会をしました^^今回は個人オリジナルのマル・バツの判断基準の多様性や、判断基準が創られた裏には「自分自身が決めつけたアイデンティティ」があることを一緒に確認し合い、行動・考えのパターンを観ることからスタートでした。その中で、今回主なテーマになったのが、判断基準の傾向として「自分軸」が強いのか、それとも「他人軸」が強いのか、を観ていく感じ
人間1人ひとりの心の境界線突破への水先案内人、おがじゅんです。今日も夕方から、急遽広島駅で1人の友人と直接話してきました。彼は仕事において、貢献出来ていないことに対して、相当思う事があった様子でした。ところで皆さんの中にも、人に貢献出来ない、会社や社会に貢献出来ない・役に立てていない、ことに出くわした時に、「自分ダメだよなー」や「オレ(アタシ)って価値ないなぁ」と思ったりしたことありませんか?実はおがじゅんもこの傾向、むっちゃ強かったですf^_^;何故ならば、落ちこぼれてみっともないと
人間1人ひとりの心の境界線突破への水先案内人、おがじゅんです。今日は仕事オフ日でした(o^^o)お昼は去年、ほめゲー!を開催していた時に予約対応して下さった女性とお茶をし、夜はほめゲー!やオガータの酒場によく来てくれる30代半ばの男性を一緒にご飯食べて過ごしました☆その時に、共通のネタが出て来たので、これをピックアップします。2人にもあったのですが、皆さんも相手を悪くしようという意図は全く無く、むしろ相手のことを思って提案したり、意見したにも関わらず、相手が何故か怒って来た、なんてことは
人間1人ひとりの心の境界線突破への水先案内人、おがじゅんです。前のブログにも書いたけど、今年に入ってから色々と応援をされているのを感じられるおがじゅんですが、かつてはその認識は全然なかったことを今夜思い出しました。これも、今夜2人の仲間と話をし、高級情報を頂けたから。ちなみにかつてもおがじゅんは、「何でオレだけこんな目に合わないといけないんだ!?」「周りはいい思い出来ているのに、何でオレはそうじゃないんだ!?」という思いばかりを勝手に好んで妄想して募らせていたのです(^^;;なぜかと言う
人間1人ひとりの心の境界線突破への水先案内人おがじゅんです。いやー、久々にyahooの記事で面白いモノを見つけちゃいました(≧∀≦)何故かって?それは、モテるオトコの基準点が時代によって全然違うことと、その基準点がどうやって創られるのかが観える記事内容だから♫それだけでテンション上がっちゃった☆まあ、これでテンション上がるおがじゅんも相当なヘンタイですね(笑)今回のリンクはコチラ→女性はクルマで男を判断した・・・速いクルマ、カッコいいクルマに乗っていればモテた80年代クルマモテ論
3月に「お金から自由になる為には?」というブログを2回に分けて書かせて頂きましたが、それ以来「お金・経済」ということを考えることが度々あります。そこで今回は「お金の心配をなくす為の心の在り方」について、語っていこうかと思います。おがじゅんは、しばしば色んな人から「お金の心配をなくしたい」や「お金から自由になりたい」という言葉をよく聞きます。確かにお金は自分にとっての未来決定要素になり得るし、またお金があることで手に入れられるものも増えるし、さらにお金には「貯蔵」の機能があるので、あればある
Facebookはブログを紹介したり、情報の受発信に欠かせない道具になっているおがじゅんです^_^今日は僕の友人のFacebook投稿から、これは面白いぞ!!と感じたモノを発見したので、これをテーマにブログを書きますね。テーマは「脱・先入観!」です。アメリカで「スケルトンショー」というユニークな催しが行われ、骨格だけの映像を通して人の「違い」を消していく試みがなされたのです。記事を読んでもらうことで、私達の生活・現実世界がどれほど「先入観」に固定されているのかが観えるかと思うので、この記事
6年前に起きた3.11東日本大震災の被害と衝撃は大変、大きなものでした。地震や津波、原発事故などにより、亡くなられたか方、負傷されたいる方、家族や住居、仕事などこれまでの生活スタイルを失われた方がたくさんいますし、今でも影響は大きいです。心情面でも深い悲しみや遺恨が残っています。被害に遭われた方々、その家族、親族の皆さまにお悔み申し上げます。フランス革命の要因の一つに火山の噴火からの飢饉がるように、歴史は否定を通して大きく成長します。今までに戻る
最近は僕もセッション施術したり、僕の友人がセッション施術したという話を聞きますが、これらを通していかに無限グルグルループを繰り返している人生を歩んでるいるのか、ということが面白いほど(恐ろしいほど?)観えてくることを垣間見ますね^_^ちなみにセッションというのは、コミュニケーションワークを通して、一緒になって人間1人ひとりの無意識を意識化し・認識し、個々の思いのクセのパターンを整理整頓するものです。じゃあ、これをすることで何が可能になるのか?これは、目的地が分からず、目先の現象的な問題を知
久々にハフィントンポストからネタをピックアップします。何故ならば、素敵な恋愛関係を成り立たせる為のヒントがあり、このヒントをただのスローガンで終わらせるのでは無く、実践出来る為には絶対に裏切らない関係性を創ることを可能にする新教育によって補えるのが観えたからです。まずは、今回の記事内容について、「あー、こーゆーことなんだぁー」と掴んでもらえればと思い、リンクを載せますね。参考記事リンクずっと仲良し。長続きする恋愛関係に共通する10のルール10のルールがあるけど、これらを集約するならば、
今回は、新時代の教育者として、ブログを書き綴ります。まず、これに至った経緯から。久々に子育てや子どもの教育の記事を読みました。記事を読むことで、おがじゅんの両親から、また学校で受けた教育によって、様々な思い込みパターンが形成されてきたことを振り返る機会になり、その度に人間の可能性を押さえ込んだり制限する教育という名の「調教」がまかり通ってきたことに憤りを感じるおがじゅんがいます。本当は人間は無限の可能性そのものであり、尊厳そのものにも関わらず。特に、幼少期は親の影響を色濃く受ける上、こ
突然ですが、皆さんは人の話を聴けていますか?オレは大丈夫だよ、と自信を持っている人もいれば、どーも難しくて、と思う人もいるかと思います。では、おがじゅんは、どうなんでしょうか?実際に、人の話を聴くのが、恐ろしく苦手でした・・・聴くフリだけは上手く、右から左に流すようなことばかり、あるいは人の話を受け取ることが出来ず、聴くことに関しては散々苦しんで来ました。そこで、どんな時に、何故人の話を聴けないおがじゅんになるのか、を振り返って観察してみたいと思います。まず、相手が一方的に早いスピー
広島で4ヶ月近くぶりのほめゲー!を開催しました(o^^o)毎回テーマを設けて開催していますが、今回は、褒めること=「観察」という規定でスタートしました。また、観察として2つの方向性でアプローチしました。①自分が思う自分と、相手が思う自分の「共通点」と「違い」を観察する②どんな言葉や、またはどのような条件の時に「褒められた」と感じるのか、を観察する実際にやってみて、参加者もおがじゅんも、「観察」することの難しさ、特に自己を観察することがいかに難しいのか、を一緒に感じられたのが、今回の収
現在の若者とバブル期に「若者」と呼ばれていた人達の対談で、同じ日本でも生きていた時代の違いによってお互いの「当たり前・前提」が変わることが明確に書かれていました。そこで、何故世代間ギャップが起こり、交わらないのか、これをどうすれば埋めていけるのか、について書くことにします。まずは、他のブログでも何度か書いていますが、判断基準というものは、どんな国・どんな時代・どんな地域・どんな家庭で過ごしてきたのか、そしてどんな教育を受けてきたのか、によって形成され、そして誰1人として同じ判断基準を持つ人は