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板橋区にも七福神があると知ってお参りしてみることに今から80年程前、板橋区熊野町の「町彫師の田中金太郎さん」通称、彫金さんが念願の七福神を彫り上げ、近隣の寺院へ奉納したことが始まりだそうで、いろいろ調べていたら、滝野川八幡神社は、蟲柱胡蝶しのぶとゆかりがあるとゆーのを見かけました6年前、一度行ったことがありました息子がプレゼントしてくれたファンブックを開くと、確かに胡蝶さんの出身地は東京府北豊島郡滝野川村になっていますね板橋七福神で考えてたルートからも近かったので、まずは三田
旧中山道板橋駅を歩く①板橋駅~平尾宿脇本陣跡旧中山道板橋宿の散歩記です。今回は①「JR板橋駅」~「平尾宿脇本陣跡」■中山道・板橋宿江戸時代、江戸幕府によって五街道が整備され、「中山道」は「東海道」とともに「江戸」と「京・大坂」を結ぶ交通路として最も重要な路とされました。「板橋宿」は、五街道・中山道六十九次の、江戸を出て最初の宿場町となりました。東海道は五十一次126里、中山道は六十九次132里、道程は東海道よりも長かったのですが、大井川などの「川渡し・川留」の心配も
先週の土曜日早目のお彼岸・お墓参りに1人で千葉🥜へお出かけ🚃霊園には思ったより沢山の人達が来ていて安心(広い霊園に1人ボッチは寂しい💦)天気が心配だったので☁️掃除して、お祈りして早々に退散✝️🚍️🚍️🚍️駅までの車中で🚃【休日お出かけパス】🚃を利用していたのもありふとこのまま何処かに行きたい(天気の心配は何処へやら…)その思いが膨らみ時刻表を調べる🔍️「そうだ、玉前神社へ行こう」外房線でパスが使えるのはJR茂原駅までだけど片道200円足せは上総一ノ
来週月曜日(3月10日)から抗癌剤投与のため2週間入院する予定です。初めての抗癌剤なので体調がどうなるかわかりませんが、ブログを書くために入院用ノートPCへ画像データを移動して週末を過ごしています。さて玉崎山観明寺の続きですが、私と美月は境内に祀られている一躯の十一面観音石像に出会いました。仏像が何たるかも知らない10年前の邂逅ですが、年を経て遊行三昧のブログを書き散らかしているのも、そもそもはこの美しいお姿が忘れられないからだと思っています。「どうしたらこんな優しいお顔になれるのかな?
東京都板橋区を訪れた続きです板橋区板橋にある、如意山観明寺、向かって、右側が、本堂左側が、不動堂、出世不動尊と呼ばれています中山道板橋宿の、この道も、板橋宿不動通りと名付けられていましたさらに北西方向に歩いていきましょう左側に見えてきたのは板橋三丁目縁宿広場、高札場のような、掲示板がありますこの先を右に曲がっていきましょう少し進んで、左側に大きな建物が見えてきました板橋地域センターです1階に、いた
最寄り駅の板橋区役所前駅のA1出口を出て、板橋区役所に背を向けて直進。旧中山道仲宿を右折します。200m程歩くと左手に入口があります。室町時代の創建と伝えられています。本尊の聖観音立像は12世紀頃の作と考えられています。境内には、1661年(寛文元年)の庚申塔や、加賀藩下屋敷から遷されたといわれる稲荷社があります。江戸時代には、宿場町として多くの旅人で賑わいました。町内の宿泊施設が満員になると、臨時の宗派区施設として開放されることもあったそうです。明治時代に入り、板橋宿
千葉県長生郡一宮町玉前神社裏面駐車場からの入り口近隣のお寺「観明寺」
2023年1月9日千葉県長生郡一宮町一宮の観明寺に参拝しました。由緒観明寺は天台宗派に属する古刹です。天平6年(734年)僧行基の開基、慈覚大師の中興と伝えられています。江戸時代には朱印十二石がありました。本尊は十一面観音で寺伝の文書によると海上より出現した伝えられています。また、九十九里「浜の七福神」の福禄寿を祀る札所としても知られています。山門本堂通常非公開らしいが、1月10日は初金毘羅(一年最初の金比羅の縁日)のためか、本堂は開いていました。地獄極楽欄間(彫刻
「カメラの記憶」の写真以外は再掲を含みます何だかへんだぁ!安倍元首相の体中に入り致命傷を与えた銃弾が行方不明?!○安倍元首相が撃たれた銃創等の跡・当初の奈良県立医科大学付属病院福島教授が行った説明顔面下方首の右付根付近(鎖骨より上)に二つの銃創(5cm間隔)と左前肩部に一つの銃創(射出痕と思える)があった。手術中に銃弾はみつからなかった。・治安・テロ対策調査会で青山議員が当局に確認した内容左上腕部に銃創(入射痕)があった。弾が出たあと(射出痕)はなかった(盲管銃創)のに、銃
東光寺から平尾追分に戻り、旧中山道を歩きます。久しぶりに仲宿の商店街を歩きます。コロナのせいか人出が少ないですね。少し歩くと、観明寺の参道が見えてきます。その入口に建つ庚申塔は寛文元年(1661)のもので、板橋区の指定文化財になっています。閂(かんぬき)でがっちり施錠されているので、隙間から覗いてみましょう。青面金剛が彫られたものとしては都内最古の庚申塔です。眷属もいますね。360年もの間、中山道を行き交う人々を見つめてきた庚申塔。様々な人々の思いを抱えた石像は、時
【所在地】千葉県長生郡一宮町一宮3316【山号等】玉崎山智眼院【宗派】天台宗【御本尊】十一面観世音菩薩【HP】http://tamasakiyama.com/【電話】0475-42-2342【地蔵様】子安地蔵尊当寺は一宮玉崎神社の別当寺をつとめた寺院で天台宗の古刹です。開基は行基菩薩、慈覚大師円仁により中興され、江戸時代には幕府から12万石の御朱印が給せられていたそうです。本堂の御内佛に室町期作とされる子安地蔵尊が祀られ、境内参道の脇に
板橋宿にて最期を迎えた近藤勇は、処刑後すぐに、幽閉されていた脇本陣当主の豊田市右衛門により密かに菩提を供養され、この観明寺に位牌が納められました。位牌はその後、滝野川の寿徳寺に移され空襲により焼失しています。明治新政府軍の不興を招くことを恐れず、賊軍として処刑された勇を大切に供養した豊田市右衛門の人柄が窺がえます。今月25日は近藤勇の命日ですので、勇ゆかりの地・観明寺を訪れてみてはいかがでしょうか?
観明寺の赤門は、加賀藩前田家下屋敷にあった通用門が明治時代に遷されたものと言われ、現在も見られる数少ない下屋敷の名残といえます。東大を象徴する赤門は、もとは加賀藩前田家上屋敷の御守殿門でした。観明寺境内には出世不動や出世稲荷もありますので、立身出世をめざし、東大合格を願う受験生の皆さん、まずはこの観明寺の赤門をくぐり抜けて合格祈願をしてみてはいかがでしょうか?
8月14日(金)にお休みを取って、伊南房州通往還歩きの第二回として茂原から上総一ノ宮までの区間を歩いた記事の第5弾です。歩行ルートは↓。歩いた距離は神社仏閣や城跡見物の寄り道などを含め13km程度でした。猛暑が続く中、暑さ対策で距離を短めに設定しています。その4では、上総一ノ宮の駅名の由来になっている、文字通りの上総國の一之宮である玉前神社にお参りしたところまでをご紹介しました(☟再掲)。玉前神社の後は、この付近にある天台宗の観明寺というお寺に行くつもりだったのですが、方向を
そして、上総一ノ宮。途中勝浦も予定してたけど、もおお疲れだったのでパスしちゃいましたよ。ここはお初の町です。思ってたよりこじんまりな駅だったー。工事中だっしー。ご当地自販機、いっちゃんーーーーっ!!昔はこのくらいの煙突がかなり高かったんだよなあ。それからー弁天堂。観明寺、四脚門。結構、いろいろありますね。この辺は全然読んでないやー。水屋?本堂はここかねー?念ずれば花ひらく!(`・∀・´)エスパーか!どっちよ?_(:3」z)_七福神さまがー寿老人。福
板橋区役所の近くの不動通りという商店街にあった昔ながらのお風呂屋さん。今はもうありません。マンションになってしまいました。そのお風呂屋さんの並びの観明寺というお寺に咲いていた背の高い桜。見事ですね。この水が滴りそうな新緑は千鳥ヶ淵です。軽やかな色がいいですね。こちらの新緑は上野の西洋美術館前庭にある地獄の門。ロダンです。ロダンといえば考える人。これも前庭の別の場所にあるんですが、この地獄の門の中にも考える人がいるんですよ。門の内側上
今回は、板橋にあります観明寺に参拝です。左下に、私のチャリが!因みに防犯登録は沖縄県です。1661年の庚申塔です。山門は、加賀藩下屋敷から移築したものです。稲荷社も加賀藩下屋敷から移築しています。六地蔵尊お遍路大師不動明王像と観音菩薩像出世不動堂本堂と不動堂の複合仏堂観明寺由緒室町時代初期に開山したといわれている。江戸幕府昌平坂学問所が編纂した『新編武蔵風土記稿』によると「新義真言宗、足立郡沼田村恵明寺末、如
板橋宿不動通り商店街にある観明寺の境内には、疱瘡(ほうそう)除けを祈願するために建立された『疱仏石祠(ほうぶつせきし)』があります。石祠の正面には「疱佛」の文字が刻まれ、その上に開けられた小さな穴のなかに、疱瘡のかさぶたを入れていたようです。石祠の側面には造立時期「享保8年(1723年)初秋」が刻まれています。享保年間には江戸で疫病が流行し、隅田川花火大会は享保18年に疫病による死者供養と災厄退散を願って始められたと言われます。種痘が普及するまでは、幾度となく疱瘡が流行し、日本各地に疱瘡除け
少し歩いて観明寺金毘羅堂東浪見に向かいます
先日お昼休み裏の観明寺さんの桜🌸を見てきました。暖かな日差しの中キレイな桜吹雪🌸帰り道、毎年見ている石神井川を通って帰りました。こんなキレイな春の景色を見ていると…一瞬今、世界が脅威にさらされている事を忘れてしまいそうです。しかしながら気を緩めてはいけません。週末はStayhome!どんな状況下でも今私達の出来る事を模索しながら今週も頑張っていきます。連日新型コロナウィルスの懸念で不安が高まる毎日ですが、皆んなが大変なこの時期を皆んなで頑張って行きまし
裏の観明寺さんのお庭でウグイス色のメジロ(ややこしい)が花を突っついています。春の訪れを感じます🌸メープルリーフデンタルクリニックのお隣さんあさひ町内会さんの開店祝いのお花も道ゆく人々が突っついています。ご近所の方道ゆく人々お店から出てきたお客さん当院の患者様もみんな楽しそうに花束を作って持ち帰っています。最初は驚きましたがお花の持ち帰りOKと書いてあります開店祝いのお花は商売繁盛縁起が良いとされる地域(名古屋など)があるようですが…板橋区も
文殊院の山門狭いけど、ここを車で通過して、中に駐車します。ちょっとコレクター系の匂いがします。本殿閻魔堂と思われるお堂で毘沙門天が御開帳されてました。その他にもいろいろいらっしゃいました。ご本尊と毘沙門天の御朱印をいただきました。続いて観明寺歩けばすぐですが、車だとぐるっと回らないとつきません。先にこっちに行けばよかったね( ̄∇ ̄;)ハッハッハッこちらもシンプルな山門庚申塚のようです。夜に逃げ出すタイプの石碑でしょうか?厳重な檻に入れ
板橋観明寺のお詣りレポートの後半です。本堂前、やや左側に弘法大師像です。南無大師遍照金剛~、南無大師遍照金剛~観明寺の本堂です、本堂は長い建物になっております。南無聖観世音菩薩左は出世不動尊が祀られております。南無出世不動尊~観明寺の本堂、向拝です。さきほどの弘法大師像のとなり宝篋印塔ですね。天和2年(1682年)10月19日の刻がある石仏天和2年は八百屋お七の大火の年。ほぼ、境内の散策は終わり、ご朱印をいただきに寺務所(庫裡)へ右の白
平成31年3月4日、東京は朝からまとまった雨でございます、花粉症の方にとっては、ほっとひと息というところでしょうか......去る2月23日の板橋区内のお詣りレポートに戻ります、文殊院の後、再び旧中山道を引き返し仲宿の四つ角にもどり、今度は右方向へ歩きます昭和40~50年代を彷彿させるような、典型的商店街に、昔ながらの喫茶店、中には入りませんでしたが、静かなクラシック音楽が流れ痩身でごま塩頭を撫でつけ、蝶ネクタイの傾きひとつないマスターが頑固にこだわりの珈琲を入れてい
2018年4月中旬の板橋散策の続き。「東光寺」にお参りした後もまた、旧中山道板橋宿を散策しました。東光寺のレポhttps://blogs.yahoo.co.jp/hsnm3373/42221848.htmlhttps://ameblo.jp/indyaki12/entry-12426255863.html「東光寺」から旧中山道に戻ると、首都高速高架下大通りと右手に道が分かれている場所があります。ここは「平尾追分」と呼ばれるそうです。右手の道路を進むと、旧中
板橋七福神元旦〜七日am9:00〜pm4:00約12km所要時間は約4時間半10:00板橋駅をスタート観明寺恵比寿天文殊院毘沙門天長命寺福禄寿安養院弁財天西光寺布袋尊能満寺寿老人西光院大黒天15:00JR池袋駅ゴール?着だよね!七福神ステッカーとにかく歩きました約12km今までで一番距離がある七福神めぐり自転車でめぐる方もかなりいました休みながら巡ったので予定時間をオーバーしてしまったこの季節ならではの藁ぼっちが
しばらく空いてしまいましたが、今日は夏の青春18きっぷを使って残っている千葉県の霊場を目指します。宇都宮を代表する餃子屋を後に…。東京駅から総武線直通外房線に乗り替え茂原駅を目指します。錦糸町駅付近の車窓から見るスカイツリーは迫力があります。茂原駅に着きました。今回の最初の目的地は天台宗大本山第71番札所長福寿寺山門をくぐって本堂へ右に「吉ゾウ君」、左に「夢ちゃん」巨大な石像があります。「吉ゾウ君」の足を撫でて
早いもので新年迎えてもう三が日。明日が仕事初めの方も多いと思いますが、私の休みは明日までです。いつもより早い仕事初めになりますが、年末に休みに入るのが早かったので、始まるのも早めになりました。なんかお休みを損した気分。休みの日数は例年通りなんですけどね・・・^^;年明けから引きこもり状態でしたが、今日は娘たちと恒例になってる七福神巡りをしてきました。写真多めですそれぞれの寺院で七福神の印を押してもらい、色紙の完成~♪ここからスタート。長命寺:福禄寿安養
(1ヶ月前の4月上旬です。)何度か雨が降ったり風が吹いたりで、もう桜は終わりかなと思いつつも、近所で買いたい物があって出かけた先でたまたま通った観明寺というお寺。ここにある庚申塔には寛文元年(1661年)の記銘があるというから、相当古くからあるお寺です。なんでも室町時代の創建となるお寺だそうです。境内の背の高い桜がまだ咲いています。この桜、下のほうには花の咲いている枝がなくて、樹の背丈の半分より上だけに桜が咲いています。見上げる桜。境内には庚申塔とか弘法大師の