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こんばんは♪今日は、小学校からの幼馴染たちと会いました♪一緒のクラスで、一緒に遊んで、一緒に大きくなってきた3人。私の結婚式にも来てくれた、大切な友達です。その中のひとりは、結婚して関東へ。関西から遠く離れて暮らしていますが、毎年、お盆かお正月になると帰ってきてくれるので、そのタイミングでみんなで集まります。今日も会えば、あの頃と全く変わらない。くだらないことで笑ったり、昔の話をしたり。でも、話す内容はずいぶん変わりました。子どもたちの結婚の話。そして、自分たち
の見様見真似です夏場なので缶詰をおそなえしてるんてすど母親は煮魚が好きででも、うちでは誰も食べないのでカレイの缶詰をお供えしてます住職さんが同級生でね「色々見たけどカレイって…初めて見たわ」って(笑)彼に会うのも一年に一度だけど同級生っていいですねお父さんお母さん何食べたい?
更新です。まもなく、私がこの世に産まれた日です。57年目の自分の誕生日。長く生きたもんだ!と感心します。生きていいのかとも思えます。自分の人生・・・本当にこんなに長く続くものか?と感心しました。子どもの頃、早く1日でも早く大人になりたかった私。青春時代は、男性に執着していた時期がありました。自分の置かれている世界から連れ出してくれる・・・お姫様みたいに・・・やっと両親から離れたときは、故郷がなくなりました。帰る場所がなくなり、パパとの生
この朝『「方向性が生まれる日」』8/9はGate#72「方向性が生まれる日」。宇宙のゲートはさらに拡がり、その奥から強烈な光が入ってくる。まばゆい光の中から、ある一定の方向性が生まれる日。自…ameblo.jpそしてこの朝もわかち愛させていただいた記事は、ちょうど『「未来への羅針盤が開示される日」』山中湖観光情報onInstagram:"#おはよう富士山久しぶりに早朝から赤く染まりくっきりきれいに見えてます#赤富士#富士山#山中湖#赤富士…ameblo.jpこの日
更新です。今日は、双子妹が仕事の日。私は、朝から家の事をしたり…気持ちが沈んだり・・・。更年期障害を治療したらいいか?婦人科に行くのがいいか?明日、婦人科に受診してみようかと思っています。母は、更年期障害がひどく鬱になっていました。病院に行くことはなく、子供に当たり散らしていました。泣いて、怒って、頭痛、倦怠感・・・ずっと、笑顔がなく過ごしていたのを覚えています。そうなりたくない!受診して、治療をしようと思いました。気持ちのムラ、
お知らせブログの登場人物紹介⇒こちらお薦めの長編⇒こちらニャンズの日常⇒こちらプロフィールがわからないかたからのアメンバー申請はお断りしております。さぁ今日の冒険が始まります!!Alacanの親は、両親ともなかなか立派な毒親でした。私の家系は遺伝病の関係などから短命な人が多く、私の両親ももう随分前に亡くなっています。父は孤独死でした。30年近く前の盛夏、警察から電話がかかって来て、孤独死&フランシタイのコンボとなった毒父の後始末が始まりました。
娘に勧められて、地元のポップアップでラボットちゃんを抱っこしてしまった私。ああ、HIJIKIちゃんと名付けられた、黒いあの子。今日もどこかで、つぶらな瞳で見知らぬ誰かを見つめ、抱っこをせがんで甘えているのかしら。何しろ畜生ですらないのだから、腹が減ったと文句も言わず、粗相をして叱られることもなく、注射がイヤだとギャン泣きすることもなく、「うっせ〜よ、バカ!」などと口ごたえすることもない。愛くるしい2歳児のいいとこ取りを再現、それがラボットちゃん。まぶたにHIJIKIちゃんの顔が浮かぶ。
8年前の48歳の時のストイックなダイエットを、このブログで投稿していました。56歳になった今は、ダイエットらしいことは一切していません。でも、食べ方や栄養バランス、カロリーのこと。家でできる筋トレ。毎日のカロリー計算と体重測定。それは、いまでもなんとなく、うっすらと、意識の中にあります。だからこそ、無理をしなくなったのだと今は思います。無理に食べることもしないし、無理に食べないこともしない。そんな毎日を8年間続けてどうなったのか?56歳の私がある。ただそれだけです。これからの
更新です。久々というか本当にお久しぶりに更新です。最近、職場が大荒れで退職者が出ています。そうでなくても人手不足の鏡のような職場なのに・・・一人の負担が半端ない!その中で言葉を知らない職員さんに言葉のナイフで刺されています。両親が他界してから自分の性格を持て余します。いい人でいなければいけないと思う自分。人にいい人と思われたい思いが今まで以上に大きくなる中、みんなにいい顔をしているなぁ~と感じてます。yesマンになって自分の首を絞めています。
8年ぶりに、ブログを書こうと思った理由。ダイエットのブログを綴っていた8年前の48歳の私と、56歳になった今の私とを考えたとき大きく変わってしまったことをひとつ挙げるとするならそれは、両親と弟を亡くしたということ。8年前のブログを見ると、そこには当然の日常としてあった実家への帰省や両親との出来事、そして弟と飲みに行ったことなども書いてありました。亡くなった人たちには、もう会えないから思い出は更新されてないし、頭の中に記憶している思い出もあるけれど、それも、少しずつ減っていくので
今日はお盆の墓参りでした弟夫婦と三人で行ってきました今日は息子は欠席。残念だけど、三連休だし、彼女できて旅行~とかだったら嬉しいよねと弟夫婦と話していました。先輩にも同じこと言ったらそれはそれで嬉しいよな!て言ってました私にとってはここだけが家族との時間になるので大切な時間だと思います。お墓にいるおばさんはいつも我々が行くと喜んでくれます。親の死をきっかけに遺産相続で仲が悪くなる親戚関係を見てきたから我々兄弟が仲良しなのを凄い喜んでいて。今年母
検索したら意外とそんな人いた。この2年くらいでそんな感覚を覚えた、大好きだった曲を聞くと苦しい。オカンと、あと縁遠かったけど離れて暮らしてたオトン、ここ数年で相次いで親の死に直面したから、自分が年を取り『死』がより身近に感じるからかな。苦しくなるのは『希望に満ちてた』あの頃の曲ばかり、もう戻れないものに対する憧憬か。
昨日の夕方、急に右肩を上げると痛みが出て。還暦過ぎて五十肩か?夜、お灸をして寝た。しかし、朝、起きても痛い。甲野善紀先生が勧める丸紐でタスキがけしてみると、腕が上がるように。でも。痛みが出るということは、「無理をするな」という身体からの警告。週末に、銀行に行き、遺産相続の手続きをすることになっているのですが。一昨日、「週末に車で銀行に行くのはやめた方がいいかな」と頭をよぎった。他界した母が、「自分で車を運転して銀行に行くのはやめたほうがいいわよ。タクシーで行きなさい」と私に教え
昨日の昼頃、姉から旦那の両親が心肺停止で倒れたと連絡があった。夕方そのまま亡くなったとの事。もう15年くらいは会っていなかったと思う。だけど突然の死は悲しい限り。考えてみれば親もいつまでも若くない。親の死も真剣に考えなければいけない。姉からは香典とお花は私の母と連名で出しておくと連絡を貰いました。姉には感謝です。心からお悔やみ申し上げます。
更新です。久々の更新。何かあったわけではありませんが・・・何となく日々に追われていました。仕事に家事に・・・水曜日から双子姉が帰省。事前に仕事も休みを取りゆったり家族集合を楽しんでいます。穏やかな毎日の中、私の車の調子が悪くドタバタがあったり・・・お金の心配が無い分、本当に穏やかに過ごしています。資格の勉強もしています。隙間でコツコツ。そんな中、職場の正規職員が辞めます。私と同じ時期に入った方。その方の影響で気持ち的に転職し
一昨日、不思議なことがありまして。夜、10時頃に帰宅。階段を上がり、我が家にたどり着くと、玄関先に誰かがうずくまり。「どうされましたか?」と私が声をかけると。80代とおぼしき女性が顔をあげ、「○○さんの家に行こうと思って」と私に言う。○○とは、私の母の旧姓。もちろん、見知らぬ人が口にしたのだから、偶然である。私は母の最期の様子を知らないので、母が他界してから、常に母のことが頭から離れない。母の旧姓を、見知らぬ老婆が口にしたので、不思議な気がした。母の旧姓は、珍しい名字なので、偶
今週は結構のんびり(?)できた1週間平日休みもあったし、、その代わり土日、どちらかは行かないとと思っていますが、、両方ともになる可能性もあるかな、、今週は今日から主人が出張なので、、家で一人でいるよりも実家で母とのんびりテレビ観てる方がいいかも高齢父、、昨日は訪問ナースさんが来てくれて体調チェック、、日に日に落ちていっている感じなのは素人の私にもわかるので、、何かあればすぐに駆けつけますからねの言葉に救われる、、若くして突然亡くなってしまったり、、病気で苦しんで亡くなったりする
朝方に電話がありましたが全く気がつかず寝てました1時間後に2度目の電話で起きましたLINEも来てました母が亡くなったと連絡がありました前日に先生からあと何日持つかどうか電話がきたとおばから連絡があり来週行くと話した次の日の事でした朝、娘をテストに送り出してから向かいました母の顔を見たら安らかに寝ているようでした涙は出ませんでしたほっとしました後で話したら弟も同じ気持ちでした苦しむ事が少なくて良かったと安心した気持ちだけ泊まる予定でしたが通夜葬儀の日程が決まり
先ほどの基本ルールを踏まえた上で、今回はさらに一歩踏み込んだ「相続が絡んだ複雑な泥沼ドラマ」を見ていきましょう!今回のテーマを一言でいうと:「勝手に連帯保証人にされた本人が、追認(認める)も拒絶(拒否)もしないまま死んじゃった!無権代理人と、それ以外の親族(共同相続人)が一緒に相続した場合、勝手にやった無権代理人の相続分だけでも連帯保証は有効になるの?」こちらも結論から言うと、答えは「有効になる(無権代理人が相続した割合の分だけ、連帯保証の責任を負う)」です。これも最高裁判所の有名な判例
先日、眼科に行った時に眼科の斜め前に司法書士の事務所があったので、ふらっと入ってみた。司法書士が相続のどこまでやってくれるか知りたかったから。金融資産の相続は母親の時に経験済み。「相続税のお尋ね」が税務署から届いたときはすごくビビったことを覚えている。しかし特に困ることは無く自力で進めていき、多少の相続税を支払った。父親が死んだら不動産の名義変更や登記なんか自分でやるのは嫌なので軽い気持ちで入っていった。軽い相談は無料ということなのでいろいろ気になることを聞いてみた。勉強になった
母が亡くなりました。92歳(数えで94歳)で、6/16の夕方、自宅にて突然のことでした。死因は死後にCTを撮ることで分かりましたが、発見されていなかった動脈瘤が破裂したことによる、大量の腹腔内出血がありました。119番通報して救急隊員が到着した時点では心肺停止だったのですが、今は心臓マッサージ?を行うのは人間じゃなくて機械なんですね。救急隊が装着して病院に運び、家族が到着するまでは医師の判断で稼働させてくれていました。私が到着後に医師から状況説明がなされ、装置停止。死亡診断書に書き込む為の
母の死を知って3日目のまとめ朝イチでの除籍取得し死亡届の届出人は従姉だったことがわかりだいぶパニックになったけど母の最期に動いてくれてた人がいた。「頼る人がいてくれた」「一人じゃなかった」ことに素直に感謝🙏それからあちこちに連絡して役所には再度出向いた。原戸籍謄本と附票が必要だから…もう仕事どころではなくて目の前のことに向き合う時間はとてつもなく早く過ぎていった。年金事務所へ電話した。事情を話し、調べてもらったら逆に「過払い」が生じていることがわかって、返
諸事情により、死亡診断書のコピーが手に入らないので、市役所で記載事項証明書を取得して。母が私の夢に出てきた時刻が、死亡時刻と一致していた。不思議である。まさに、虫の知らせ。母の生死が分からない期間は、12日間。二度とできない経験である。あの時期に私を支えてくれた人達の愛を、私は一生、忘れない。娘、息子、夫、友達、実家のご近所さん。「友達」には分類されないが、親しい方々。そして、家族でも友達でも知人でもない、「心の友」というか、「ソウルメイト」という人。人間ではなくても、私が飼
今日は寒いですなぁ~。梅雨っぽくないぞ論語とは孔子の教えや言行を、彼の死後に弟子たちが記録した書物人としての生き方や道徳観、政治の在り方などが書かれている儒教の経典の一つとされている学而第一第九章①原文曾子曰、愼終追遠、民德歸厚矣。②読み下し文曾子(そうし)曰(いわ)く、終(おわり)を慎(つつ)しみ遠(とおき)を追(お)えば、民(たみ)の徳(とく)厚(あつ)きに帰(き)す。③難解単語解説曾子:孔子の晩年の主要な弟子の一人。名は参(しん)、字は
『6/12(金)【本日2回目のばば子】あまりに突然な知らせ』どこかの誰かの参考になるかもなので備忘録として残しておこうと思います。🪷🪷🪷🪷🪷🪷🪷🪷🪷🪷🪷🪷今日、仕事を終えて夕飯の買い出しをして帰宅したらゴジラーノ🧌さん…ameblo.jp⏫️⏫️昨日、突然の知らせが届きおったまげたのですがいつかはこの日が来ることは覚悟していたしずーーーっと気にはなっていたので生存確認の為に1年に一度は戸籍謄本と住民票を取っていたんだよね。で、最後の確認をしたのが昨年の10/9だった。役
初めて経験する親の死当たり前のように自分の目の前からいなくなることが考えられないと、思うのが当たり前のように思っていた私の場合は、父親が認知症になり、いつかはお別れの時が来ることを覚悟ができる、受け止められる時間がたくさんあった医師から死亡時刻を告げられショックではあったけど寝たきりの父親を楽にしてあげたかったのでホッとした気持ちもあったそんな余韻に浸る間もなく葬儀屋への連絡や一旦家に寄るのか...など進めて行かないといけないことが目の前に突然現れた
長らくブログから離れていました。全然忙しくなくて、でもブログを書くエネルギーが出てきませんでした。エネルギーといえば、街中で、ショッピングモールで、あの携帯電話や、お水?の勧誘コーナーのお兄さんお姉さん、あの方々と話すのがすっごいしんどいです。歳ですかね。まあそれそれは余談として…。数ヶ月前、父が亡くなりました。ちょっと熱あるって。→受診して、何もなし。ちょっと吐いたって。お腹がめっちゃ膨らんでるから救急で病院行くわ。と兄から連絡があり、その日のうちに意識が無くなり、3日くらい
なんだか一昨日くらいから、悲しみを閉じ込めていた箱が勝手に開いてしまい・・・。昨年他界した母と話がしたくて仕方がない。ちょっと吐き出して、前を向こうと思います。※本日はドラマと関係ないので興味のない方はスルーしてください🙇♀️40歳を過ぎ、ようやく親孝行ができるようになってきて毎年一緒に行く2~3回の旅行がとても楽しみだった。子どもたちも大好きで来る日を心待ちにしていたのに。やっと母の苦労を理解して話ができるようになったのに。祖父母に気を遣いながら
人と動物が共に支え合い、愛と調和で笑顔を分かち合う世界を創るアニマルコミュニケーター小澤トーコです。お越しいただきありがとうございます。先日、父が亡くなりました。正直言うと、ものすごく悲しいかと言われるとそうではないです。父との関係は複雑で、私にとっては「こうなりたくない」と思わせてくれた半面教師のような存在でした。だから、涙もほとんど出ませんでした。でも、親が亡くなるという経験は、人生の中
今回も人に言えない悩み、苦しみを持つ、たった一人のあなたに届きますように。■6/18(木)は博多、6/19(金)・20(土)・21(日)・23(火)は東京でもカウンセリングをお受けしております。◆お申込みhttps://ebiss.jp/fukuoka/form2.html************************************「母が亡くなってから寂しくて、苦しくて・・・この気持ちは戻るんでしょうか・・・」ご自身にとって、たった一人の母親ですから、その喪失感た