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今回の【駅】シリーズは、福岡県新宮町西部、玄海湾にほど近い住宅地に位置する西鉄貝塚線の終着駅で、貝塚線で唯一、福岡市外に存在する駅であり、2007年3月までは宮地岳線の中間駅だった、西鉄新宮駅(にしてつしんぐうえき。Nishitetsu-ShinguStation)です。尚、10年前の2016年に2009年訪問時の記事を投稿しています。今回の記事の内容は当時とあまり変わらないかもしれませんが、ご了承願います。2016年投稿の記事はこちら。駅名西鉄新宮駅(NK
探索日2018/10/08廃止は1979年2月10日※千鳥橋駅には福岡市内線が接続していたはま寿司博多千代店の場所が千鳥橋駅跡宮地岳線はゆず庵博多千代店の位置へ続く右の道は廃線跡ではない駐車場が宮地岳線跡千代北緑地となった廃線跡複線だったので用地幅は広いこのスペースが廃線跡ブロック塀の折れ曲がりに注目していただきたい柵のむこう沿い、車の停まっているとこが廃線跡県営浜松住宅沿いを通過自遊空間駐車場が廃線跡馬出緑地になった宮地
2025年も残り30時間程を残すのみとなりましたが今年もなんとなく過ぎ去って行くようですそれが一番平和なのかも((((超謎)))))外付けHDD整理昔自宅大掃除等で古い新聞を見つけて当時の記事を読んで進まない状態でしたがまぁなんとなく終了したかんじです(*゜.゜)ゞポリポリ2007年当時デジカメでは無く携帯でしかも保存解像度の思ったより少なく時代を感じておりました当時西鉄宮地岳線が新宮駅から先津屋崎駅までが廃止になる時に行った時の画像すでのUPしてるの
2025年10月12日(日)~10月14日(火)古賀市は、福岡市の北部約15kmに位置し玄界灘に面している。本州から関門橋を渡って初めてのSAがある。国道沿いの公園。最澄の銅像(写真右)、対照的なピンクの2つのシルエットのモニュメントがあり、玉砂利が敷かれた小さな公園で“花鶴皇石公園”と石板に金色の文字が刻まれていた。遊具、砂場、土がなく子供を遊ばせるためではなさそう。休憩するには日影ができる場所がないし狭すぎる。石灯篭、銅像、モニュメントの説明板もない。統一感がなく何のための公園じゃろ
2003年7月5日、鹿児島本線箱崎~香椎間(香椎操車場付近)にて。走行中の列車内から撮影した、西鉄宮地岳線名香野駅。22年前のきょう。博多から乗車した「ソニック」の車内から撮影していたのがこちら。西鉄宮地岳線(現・貝塚線)の名香野駅。今はなき300形電車が停まっているのも、なんだか懐かしい。名香野駅は1951(昭和26)年に開業している。名香野、という地名はこのあたりにはなく、駅名は名島と香椎の間であることから名づけられたようだ。写真の時期は、香椎操車場の縮小に伴う区画
貝塚駅から多々良川へ移動し西鉄電車を撮影写真は313形電車で当時は4編成あったとのことです313形電車は、2007年から廃車が始まり2015年にすべて廃車となりましたこちらは300形電車309-359の編成で1978年に宮地岳線へ転属し2007年まで活躍していましたこちらは600形電車現在も現役で活躍しています
和白駅を出発するキハ47普通列車写真右側に西鉄宮地岳線の線路が見えます和白駅はJRと西鉄の両駅が並んで設置されています和白駅から西鉄宮地岳線で貝塚駅へ移動しました
10年前、日本の鉄道史に残る車両がひっそりと姿を消しました。それは西鉄313形で、半鋼製車体にも関わらず、モノコック軽量車体構造を採用し、車両の軽量化の歴史を作りました。波瀾万丈の車生の始まり画像は西鉄公式サイトリンクよりご覧下さいにしてつ画像ライブラリー「西鉄313形(1950〜80年代)」にしてつ画像ライブラリーwww.nnr.co.jp1952年塗装こそ従来通りの茶一色でしたが、全4編成が竣工し、運用開始され、張り上げ屋根と明るい車内で迎え入れられました。その後早くも茶色とクリ
今回の『駅【簡易版】』シリーズは、福岡県福岡市東区北部、博多湾奥に面した住宅街に位置する西鉄貝塚線の駅で、JR香椎線との乗換駅でもある、和白駅(わじろえき。WajiroStation)です。尚、写真は西鉄宮地岳線時代の2006年撮影で、古いです。しかも写真が少ないです。さらに現在は駅舎がリニューアルされるなど変化が生じています。ご了承下さい。そして、当駅の記事は2022年に作成しましたが、翌2023年に再訪問しています。後日、当駅の通常版記事をUP予定です。駅
当ブログ「コウさんのコウ通大百科PART3」は、間もなく当初のブログ「コウさんのコウ通大百科PART1」からさかのぼりまして「特集記事(NO.)」が3000を達成する運びとなりました。ヤフーブログにおきまして「コウさんのコウ通大百科」を開設しましたのが、今から17年前の平成19年(2007年)3月30日、それからは、「特集記事」では「番外記事」よりもより詳しく、画像を多くを目標にして現在まで更新してまいりました。考えてみましても、この頃に生まれた方ももう高校生、さらにPART2開
撮影日1999/10/10唐津第一ホテル出発唐津駅唐津6:40発の列車に乗る伊万里駅松浦鉄道は1989年6月に乗車済みなのでスルー伊万里7:36着、7:49発の列車で折り返す伊万里駅山本駅山本8:31着、9:08発の唐津線列車に乗り換えED7692牽引下り寝台特急さくら/佐賀駅佐賀10:09着、10:23発特急かもめ10号に乗り換え鳥栖駅鳥栖10:38着、10:43発の鹿児島本線上り電車に乗り換え基山駅
西鉄貝塚駅〜旧津屋崎駅(今回の動画ではつみミクさんが同行)西鉄貝塚駅スタート3号線へ1.4km名島駅1.1km西鉄千早駅線路沿いを走る500m香椎宮前駅通り過ぎないよう注意400m西鉄香椎駅線路の右側香椎小学校沿いに3号線へ1.4km歩道橋渡り、福岡女子大学沿いに進む香椎花園前駅線路の左側1.1km唐の原駅線路の左側1.1km和白駅
10月10日その8さらに廃線跡に沿って進むコンクリート橋梁がしっかり残っている、意外であった。西鉄マークがしっかり残っていてバラストも出現この広くなった空間が駅跡のようだ西鉄古賀駅は、かつて古賀市天神に存在した、西鉄宮地岳線の駅。2007年、宮地岳線(現・貝塚線)の一部区間廃止に伴い廃駅となった。さらに先へ進むと、あと二駅で現役の新宮駅までたどり着くのであるが帰りのフライトに乗り遅れる危険性が出てきたのでここで中断してJR古賀駅に到着ししぶ駅は2006年に宮地岳線
10月10日その7古賀市の花、コスモス水再生センターとのこと珍しい図案であるわかりやすい廃線跡、フェンスで囲われていて入れない突然電話ボックスが現れた、なんでこんなところにあるかといえばもちろんここに駅があったからであろう。フェンス内部も少し広くなっている。花見駅は、かつて福岡県古賀市花見南に存在した、西鉄宮地岳線の駅。2007年、宮地岳線(現・貝塚線)の区間廃止に伴い廃駅となった。こういうのが残っているのがうれしい。フェンスは当時か
10月10日その6福間駅跡を過ぎると、T字路にあたって当たった部分はやはり新しい家屋その裏手は未舗装の空き地になっていて新しい住宅があったり、空間になったりを繰り返し行き止まり枕木ではなさそうだがこのあたりで西郷川を渡っていたはずだが正確な場所はわからない、昔の写真を見る限り右側の樹木が途切れているところに鉄橋がかかっていたようである。対岸に渡ると再び廃線跡らしい空間が出現病院の駐車場になっていたフェンスで行き止まりになっていて先
10月10日その5廃線跡はずっとソーラーパネルになっていてここで川を渡っていたことがよくわかる。大きな道路の下をくぐっていかにも廃線跡らしいカーブ直線になって公園が出てきた。西鉄福間駅は、かつて福津市西福間に存在した、西鉄宮地岳線の駅。2007年、宮地岳線の区間廃止に伴い廃駅となった。駅前商店といったところだろうかこの地図が古いままなので駅がここにあったということは間違いない。
10月10日その4境界杭を発見踏切の痕跡はなく川を渡っていたと思われるところは上辺が石積みになっていた。鉄道はなくなっても、バスでJRの駅まですぐなので新しい家やマンションがあり、昔からの畑と混在している。このあたりに駅があったはずだがわからない。宮地岳駅は、かつて福津市宮司に存在した、西鉄宮地岳線の駅。平成19年、宮地岳線(現・貝塚線)の区間廃止に伴い廃駅となった。これが線路跡のようだ縦にずっと新しい住宅、隣は古い住宅である。このあた
10月10日その3女子駅伝日本一を決めるクイーンズ駅伝の予選会を兼ねている。津屋崎町(現福津市)のマンホール町の花ツバキ、外周は玄界灘の波を表しているそう。区画整理で道も広くなっている一角にこんなものが建っている津屋崎駅は、かつて福津市津屋崎に存在した、西鉄宮地岳線の駅。宮地岳線(現・貝塚線)の区間廃止に伴い平成19年4月1日廃駅となった私の記憶では、駅は左側の道路を渡ったところにあったと記憶している。どうも後年区画整理で移動したようだ。いかにも
2022年5月5日、西鉄宮地岳線津屋崎駅跡にて。かつての駅前に佇む「電車延長記念」の碑。昨日5日は、かつての西鉄宮地岳線末端区間(西鉄新宮~津屋崎間、2007年3月をもって廃止)の廃線敷や福間海岸などを歩く自主ウォーキングに出掛けていた。西鉄宮地岳線廃線跡&福間海岸を歩く自主ウォーキング行tohmori-train.sakura.ne.jpかつての終点・津屋崎駅跡には、1951年の津屋崎延伸を祝って建てられた「電車延長記念」の碑が残っていた。いろいろ調べてみると、開業当時には記念
古賀市議会は15日、議員さんたちから私への一般質問が始まりました。私は市長就任以来、まちづくりの長年の懸案を解決すべく取り組んできており、そうしたテーマでの提起が目立ちました。西鉄宮地岳線跡地は、2007年の廃線から10年以上、整備が実現していません。そこで、私は市長就任後まちづくりにとって極めて重要な課題と位置付け、道路と遊歩道などを備えた空間を創出するため、事業を推進。通学児童など歩行者の安全を確保するとともに、小学校周辺に流入する通過交通を国道495号に誘導し、生活道路の安全性向
皆さんこんにちは、著者のyoneです。実は前回書いた「娘の離婚」騒動が全く落ち着かない今月11日、親友K君の弟さんから衝撃的な電話をもらいました。そのK君に関する記録です。私的な私の親友に関することなんで、興味のある方だけ読んでください。-------------------------辛い現実親友のK君は、2020年11月脳挫傷により1度目の入院をします。その後いったん退院したようですが、一度も会わないうちに再度入院をしたと聞いていました。弟さんから送ってもらった診
多々良川橋梁付近での撮影後、西鉄貝塚から西鉄香椎まで電車で移動しました駅舎は先代の地上駅時代のもので、後方には西鉄バスも見えます2006年5月に高架駅に切り替えとなりました
2004年撮影。今回の『駅【アーカイブ】』コーナーは、福岡県北部宗像地方、現在の福津市(旧・津屋崎町)にあった西鉄宮地岳線(現・貝塚線)の終着駅でしたが、利用者の減少などから、2007年4月1日に廃止された津屋崎駅(つやざきえき。TsuyazakiStation)です。尚、写真は少ないです。ご了承下さい。駅名津屋崎駅(駅番号なし)廃止日2007年4月1日当時の所在地福岡県宗像郡津屋崎町路線西日本鉄道:宮地岳線(現在は
鉄道考古学、暑い中絶賛続行中。
八幡駅界隈での撮影後、西鉄宮地岳駅に向かっています宮地嶽神社へ参拝後に撮影しています当駅は2007年に西鉄宮地岳線(津屋崎~西鉄新宮間)の廃止に伴い廃駅となりました神社の近くにあることもあり、臨時の改札口がありました
長年の懸案となっている西鉄宮地岳線跡地の整備について、子どもたちの通学路の安全を確保する観点からも、可能な限り早い時期に整備の方向性を決断する考えを明らかにしました。2日の古賀市議会本会議で一般質問への答弁。西鉄跡地は現在、中川区と花見南区のエリアで、車道と歩道を分離して安全性を確保した道路整備に向けて詳細設計に入っています。歩行者と車両の通行が混在した状況はできるだけ改善していかなければなりません。今後、古賀北区などの他のエリアも、これまでの住民の皆さんとの対話に加え、具体的に
津屋崎駅に到着した300系電車貝塚から津屋崎まで乗車後に乗車した電車を撮影しましたこちらは600系電車津屋崎駅舎を撮影まわりはのんびりとした感じでした2007年3月31日に津屋崎~新宮間が廃止となり同駅もなくなりました
本日から福岡県内も緊急事態宣言下に入りました。せめて、福岡県の交通機関や所縁の列車を走らせて鬱憤を晴らしたいと思います。まずは、福岡市といえば、福岡市交通局1000形(地下鉄)。同じく地下鉄に乗り入れ対応の103系電車1500番台。西鉄貝塚線313形電車。今日は415系電車で〆ます。
昨日のお客様が、御来欧音鉄道を見て一言!「やっぱり西鉄さんは貝塚線を部分廃止しちゃいかんかったよ!」との仰せ。という訳で、西鉄貝塚線313形電車の登場です。確かに、宮地嶽神社や津屋崎海岸、特に後者は、私の親の世代だと海水浴のメッカだったと聞きます。歩調を合わせて西鉄天神大牟田線200形電車。小さすぎて貝塚線には転用されなかったのでしょうか。車齢も古かったのかな。JR筑肥線の103系電車。ブロ友さんより頂戴した大切な車両。同じく、福岡市交通局1000系電