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お待ちしております。無料です。茶話会は参加費が必要です。私も参加します!
08/02(日)あすけん開始:2944日目本日は公休日、昨夜から彦根城の目の前のホテルに宿泊しています。朝食は7時から、朝6時前には起きて日記を書き、6時過ぎに嫁さんと朝の散歩、お堀の周辺を散策、広い駐車場では人が集まりラジオ体操をされていて、そこに少し参加、同じように身体を動かす。日本全国、朝6時半にはこのような感じで、そう思うと、なんだか嬉しくなりました。ホテルに戻って朝食、種類が多くて、全部を食べることは無理やった。しかしどれも美味しい、特にスタッフの方が勧めてくれた天茶漬け、
中原区上小田中の泉澤寺から小杉御殿の西明寺へ〜泉澤寺からは徒歩6分程の近さです等々力競技の裏あたりの位置になります西明寺の寺号標仁王門仁王様写メはないけど仁王様の裏には新し目の狛ちゃんが鎮座しています山門にはご開帳の立て看板手水舎鐘楼堂宝篋印塔弘法大師像何故か本堂の写真がございませぬ😱😱😱本堂と縁起その他写真はこちらで↓資料が手に入ったので縁起について少し追加します影向寺の末寺であった西明寺は当初有馬に有りました源義経が東国に行く途中に当寺に宿泊、住していた尼僧の
高山寺を出たあと歩いて西明寺〜神護寺へ🚶♂️🚶♂️京都の町から1時間もかからずにこんなに自然の多い場所へ来られる…京都はいろんな楽しみ方ができる場所です✨あ水遊びしてる〜涼しそう✨気をつけてねー美しい緑と澄んだ川の水心が洗われます〜✨西明寺写真を撮ることはできませんが平安時代、鎌倉時代に彫られた仏像を見せていただくことができます✨…それにしてもこの石段…歴史を感じる歪みが素敵✨西明寺から神護寺へ向かいます🚶♂️🚶♂️神護寺に行くためには階段
7月も、いつの間にか下旬、8月も近づこうとしています。すっかりブログの更新も滞りがちになってしまいました。さて、今回はまだ7月に入ったばかりの5日の事です。買い物に隣町の益子町まで出掛けました。買い物を済ませ、少し時間が有ったので西明寺へ行ってみました。西明寺の花の情報は無いのですが、この時期は何か咲いていないかな。駐車場に着くと、咲いていました紫陽花の花。駐車場には、数台の車が駐車していましたが、ほとんどが県外ナンバーです。竹林をバックに紫陽花をパシャリ。
金剛輪寺西明寺去年行った百済寺を入れて湖東三山制覇なんだろう☺
7月18日のSanDoコンサートにご来場くださった皆様、ありがとうございました。御来場できなくても、応援してくださった皆様、ありがとうございました。~~~~~さて、本日は、「卯の花音楽祭」です。ゲスト演奏です。楽しんできます!【今後の演奏会】(無料版)◆8月9日(日)「蓮光院」(柏崎・米山)11:30~演奏会◆8月29日(土)「西明寺」(三条市)18:30~音楽奉納また近日中に詳細を記載します
まずは、7月18日。朝日酒造さんのエントランスホールにて。当日券あります!ワタクシ個人に連絡下さったら、前売料金でご入場できます!そして、7月20日。『卯の花音楽祭』ユートピアくびき希望館多目的ホールにて。こちらは、あいにく、整理券が無くなったようです。「満員御礼」そして来月は2か所のお寺で演奏仕事です!◆8月9日(日)11:30~蓮光院(米山)◆8月29日(土)18:30~西明寺(三条)どちらも無料です。御来場お待ちしております
龍宿山西明寺りゅうしゅくざんさいみょうじ準西国稲毛33観音霊場準西国稲毛33観音霊場巡礼❗️龍宿山西明寺続きです札所の観音堂へ向かいますお堂とお堂の中がとても明るく綺麗お堂の中にお寺の方がいて「どうぞ中へ」「撮影しても良いですよ」とおっしゃっていただきました善の綱が観音さまの手前になってほぐれてます十一面観世音菩薩もちろん自分には声が聞こえませんが何かおっしゃっているかのような…同じお堂の中に閻魔大王❗️本日最後の参拝と言うこともあってなんか名残惜
龍宿山西明寺りゅうしゅくざんさいみょうじ準西国稲毛33観音霊場準西国稲毛33観音霊場巡礼❗️龍宿山西明寺へこの日最後の参拝となりました山門までの参道が長かったのが印象に残ってます金剛力士阿吽の吽阿吽の阿おやっ山門の中に狛犬…これはめずらしいフフフ…と言う感じ参拝時間の終わりが迫ってきてまして…夕陽がキレイ…龍宿山の寺額がある山門を通ります龍が宿るってすごいなあ🐉手水舎にて手口を清めます…本堂鐘楼観音堂石の回向柱…めずらしい善の綱を握
陽林寺紫陽花まつりマルシェで。
今回のバスツアーの最後の目的地西明寺へGO!こういう階段を延々と歩きます雨で濡れてとても緑が綺麗でした緑の染まりそうな道ですやっと本堂へ続く山門に到着この先は本堂、三重塔本堂ではお寺の持っている仏像等の説明がありました途中の庭園では五月が花盛り見事としか言いようがないです本当にボキャブラリーが乏しいのを痛感最後のお寺ですが、途中のお寺も階段に次ぐ階段で足が痛くなってきました
こんばんは。京都旅行の続きです。5月23日(土)、もう最終日。この日も朝はどんより曇り空。でも一日雨は降らず、少し日差しもありました。前日と同様涼しい風が吹いて、さわやかな感じでした。この日はまず高雄・神護寺に行きました。前日の大原よりは近いけど、けっこう長くバスに乗ります。が、こちらは市内均一料金の範囲内なんですよ。なんかお得な感じです。高雄のバス停から坂を降りて、それから長い長い石段を登ります。毎回汗をかいてへとへとになる、のですが、今
5月3日坂東三十三観音巡り第20番獨鈷山西明寺(益子観音)次に車で益子町へ移動して西明寺へ山道をかなり登りました駐車場からすぐの独鈷處納経所御朱印帳預けて参拝します手水石門布袋尊両脇に石仏が並びます楼門柵と光の具合で仁王像はうまく撮れませんでした裏から三重塔閻魔堂笑い閻魔笑っているような顔をしています罪状を読み上げる善童子(司命)判決を記録する悪童子(司録)大師像
前回からの続き(11月19日のこと)で、西明寺の続きです客殿には1人だけ、THEカメラマンという感じの方がおられましたなので、遠慮気味に前を撮って移動🤣↑客殿から見た聖天堂側山門側右側こちらにも開梆がありましたこれが本堂との渡り廊下本堂から見た鐘楼側本堂前面客殿、本堂前がこんな感じで綺麗に紅葉していました😊この日は曇りがちでしたが、唯一陽が差したのがこの上の2枚くらい🤣本堂から見た山門下に降りて、客殿を客殿奥鐘楼鐘楼横から見た山門側動画も撮ってみました聖天堂
前回からの続き(11月19日のこと)で、西明寺の続きですそれでは山門をくぐります駒札西明寺(さいみょうじ)槙尾山と号する、真言宗大覚寺派の準別格本山である。高雄(尾)山の神護寺、栂尾山の高山寺とともに三尾の名刹の一つとして知られ、紅葉の名所として名高い。天長年間(824~834)に、弘法大師(空海)の弟子、智泉(ちせん)が神護寺の別院として開創し、鎌倉時代の建治年間(1275~1278)に和泉国(現在の大阪府南西部)槇尾山の自性(じしょう)上人が中興したと伝えられる。その後
前回からの続き(11月19日のこと)です西明寺に渡る橋(指月橋)の手前にやって来ました😊その辺りも見事に紅葉しています指月橋周辺来た方側指月橋から上流を見ると、橋の袂にある指月亭の一部が見えますこちらは下流川はもちろん清滝川指月橋は朱塗りの橋で趣があります😌こちらも秋限定だと思いますが、橋を渡った所に料金所がありましたそちらで700円を納め上がって行きます由緒書き西明寺は以前訪れています『三尾散策その2愛染明王像が間近で見れるお寺(西明寺)』休みで余裕があったので
皆さんこんにちは。前回の続きになりますが白鷺神社でお参りの前に益子町の西明寺でお参りして素敵な5月の御朱印をいただきました。5月&6月の笑い閻魔様御朱印今月いただける御朱印※笑い閻魔様の御朱印は月替わりでもいただけます。御朱印帳御守りおみくじ西明寺概要益子町の郊外に位置する獨鈷山(とっこさん)。西明寺はその南斜面の中腹にあります。正式名称は「獨鈷山普門院西明寺」。真言宗豊山派に属し、本尊は十一面観音菩薩。坂東巡礼第20番、下野第
西明寺―高山寺間の清滝川を見ます。鏡のように透き通っている清流。流れがせき止められている所と急な所があります。京都の市街地を流れる鴨川は1000年の都京都を感じさせてくれます。山間部を流れる清滝川は自然の素晴らしさを再確認させてくれます。川沿いに川床料理を扱う宿があります。宿泊価格が高くてもいつか宿泊してみたいです。JR西日本バスから市バスに乗り換えて京都駅に向かいます。
聖天堂元禄時代造営の建造物で堂内には歓喜天が秘仏として祀られています。拝殿前に白幕が掛けられています。聖天堂と本堂を繋ぐ渡り廊下は古風な建物で廊下から眺める苔庭と緑の木々の調和が美しいです。四季折々異なる美しさが感じられる建築物です。鐘楼元禄時代造営の建造物で月潭道澄(1636~1713)の銘文が刻まれている梵鐘が掛けられています。毎朝・毎夕に打ち鳴らされます。鐘の響きは周囲の山々に消えていきます。客殿本堂の左方に接近して建ち本堂左後
昼食後に参拝するのは西明寺です。朱色の指月橋の両側の緑の木々、橋から見える清流は鏡のように綺麗です。清流を囲むように映える黄緑の木々。写真映えする素晴らしい景色です。西明寺天長年間(824-834)に空海の弟子智泉によって創建された寺院です。現在の本堂は徳川5代将軍綱吉の生母桂昌院の寄進で再建されたといわれています。本堂に安置されている本尊木造釈迦如来立像(重要文化財)は高さ51㎝の小像で高山寺明恵上人の造顕と伝えられています。脇に祀られている千手
秋田内陸線西明寺駅と駅前通り
講演会を聞きに武蔵溝ノ口にある川崎市大山街道ふるさと館まで行って来ました大山街道大山詣りで有名になった街道です両脇に建つお店は様変わりしてますが、街道は当時の面影を残します川崎市大山街道ふるさと館稲毛の観音札所の企画展と講演会観音信仰と札所巡礼を聞きに来ました企画展↓西蔵寺に閻魔大王と十王が安置されているんだぁ~10時から講演会があるのでホールに戻りますお題は観音信仰と札所巡礼もっと準西国稲毛観音霊場の事を掘り下げると思っていたら、全体的な観音信仰の広がりや、熊野信仰との関
準西国稲毛三十三観音霊場巡り4日目。田園都市線二子新地駅からスタート。駅から歩いて札所20番・明王院と札所19番・正福寺を巡拝。正福寺前バス停から西明寺前バス停まで東急バスに乗る。お寺の名前のバス停つながりが何となく嬉しい。札所18番・西明寺と札所17番・泉沢寺を巡拝して、武蔵中原駅まで歩く。南武線に乗って武蔵中原駅から武蔵新城駅に移動。武蔵新城駅から歩いて、札所24番・養福寺、札所23番・増福寺、札所22番・大蓮寺を巡拝。養福寺から大蓮寺までは高津のさんぽみち久本山コースになっていて、急な
皆さん、おはようございます。今日もお忙しい中、ブログにお越しいただきましてありがとうございます。今日は坂東三十三観音霊場第20番の獨鈷山西明寺になります。栃木県益子町にある真言宗豊山派寺院で十一面観音さまが御本尊になります。笑っているように見える閻魔さまもいらっしゃるのですが、以前は焔魔堂にも入れたのですが現在は扉の窓から拝見するだけになっています。またいつもの如く(笑)、よろしければ過去記事とホームページをどうぞ(笑)『坂東三十三観音/第20番・獨鈷山西明寺』皆さん、おはようご
【独鈷山西明寺…奈良時代の渡来人の僧・行基が開山した古刹で、江戸初期造立の笑う閻魔像が祀られ”笑い閻魔の寺”と呼ばれている】【栃木県・芳賀郡益子町】南北朝時代、南朝の正平六年(1351)の兵火で災厄に見舞われたが、応永元年(1394)、益子勝直によって堂宇が再建された。益子氏(本姓は紀といい、紀貫之の後代)は、鎌倉時代から戦国時代にかけて宇都宮城に城主・宇都宮氏の重臣として活躍した武将だったので、西明寺は宇都宮家からも庇護を受けるようになり、三重塔は宇都宮家宗により建立された。江戸時代に
【独鈷山西明寺…奈良時代の渡来人の僧・行基が開山した古刹で、江戸初期造立の笑う閻魔像が祀られ”笑い閻魔の寺”と呼ばれている】【栃木県・芳賀郡益子町】平安時代後期の康平年間(1058~1065)、高舘城(西明寺城)を築いた益子氏初代の益子正隆が西明寺境内を城郭内に取り込んだことから、以後、西明寺は歴代益子氏により篤く庇護された。平安末期の大治二年(1127)の兵火で一山を焼失した。鎌倉時代の建長七年(1255)、鎌倉幕府第5代執権・北条時頼によって七堂伽藍が整えられて再興され、その際、時頼の
【独鈷山西明寺…奈良時代の渡来人の僧・行基が開山した古刹で、江戸初期造立の笑う閻魔像が祀られ”笑い閻魔の寺”と呼ばれている】【栃木県・芳賀郡益子町】奈良時代の天平九年(737)、高僧・行基菩薩が巡錫で訪れた際に自ら十一面観音像を彫刻し、大旦那(勢力ある檀家)となった紀有麻呂が建てた一宇に本尊として祀ったのが始まりとされる。当初の寺号は益子寺だったようで、天平宝字元年(757)に唐僧恵林によって境内が整備され、さらに入山した弘法大師空海によって基盤が固まると寺運が隆盛。延暦年間(782~80
鮎河で桜を見て久しぶりに西明寺に行こうと途中も桜を見ながら移動して到着です途中で見た土手沿いの桜。濃いピンクの桜が可愛いです龍應山西明寺御本尊薬師如来立像様湖東三山の1寺で好きで何度か来てますが昨年は来れてなかったので久しぶりです。先日近くまできたのですが、だんなさんにスルーされたので1人で行ってきました庭園入ってすぐの不断桜9月ごろから5月ごろまで咲く天然記念物のめずらしい桜だそうです。
先日、主人とお花見がてら、湖東三山西明寺へ行ってみました。曇ってたので、三重塔もキレイに撮れてない↓でも、お庭も手入れが行き届いていて、綺麗でした。国宝の本堂↓不断桜が有名だと聞いたのですが、終わってました↓残念。ソメイヨシノとは、違って、春秋冬に咲くそうです。でも、初めてのお寺だったし、行けて良かったです。