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○2024年12月21日、河南省の南陽を訪れた。最初に向かったのが『臥龍崗・卧龙岗[wòlónggǎng]』だった。南陽最大の観光地が『臥龍崗・卧龙岗[wòlónggǎng]』とされるからである。○続けて、南阳卧龙岗景区の隣に位置する南阳市汉画馆を見学する予定だったが、時間的に無理だと判断して、南阳知府衙门へ向かった。公交バスでも行けるはずだったが、時間が押していたので、タクシーを利用した。○南阳卧龙岗景区から南阳知府衙门までは、3、5㎞くらいである。南阳知府衙门に着いたのは午後4時
○2024年12月21日、河南省の南陽を訪れ、最初に向かったのが『臥龍崗・卧龙岗[wòlónggǎng]』だった。諸本を見ても、南陽最大の観光地が『臥龍崗・卧龙岗[wòlónggǎng]』とあったからである。○ただ、南陽の『臥龍崗・卧龙岗[wòlónggǎng]』を訪れる前に、襄陽の古隆中を見学済みだった。それで、さほど、『臥龍崗・卧龙岗[wòlónggǎng]』に興味は無かった。せっかく南陽を訪れたのだから、出掛けてみようと思った程度だった。○ちなみに、日本のウイキペディア
○2024年12月21日、湖北省の襄陽から河南省の南陽へ向かった。襄阳火车站を12時40分に出発して南陽に14時30分に到着する、K1296次電車を利用した。襄陽から南陽まで、129㎞を110分で行く電車である。○最初、襄陽から漢中へ向かう旅程を画策した。ところが、帰りが不便であることが判り、急遽、南陽へ行くことにした。前々から、南陽は気になっているところだったからである。○つい先日まで、南陽劉子驥、高尚士也。と言う文言が「荘子」にあるとばかり思っていた。それで、今回、ブログを書くに
○2024年12月21日、湖北省の襄陽から河南省の南陽へ向かった。襄阳火车站を12時40分に出発して南陽に14時30分に到着する、K1296次電車を利用した。K1296次電車は、広州から銀川まで、2784㎞を、41時間掛けて走る寝台列車である。○中国の検索エンジン、百度百科が案内するK1296次電車は、次の通り。K1296/K1297次列车广州开往银川的快速列车K1295/1298、K1296/1297次列车是中国铁路兰州局集团有限公司运行于宁夏回族自治区银川市至
○2024年12月20日は、荆州から襄陽へやって来た。2019年6月に引き続き、荆州も襄陽も二回目の訪問である。2019年には6月3日4日と、襄阳名人酒店に二泊している。・テーマ「楚国遊覧」:ブログ『襄阳名人酒店』襄阳名人酒店|古代文化研究所:第2室○今回の「湖北省湖南省周遊」旅で、襄陽で泊まったのは、襄陽站近くの『凌美国际酒店(襄阳火车站店)』に一泊しただけで、明くる日は南陽へ旅立ったので、襄陽では古隆中を訪れただけだった。12月21日は、午後の電車で南陽へ向かったので、時間
○2024年12月20日、中国湖北省襄陽を訪れた。時間が無かったので、出掛けたのは古隆中だけだった。その帰り道、公交512路バスで、襄陽古城を通り掛かった際、山の上に塔が見えた。どうやら、岘首山の岘山亭らしい。○それで、ブログ『岘山亭・峴山亭』を書き、『孟浩然:与諸子登峴山』、『陳子昂:峴山懷古』、『張九齢:登襄陽峴山』、『李白:峴山懷古』と続けて来ている。この話は、何とも面白い。次から次に、興味深い話が出て来て、それこそ、切りが無い。○もうおしまいにしようと思うのだが、なかなか終わりになら
○2024年12月20日、中国湖北省襄陽の古隆中にある広徳寺へ参拝して来た。諸葛孔明の古隆中景区を見学した後だったので、午後4時30分からの、何とも、遅いお参りだった。広徳寺多宝塔が夕陽の中にあって、厳粛な佇まいを見せていた。○その帰り道、512路のバスから、襄陽古城のあたりで、山の上に立派な塔が見えた。これは名のある塔に違いない。それで、日本へ帰ってから調べると、どうやら、峴首山の峴山亭だと言うことが判った。○それで、ブログ『岘山亭・峴山亭』を書いた。その後、峴首山を詠じた孟浩然の「与諸子
○2024年12月20日、中国湖北省襄陽の古隆中にある広徳寺へ参拝して来た。諸葛孔明の古隆中景区を見学した後だったので、午後4時30分からの、何とも、遅いお参りだった。広徳寺多宝塔が夕陽の中にあって、厳粛な佇まいを見せていた。○その帰り道、512路のバスから、襄陽古城のあたりで、山の上に立派な塔が見えた。これは名のある塔に違いない。それで、日本へ帰ってから調べると、どうやら、岘首山の岘山亭だと言うことが判った。それで、前回、ブログ『岘山亭・峴山亭』を案内した。○と言うのも、『岘山亭・峴山亭』
○2024年12月20日、中国湖北省襄陽の古隆中にある広徳寺へ参拝して来た。諸葛孔明の古隆中景区を見学した後だったので、午後4時30分からの、何とも、遅いお参りだった。広徳寺多宝塔が夕陽の中にあって、厳粛な佇まいを見せていた。○その後、広徳寺前バス停まで戻って、512路のバスを待った。バス停先には、これまた見事な碑坊が建っていた。もちろん、古隆中碑坊である。バス停前には、屋台の売り場が出ていて、そこで飲み物を調達した。○しばらくすると、512路のバスがやって来たので乗った。意外に空いていて、
5/30(木)襄阳空港に到着。いつものように厳しい荷物検査を通過し、搭乗口へ。ここでも仕事です。しかし空港Wifiがありません。通信費が左程高くないので必要ないのでしょうか?私は仕方なく会社スマホでテザリングします。16時からまた会社と日本とつないで会議です。その内に搭乗が始まり、会議に参加したまま搭乗。席に着いてもまだ参加してましたが、飛行機が動き出したところで流石に退席し通信を切りました。そして離陸。水平飛行に移ってからは、再度PCを取り出し週報を作成しま
5/30(木)襄阳のXiyueCarreyHotelに宿泊中です。4時起床。昨日はいつもより早めに寝ましたが、ちょっと眠いです。食べ過ぎたのでまだ少し腹が重い気もしますが、朝ご飯を食べないと不安になるので頂きます。昨日買っておいたオレンジジュースと粽です。粽の紐は固結びされており解けません。切ろうとしますが、刃物も見当たりません。仕方なく強引に引っ張って外します。中はこんな感じでした。ほぼ餅です。しかも味は赤飯を薄味にしたような感じ。ちょっとがっかりでしたT_T
5/29(水)シャワーで辛うじて汗を流し、夕食に出掛けます。ここはエレベータの前です。禁煙の張り紙がありますが、その下には灰皿が。どっち!?ロビーでMさんと合流すると「車を呼んだ」と言います。え?この辺で食べるんじゃないの?「この辺にはスシがない」スシ?中国に来てスシなんて食べたくないよ・・「そう?じゃあ違う所へ」と言う事で、車でショッピングモールへ。4階のフードコートを一回りし、順徳料理の店に入ります。メニューを見ても全く分からず、翻訳アプリを駆使して注文
5/29(水)襄阳空港の外に出たところです。ここでもあちこちで煙草を吸っている人がいて居場所に困ります。タクシーの呼び込みが激しいのは合肥と同じです。Mさんが呼んだDiDiに乗り込みます。行き先はテストコースです。元は東風汽車と言う自動車会社のテストコースでしたが、1社では維持出来ず政府が買い取り、今ではどの会社も利用する事が出来るそうです。上海方面から来たRさんと合流。特に受付をする事もなく入場門に向かいます。カメラで認識されたのか、事前に送付しておいた私の写真が表
5/29(水)今日は襄阳(シャンヤン)と言うところに出張です。まずは空港に向かいます。広州の空港は白云(雲)空港と言います。一緒に行くMさんと合流し、搭乗口へ。今回もリモートで会議に参加しながらです。タブレット型は持ち難いです。意図せず通信を切断してしまう事もありT_T。通常のノート型に変更依頼中です。搭乗が始まりました。少し前にいる人のスーツケースが気になります。ハンドルのようなものが付いてます。ひょっとしてスクーターのように乗れる奴でしょうか?駆動機構が付いてるか覗
【北京時事】中国メディアによると、中国空軍の「殲7」戦闘機が9日午前、訓練中に湖北省の民家に墜落し、市民1人が死亡、2人が負傷した。パイロットはパラシュートで脱出し、軽傷だという。当局が事故原因を調査している。空軍機が民家に墜落市民1人死亡―中国:時事ドットコム【北京時事】中国メディアによると、中国空軍の「殲7」戦闘機が9日午前、訓練中に湖北省の民家に墜落し、市民1人が死亡、2人が負傷した。パイロットはパラシュートで脱出し、軽傷だという。当局が事故原因を調査している。www.jiji.co
○2019年6月5日は、襄陽から武漢へ帰る日であった。襄阳站からD5218次電車に乗って汉口站まで行くのである。襄阳站が始発で、8時16分に出発し、汉口站到着は10時52分の予定である。全行程315公里を2時間36分で走る。料金は一等座で169元(2535円)。日本では考えられない安さである。○ホテルを7時前にチェックアウトして、タクシーで襄阳站へ向かった。襄陽での宿泊先である襄阳名人酒店から襄阳站までは6公里余りだった。電車の切符は日本で予約済みだった。○襄阳站には6月3日に宜昌から来た時
○前回、皮日休の『汴河懷古二首』詩を案内した。もう一つくらい皮日休の作品を紹介しておきたい。有名なのは『牡丹』詩らしい。【原文】牡丹皮日休落盡殘紅始吐芳佳名喚作百花王競誇天下無雙艷獨占人間第一香【書き下し文】牡丹皮日休殘紅の落ち盡くして、始めて芳を吐き、佳名は喚びて「百花の王」と作す。競ひ誇る、天下無雙の艷、獨り占む、人間第一の香。
○湖北省襄陽市を訪れた。襄陽で最も有名な文人は、何と言っても、孟浩然である。その孟浩然に憧れたのが皮日休である。折角なので、皮日休についても触れておきたい。○そう思って、いろいろ調べてみると、皮日休の代表作と言えば、汴河懷古二首だと言うことが判った、それでYahoo検索とGoogle検索で「皮日休:汴河懷古二首」を検索したところ、自分のブログがトップと二番目に出て、驚いた。・テーマ「痩西湖・个園」:ブログ『皮日休:汴河懷古二首』https://ameblo.jp/sisiza194
○ここまで、孟浩然の「登鹿門山」詩、「春暁」詩、「夜歸鹿門山歌」詩と見て来たが、今回は孟浩然の「宿建徳江」詩を案内したい。【原文】宿建徳江孟浩然移舟泊煙渚日暮客愁新野曠天低樹江清月近人【書き下し文】建徳江に宿る孟浩然舟を移して、煙渚に泊す、日暮れて、客愁新たなり。野曠くして、天は樹よりも低く、江清くして、月は人に近し。
○孟浩然の作品を「登鹿門山」詩、「春暁」詩と続け、前回は李白の「黄鶴樓送孟浩然之廣陵」詩を案内した。もう一つくらい、孟浩然の作品を紹介したい。それが今回の孟浩然の「夜歸鹿門山歌」詩である。【原文】夜歸鹿門山歌孟浩然山寺鐘鳴晝已昏漁梁渡頭爭渡喧人隨沙路向江村余亦乘舟歸鹿門鹿門月照開煙樹忽到龐公棲隱處岩扉松徑長寂寥惟有幽人夜來去【書き下し文】夜、鹿門山
○孟浩然について、「登鹿門山」詩、「春暁」詩と続けて来た。逆に言うと、孟浩然については、李白の「黄鶴樓送孟浩然之廣陵」詩が有名でもある。したがって、今回は、李白の「黄鶴樓送孟浩然之廣陵」詩を案内したい。○もっとも、李白の「黄鶴樓送孟浩然之廣陵」詩については、当古代文化研究所ではすでに触れている。それが次のブログになる。・テーマ「岳陽・武昌」:ブログ『李白:黄鶴樓送孟浩然之廣陵』https://ameblo.jp/sisiza1949/entry-12519961342.html?f
○孟浩然と言えば、「春暁」だろう。今回はその「春暁」の話。実は、孟浩然の「春暁」詩については、2009年の2月に、すでに書いている。・テーマ「庭の博物誌」:ブログ『「春暁」-孟浩然ー』https://ameblo.jp/sisiza1949/entry-12519939505.html○かいつまんで話すると、私たち日本人が解釈している孟浩然の「春暁」詩には、大きな誤解がある。そんな話を書いたつもりである。ここで何も書かないのも、変だし、それに「春暁」詩は五言絶句二十字なので、一通り
○前回、襄陽の名所、『鹿門寺・鹿門山』を案内した。『鹿門寺・鹿門山』と言えば、何と言っても孟浩然だろう。襄陽第一の文人が孟浩然である。今回は、その孟浩然の「登鹿門山」詩を案内したい。【原文】登鹿門山孟浩然清曉因興來,乘流越江峴。沙禽近方識,浦樹遙莫辨。漸至鹿門山,山明翠微淺。岩潭多屈曲,舟楫屢回轉。昔聞龐德公,采藥遂不返。金澗餌芝朮,石床臥苔蘚。紛吾感耆舊,結攬事攀踐。隱跡今
○襄陽で忘れてならない名所に、鹿門寺がある。今回、時間が無くて訪問できなかったが、記録として、残しておきたい。機会があれば、訪れたいところである。○中国の検索エンジン百度百科が案内する鹿門山は、次の通り。鹿门山鹿门山,原名苏岭山,有诗山、隐山、佛山之称。在湖北省襄阳市城东南约15公里处,是中国历史文化名山。因汉末名士庞德公、唐代著名诗人孟浩然、皮日休相继在此隐居而名闻遐迩,后人谓之“圣山”。https://baike.baidu.com/item/%E9
○湖北省襄陽市を訪れ、出掛けたのは、古隆中景区と襄阳古城だった。襄陽には2泊したが、中日に十堰武当山风景区へ参詣したので、襄陽ではあまり時間がなかった。襄陽での宿泊先は、襄阳名人酒店だった。○その襄阳名人酒店から800米ほど離れたところに襄阳古城は存在した。歩いても行ける距離だったが、古隆中景区へ行った後だったので疲れていた。結局、タクシーを利用した。○中国の検索エンジン百度百科が案内する襄阳古城は、次の通り。襄阳城(湖北省襄阳市襄阳古城)襄阳古城位于湖北省襄阳市,地