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夫が前々から「また行きたい」と言っていた千葉県ホキ美術館。私は全然興味なし。何故なら写真みたいな絵だというから。それなら写真でいいのでは?私は多分洋画の方が好みだなーなどと思っていた。…が、結局いつも通りまんまとやられる私。凄い…風景画から既に圧倒され惹き込まれる。最初に飾ってあるのはまだまだ写真画が浸透していないので、それほどでもないと説明文にもあったのに、それでもものすごく感動した。女性の裸婦に近い画は正直夫に見て欲しくなくて気が気じゃなかった。それほど繊細で、綺麗
1700句目……見て転ぶの「ぶ」■ブロンズの裸婦の涙や春寒し季語……春寒し野外に設置されたブロンズの彫刻。目のくぼみに溜まった水分が、ブロンズを劣化させ、顔の表面に流れた液体が涙の様に見える事があります。これをを「銅像の涙現象」と呼びます。次は、春寒しの「し」
帽子の女パステル神戸うろこの家の玄関に飾ってあった小さな銅像をスケッチ水彩画材の練習・・・。「静物」先生が秘蔵の般若の面を会場にお持ち下さって・・・。アポロ像に被っていた帽子をちょこっと載せて。(パステル)おさなご(孫ナンバー3)忘れていた絵を見つけたら、これからもちょこちょことUPしていきましょう。背景の写真に自作の裸婦(パステル)を載せて、ペインターで服をプラスしたもの。↑額も合わせてペインターで作
可愛い少女の絵が続いたので、元に戻って、23年間描き続けてきた「裸婦デッサン画」(パステル)を・・・。何と言っても、モデルさんを目の前にして描く時間的スリル感と、遠近感の勉強は、堪りませんでした。今は主に「平面になってしまった写真」などを参考に描いていますが、それでは物足りなくて・・・。勿論、自費でモデルさんに来てもらう事は不可能なこと。昔の絵を見ながら、遠近法の間違いはなかったか・・・などを確認しています。最近、パステルだけではなく水彩画材
自由に描いていいのですが、最初の2年くらいは裸婦や基本の訓練をしっかりやってみるのもいいかもしれません。私も最初は何を描けばいいか迷いました。正直、描くたびに「これでいいのかな」と不安になることも多かったです。でも、毎日少しずつ描くうちに、少しずつ楽しくなってきました。あとで抽象画に進んだとしても、仕事として周りの理解を得るためには、わかりやすい絵があると助かることもあります。特に両親、主人などからの支援を得るには必要で、才能をどこで計ったらいいのかわかりません。日本人は説明を求め
久々に着衣モデルのデッサン会に参加。私はどちらかというと裸婦デッサンの方が好きなのですがというと「すけべジジイ」と思われそうですが、裸婦だと骨格や筋肉の様子が分かるからです。着衣モデルを描くときも服の中の体がどうなっているか想像して描いてますというとまたまた「すけべジジイ」と思われそうですが、そうしないと、一見よさそうに見えても、腕とか脚が服の中で身体にきちんと接続してないという変な絵になることがあるからです。ならば、裸婦ではなく裸夫でもいいんですよね、、、と突っ込まないよ
神奈川県立近代美術館葉山館庭園にある作品「裸婦座る」柳原義達
やっぱりこんな「少女」を描いているのが楽しい・・・変な88歳(*´艸`)我ながら、もう少し「おとなげな」絵が描けないのかと笑ってしまう。でも、裸婦デッサンはこれからも描いていきたい。前に通っていた「裸婦デッサン会」で、本番に入る前に3枚ほど描く「4分クロッキー」が沢山残っているので、それを元に「パステル」や「水彩」で色を付けて作品に仕上げたいと思っている。ただ、4分クロッキーでは描き切れていない「光と影と色」を頭の中でイメージしながら色を付けることが
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かって、23年間所属していた「裸婦デッサン会」では基本、モデルさんをお呼びして「裸婦」を描くのが決まりで余程寒い・・・とか、モデルさんの調子が悪い時・・・とか以外「コスチュームデッサン」を描く機会が無かった。でも、私は着衣姿を描きたいとずっと思い続けてきて、これは、丁度今頃の寒い日にモデルさんの体調を慮って描けたポーズ。「コスチュームデッサン」とはいってもこの程度のコスチュームがいつもの事なので
白磁の肌月の光を宿せるがごとく調べ高き曲線は静寂の中に生命の息吹を湛えたりここに満ち満ちたるは裸婦実に美の極みなり心の襞に隠されし痛み脆くも儚き人間の姿を映し出す裸婦は魂の鏡とぞ言わん
★2025年ダイジェスト★part2《油彩画・人物》前回に続き、2025年を振り返ってダイジェスト版をお届けいたします。今回は、part2として油彩画の中から《人物》を抜粋して展示します。★裸婦・大きな窓★2025年2月20日掲載・油彩・キャンバス・P30号★45年ほど前の学生時代の作品。スッと立った美しい姿勢を横から描いています。上半身からお尻、下半身へと色彩の流れが美しい。★背中の裸婦★2025年1月31日掲載・油彩・キャンバス・P30号★この絵も学生時代の作品。
二十訪問者まさか、相川が教会まで来るとは思わなかった。しかし、誘ったのは間違いなく雪子本人だった。ウォーターフロント駅で別れるときに「私に会いたかったら、カレル教会にいらしてください」と嫌味をたっぷり込めて言った。それが相川には通じなかった。いや、通じなかった振りをしているのかも知れない。雪子はとりあえず笑顔で応じた。「ようこそ、カレル教会へ。見学ですか?」日本語は使わない。あくまでも、スタッフの一員として接した。「君に会いたくて……」伏し目がちに話す相川は英
話の内容は❗️昨日訪問看護先輩ナース担当会話に❗️同じ❗️B型就労支援内職稼ぐ話と❗️ゆえの通信教育芸大日本画実技卒業作品五〇号初めて裸婦を見せました❗️驚きながらええと❗️これは❗️ヘア〜所りんごを置いたら?会話に❗️年末年始昨年母親ショートステイにも❗️3日間正月終わると帰ってきた❗️が、今回の年末年始初の誰も会えないひとりぼっち言いましたよ❗️夕ご飯です❗️
前回はこちらフランス人形です。裸女立像です。裸婦です。壁面装飾のために7枚の静物画です。都会風景です。都会風景の説明板です。帽子を冠れる肖像です。帽子を冠れる肖像の説明板です。周秋蘭立像です。周秋蘭立像の説明板です。枯木のある風景です。枯木のある風景の説明板です。煉瓦焼です。郵便配達夫です。にほんブログ村
日本の教育業界に燦然と輝く日本体育大学いsごとの関係でご挨拶に伺うことになった。今まで一度もお伺いしていなかった失礼を詫びつつ学内を見て回った。一階フロアには力強いブロンズ像がある。馬を叱咤して走る女神がいる。絨毯が引き詰められているフロアには具体的で伝わりやすい力のモニュメントが並ぶ。裸婦3対並ぶライオンはこの学校のシンボルのようだ。合えりがけ相撲場を発見土俵は3つある。ここまで見た中で最も土俵の多い道場だ。さすが「大の里」の出身大学だ。
女性の美しさを最も表現したのがヌードだと思う。絵画や像には裸婦があるのも、題材として美しいからだよな。実際、見ても猥褻感はゼロだ。芸術だよね。でも、雑誌や写真集にて女性の裸身を見せると事情が変わる。其れは男性諸氏の性的欲求を満たす「道具」となる。迂闊にも、SNSにて女性の裸身の写真を貼ってしまうとペナルティの対象となってしまう。酷いときは警察の厄介にもなってしまう。芸術か?猥褻か?永遠のテーマなのかもしれないな。誰も答えは出せないかな?
今日は個人撮影後、白川公園内にある名古屋市美術館で開催されている藤田嗣治展に行ってきました。乳白色の裸婦の絵画、猫の絵画、自画像、独特なファッション等興味深い展示物の数々でした。また作品の資料として撮影した写真の数々も興味深く見ることができました。終了期間間近で観ることができてよかったです。満足できる企画展でした。
大阪中之島美術館での、小出楢重の回顧展の続きです。近未来的な会場の造り。楢重作とすぐわかる、「毛糸の束」。突然の西瓜に、作者の粋を感じる。昭和に入って、ますます大胆な色使いに。人物を見る目は、ますます深く、そうして優しく。「周秋蘭立像」です。帽子が良く似合う、細身でどろ目の作者。冗談言いたぁて、しゃあない顔。ここから、裸婦の特集。デッサンに、緻密で温かいまなざし。日本人特有の体型を、追及した人。随筆の中では、
大阪中之島美術館にやってきました。この、けったいな(とちごて)独特の外観。大阪出身の画家、小出楢重の25年ぶりの回顧展です(写真は撮影可のみ)。大正から昭和初期に、静物や裸婦の洋画、ガラス絵、挿絵で、強烈な印象を残した人。まずは、現・東京藝大での修業時代。自画像と婦人像(銀扇)に、既に我ここにありの存在感。婦人像に、人物の奥を見つめる、作家の目。少女像と、子どものデッサンにも、それは感じます。暗く沈んだような「道頓堀風景」には、作者の視線に
女医コロナ事に❗️ナースから説明❗️息子さん週1日自宅就労B型向けて含め❗️息子さん日々様々疲れ❗️女医コロナ明けの〜玄関処方箋だけの訪問と言っとくと約束です❗️通信教育芸大実技作品日本画見せた❗️先輩ナース❗️ええんと違うのと❗️裸婦を❗️町内会突然そら?サインください❗️怖いよね❗️まっ?ともかくB型ええと思うよと❗️茶髪ナース3回続く❗️久しぶり先輩ナース担当❗️また(月)茶髪ナース担当シフトスケージュール❗️午後も❗️よろしくお願いします❗️
🌸画家の藤田嗣治氏の年譜と、作品の評価、交流のあった芸術家、その後の絵画に与えた影響を解説してください。🌷もちろんです。以下に、藤田嗣治(ふじたつぐはる/レオナール・フジタ,1886–1968)の年譜・作品評価・交流関係・後世への影響をまとめました。🖋藤田嗣治年譜(略歴)年出来事1886年(明治19)東京市牛込区(現・新宿区)に生まれる。父は陸軍軍医総監・藤田嗣章。幼少期から絵画に親しむ。1910年(24歳)東京美術学校(現・東京藝術大学)西洋画科を卒業。卒業
kei私が描いたイラスト、絵画を使っています。明日は再再再検査。結果良好な事を祈るばかり。緊急搬送された日から1ヶ月経過。9/30記。youtube.com白磁の肌、月の光を宿せるがごとく、調べ高き曲線は、静寂の中に生命の息吹を湛えたり。ここに満ち満ちたるは、裸婦、実に美の極みなり。心の襞に隠されし痛み、脆くも儚き人間の姿を映し出す、裸婦は魂の鏡とぞ言わん。
オルセー美術館5階ルノワール、ゴッホ、モネの作品が展示されており大混雑のフロアですそして・・・私が「一番好きな絵」と言えるルノワールのムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会が展示されています以前、TV番組(美の巨人たち)で「実際には貧しい人々が~」と解説されていましたが・・・隅まで隅まで多幸感にあふれていて凄く、いや、世界一好きな絵です他にもルノワールの作品があり・・・美しく自然体な裸婦母の喜び癒しの時間多くの作品が「
2025年10月久々に裸婦デッサン会に参加。四切画用紙/鉛筆久し振りなのでカンが戻りません。嘘つくな!実力そのまま。よろしかったらクリックお願いします↓にほんブログ村
今描いている途中ですが、もっと裸婦が描きたいなー。やっぱり裸婦が描きたかったんだ、自分。自分が生物上女だったということに気づくのに、あと数年かかりそうだな。裸婦像ばかり描く男性芸術家の気持ちがよくわかる。女体は芸術だ!いや、まてよ、マルスやブルータスも芸術だ。男性像(石膏)も芸術か。でも描いていて楽しいのは女体。男性の筋肉を描くのが好きだという友人もいたが、私は断然女体派。丸みを帯びたフォルムがたまらないよ。関係ないけどロカビリーの知人とデスマーチ艦隊の話になり、懐かしい話に
おんなのからだは、それだけで神殿なのだとわかる。ルネッサンスに出てくる女体は、ヴィーナスと記されているが、普通の人間の女のようにも見えるが、その普通の女を女神だと見なした画家が単に天才だったのかもしれない。発光体のような女の白い素肌に触れたいと思わない男(女も実はそう感じる)は居ない。(女体)神殿をくぐり、もっと奥へと入りたいと思わないわけがない。ルネッサンスの裸婦を研究しながらそう悟った。女はズルい。実にズルい生き物である。女体はそこに在るというだけでズルいのだ。裸婦・ヌ
岩峪賢次『寝そべる裸婦』木炭20号1977年制作この年代に多くの裸婦が描かれているが、この作品は、大きさや力強さから代表作の一つである。
水中に浮かぶ裸婦を描きました。重力が軽減されて身体がリラックスしているのを表現しました。そして女性(女体)へのリスペクトと崇拝の気持ちを込めています。今月に入って断酒を始めました。4日過ぎました。明日はシルバーの仕事なので憂鬱になり、一杯やりたいです。そうすれば明日の朝の鬱は強烈になるでしょう。刹那の快楽か、それとも静かな長期的な喜びか。賢明さが問われます。
裸婦は構造を捉えるのがなかなか難しいです。