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松前兄弟。最近、ますますいい味出してますが。この2人の家紋に注目。菱形してますよね。(この写真だと小さくて分かりづらいですが)武田信玄と同じ、いわゆる武田割菱というやつ💠。松前氏というのは、もとは武田の一族です。といっても、甲斐とは別系統の、若狭(福井県)の武田氏で。武田信広という男が、戦国時代に若狭に居られなくなって、流れ流れて陸奥の南部氏を頼った(南部も、同じく新羅三郎義光の家系で、遠い先祖が同じ、という縁らしい)。下北半島の蠣崎に領地を貰い、蠣崎氏を名乗った信広は、新天地を求め
○松前廣年に目が釘付け!2025年大河ドラマ『べらぼう』、なんか登場人物がどんどん増えてって人物相関図が大変なことになっておりますが。メインキャラもサブキャラもまだまだわんさか出てくる気配。しかも「市中」「幕藩」の2パートを同時並行して進めてるもんだから、ちょっとの間見逃してると途端にストーリーに置いてかれる始末。とにかく目まぐるしい!そんな中、中盤から出てきて幕藩パートのキーパーソンとなりそうなのが、松前藩の藩主たる松前道廣(みちひろ)とその弟の松前廣年(ひろとし)の2人。まさか松
松前廣年・・・宝暦14年(1764年)~文政9年(1826年)。松前家第八代当主松前道廣の異母弟で、松前家の江戸家老。藩主一門寄合の蠣崎家の蠣崎広武の養子となっているので、正確には蠣崎廣年。画家とも知られ、蠣崎波響との画号を持つ。先日の『べらぼう』で、ドラマ中に松前廣年が「ぬっぺっぼう」に似ているとの話が出ましたが・・・ちょっと前に、たまたま「ぬっぺっぼう」の記事を書いていて、ビックリです。『【ぬ】ぬっぺっぽう』ぬっぺっぽう・・・「ぬっぺふほふ」と
【松前道廣(まつまえみちひろ)】えなりかずき宝暦四年~天保三年(1754-1832)蝦夷福山(松前)藩第八代藩主。七代資廣の嫡男(長男)。母は正室弁子(正二位権中納言八条隆英息女)。明和二年(1765)父の死に伴い家督相続(12歳)し将軍家治にお目見え、従五位下志摩守に叙任。幼少より文武に優れていたようだが、年齢を重ねるにつれ藩政に対する関心を失いやがて遊興に耽るようになる。藩の豊富な財源を背景に吉原の遊女を妾にし、反幕閣派の一橋治済や伊達家、島津家や国学者高山彦九郎(正之/寛政の
ドラマべらぼう:蠣崎廣年(波響)役のひょうろくドラマ『べらぼう』に松前藩江戸家老蠣崎(波響はきょう)廣年が登場して、吉原花魁の誰が袖(福原遥)に籠絡されかかっております。廣年はそれでも幼い頃から江戸で育ち漢詩文、絵師と知られた文化人で、貧乏藩とはいえ江戸家老ですからね。吉原に免疫がなかったとは思えませんが(笑)ともあれ蝦夷地を治める松前藩は小藩で貧乏。徳川の治世下においては、幕府から与えられる禄高が一万石以上のものを「大名」と呼び、大名はその禄を領国として申し受け、その領国で産す
函館公園の屋台と花見電飾が始まりましたが、まだ当の桜はほとんど開花前。つぼみが色づいて、遠くからもピンクに見えます。今日ジンギスカンをやってたのは、私調べでは1組のみ。ちょっと寒そうでしたが、とってもいい匂い~♪開花宣言はまだですが、これも私調べで、いちばん咲いているのは、博物館の南側。白い壁沿いで光をうんと吸収して、花がたわわについてます。今年も期待できそう。旧図書館横では、1本の木で紅白の花が咲く「思いのまま」という梅が満開。北海池の上では、真っ赤な椿
新年度に入って気持ちも新たに、春めいた日差しに誘われてランニング。釈迦涅槃図の公開が始まった高龍寺に向かうと、寺町の先の函館湾に見慣れない船が……。これが噂のLNG船か~!4つのタンクに液化天然ガスを入れてるそう。珍しいものを見せてもらいました。ゆっくり20分ほど走って高龍寺に到着。明治末期建造の立派な山門が迎えてくれます。庫裏(くり)から入って廊下を通って本堂へ。内陣の向かって右手で、このたび修復が完了した蠣崎波響作の釈迦涅槃図を一般公開中。修復に当たったか
2024年10月13日の道南ぶらり旅、徳山大神宮に続いて、北海道立函館美術館「蠣崎波響と松前の至宝」に行ってきました会期は12月8日までとなっています。1日目の夜に美術館近くの看板を見て、更にホテルでチラシを見つけました。今日から始まるので、何としても間に合うように帰ってきたかったんですが、何とか間に合いました〜行って、良かったです!!松前城で見た「夷酋列伝」と全然違って、驚きました。人物画は好みではなかったですが、小鳥や虫などの小さい生き物や、植物や景色などはいい感じで、全くの別人
9日(水)今日の朝は暗いな〜と思って起きテレビをつけて気づきましたパート出勤時の目覚ましを止め忘れ1時間早い5時半に起床してしまいました~せっかく早起きしたのでゆっくり経済ニュースを見ながら朝食昼は大リーグを観戦しながら食事をしたあとに前売り券を買っていた皇室の至宝北海道立近代美術館へここに来たたのは何年ぶりでしょうか思い出せないくらい昔です・・・近くの駐車場から歩いて向います前売り券だったのですぐに入館できましたが当日券売り場は行列でした人
今日は臨時のお休みでしたので道立近代美術館で開催されている特別展「皇居三の丸尚蔵館展皇室の至宝・北海道ゆかりの名品」を観て来ました。皇室ゆかりの美術品が多数収蔵されている皇居三の丸尚蔵館。その中でも特に「北海道」に関係する品をピックアップしたのが今回の特別展です。鳥獣戯画の時とは打って変わって、かなり空いてます(笑)一部の美術品は撮影OKでしたので写真を載せておきます。原在中「蕨図扇子」=江戸時代「鶴に竹図中啓」=江戸時代(18〜19世紀)「瓢形丁子風炉」=江戸時代(18世紀)
今日も最高気温7℃と、震えそうな寒さでしたが、高龍寺の釈迦涅槃図公開が今日までだったので、お昼休みに見にいってきました。うちから約3キロ、走って20分ほどで到着。明治32年に建造され、国登録有形文化財に指定されている本堂。周囲に施された精巧な彫刻にいつも圧倒されます。本堂に年に一度、4月の前半に展示される蠣崎波響の釈迦涅槃図。江戸時代後期に描かれた、縦横3メートルある大作です。入滅したお釈迦様を取り囲む僧侶、貴人、俗人、その周りにはさまざまな動物まで、生き生き
読メのお気に入りさんのレビューを読んで借りてきました。後、表紙が広重の「名所江戸百景浅草田甫酉の町詣』の絵だったから桜花(さくら)を見た(文春文庫)Amazon(アマゾン)641円実在の5人の人物について著者のイメージを膨らませた作品で短編苦手だけどそれぞれ面白く読みました。①遠山左衛門尉景元の隠し子であると亡き母から聞かされ(景元の過去を知ると案外ありそう)今はある店で懸命に働く英助。英助はそれまで父の存在を意識したことがなかったけどあの遠山景元が父であ
実在した歴史上人物をモチーフにした作品集。☆「お前は町奉行遠山金四郎様の忘れ形見」母の今際の言葉を未だ確かめられない英助。☆愛し合う浮世絵師歌川国直(鯛蔵)と筆屋の出戻り娘れんの前に身代を潰した前夫が現れる。☆浮世絵師葛飾北斎とそれを支える娘の絵師葛飾応為(お栄)、絵師たちの生き様。☆画家であり家老の蠣崎波響の半生、松前藩の危機に立ち向かう。☆蝦夷地に憧れる農民少年の立身、江戸後期の冒険家・最上徳内の半生。☆彡桜花を見た/別れ雲/酔いもせず/夷酋列象/シクシピリカ
江戸絵画の冒険者たちとは、名作「冒険者たち」を彷彿させる魅力的タイトルですね。江戸絵画の奇才、奇想の絵師といえば、若冲や蕭白、芦雪あたりでしょうか。今回の江戸東京博物館の展示作品では、北斎、絵金がメインかな。私のお気に入りその一は、蠣崎波響(かきざきはきょう:1764~1826年)のアイヌを描いた「御味方蝦夷之図イコトイ」です。波響は、松前藩主の五男に生まれ、家老の養子になる。十代の頃江戸にいて、南蘋派の宋紫石に師事した。あの司馬江漢と同門だったんですね。南蘋派は花鳥画が主で、人物像
進化:ヒトの歯を手掛かりとした顔の進化の解明NatureAsiaしかし、断片化石による化石記録しかなく、ユーラシアにおける前期更新世と中期更新世のヒト族の古代DNAの復元ができていないため、この問題は未解決のまま...謎の人類ホモ・ナレディの子どもの骨格、初めて発見ナショナルジオグラフィック日本版化石人類の成長パターンは現生人類と同じとは限らないため、今回得られた情報は、ホモ・ナレディの成長のしかたが現生人類やその他の化石人類とどの程度...「南島雑話」トートバッグに
松前郡松前町にある曹洞宗の寺院です。1469年に若狭の禅僧随芳が始祖・武田信廣を訪ねる航海中に奥尻島に漂着し庵を結んだのが起こり。松前家初期(蠣崎家)の菩提寺。山門(江戸時代中期の建造、北海道で最古の一つで国重要文化財)本堂鐘楼戊辰(ぼしん)の役で山門が残り他は焼失、その後再建。
無事にSさまと合流して(笑)、町をブラっとしながらご案内してくれたのは…桜井小膳邸跡松前藩医です。松前奉行・人見勝太郎さんが宿舎としていて、歳様も泊まっていたともいわれています松前奉行所址(現・松前町役場)法源寺山門旧津軽藩将卒二百八十七名之碑法幢寺松前家の菩提寺です。裏手に松前藩主墓所があります。十七世・十三代藩主松前崇広十八世・十四代藩主徳広十二世側室松前文子先日ご紹介の新
箱館旅、松前の続きですSさまを山奥に置き去りにして(笑)、私たちは松前城へ松前城・松前城資料館松前家初代藩主・松前慶広がこの地に築城したのは、1606年のことです。その後の火災や修築などを経て、1849年7月10日、17世藩主・松前崇広は外国船の出没に備え津軽海峡の警備強化を図るため、幕府から築城を命ぜられ、城主大名になりました。5年がかりで福山館の修築を重ね、1854年に松前城は完成しました。当時は新しい城を造ることが全国的に禁止されていたため、松前城の築城は極めて異
函館にあるサロンAngelica(アンゼリカ)ささきひろみのブログへようこそ🌈愛と幸せに満たされるフラワーエッセンスを活用して人生に幸せを招き入れましょう🌸アンゼリカHP🌸☆*:.。..。.:*☆☆*:.。.。.:*☆☆*:.。..。.:*☆先日、高校の友達に誘われて函館山のふもとにたたずむ高龍寺のお茶席へ行ってきました🍵✨函館に現存する最古の寺院、高龍寺の中に入ったのも初めてで中庭が美しく見えてどこか旅に来た気分を味わいました寺所蔵の絵画などを展示してい
今、東博の常設展に展示されている蠣崎波響の蝦夷紋別酋長東武画像です。5年程前に、ここでお目に掛かって以来の展示かな。(*≧∀≦*)アイヌの首長を描く「夷酋列像」は他にも存在しますが、北海道やフランスにあり、なかなか実物を目にする機会はありません。この画は、東京で見ることが出来る数少ない1つです。\(^o^)/酋長が手に持っているのは、当時のアイヌの呪術道具で貴重なものだそうです。この酋長、よく見ると耳にはピアスしたり、かなりお洒落です。(*^m^*)ぷぷ
平日のお休みは久しぶりなのでようやく行って参りました。札幌近代美術館http://www.dokyoi.pref.hokkaido.lg.jp/hk/knb/蠣崎波響展(前期)『夷酋列像』が有名な江戸時代の絵描きです。忘れずに後期も行かないと。同時開催で「拝啓、藤田嗣治様」―フランク・シャーマンと藤田、戦後の交友をめぐって―レオナール・フジタ関連の展示もあり近代美術館のお庭の櫻は一本だけほぼ満開!北海道のお花見はGWですからね楽しみです
醍醐寺で花咲かせる台風被害で枝折れ/京都毎日新聞豊臣秀吉が花見の宴(うたげ)をしたことで知られる世界遺産・醍醐寺(京都市伏見区)で、枝の折れた「太閤しだれ桜」(樹齢約160年)をはじめ、昨年9月の...「ねがい桜」ギネス申請へ陸前高田・普門寺、犠牲者追悼のつるし飾り目標の1万8550個に到達/岩手毎日新聞東日本大震災の犠牲者を追悼するため、古い着物生地で作った「ねがい桜」を陸前高田市の普門寺につるして飾る運動が、震災の死者・行方不明者数に相当する...「迷子郵便
本日の旅館っ^_^#今日の旅館は美術館#松前藩の栄華をたどる夕べ#お殿様の祝膳再現#松前藩#山口蓬春#蠣崎波響#笹野天洞#松前藩菩提寺法幢寺#松前藩祈祷寺阿吽寺#矢野旅館#松前#北海道#北前船文化#matsumae#hokkaido
北海道新幹線新函館北斗駅へ(≧∀≦)北口ゲートには青函トンネル30周年記念パネルや松前ゆかりの『夷酋列像』(いしゅうれつぞう)のポスターが展示してます。★夷酋列像とは江戸時代後期の松前藩の家老で、画家としても高名な蠣崎波響が、アイヌの有力者をモチーフに描いた連作肖像画です。
上は蠣崎波響が描いた「夷酋烈像」ツキノエhttp://www.hokkaidolikers.com/articles/3115蠣崎波響蠣崎波響は、1764年5月松前藩第7代藩主松前資広(まつまえすけひろ)の5男として生まれました。翌年、松前藩家老・蠣崎家の養子になります。幼い頃より絵を描くのが好きで子どもながらすでに大人をうならせる腕前だったといいます。その才能を伸ばすため10歳で江戸に出て南蘋(なんびん:中国清時代の画家)派に弟子入
函館にUターンして10カ月、機会があれば色々な催しで函館のあれこれを知りたいと思っています日曜日、函館美術館主催の「波響ぐるっと4館ツアー」に参加しました五稜郭タワーの向かい側にある北海道立函館美術館、ブールデルの大きな彫刻が目を引きます実は福岡市博物館の前には4体(雄弁・力・勝利・自由)揃っているのを見たことがありました学芸員さんのお話によると他の3体は札幌、旭川、帯広の道立美術館にあるそうですまず最初は美術館の常設展示「花鳥のながめ」をテーマにしたコレクションから蠣崎
海鮮三色丼でお腹いっぱいになり午後の散策へ〜(^-^)/今回の函館の旅では移動はほとんど市電と徒歩でした〜1日乗車券を買うとMAPがもらえてコレが便利でしたよ〜市電を降りてしばらく歩くと‥おお〜五稜郭タワー‼︎上りません‼︎高所恐怖症です^^;五稜郭の星形の外周のお堀‥そして‥恒例の石垣萌え〜(≧∇≦)新撰組ファンのお嬢さんとお母さんにもお会いして少しお話しましたよ〜(^-^)戊辰戦争最後の戦いの地‥今は市民と観光客の憩いの公園ですね‥桜の季節はピンクのお星様きれい