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翠邑日誌Suiyu’sDiary榎本翠邑元書法展会員、元太玄会会員、元瑞雲会評議員同人、元全国書道師範連盟会員、元東京書道教育会会員、英国ではブルネル大学ギャラリー、アルバートホール等での展示、英国BBCテレビ「天皇」等があり、また「俳画」・「水墨」・「書」・「花」等の書の担当での出版物があります。東京生まれ榎本翠邑の百人一首蝉丸10番5月榎本翠邑の百人一首蝉丸10番5月百人一首10番蝉丸これやこの行くも帰るも別れては知る
輝く笑顔で人生楽しもう♪自分を癒し整えるメソッドで自分らしく心地よく生きていくおうちサロン「いとつむぎ」Satomiですホームページはこちら♪大阪のお友達から数年ぶりの連絡がありましたこれ行ってみたいんやけど、一緒に行かない?絵の個展のようで、存じ上げない画家さんと個展場所でした。場所はどこかな?…と調べてみると…あれ?すぐ近くに先日知ったばかりの関蝉丸神社がある!!😲これは呼ばれたな〜✨『かるたの聖地と珈琲と』輝く笑顔で人生楽しもう♪
百人一首10番蝉丸「これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関」現代語訳:これがまあ、(噂の)行く人も帰る人も、知っている人も知らない人も、(この地で)別れてはまた逢う、逢坂の関なのだなあ。コピペなんだこの常識的に考えて間違っている…考察甘すぎる現代解釈「逢坂の関=男女の逢瀬の話」そう考えんといかんのよ~蝉丸=逢坂の関で待つ再臨主イエス・キリスト高い身分から落ちぶれて盲目で世界の終わり一度離縁した嫁たちを待つイエス様だなだ~れも来ないで終わんだ
蝉丸(せみまる)は、平安時代前期の伝説的な歌人・琵琶の名手。逢坂の関(滋賀県大津市)に住み、行き交う人から物乞いをして暮らした盲目の風狂の徒とされる一方、醍醐天皇の第四皇子という説もある謎の人物です。百人一首の「これやこの…」の歌で知られ、芸能・音楽の神としても崇拝されています。コピぺ【小倉百人一首10】蝉丸「これやこの行くも帰るも~」盲目で身分が高いのか低いのか「謎」大津の逢坂の関に庵を建てて出家坊主めくりではジョーカー扱いの蝉丸=再臨主イエス・キリスト枕詞「逢坂の関
今日はお能の発表会でした喜多流の広島大島会で学ばせていただいていますお能と言っても今日の発表会では囃子方(太鼓、大鼓、小鼓、笛)はいらっしゃらず面も装束もつけません今日は素謡で地謡独吟仕舞の3つをやらせていただきました素謡はみなさんと一緒に本を見ながら謡いをします独吟は本を見ず一人で謡をします仕舞は地謡の方達と一緒に舞台に上がりますが一人で舞ます独吟は『天鼓』の一部分を謡いました舞台は中国です帝から鼓の名人である天鼓(子
あふもAPAも曹禺の清少納言曹禺に辶を付けタラバ🦀🙊カニ味噌汁遭遇…曹禺site:.ameblo.jphttps://www.instagram.com/reel/DWPpt9yCCUc/?igsh=ZGRiY2FuanZ0dnZv🌸上城孝嗣Takatsugu.KamijouonInstagram:"【警告】RFKJr「砂糖はクラックと同じくらい中毒性があり、あなたの体に非常に悪い。」RFKJr.が糖をクラック並みに中毒性が高く、腫瘍を成長させ、ミトコンドリアを破
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令和8年3月22日日曜日。今日の再掲は王子神社(東京北区)。王子神社は東京十社の一つ,しかも近くで仕事をしていて毎晩のように王子神社の下↓で皆と酒を飲んでいた。十社でもあるし花見の名所でもあるし散々書いたはずが…なぜか一つも記事が見付からない。載せていた鳥居の写真も覚えているのに「無い」。勝手に削除されてないか?なんて思ったりもするが,出戻り時のコンバートエラーで多くが消えた中にあったのかもしれん。それだけ古い記憶、十年以上前ということだ。そろそろ王子神社にお呼ばれか?開花宣言した
ご訪問有難うございますラン🏃♀️➡️【動】と茶道【静】に惚れ込むラン歴1年4ヶ月目、茶道は15歳から現在42歳細く永く…走り続ける…芦屋です今日は風強く寒かったけど空氣が澄んでいて綺麗な青空仕事隙間ラン🏃♀️走る前はやっぱり食べない方が私は呼吸も乱れず体も胃も軽く走りやすいなぁそうそう❣️先日知り合いから教えていただいたリサイクル着物や小物な販売されている蝉丸さんに行ってきましたGoogleMapsFindlocalbusinesses,viewma
たんたん狂歌55「さだめ」たんたん一首(10番)四連覇成るも成らぬもさだめなら泣くも泣かぬも本人の責/二重丸(2016.8.23)
百人(ひやくにん)一首(しゆ)之(の)内(うち)蝉丸(せみまる)古(こ)連(れ)や此(この)ゆくも帰(かへ)るもわ可(か)れては知(し)累(る)も志(し)らぬもあふ坂の關(せき)後撰集(ごせんしふ)雑(ざふ)の部(ぶ)尓(に)入(い)累(る)詞書(ことばがき)尓(に)あふ坂の関尓(に)菴(いほり)を作(つく)里(り)て住(すみ)多(た)り行(ゆき)可(か)ふ人を見てとあ連(れ)バ世(よ)尓(に)盲人(まうじん)也といふ説(せつ)ハ誤(あやまり)なり哥(うた)能(の)心ハこの関を行(ゆき)
『名歌名句辞典』(佐々木幸綱・復本一郎/三省堂)より選句荻原井泉水Ogiwara-Isensuiわらやふるゆきつもる藁ぶきの家に、しんしんと雪が降り積もってゆくよ。自由律俳句。Snowisfallingsteadilyonthethatchedroofhouse.Freeversehaiku.藁屋(わらや)のある句蕪村大和路の宮もわら屋もつばめかな春、大和路では、立派な神社仏閣も庶民の藁ぶきの家も、つばめが、隔てなく、巣つくり、子育て。次
魔獣戦線THEApocalypse第8話創世記エデンの園蝉丸との戦いの中真理阿を見た慎一いや違う見たこともない奴でこいつはノアと名乗ったこのノアは真理阿の血を使って源三によって作られたクローン体で慎一と出会ったことで変化を源三の持つ真理阿の血液は慎一の細胞を、使って作ったので予想外の変化が蝉丸との戦いの後慎一たち三人は船をる方逃避行は源三に知られていた新たな敵はリバイアサンとクラーケン?海の中で熱くなる慎一
こんなしがないブログに、あの大リーガーのとっておきの話が出るわけじゃなく…それに、“ケイシン”って何やねん。当ブログでの別話題でも触れており、別に見新しいネタでもありません。京阪京津線の大谷駅京阪京津(けいしん)線は、京都地下鉄の御陵(みささぎ)駅と、大津のびわ湖浜大津駅を結ぶ路線です。本文下で乗車記載せてますが、鉄的に楽しい路線でもあります。で、その路線にある駅のひとつが『大谷駅』となります。“あの大リーガー”に関わる話も含め、以下の話でいろいろ書いています。『旧
魔獣戦線THEApocalypse第7話ヨハネの黙示録我はアルファにしてオメガそのころ久留間源三は、神の血のより新しい生命体を作るロックウェルによって作られた神は慎一を狙って街を破壊富三郎と亜矢可は、東京に来ていて慎一は、神の力を持つ蝉丸の元へ蝉丸の力は慎一とは正反対の力そして蝉丸に追い詰められた慎一の前にアルファにしてオメガと名乗りホントの名はノアそしてノアの光は真理阿の光?派手なシーンが静止画のせいか?展開が早い・
ということでだいぶ放っておいたブログにやっと辿り着く。休み中に王子神社境内の末社、関神社にお参りに行った。知る人ぞ知る髪の毛、かもじや鬘の神様である。職業柄一応ね。6日は馬、が駆け上がったってことで愛宕神社まで。うん、だいぶ中央なのね。絶対馬、駆け上がれないって!!恐る恐る見下ろしてみる。こええ。。。結構待ったよ、ダルマがたくさんいたね。境内の小さい親城も回って、最後は弁天様。階段は降りる方が怖いので割愛。下の坂を降りてきた。駅近くの烏森神社を梯子して、帰る。
新年あけましておめでとうございます。皆様にとって良い年となることを願っております。お正月の風物詩の一つは『百人一首』。この撰者は藤原定家ただ一人。ここに収められた歌は、決して秀歌ばかりではない。「春」「夏」「秋」「冬」がある程度均等になるように配慮したり、「言葉の類似」や「対になる歌」などを組み合わせて構成している。その当時、本来選ばれてしかるべき人物であるが、定家が個人的に嫌った人物を排除したり、思いを寄せる女性と自身の歌が対になる歌を撰んだりしている。その時代、評価されて
関神社(川崎市中原区上小田中1-13-1)(主祭神)豊玉姫命蝉丸神社(社格等)ー(旧上小田中村の小名大ヶ谷戸の鎮守)(沿革等)原勘解由左衛門勝久(甲斐武田氏家臣原美濃守の末裔とされる)が慶長10年(1605)に当地を開墾に取り組むが難航した。日頃より信仰していた関蝉丸神社から霊示があり近江国の関蝉丸神社を勧請し創建したとの伝承がある。旧別当は宝蔵寺。*関蝉丸神社(大津市):旧郷社・国史見在社。社伝では822年創建。逢坂関(旧東海道・東山道)に上社(猿田彦命)・下
【安息日礼拝メッセージ】「それは人への裁きではなく、偶像への裁きだった」Evernoteshare.evernote.com
京阪電車大津線の上栄町。思い立ってふらりとやって来ました。無人駅と言っていい作りですね。JR大津駅も近くにあり周辺は住宅街で決して人が少ないところでは無いのですが。四両編成の電車が浜大津駅に向かって出発。浜大津というと琵琶湖で湖水浴で行くイメージですね。京都人にとって琵琶湖は海ですから。そして大津は京都以上に歴史を感じる風景がたくさんあ
【答志郡山田村とはどんな村?】山田村の戸数は昭和39年現在で149戸。室町時代には山田村と隣郷の上之郷村の郷境が分明ではなかった、という記録が残っており、村周辺部の土地の価値は、ざっくりとしていたのかも。明治時代には磯部道と呼ばれていた道が通っていた。磯部道は、的矢港道が山田村内で分岐して、上之郷村で磯部街道に接続していたというから、江戸時代もほぼ同様であったであろう。山田村南部のごく一部は海に面している。山田村には水夫(船乗り)がいたようだ。慶応2年(1866)生まれの山辺近松
【答志郡山田村才蔵の職業】伊雑宮(いざわのみや)の禰宜は、旧禰宜家の沓掛の瀬川氏、神楽人の家であった迫間の西岡氏に現存する元禄から宝暦の記録によると、禰宜は上之郷に3人、山田に1人、沓掛2人、恵利原に1人、下之郷に3人と5村におり、神楽人は山田1人、五知1人、恵利原4年、築地3人、迫間2人、穴川2人、下之郷2人と7村に散在していた。磯部組9か村のすべてに祭祀団が存在している。いずれも裕福で石高を持っていた。神楽人の最高は16.85石、最低でも2.1石。さらに持高に応じて諸役の免除もあった。西
【関蝉丸神社文書にみえる才蔵】この免許状を入手してから、資料の性格を若干調べてみた。『関蝉丸神社文書』を片っ端から読みまくった。すると18世紀末頃に書かれたと思われる「関清水蝉丸宮由緒▢」に才蔵に関する記述を見つけた。「藤原基経の末流は、諸国に数多く散乱している。その内、京都の悲田院から別れた、東江州水口の大山仁兵衛、伊勢国・津の別所与太郎、志摩国の清水才蔵、三丹では久美浜の雲八、これらの者は、小頭役であり、説教師も兼業している」(現代語訳・私)との記述があった。才蔵を名乗る芸能者が多
【本文解説6筆跡や文字の大きさなどからのアプローチ】まず気になるのは、書かれている文字が、「太く黒い文字」と「細く比較的薄い墨」で書かれた文字があること。もう少しよく観察すると、太い系文字と細い系文字の中間にあたる系の文字の3種類があることに気付く。それら文字の太さの違いは、筆の違いからきているかもしれない。つまり3種類の筆で書かれているということ。太い文字は免許状の本文で格調高く書かれている。これは、この免許状の本文が、他の同時代にあったであろう同種の免許状と同じ文面であることを示唆して
【本文解説4免許状を発行した役人たち】次の4行?宝暦弐壬申年十月役人浄膳講師正満講師浄蜜講師時代は江戸時代中期の宝暦2年(1752)10月。近松寺の政所役人として実務を担っていたであろう3人の僧侶名(浄膳講師・正満講師・浄蜜講師)が記されている。この3人の役人の序列は上位から浄密・正満・浄膳の順であろう。なぜなら正徳2年(1712)9月28日付けの「日暮八太夫本久太夫號補任状」には、右から正
【本文解説3免許状を発行した近松寺】本文解説2でも書いたが、芸能活動を許可したのは・・・。次の行からに書かれている。次の2行。関清水大明神蝉丸宮別當三井寺近松寺[印]認めたのは、山城国と近江国の国境、逢坂関近くに位置する関清水大明神蝉丸宮の別当である三井寺(園城寺)の末寺の近松寺である。三井寺と蝉丸宮との関係性は既知のことではあるが、本文書は、それを裏付ける一次資料としての価値は高い。何度も言うが、江戸時代の芸能者の参詣免許制度を考える
【本文解説2蝉丸宮参拝の許可】次の3行が本文。右以由緒古法之通社参之義依免許如件才蔵は、「右の通り、(才蔵の)由緒と、古来からの(関清水大明神蝉丸宮の)慣習や掟によって(関清水大明神蝉丸宮)への参拝を許可」されている。ということは、芸能の神である関清水大明神蝉丸宮に公式の参拝しても良い、イコール、才蔵が芸能者のして公式に認められたということを証明している。この資料は、芸能を営んでいた者が、芸能を統括する寺社の正式な免許状を取得していたことを裏
【免許状の概略】はじめに概略を述べておく。江戸時代中期に生きた、志摩国答志郡山田村(現、三重県志摩市磯部町山田)の才蔵は芸能者である。その才蔵は、音曲諸芸道の神を祀り、芸能者を統括する「関清水大明神蝉丸宮」を支配下に置く、三井寺別當近松寺(ごんしょうじ)から、参拝の許可をもらったのがこの文書である。【本文解説】本文を解説するにあたって「才蔵とはどんな人?」という切り口で説明するのが分かりやすいであろう。本文は濃い墨色で書かれている。最初の3行でこの文書の主人公である才蔵なる人物
昨日からはや師走となりました。恒例の朔日参りは日吉大社、その後京阪線で大谷駅へ。大谷は’おおたに’と普通に読みます。大谷は逢坂の関のあったところ。百人一首でお馴染みの蝉丸が隠遁した場所と言われてます蝉丸神社があります。蝉丸神社大津市に3社もあります。その3社を大谷駅から浜大津まで歩き、訪ねました。大谷から順に蝉丸神社、関蝉丸神社上社、関蝉丸神社下社です。今日は最後の関蝉丸神社下社の様子からアップします。鉄道遺産逢坂山隧道関蝉丸神社上社を後にして逢坂山を下
「5小倉百人一首(その10」今日は、顕如みなさんおはようございます紅葉がきれいですね今日は石見国(島根県)の物部神社の鎮魂祭です20時ころには島根県の方に頭を下げてください物部神社は明日(25日)が新嘗祭です収穫に感謝です新米は美味しいです(笑)シラケズニ、霜月、11月感謝の日々です(笑顔で)「小川翔護とハタラク仲間たち(OHN)」ご参加いただいた皆様、ありがとうございました鋭意準備中です、今しばらくお待ちください11月24日は