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小野龍海’s歴史塾このホームページでは歴史研究の成果を資料化して公表しています。ono-no-tatsumi.amebaownd.comさてインドラ編が終わったらヴァルナとの絡みになるそうです(笑)、ここでも序文に参考になる事が書いているのでそのまま載せますね。何の事か分かりませんねwww、読んでいくと腑に落ちる面もあるのでしょう、では読んでいきますね。あら~、この結構な秘密を書いていますね、「(ヴァルナの言葉)主権は実に、全生命を領有する君主われに属す、一切
備後国一宮素戔嗚神社広島県福山市新市町戸手1-1祇園信仰、祇園祭茅の輪くぐり発祥の地です⛩️✨鳥居の前でぺこり手水舎素戔嗚神社は祇園祭発祥の地で巨旦将来の屋敷跡と云われています巨旦将来(こたんしょうらい)は日本の伝説上の人物で蘇民将来の弟です裕福でしたが旅の途中で宿を求めた素戔嗚尊の宿泊を断ったため後に没落したと伝えられています随神門狛犬御祭神素戔嗚尊奇稲田姫命
2026.1.24参拝記録にお立ち寄り下さりありがとうございます新年の御守りをいただきに津島市津島神社へイチョウの模様がステキな蘇民将来御守りをいただきました東門前には弘法大師様が悪霊退散を祈願してお供えしたことが由来で米粉を練って丸めたものを菜種油で揚げたお菓子「あがた」「くつわ」をこれが子供の時から食べていますが歯が欠けそうなくらい硬いんですわ口の中で柔らかくしていただく優しい甘さです神社前の天王川公園内にスタバが出来て去年の藤まつりにはアイスコーヒー飲みながら藤のトンネルを
今回はこういうお題でいきます。蘇民将来とは、最古の形は『備後国風土記』の逸文に見られ、北の海に住む武塔の神(むとうのかみ)が旅をして、ある村に来た。そこで一夜の宿を借りようとしたが、裕福な弟の巨旦将来(こたんしょうらい)の家では断られた。そこで今度は貧しい兄の蘇民将来(そみんしょうらい)の家に行くと、そこでは歓待されて粟飯などをふるまわれました。そこで武塔神はお礼に、「蘇民将来の子孫と表示して、茅の輪を腰につければ疫病を逃れることができる」と教えます。はたして、その後疫病が蔓
1月19日Kaworiさんが今日は蘇民将来の祓いの日と教えてくださったので今朝はこちらから。#何故かいつもはない紅白の垂れ幕がありました昨日は二度目の夜に入る仕事の日でした。朝の仕事とは違いお客様に声をかけて記念撮影をするというサービスがあるのですが初めての前回はどんなタイミングでいったらいいかとか話しかけることに苦手意識があったのですが昨日はがんばってやってみようと思い早々に声をかけてみました。断わられても撮らせてもらえても一言二言でもお客様とのコミュ
皆さま、ご無沙汰しております。2026年を迎えましたが、いかがお過ごしでしょうか?わたしはというと、新しく仕事を初めて、新生活をエンジョイ中です。昨年から色々と意識の変化もあり、そのことについてはまた改めて書きたいと思います^^さて、画像は伊勢の注連飾り。伊勢では、お正月が終わっても注連飾りを外さない風習があります。三重県の中でも伊勢特有のものらしく、はじめて目にしたとき、氣が良くてとても素敵だなと感じました。写真はお店のものなので「千客万来」と書かれていますが、一
おはようございます。空とぶタマ子です。今日は伊勢市にある松下社のことを書きます。久しぶりに松下社にお参り。神社前が駐車場です。隣が「民話の駅蘇民」なので、お参りの後にお買い物もできます。説明。手水舎。フタありです。鳥居くぐってすぐ左側に蘇民祠があります。祭神は蘇民将来。松下社のあるここ「蘇民の森」が玄関に飾る「蘇民将来子孫家門」の発祥の地と言われています。境内を歩いて行きます。拝殿正面鳥居に来ました。拝殿横から見た本殿です。祭神は須佐之男命、菅原道真、不詳一座
長野県上田市にある信濃国分寺その中に八日堂というお堂があるのだと勘違いしていた私ですわたしが八日堂と思っていたのは大黒天堂だったようです前回にお話しした達磨に片目を入れてくださっていたところです2年ぶりに来た八日堂縁日ですが一日目の賑やかさには驚きました上田地域の方が多いのだと思いますが地元の方が心待ちにしているのがうかがえます八日堂というお堂があるわけではないのになぜこの日の縁日が開かれるようになったのでしょうか?
おつかレモンサワー前後しま酒が1月7日の夜信濃国分寺八日堂縁日スノボちゃんと行ってきましたぬ無病息災を願ってお参りして蘇民将来を買ってだるま市だるま買って屋台いろいろ買って写真ないけどシャーピン人気で、長い行列に並んで買ったぬいろいろ買ったけど、やっぱりシャーピンがいちばん美味しいだぬ家に帰っておうち屋台めし宴会無病息災を願っておいしくいただきましたぬみんな元気に暮らせま酒ように
毎年恒例の玄関外飾りは、伊勢飾り今年の木札は蘇民将来子孫之家玄関内招き猫鶴亀ツルカメ変わり鶴を折りましたリビングわっはは福助さんとお多福さん階段ちりめんタペストリー洗面台ツルトイレ1階2階鶴たくさんのおめでたい鶴亀でした㊗️
八日堂縁日寒いこんなに人くるんだってくらい人がいた!パパおみくじ大吉私は末吉いい一年になりますように〜だるまさん、いっぱい売ってました蘇民将来小さいサイズだけど買ってきましたご利益ありますように
みなさんおはようございます~(^_^)また3連休ですね、きっとあっという間に2月です廣田神社の裏側にお稲荷さんがあります屋根付きの扁額には赤土稲荷大明神とある赤鳥居が揃ってない、わかりにくいが社殿は流造りではないおきつねさんの顔が不細工特に年代物でもないやはり扁額はないが蘇民将来子孫家の注連縄がある浪速百景には「廣田星カ池稲荷」とあるなせ赤土稲荷大明神となったのか?由緒はないが廣田神社の神使がアカエからかな?境内にかろうじて楠はあるがまだ若い米倉稲荷は純粋にお稲荷さんら
おはようございます!少し前に彼からこんな事言われました・・・「年末年始、誰とも話していなくて寂しかった・・・」って・・・僕は実家に帰らないといけなかったので彼一人になるので寂しいだろうなぁーとは分かってましたが、寂しかったって言われるとちょっと悪いなぁ〜って思ってしまいました。ウチの親の事は彼に話してあるので帰らないといけないのは分かってもらってますが、僕としてもやはり好きな人と年末年始は過ごしたい気持ちはあります。まあでも来年からはどうなるか分かりませんが・・・ウチの実家事情
今日は娘を保育園に出した後、信濃国分寺の八日堂縁日に行き、蘇民将来苻を購入してきました。蘇民将来苻とは、古代より日本各地に広まった蘇民信仰、蘇民説話にもとづくお守りです。蘇民将来という慈悲深い人にあやかって、このお守りをまつる家は厄災をのがれて代々繁栄すると伝えられています。信濃国分寺の蘇民将来苻は500年以上の伝統があり、地元の方々の手作業で作られています。毎年1月7日午後から8日の八日堂大縁日にこのお守りが授与されます。この蘇民将来の原木は、木目が目立たず加工しやすいこと、薬
#上田市今年もよろしくお願いします🙇オンラインレッスンが終わって22:15納豆ご飯食べて〜えっ!23時までなの∑(゚Д゚)‼️まだ飲んで無い車でGOGO🚗💨よかった!やってたよ蘇民将来買えましたおみくじ引いていつもなら飲んで食べて歩いて帰るけど店じまいだからお家で熱燗呑みました🍶🍶#国分寺#八日堂縁日#蘇民将来#八日堂
春の七草を言えますか?七草の名前そのものが健康になる呪文なのだそう🎶京都にいた頃は祇園祭の時期に八坂神社で蘇民将来のチマキをいただき玄関にかけていました長野に移住してからは京都の祇園祭に行く勇気が出ません元々京都にいた頃も、チマキだけいただいて、サッと帰宅していました七月の京都、、、体温より高いミストサウナを思い浮かべる日々、、、あのジットリした暑さ、、、その気合いは今のところありませんさて、今朝は起きたらマイナス8度10時頃でもマイナス4度でしたが気合いをいれて
愛知県津島市の「津島神社」「津島神社」では1月4日に、無病息災などを願う「和魂社例祭」がありました拝殿前に設けた高さ3メートル位の茅の輪が、神職によりおはらいされました参拝者が、健やかな1年を祈り、8の字を描きながらくぐる「茅の輪くぐり」をしました。和魂社は「津島神社」の摂社で、古くは蘇民社とも呼ばれていました須佐之男命(すさのおのみこと)が、蘇民将来(そみんしょうらい)という人物に茅の輪を使った疫病よけを教えた、との故事に基づき、毎年4日に神事が執り行われます「茅の輪」
さて、前回は『備後国風土記』の逸文訳で恐ろしい蘇民将来伝説をご紹介しました。まず武塔神(むとうしん)という聞いたこともない神様が出て来るわけですが、原文には武塔神は北海の神であり、南海にいる神の女子を夜這いに来たと書かれています。(この牛頭天王坐像は『祇園信仰研究会』様のフリー素材です)この時点で武塔神を日本の神に想定すること自体が困難であり、蘇民将来という兄弟名(弟は巨旦将来とも)からしても和名にそぐわないところがあります。(現在は中止されている岩手県黒石寺の蘇民祭:黒石寺HPより)
2026年1月4日こんばんは大河ドラマ豊臣兄弟!が始まりました!初回から織田家筆頭格の家臣団が次々登場し今後の展開にも久しぶりに期待が持てましたねまずは桶狭間をどう描くか楽しみにしていますさて、お正月休みも今日で終わりですが1月2日の箱根駅伝往路が終わった後ちょっと変わったお守りが気になって上田市にある古刹を訪ねてきましたやって来たのは上田市の信濃国分寺聖武天皇が全国に建立を命じた国分寺の信濃国の国分寺にあたる非常に歴史のあるお寺ですちなみに、かつては少し離れた場所に
箱崎神宮のおはじき袋で買えば20個入り3000円で額装だと13000円ぐらいします貧乏人はおはじき買って自分で作りました博多人形師の方たちが作っていらっしゃいます博多おはじきとしていろいろ売られていますのでそれも面白いです箱崎神宮は20個入りだけですクリスマスの山帰来をそのままにいろいろぶら下げてみました昨年の稽古始の時に祇園の戎神社で買ったシャンシャン傘京都戎神社の代表的な飾り物です昨年の一畑薬師茶会で買った狐のおみ
今日は1月3日……お正月の三が日も、いよいよ締めくくりになりました。そして、今夜は「ウルフ・ムーン」と呼ばれる満月の日です。何でもウルフ・ムーンというのは、古いものを捨てて、新しいものに切り替えるデトックスの作用を持っているとのことで、特に今回は「かに座」の家庭運との関連が深いのだとか……僕は占星術に関して浅学なので、ただの言葉の受け売りになってしまうのですが、それでも何となく、今夜は特別な「生まれ変わりの夜」になるような予感がしています。昨日は、須賀神社に
明けましておめでとうございます。拙きブログではありますが、本年も皆様にご指導ご鞭撻を賜りながら精進して参りますので宜しくお願い申し上げます。さて大晦日は例年通り『紅白歌合戦』⇒『ゆく年くる年』を観て、深夜、氏神様にあたる近所の十二神社へ美月と初詣に出掛けました。(ハンバートハンバートの『笑ったり転んだり』は感動しました)画像のようにとても魅惑的な月夜で、今年こそ「中井英夫(塔晶夫)のような衒学的且つ幻想的なブログが書きたい」と神頼みしてしまいました。参拝が終わって十二神社の社務所(兼)
令和7年12月31日水曜日、快晴。大晦日。今日の再掲は春日大社。春日大社は…興福寺の一部、反論は却下、日本を古代から支配してきた一族の居城、悪名高い中臣鎌足の子孫_さらに邪悪さを濃縮し,日本書紀を編纂した藤原不比等が768年に建立した春日神社の総本社。奈良世界遺産の一つ。藤原不比等こそが_現代の奴隷従属生活,捏造の歴史,デタラメな神仏信仰を最初に日本へ植え付けて来た張本人。ただまぁ,春日大社と興福寺は好き。僕の記憶では東日本の神社は砂利がそんなに厚くないが…春日社の参道は足が潜っ
年神様をお迎えするための目印や依り代となるしめ飾り、飾る日は、12月28日は縁起が良いといわれています。我が家のしめ飾り主人の鎮守神社⛩️府八幡宮の蘇民将来のしめ縄をお受けしています。予約限定のようなので毎年来年の分を予約します。2027年分も予約してきました☺️しめ飾りは、神聖な場所と不浄な場所を区別し、年神様を迎える準備が整っていることを示します。しめ飾りと違うのは一年中飾っておくことです。しめ縄の中央には「蘇民将来子孫家門(そみんしょうらいしそんけのもん)」と書
もう二つ寝たらお正月です。玄関飾りの注連縄は蘇民将来にするか悩みましたが笑門にしました。夫婦二人の生活では会話と笑が少ないですからね。反省😞ところで来年は午年です。十二支で時刻を表すと子(ね)の刻は23時〜01時の時間帯になり0時です。十二支は2時間ごとに振り当てられていますので、七番目の午の刻は11時〜13時で12時です。よつて12時は正午、その前後を午前午後と言う訳で、正午の午はウマですよ。またその2時間は一つ時二つ時三つ時四つ時と四っつに分けられています。怪談で耳
Polaris友の会の皆様、おはようございますいよいよ2025年も押し迫りあと数日ですね。今年もありがとうございました!来年もどうぞよろしくお願いいたします。-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be今週はお正月(歳神様)や蘇民将来、お雑煮についてお話申し上げました。
新旧入れ替え『注連飾り』・・今日の磐余の里は、昨日とは打って変わって暖かく感じられる一日となりました。そんな中、自宅の注連縄(しめなわ)を新旧入れ替える作業を行いました。作業といっても、玄関内側に飾っていた注連縄を外し、旧年の御札とともに氏神様へ持参し、焚き上げていただく準備をするだけのことです。毎年この時期になると、我が家には新旧二つの注連縄が並びます。正月に玄関へ注連飾りを掛けると、不思議と気持ちが引き締まるものです。写真は、その新旧二つの注連縄です。我が家の注連縄は、父の代から
【序】銀座、喧騒の先の「本物」へクリスマスシーズンの足音が聞こえる頃、久々に東京での仕事を終えました。その帰り道、友人と妻を連れて、夜の銀座へと「出没」してきました。銀座の象徴といえば、やはり和光の時計塔ですね。あの重厚な佇まいを目にすると、ここが単なる商業地ではなく、積み重ねられた歴史と「格式」の場所であることを再確認させられます。昨今、YouTubeなどで外資系の高級ホテルをこぞってレポートする光景をよく目にしますが、本来、そうした場所は「ただ撮って載せればいい
茅の輪をくぐろう!20240630投稿蘇民将来とは中国の民間信仰、ごおんしん信仰という疫病から逃れるために東西南北中の五つの方角に人物を祀る信仰や仏教や道教と接触して泰山府君の部下であるごどうたいしんという神と結び付いた、泰山府君は冥界の神でもある、死魂(亡者=鬼)というのは結構日本人でもわかるはず、私が聞いた話は「牛頭天王という神様とハリサイジョという神様の話、兄弟の茅の輪で助かる説話にもこたんしょうらいはお金持ちで牛頭天王が一晩止めてほしいと言ったら断り、蘇民将来は貧乏だけど牛頭天王を一晩
一般的にしめ飾りは松の内だけですが伊勢のしめ飾りは一年中お祀ります今お祀りしているしめ飾りは一年経過で藁は茶色でだいだいは黒ずんでいますその昔、旅の途中のスサノオノ命が伊勢の地に差し掛かった時、日がどっぷりと暮れてしまい、泊まる宿を探すのに困り果てていました。そんなスサノオノ命に対して里の長者の巨旦将来は冷たい態度で突き放しました。しかし、貧しくとも心豊かな蘇民将来は、スサノオノ命をこころよく向かい入れできる限り温かくもてなしました。その夜眠りについたスサノオノ命は夢