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今日は、金剛山登山を休み、家族そろって、和歌山・マリーナシティーに行ってきました。妻から、「マリーナーシティー」と聞いた時、「なんで、そんなつまらんとこやねん!」と思っていました。かれこれ15年くらい前、マリーナーシティーで、税理士の研修会があり、昼食は、黒潮市場で海鮮丼を食べ、当時「ショボ!」と思ったことを記憶しています。一方、研修終了間際の質疑応答で、女性税理士から「税務調査の際、納税者が自ら命を絶った。」という生々しい話を涙しながら発言していたことは今でもハッキリと覚えて
最終日は、どんどん北上して行きます。レンタカーを泉佐野に19時までに返して、関空21時の便に乗ります。田辺市を過ぎ、私がフォローしている梅農家さんのみなべ町を過ぎ、ここはどこ?湯浅駅へ。この駅の駐車場に車を止めて、つるやさんへ。ここで朝食ゲットお稲荷さんと鱧の押し寿司と酒饅頭車の中で食べました。鱧の押し寿司もお稲荷さんも、しっかりした甘さだけれどすごく美味しいそれにしてもオットのリサーチ力というか食に対するエネルギーにびっくり。左手に海を見ながら進みます。その頃、ムスメオ
令和8年7月11日(土)道成寺から藤白神社へと向かう。阪和自動車道を和歌山方面に向かう。川辺IC⇒海南IC藤白神社は山手にあり、阪和自動車道が間近を走る。熊野古道入口となる藤白坂あるなど、熊野古道拠点となる神社となる。〈藤白神社〉北側入口の鳥居。史跡藤白王子跡。熊野古道起点となる場所。塩釜神社、秋葉神社、住吉神社、祇園神社。巳神社。恵比寿神社。茅の輪。拝殿・本殿。主祭神饒速日命。藤白神社境内図(奉納品)。境内。休憩所。ステージに変更され、イベントが行われる時も
アロマリンパケアサロンHeartTherapy[はーとせらぴー]高橋浩子です久しぶりに和歌山へ今回は日帰りで出かけてきましたまずは藤白神社さんへおおきな楠のご神木がたくさんの緑清々しい神社さんこちらの雰囲気が好きでなんどか参拝させていただいてます熊野の入り口熊野一の鳥居とも称されています御祭神は熊野坐大神(くまのにますおおかみ)速玉男命(はやたまおのみこと)饒速日命(にぎはやのひのみこと)の御三柱この日、語り部デ
JOURNAL/April2026✧素晴らしいご縁を育むために-CultivatingBeautifulConnections-✦『まるでシータ波のレシーバー:3年前に脳のOSが書き換わった私の、数理的日常』(こちらの不思議なお話は、この記事の最後にリンクを貼らせていただいています)「人生には、数十年という歳月をかけてようやく解ける伏線があります。10歳のあの日、私が手渡した一束の花。それが時を超え、一族の誇りを取り戻すための旅の始まりだったとは、その時の私は
今回は、江戸時代「和歌山城下~海南」間に「海辺を通る新しい道」が造られ、こちらが主街道となった事から、熊野古道は廃れてしまい、その道筋や王子跡等は、ハッキリしない箇所の多いコースです。3/14「布施屋駅」に戻り、前回の終了地点「自治会館」前から、歩き始めるとすぐに「㉙川端王子跡」です。布施屋に「渡し場」が造られた頃の、新しい王子で、かっては少し「西を通っていた熊野古道」から、移転したようです。狭い境内には、小さな祠と常夜燈(江戸期)がありました。細い道を暫く進むと、三叉路に「小
☆我が家を守って下さる熊野一の鳥居の藤白神社その昔現在の海南市鳥居に大鳥居が有ったそうな!、どの辺りに有ったのかご存知の方は教えてね!本殿前の鳥居を潜るとまず現れる枝垂れ桜市内を見下ろすように咲き誇るソメイヨシノ(^o^)
TOP-神社・仏閣-和歌山県-海南市-藤白神社神社仏閣めぐりで和歌山県海南市の藤白神社を訪れた。神社名藤白神社(ふじしろじんじゃ)旧社格旧県社鎮座地和歌山県海南市藤白466Googleマップ緯度・経度34°08'40.6"N135°12'33.5"E34.144596,135.209317御祭神饒速日命創建景行天皇5年御神徳参拝日2026年(令和08年)年04月03日・神仏霊場巡拝の道第7番(引用)ウィキペディア(Wikipedia)九十
今回は和歌山県海南市に京都から3時間の旅でしたまずは海南駅から2㌔の藤白神社からスタートやぁ藤白神社【ふじしろじんじゃ】海南市街を眼下に、遠く和歌の浦をみはるかす万葉の古地「藤白のみ坂」の入口に位置し、楠の大樹に抱かれた当社の由緒は古く、景光天皇5年の鎮座に始まり、斉明天皇が牟婁の湯(現在の白浜温泉)行幸の時に神祠を創建されたと伝わります。平安時代の終わり頃には熊野から移り住んだ鈴木氏が全国に熊野信仰を流布する拠点とし、熊野九十九王子の中でも別格とされた五体王子の藤白王子として栄
最近、毎日のように行ってるインド料理というか、カフェのような店のママが、温泉に行きたいって話してて、私も温泉行きたいなあという話をしてたら、海南市の介護付き老人ホームから一般開放した温泉が良かったというので、早速行ってみました。行ってみました、と言っても、実は行くまでに葛藤があったんですが、ここは身体を回復させること、自分を大事にすることを選択しました。とはいえ、ついつい、神社仏閣を探してしまいます。近くにありそうなのは藤白神社でした。そこから上の岩峰寺も気になったので登って行くことにしました
Hyväähuomentaおはようございます♪お訪ねくださってありがとうございます😊旅好き好奇心旺盛人生航路を開く通訳案内士Tinaです😸2日目はホテルからマイクロバスまずは和歌浦東照宮和歌山市、重要文化財の神社「紀州東照宮」厄除け、お宮参り、安産祈願紀州東照宮(きしゅうとうしょうぐう)公式サイト|和歌山市、国の重要文化財にも指定されている神社。約400年の歴史と伝統を持ち、当国有数の名勝として伝承されています。心願成就・地鎮祭、厄除け、お宮参り、安産祈願など様々なご祈
2月27日金曜日和歌山の海南に知人に会いに行きました。海南市はみかん・お菓子発祥の地らしいです。知人との待ち合わせは夕方でしたので、それまで藤白神社にお詣りに行くことにしました。熊野古道を歩き熊野一の鳥居跡ここは熊野古道(小栗街道)と近世の熊野街道との合流点にあたります。『紀伊続風土記』に熊野一の鳥居があったこと、地名「鳥居」の由来もこれに記されています。鳥居のすぐそばに「祓戸王子(鳥居王子)」があり、そこで垢離をとり心身を清め、熊野の聖域に入っていったのでした。一の鳥居は天文
ぴょんぴょん亭うさぎです2026年新しい年になりました今年もがんばっていきたいと思います2026年初の出番『第三回楠の木寄席』明日1月3日(土)10時開演海南市藤白神社儀式殿毎年恒例で出演させていただいていますどうぞお運びくださいませよろしくお願いいたします
2025年12月7日、玉津嶋神社・塩竈神社に続いて、藤白神社に行ってきました世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の紀伊路にある藤白王子跡、五躰王子のひとつです。しかし、私のお目当ては、藤白坂で処刑された有馬皇子でした。すぐ近くに鈴木屋敷がありました。
ども!今回はちょこっとだけ山歩き和歌山県海南市の藤白神社〜熊野古道藤白坂へ!まずは藤白神社に参拝しましょう♪大きな楠が迎えてくれます。藤白神社・藤白王子跡藤白神社は、熊野参詣の途上で儀礼を行う場所「王子」でした。分かりやすく言えば、熊野参詣道の途中にあるチェックポイント。その中でも熊野聖域への入口・起点と位置付けられる格式高い場所です。(ᎻPより抜粋)しっかりお参りしましたこの辺りは鈴木姓発祥の地なんだとか藤白王子と周辺熊野古道を管理してた藤白鈴木氏が発祥なんだそうです
博物館や資料館などに行くとたまに目にする名前、南方熊楠。「知の巨人」との異名は有名ですが、イマイチ実体がつかめないでおりました。今回、南方熊楠記念館に行き、だいぶ熊楠への理解が深まったように思います。幼少時からの超人的な記憶力や飽くなき自然採集への熱意をみると、彼は今で言うギフテッドだったのではないかと思われます。自然の中で次々と粘菌を見つけるなんて、どれだけ視力が良くて、どれだけ集中力があるのでしょう?凡人の私には想像もつきません。東大に入学しながら講義に興味を示さず退
今日もおやつ姫の国にようこそ海鮮食堂つなや海南店海鮮ユッケ丼ランチ山芋のすりおろしこんにゃくの煮物お味噌汁付き見た目で選んだけど甘辛だれだったので美味しさ半減した気分ボリューミーだったけどね1529円(税込)ランチの前に藤白神社へ⛩️実家の神様とお稲荷さん仕舞いをするため祠とお神札を納めに行きました事前に電話で問合せしていたので社務所に行くとすぐに受け取ってくれましたこのご時世神棚やお稲荷さん仕舞いは簡素化されて自宅に神主さんに来てもらわなくても祠
頭痛と鼻水、せきが出てきました。(T_T)寝ているしかないです。高野山の次は、鈴木屋敷に寄りました。鈴木さんの先祖だそうです。海南というところらしい。左は、紀ノ川。藤白神社のそば。4時までで、閉館でした。4時すぎに着きました。(T_T)また来るしかないね~神社の受付の方がまだ残っていて、お守りが購入できました。ガソリンが安くなりました。ホテルに戻ります。WOWOWプライムでやっていた『天行健』を見ます。こっちは、『安寧録』かな?いつか見られる日が来ますように。2泊
全国鈴木さんの宗家。現代の鈴木さんが直系の先祖をぐんぐんさかのぼっていくと、ここにたどりつくといわれる和歌山・南海市の鈴木屋敷。先祖で有名なのは、義経の家来だった鈴木三郎重家。この紀州藤白の元祖の家系。さらに遡ると古代には熊野(新宮市)を根拠とする同族集団だったそうです。重家は、頼朝に追われ奥州から最後は羽後(秋田)に落ち延びて分家を創設。東北も鈴木姓が多い。鈴木が多いのは、代々、熊野神社の神官を務めていたから。そもそも藤白は、京の皇族、貴族の信仰が篤かった熊野参詣の要所。ここの鈴
和歌山県海南市、熊野九十九王子の一つ藤白王子跡藤白神社熊野から移り住んだ鈴木氏が、全国に熊野信仰を流布する拠点とした場所です。コアラっぽい狛犬さん私好み御祭神饒速日命・熊野坐大神・熊野速玉大神熊野夫須美大神・天照大神・祓戸大神境内社円座石龍神社子守楠神社座敷童子が座ってそうな気がしてめっちゃ見上げて見た(そんな気がするってだけね)授与品シューっと霧状に出ていい感じ御朱印をいただきに行くと、宮司さんが通常は外からしか見られない権現堂の仏像を今日はボランテ
おはようございます。いつも訪れてくれてありがとうございます。日曜日、おかし祭りに行ったときに少し行ったところにある”鈴木屋敷”に行ってみました。ここは全国の鈴木さんの会のご本家さんです。駐車場から回り込んで正面へ。落ち付いた感じの建物です。中に入って上がるとすぐに見える五月人形。百年以上経っているとは思えない位手入れされています。部屋から垣間見える外も緑がいっぱい。濡れ縁から庭を見るとそう広くないはずの庭ですが、奥行きを感じる造りとなっ
藤白神社へ広い駐車場あります。駐車場から歩いてすぐです。鳥居をくぐります。藤白神社には大きなクスノキがたくさんあって天然記念物になってます。鳥居くぐり右側に大きな御神木があります。見上げてみるとこんな感じです。正面にまわると拝殿あります。子守楠神社です。説明。離れて見てみるとこんな感じです。鳥居くぐり左側にも御神木があります。こんな感じです。聖皇三代重ね石のところにも大きな御神木があります。こんな感じです。大きい木は少し離れた方がわかりやすいですね。お水出てます
一昨日の中秋の名月はキレイでした。この週末は、熊野古道・紀伊路の藤白坂のご案内でした。最初はいい感じの天気だったのですが……、だんだん天気が怪しくなり……、とうとう本格的な雨になりました。視界が真っ白で何も見えない!藤白坂を登り上がった地蔵峰寺(じぞうぶじ)には石造地蔵菩薩が安置。14世紀の創作。台座を入れて3.2m、像の高さだけでも1.5mの大きさ。像は一塊の砂岩から掘り出されています。頂上辺りの地面の組成とは異なるもので、明らかに山の麓から運び込まれたもの。巨
今日は、藤白神社、日前神宮、国懸神宮⛩️へお詣りに行ってきました。藤白神社(藤白王子跡Museum)今年の8月から【博物館】になったそうです。立派な御神木でした。藤白神社へ到着すると、語り部の会の方が案内をしてくださいました🙏🏻権現堂(土日祝のみ開館)900年ぐらい前(平安時代末期)に造られた仏像です。間近でお詣りすることができます🙏🏻藤白神社をお詣り後、和歌山の海の幸を頂きました😋🙏🏻日前(ひのくま)神宮、国懸(くにかかす)神宮こちらは、初めて来ました。本殿はこの先にあ
令和7年8月24日(日)今回は、和歌山市周辺の藤白神社、紀三井寺、竈山神社、根來寺、粉河寺と巡拝することにした。先ずは、海南市にある藤白神社に向かう。07:30前頃自宅を出発する。高速道路を利用する。第二京阪道路⇒近畿自動車道⇒阪和自動車道⇒海南ICで高速を降りる。09:50頃に藤白神社に到着する。〈藤白神社〉北側の鳥居。駐車場が点在する。それぞれ10台くらいずつ。手水舎。由緒書き。藤白王子跡。熊野古道の入口に位置する。塩釜神社、住吉神社、秋葉神社、祇園神社。楠の御
藤白神社和歌山県海南市藤白神社-Wikipediaja.wikipedia.org御祭神饒速日命御配神天照大神熊野坐神、熊野速玉神、熊野夫須美神祓戸大神当神社の主祭神、饒速日命を祖神とする穂積氏の嫡流藤白鈴木氏が社家として代々神職を務めた。また、後にはここを拠点として全国に熊野信仰を広めていくこととなる。藤白神社は鈴木屋敷の駐車場の向かいですクスノキの御神木がたくさんあります見事です!クスノキの御神木といえば大阪の阿部王子神社も有
人間ドックの結果が郵送で届いた帰宅時間を狙うがごとく同僚のウッキ-さんからLINEが来て…この1年好き勝手な食生活を送っていたら結果にコミットしてたよ数点見事にねドックの後から食生活改善始めました3か月後の受診迄にどうなるかな(*ゝ∀・)v<ガンバルネ♪👇から『和歌山県道成寺神仏霊場和歌山6番』5月も終盤早いね去年より春を体感してます。休みの日は窓を開けて風を感じとにかく掃除するのに動ける湿度もちょうど良いし最近、皆さんのブログを読んで花の写真を…amebl
おはようございます(´・ω・`)なかなか更新できずに申し訳なく思います🙇多忙と時間の都合で散策に行けず…気づけば桜も散り…なのに、北は寒波異常気象半端ないですねまた御朱印のみになります。何とか合間を縫って散策に行けましたが、やっぱり物足りないですね多賀神社(和歌山市十番丁)『【画像差替】多賀神社(和歌山市十番丁)』おはようございます豪雨です通勤中…ハコバンに乗ったおばちゃんがせっせと缶拾いその後ろには缶拾いを確認する市役所の車が…通報でもあったんでしょうね。ゴミ収集場の…ame
☆有間皇子墓紀伊国名草郡和歌山県海南市藤白(P無し、藤白神社から200m足らず)政争に巻き込まれ、19歳の若さでこの世を去った悲運の皇子、有間皇子が絞首刑に遭ったとされる伝承地。一角には「有間皇子之墓」と刻まれた石碑が立てられ、脇には万葉学者の佐佐木信綱氏筆による、皇子が詠んだ歌碑が設けられています。この時代であれば、墳墓が別に存在するのであろうと思われます。殯(もがり)の行われた場所とは別に墳墓が築造されました。また改葬も頻繁に行われています。同じく謀叛の罪に問われた大津皇子の墓
藤白神社紀伊国名草郡和歌山県海南市藤白466(P有)■旧社格県社■祭神饒速日命[配祀(本地仏)]熊野坐大神(家津御子大神)熊野速玉大神(伊弉諾尊)熊野夫須美大神(伊弉冉尊)天照大神熊野古道の「藤白坂」の入口、丘陵上に鎮座する社。かつては「黒牛潟」と万葉集にも歌われた、海に面した風光明媚な地であったとされます。悲劇の有馬皇子を祀ることや、藤白王子であったこと、「千年楠」や、「鈴木」姓発祥地など見所の多い社。◎創建は第35代斉明天皇が「牟婁の湯(むろのゆ)」(白浜湯崎温泉