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故郷浜松から、日本全国、そして海外へ歌と愛をお届けしているシンガーときどきソングライター太田幸希ですVol.166作曲コンペで優秀賞をいただきました日本音楽著作家連合開催第40回藤田まさと記念新作歌謡作品コンクール「作曲」部門で、優秀賞と佳作をいただきました。https://x.com/koki_ota_singer/status/2031354936668418252?s=46&t=KzQAaXnXJMKn3AZl9hMNew嬉しい🫶昨年は佳作でしたが、今年は優秀賞
今は夜は父に付き添って寝てるけど、父は深夜でもラジオつけっ放しで寝てるよっ♪毎晩「ラジオ深夜便」流して寝てるよっ♪今夜の3時台は「作家で綴る流行歌:藤田まさと作品集」だったよっ♪<セットリスト>東海林太郎「旅笠道中」東海林太郎「お駒恋姿」高田浩吉「大江戸出世小唄」新橋喜代三「明治一代女」上原敏「流転」上原敏・青葉笙子「鴛鴦道中」田端義夫「大利根月夜」鶴田浩二「花薫る東京」美空ひばり「ある女の詩(うた)」木村友衛「浪花節だよ人生は」菊池章子「岸壁の母」懐かしい名曲
るそんべえです。「岸壁の母」とは、第2次大戦後、ソ連の拘留から解放され戻ってくる息子を桟橋で待つ母親をマスコミが取り上げた言葉から始まっています。以後、この状況をモデルにして、流行歌と映画が生まれています。実際のモデルとなった方が、端野いせという方でした。結局、息子の帰還を信じていましたが、結局帰還せず、息子の生存を信じながら亡くなったそうです。流行歌のほうは、菊池章子が歌い100万枚以上の大ヒットとなりました。そのため紅白歌合戦の第6回に彼女自身で歌われています。作詞の藤
昨日、新歌舞伎座で初日を迎えた「梅沢富美男研ナオコ特別公演」に出演されている竜小太郎さんが第二部の歌謡オンステージで歌われた「裸の月」が素敵な曲でしたのでCDを購入させてもらいました。2007年8月22日に徳間ジャパンコミュニケーションズから発売されたCDで第21回(2006年)藤田まさと記念新作歌謡詩・曲コンクール優秀作品です。
「新・BS日本のうた」収録https://ameblo.jp/keisukeyamauchi-blog/entry-12837203493.html恵介さんおはようございます💓今日はお久しぶりの雨の日曜日☂️しとしと、、、と、心落ち着く☂️各々の過ごし方で、☂️の捉え方も様々ですね。恵介さーん💓待望の新曲が、産声を、、、👏お聞きしました🙏まず、一度目に聴いた時の感想ですが、サウンドが独り歩きしていて、素敵な恵介さんの声と歌詞が埋もれている、、
おはようございます。出演作が全てヒット中の大物映画俳優、トリです(実際には、エキストラもやったことがありません)。大学の先輩に、鶴田浩二という人がいる。中退されているうえ、ずいぶん昔の人で、もちろん在学期間などかぶっていないものの、あえて鶴田先輩と呼ばせてもらう。今では存在すら知られていない可能性があるが、鶴田先輩は、石原裕次郎などよりも一時代前のスターである。しかし、裕次郎など足元にも及ばないくらいの人気ぶりであった。難聴だったのに歌も上手くて、ヒット曲がいくつもある。
★全曲へのリンクリストは←こちら~~♪あのときあそこでこの歌を…♪~~「明治一代女」とらカラNo.545作詞:藤田まさと、作曲:大村能章、唄:新橋喜代三、カバー:とらじろう昭和10(1935)年歌発表。レーベル:日本ポリドール。川口松太郎の小説『明治一代女』が原作で、昭和30(1955)年に公開された伊藤大輔監督の日本映画『明治一代女』の主題歌。新橋喜代三(しんばしきよぞう、本名:中山嘉子(作曲家中山晋平の後妻)、鹿児島県の種子島出身、旧姓名は今村タネ、1903/10/1
先日、出演した、秋田市・東海林太郎音楽祭の続きです。会場は、秋田のあきた芸術劇場。私は、鼎談の司会でした。ゲストは、日本大学教授・刑部芳則先生と、弘前学院大学講師・井上裕太先生。東海林太郎さんの魅力、それから、今後の可能性など、大いに盛り上がる鼎談となりました。↓公演前に、新しく完成した、東海林さんの直立不動像を見に行きました。刑部先生と記念撮影!↓その脇に、歌碑もありました。東海林さんのヒット曲がボタンを押すと流れます。結
親父の父親は自分が小学生の時に他界している。祖父母が孫が小さいうちに他界するというのは昭和の時代には普通のことだった。父方祖父が他界したのが1980年、72歳で。当時の日本の医学界にはガンに対する有効な治療法などほぼ皆無で、祖父も札幌の大きい病院で開腹手術をしたが、開いて「こりゃどうすることもできん」となり閉じて終わったと聞いている。自分の祖父母たちの世代は、ざっくりいうと明治の終わり頃に生まれた人たちだ。自分の時代はまだ、おじいちゃんおばあちゃんと言えば明治生まれ。子供心には「はるか昔に
藤田まさと(ふじたまさと/本名:藤田正人/1908年5月12日~1982年8月16日)は、日本の作詞家。1908(明治41)年5月12日、藤田正人は、静岡県榛原郡川崎町(現:牧之原市)細江にて生まれる。1918(大正7)年、小学校3年を修了と同時に9歳で旧満州の遼寧(辽宁:りゃおにん)省大連に渡る。大連では私塾「振東学社」に入り、恩師金子雪斎翁の最年少塾生となる。先輩同窓に緒方竹虎、中野正剛、長谷川竣、進藤一馬などがいる。その後、大連商業に進学。大連商在学中は柔道、野球を得意と
沼津の鰻屋「京丸」さんに行きました。熱海の福屋寄席の席亭、橋村さんとご一緒です。鰻のオブジェの前で記念撮影。↓鰻重は、1匹半!ボリューム満点です。ごちそうさまでした!美味しかったです!【たけ平今日の一曲】~東海林太郎「旅笠道中」~静岡県出身の作詞家の先生に、藤田まさとさんがいらっしゃいます。明治41年生まれ。昭和10年代にヒット曲を飛ばし、そして、晩年、昭和50年代には、「浪花節だよ人生は」のヒットもあります!息の長い作詞
★全曲へのリンクリストは←こちら~~♪あのときあそこでこの歌を…♪~~「妻恋道中」とらカラ487作詞:藤田まさと、作曲:阿部武雄、唄:上原敏、カバー:とらじろう昭和12(1927)年4月発売。(レーベル:ポリドール)上原敏(本名:松本力治、1908/08/26-1944/07/29、秋田県出身、専修大学卒業、1942年の召集令状でニューギニアに赴く、35歳没(戦病死又は戦死))は戦前の流行歌手。東海林太郎は同じ会社の同僚としてその死を悼み「上原君はどうも帰って来られなくなった
★とらカラ全曲へのリンクリストは←こちら~~♪あのときあそこでこの歌を…♪~~「傷だらけの人生」とらカラ432作詞:藤田まさと、作曲:吉田正、唄:鶴田浩二、カバー:とらじろう昭和45年(1970)12月25日に鶴田浩二16枚目のシングルシングル発売。(レーベル:ビクターレコード)翌1971年には100万枚以上を売る大ヒットとなった。第13回日本レコード大賞・大衆賞受賞。第4回日本有線大賞受賞。昭和4年の大阪・天満を舞台にヤクザ達の姿を描く東映制作の映画、鶴田浩二主演
鴨川シーワルドで「ナイトアドベンチャー」に参加しました普段見ることが出来ない夜の水族館を飼育員の方が案内してくれて、解説もしてくれるイベント!夜に見る海の生き物たちは、とても新鮮でしたそして…ペンギンのエリアに、直立不動のペンギンがいました…その立ち姿は、歌手・東海林太郎さんにしか見えず、勝手に「東海林太郎ペンギン」と名付けました(笑)ちなみに、東海林太郎ペンギン、昼間はこんな感じ。夜に見た東海林太郎ペンギンと同じかは分かりませんが、同じ場
★全曲へのリンクリストは←こちら~~♪あのときあそこでこの歌を…♪~~「鴛鴦道中」とらカラ330作詩:藤田まさと、作曲:阿部武雄、唄:上原敏・青葉笙子、カバー:とらじろう昭和13年(1938)1月発売。(レーベル:POLYDOR)、いる東海林太郎とのデュエット盤もある。上原敏(本名:松本力治、1908/8/26-1944/7/29、35歳没)は、秋田県出身の歌手で昭和10年代に一世を風靡した。青葉笙子(しょうこ)(本名:小野寺貞子(ていこ)、1918/3/21-2012/
★全曲へのリンクリストは←こちら~~♪あのときあそこでこの歌を…♪~~「大江戸出世小唄」とらカラ315作詞:藤田まさと、作曲:杵屋正一郎、唄:高田浩吉、カバー:とらじろう昭和10年(1935)発売。(レーベル:ポリドール)高田浩吉(本名:梶浦武一、1911/11/7-1998/5/19、86歳没)は、兵庫県川辺郡園田村(現在の尼崎市東園田町)生まれの「歌う映画スター」第1号として知られる俳優、歌手。高田浩吉には実娘に高田美和、孫に大浦龍宇一の著名人がいる。1935年の松竹
★全曲へのリンクリストは←こちら~~♪あのときあそこでこの歌を…♪~~「浪花節だよ人生は」とらカラ258作詩:藤田まさと、作曲:四方章人、唄:細川たかし、カバー:とらじろうこの曲は小野由紀子が最初に歌い、のちに二代目木村友衛(女性浪曲師・歌手)が歌って人気を得る。その後、細川たかし、水前寺清子など多くの歌手にカバーされて有名になった。小野由紀子盤から10年で各社競作によるレコード累計売上は140万枚に達した。昭和59年(1984)8月21日、細川盤シングル発売。=※◎※=
★全曲へのリンクリストは←こちら~~♪あのときあそこでこの歌を…♪~~「岸壁の母」とらカラ241作詩:藤田まさと、作曲:平川浪竜、唄:二葉百合子、カバー:とらじろう昭和29年(1954)9月テイチクレコードから発売。岸壁の母とは第二次世界大戦後ソ連によるシベリア抑留から解放されて引揚船で帰ってくる息子の帰りを待つ母親をマスコミ等がこう呼んだ。その一人である端野いせをモデルとした楽曲、映画のタイトルともなった。端野いせ(1899/9/15-1981/7/1、81歳没)引
中央公論新社さんから出版されている浅田次郎先生の『流人道中記』。この作品が、オトバンクさんによってオーディオブック化されます音で聴く、名作です。この朗読という大役をやらせていただくことになりました!上下巻全て、私が朗読します。とても光栄です。気を引き締めて、挑みます!先日、第1回目の収録がありました。中央公論新社の関知良さんです。収録進行を見守ってくださいます。そして、担当ディレクターは、オトバンクの伊藤さんです。発音やイント
★全曲へのリンクリストは←こちら~~♪あのときあそこでこの歌を…♪~~「旅笠道中」とらカラ212作詞:藤田まさと、作曲:大村能章、唄:東海林太郎、カバー:とらじろう昭和10年(1935)2月28日公開の映画、清水の次郎長若き日の物語『東海の顔役』の主題歌。東海林太郎(1898/12/11-1972/10/4、享年73)は、秋田県秋田市台所町生まれの歌手。ロイド眼鏡に燕尾服、直立不動で歌う特徴があった。受賞・受章歴は、昭和40年(1965)紫綬褒章。同年に第7回日本レコード大
★全曲リンクリストは←こちら~~♪あのときあそこでこの歌を…♪~~「流転」とらカラ114作詞:藤田まさと、作曲:阿部武雄、唄:上原敏、カバー:とらじろう昭和12年(1937)の松竹映画『流転』の主題歌。レコードは同7月発売。上原敏(びん)(本名:松本力治、秋田県北秋田郡大館町出身、1908/8/26-1944/7/29、35歳没)は、戦前に活躍した流行歌手。最終学歴は専修大学卒業。股旅もの、マドロスもの、たよりもの、戦時歌謡といった幅広いジャンルを上手く歌い分けた。二十一
★全曲リンクリストは←こちら~~♪あのときあそこでこの歌を…♪~~「親子舟唄」とらカラ050作詞:藤田まさと、作曲:大久保徳二郎、唄:田端義夫・白鳥みづえ、カバー:とらじろう田端義夫(本名:田畑義夫、1919‐2013)。愛称はバタヤン。昭和13年ポリドールレコードのアマチュア歌謡コンクールに出場することを姉から勧められ優勝。威勢のよい「オースッ!」の挨拶は、同居の書生の挨拶がヒント。「同じキーで歌うことで声に張りが出る、下げたら歌が沈んで別物になる。同じキーで歌えなくな
仮面ライダージオウの最終回。久々に一年間、見通した。あっという間の30分でした。日曜午前の過ごし癖で、またインターネット上のエロ動画を見まくってしまいました。淫乱な午前を過ごし、部屋の掃除を済ませて、外出する。まずは日暮里の馬賊でチャーシューメンと餃子をいただく。コシの強い小麦感満載の麺と餃子、そしてチャーシューが美味。満腹を少しでも消化するため、いつもの鶯谷までの散歩コース。いつも生き損ねていたDr.Cafeに行きました。いかにも人妻たちのキッチンというような
いいねしてくれた方のブログを見に行ったら藤田まさと賞の記事がありました。藤田まさとさん作曲家の長津義司先生の特集番組に友人代表で来られたのをおぼえているよ。ずいぶん昔だけどね。それでトップは藤田・長津コンビの「大利根月夜」からだとパタヤンが例のスタイルで出てきて三波春夫はこれも例の「お客様は神様です」のえびす顔で「チャンチキおけさ」「十三夜」は誰か芸者姿の人榎本美佐江が歌ったのかなぁ?長津先生の特集だから今あげた中で「大利根月夜」以外は別の
💈男前製作所牧之原市静波の散髪屋丹治です💈【ヘアサロンタンジ☆公式LINE@】↓↓↓↓↓https://line.me/R/ti/p/%40xat.0000131683.qjh「友だち追加」から登録してね♪【ヘアサロンタンジ☆公式ホームページ】↓↓↓↓↓https://riyou.jp/city/shizuoka/22226/25165/☆定休日や臨時休業のお知らせを
みずき舞「港の雨は女の涙」(作詞・古川悦子、作曲・村田耕一)「ほろ酔いホタル」(作詞・岬坊真明、作曲・山口正光)~カップリング曲~(2017年6月21日発売)第31回藤田まさと記念新作歌謡作品コンクール「グランプリ」受賞作品!日本音楽著作家連合主催による全国規模のコンクールで選出された、最優秀曲2曲をリリース。ドラマチックな歌謡演歌「港の雨は女の涙」、ほのぼのと口ずさみたくなるしあわせ演歌「ほろ酔いホタル」、共にグランプリにふさわしいクオリティーの楽
↑嫁たん♡水森かおり嬢の昨日なブログ♡支えて支えられて。支えられて支えて。この超良好なファンとかおりの間柄こさえたのはかおり。かおり。清流のよな美しい清い心でもって誠実にひたむきにそして正直に生きたかおり。それはかおりの歌歴史を見ればわかること。この道に一段抜かしはない。わかること。ありがとうの花束を。だから。お返しに俺らからもありがとうの花束を。心が見える歌手・水森かおりが俺は好きだ。俺コメは愛なコメ!55.改めて、愛と愛がと♡を。大好きなかおりちゃんへ。かお
岸壁の母二葉百合子1976年(昭和51年)6月28日付けオリコン・ランキング1位ビューティフル・サンデーダニエル・ブーン2位きらめき野口五郎3位赤いハイヒール太田裕美4位わかって下さい因幡晃5位夏にご用心桜田淳子6位ジャガー西城秀樹7位北の宿から都はるみ8位岸壁の母二葉百合子9位夏が来た!キャンディーズ10位オー・マリヤーナ/ビューティフル・サンデー田中星児岸壁の母戦後31年経ったこの年、戦地から引き上げて来るはずの我が子を待