ブログ記事443件
『キネマの天地』映画トーキー135分カラー昭和六十一年(1986年)八月二日封切製作国日本製作言語日本語製作会社・配給松竹製作総指揮奥山融製作野村芳太郎プロデュ―サー杉崎重美升本喜年島津清プロダクションコーディネーター内藤誠田中康義脚本井上ひさし山田太一朝間義隆撮影高羽哲夫音楽山本直純美術出川三男録音鈴
ヒロインの美月の支えとなり、映画への道へと導いていく、老舗旅館椿屋の従業員。複雑な家庭環境の中で、つなぎ役になって行くのではないでしょうか。藤山直美さんは、松竹の喜劇王と呼ばれた藤山寛美さんの娘さんで、子供時代から役者としてお芝居に出ている人です。父上の影響をそのまま受け継いでお芝居の世界に入られました。藤山寛美さんと言えば、渋谷天外さんとの「親ばか子ばか」と言うのをテレビで見たものです。当時はまだ、関西と関東との隔たりを感じる頃で、関東生まれのさすらいには、余り馴染みのない
正統な大阪(関西)弁がなつかしいので、上方落語をずっと聞いて楽しんでいる。せやけどやな、上方の噺家さんが東京で演じた動画を見ると、かなりの違和感を覚えたりするんや。まず、「待ってました!」という声が掛かったりする。関西にはないな。それからやな、何でこんな場面で笑いが起きるんや、と思わせることもある。それは、噺を笑ろてるんやなしに、大阪弁を笑ろてるんやないやろか。藤山寛美時代の松竹新喜劇についてやけど、藤本義一も東京で笑いが起きる場面で大阪では「くすん」とも言わんことがあると話していたのだ。
飲んべえの悟りもあり藤山寛美さま霊言「阿呆の悟りと宝の発見」(youtube.com)https://www.youtube.com/watch?v=OpxmE1nGwm8
3月2日土曜日〜その6P244、主人公の行動に道頓堀が登場する。(写真)H3年3月2日、そう!33年前の今日、ビクターのシングルCD『阿呆千両/藤山寛美一代記』のジャケットを、道頓堀中座前で行ったのです。夏に向けての発売なので、着物は絽。寒かったやろなぁ…。
順番を待っているだけの人間には永久に順番が来ない(藤山寛美)
お芝居を生で観たことある?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう小学校二年生の時。多分、取引先というか問屋さんからもらった招待券で母に連れていかれました。舞台にはテレビで観たことのある「おっちゃん」が出ています。藤山寛美さんでしたから、松竹新喜劇。吉本新喜劇は面白いけど、ちょっとお下品かな。聞いた話ではテレビで中継・放送している吉本新喜劇はかなりマイルド。テレビに映らない吉本新喜劇はかなりお下品で、子供を連れていけないレベルとか。
ストパーあてて暫くは藤山寛美のアホボンみたいな頭でほんま嫌ꉂ🤣𐤔寛美さんは大好きよでもこの頭はねーꉂ🤣𐤔ほんまクリソツꉂ🤣𐤔ꉂ🤣𐤔
「純子引退記念映画関東緋桜一家」(1972)藤純子が花道を飾るオールスター映画をU-NEXTで久しぶりに観ました。監督はマキノ雅弘。予告編はコチラ。明治末期の東京柳橋。鶴次(藤純子)は鳶『に組』副組頭の河岸政(水島道太郎)の一人娘です。講釈師で北辰一刀流の達人である東風斉呑竜(若山富三郎)仕込みの剣術で、絡んでくるチンピラを一網打尽にする腕前もありながら、日本舞踊を華麗に舞う売れっ子芸者でもあります。鶴次には『に組』組頭の吉五郎(片岡千恵蔵)の一人息子の信三(高倉健)とい
ありがたいことに懸賞で南座の招待券が当選し、松竹新喜劇お年玉公演を観に行きました。芝居中は泣かない子だったのか、泣き出したら場外に出て眠らされていたのか、それとも赤ちゃん連れの観劇に寛容な世の中だったのか、南座には生後間もなくから、しょっちゅう祖母に連れられていたそうです。今は亡き藤山寛美に抱っこしてもらってギャン泣きするという、大御所俳優に対して失礼極まりない赤ちゃんだったのよ、と、育ったわが家の笑い話のひとつとして残っています。何かコネクションがあったのか、趣味が高じての
お正月の恒例となった、南座での「初笑い!松竹新喜劇」。大爆笑まではいかなくても、ちょっとレトロで、ひとを傷つけない笑いに、ほんのりします。まずは、Aプロ。幕前で、扇治郎、泉しずか、森光冬による、ご挨拶を兼ねての演目紹介。それは、36年ぶりに、村角大洋演出による令和版として復活した、「小判掘出し譚」。なんでそんなに間があいたんかと言うと、とにかく走る、走るの体力勝負。やっと役者が揃って、できるようになったとは扇治郎。今日は、ロビーでご家族を見かけましたよ。亡くなっ
アホの坂田こと坂田利夫が亡くなったそうです。82歳だとか。プロレスラーのキラーカーンが急逝したり、アホの坂田が亡くなったりと年の瀬にかけて訃報が続きますね。キラーカーンに関してはさほど詳しくはないので、ググってください。新潟出身だとか、大久保で居酒屋経営していたとか、断片的な情報しか知りませんからね。あまり広げようがないんですよ。話を広げるためにはそれなりの予備知識がないと全く広がりませんからね。アホの坂田もそこまで詳しいわけではないですけどね。絶頂期は今から半世紀以上も前ですから。ht
✨あんたの花道梅田英太郎✨藤山寛美橘大五郎~🎵やっとん節✨白鷺の城橘良二副座長😌next
ほぼ半世紀ぶりに藤山寛美をyoutubeで見たらああ懐かしい寛美だけじゃなくて脇役もいい。小島慶四郎、伴心平、千葉蝶三郎、女優さんもほぼ覚えてる。この人たちのの声色、仕草、すべて覚えてる。特に千葉蝶三郎さんやっぱり面白い。小学生の時に見た芝居、なんでいつまでも覚えてるねやろ。いいメンバー揃えてたんやな大衆劇にもそんな芝居をどこか期待してるんかな
今日11/1午後、久々に大阪に来ました。藤山寛美さんが書かれた法善寺横丁の看板の前で。11/6の昼過ぎまで、大阪と京都をブラブラしてます!
『炎のごとく』映画トーキー147分カラー昭和五十六年(1981年)五月九日封切製作国日本製作言語日本語製作会社大和新社配給東宝製作松本常保大志万恭子原作飯干晃一(『会津の小鉄』)脚本加藤泰応援監督倉田準二撮影丸山恵司音楽鏑木創イメージソング泉洋二美術梅田千代夫録音渡部芳丈照明中山治雄編集河合勝己スチール石月美徳殺陣楠本栄一美山晋八製作助手佐浪正彦製作担当斉藤良彰出演菅
植木等、藤山寛美、そして伊東四朗。それぞれタイプは違えど、超有名人。そして喜劇人です。そんな彼等と、仕事を通して付き合い有った筆者。それぞれの芸、素顔、エピソードを綴ります。筆者曰くそれぞれの最大の良さを感じられるのは舞台。以下、映画テレビだとか。それなりに楽しみを得るには、身銭を切るのがやはり肝心なんだわね。ほぼ、無料で観れるテレビでしか彼等を知らぬワタシ。喜劇人として、彼等の本当の面白さって本当は知らないって事みたいです。とは言え、テレビサイズの面白喜劇人ってのを捜し
現役時代、藤山寛美と言われた男逆に、寝ている寛美さんに、孫が、「おい、岡田、おまえが打たんから負けたんや」(笑)カープに完勝凄いなと、現実逃避毎日、_| ̄|○il||liずっとそばに、いてくれる。うれしいなー
浅草木馬亭で毎月演じられている、浅草21世紀って知ってますか?こちらは、かつての浅草軽演劇を現代でやろうというコンセプトで始められたものらしいです。いわば、令和のアチャラカ。木馬亭でこんなものがやってるなんて知らなかった。そもそも、木馬亭って何をやってる場所なのか分かってなかったですから。落語でもやってるのかとばかり思ってました。先日、新風公演のアチャラカを観て興味持ったひとは、こちらも観てみるといいかも知れません。いずれは木馬館の大衆演劇ともコラボできたら面白そうですけど。まあ、大
アチャラカって知ってる人いますか?アチャラカの勝手なイメージ。藤子不二雄は落語が趣味で、執筆中によく落語のテープを聞いていたそうですけど。昭和初期に浅草で流行ったドタバタ喜劇のことだそうです。アチャラカの前には浅草オペラといって、今でいうコント劇みたいなのが流行ったそうですけど、関東大震災によって休演、そのまま中止になったそうです。コロッケの唄って知ってますか?美川憲一、ちあきなおみ、岩崎宏美…それは、モノマネのコロッケです。キテレツ大百科のオープニング曲でもないですよ。「今日も
今日のお弁当そろそろ飽きますよね?食べてる本人も飽きてきた(笑)が、自分好みの味で作ったものだし、節約(時間とお金)のために食べ続けてる。この節約が飲み食べ歩きを支えてるのだ!ちとオーバー?過大?JAROに電話しないで!8品作ったおかずも残り4品になった。明日ですべて終わる予定。※金曜は休み。今日から通勤読書は「食堂のおばちゃん2恋するハンバーグ」になった。この小説は藤山寛美の松竹新喜劇に食の物語を足したようなものだ。まさに泣き笑い!おかしくて、楽しくて、美味しくて
大阪難波へ出かけました夫がどうしても食べたいというのでまずは、肉吸い発祥のお店「千とせ本店」へテレビでも吉本の芸人さんがよく紹介しています!11時過ぎに到着したけど30〜40人の長蛇の列がこれに並ぶの?と思ったけどせっかくだからどうしても食べたいというので仕方なく行列の最後尾に。。。12時15分には最後尾の方の後ろに完売の札が!ここはUSJかディズニーランドの人気アトラクション並でした立っていて腰が痛くなりました2時間弱並んでやっとお店
みなさん、こんばんわ。今日はまたもやフリューゲルに行ってたんですが、先に北翔まつりのことについて書いときたいと思います。俺は何度も言うように、みっちゃんの宝塚時代はブルーレイとテレビでしか知りませんが、どうしても現役時代に観ておきたかったなと思えるOGさんです。やから、今になって追いかけてるんですけどね笑一緒に行ったズカ男からは「お前、珍しいのぅ。普通退団したら現役時代知らんのに、追いかけへんけどな」言われてますけどねww因みにズカ男は知ら
先月にBS松竹東急で放送されていたもの。船場の老舗で繰り広げられる家族騒動。主人公のアホ坊と家格を厳格に守ろうとする母親との戦い。しかし必ずしもアホとは言えない。寧ろ常識に縛られない独自視点で問題を打開しようとする。そこに人々は惹かれ、お涙頂戴に流れていく。気楽に見られる人情喜劇だ。当時のベテラン勢が大いに腕をふるう。前述のとおり、藤山寛美はなかなかに賢しく、また可愛らしく振る舞う。酒井光子は名演。後妻ゆえの厳しさ、母としての優しさ、そして女として
藤山寛美と高田次郎、酒井光子。お涙頂戴ベースの物語なのに、所々に笑いをぶち込む。伸び縮みの芸。色々考えてしまうのは、現代との違和感だろう。昭和と今は地続きなので、考えを整理するのが難しい。が、歌舞伎や落語で江戸や明治を堪能するのと同じだ。”その時代の風俗”として割り切ってしまうということ。あるいは”これは芝居だから”と。こうやって何でも区切るのって、良くないのだろうか。が、リアリティを感じられないものをどう処理すれば良いのか。芝居の演出なの
BS松竹東急で先月24日放送されたもの。現在の松竹新喜劇の長老。高田次郎、曽我廼家文童。そして曽我廼家寛太郎のすっとぼけた演技が楽しい。以前ブラック師匠が仰っていた。ミヤコ蝶々や藤山寛美など大阪の喜劇人は晩年になると説教臭くなると。それを現している舞台だ。とかく煩わしい位に説教しているが、ふと隙を突いて笑いを入れてくる。それが快感になってくる。もう今はこれと同じような芝居は出来ないだろうし、またする必要もないだろう。が、せめてこうい
泣き笑い泣き笑い、ひょっとしたら、これも大阪の文化かもしれません。「探偵!ナイトスクープ」見ました。(2023.07.08放送)テーマは、①我が家のテントサウナは日本一!?②97歳のぼるじいさんはゾウに乗りたい!③反抗期が激しかった息子とチャンバラ対決!母の復讐劇に涙林住期さんが快く思っていない放送局の唯一絶賛している番組です。この放送局でなくとも、トップの番組だと思っています。大阪らしく、泣き笑いです。しんみりさせて、心動かされて、泣かされて、最後には笑わせる、
大衆演劇の演目といえば、新派と松竹新喜劇が軸になっていたりします。大衆演劇の元ネタですね。松竹新喜劇も新体制となり、今年から代替わりだそうです。松竹新喜劇の看板役者だった藤山寛美の孫が代表のひとりに選出されたそうです。そんな松竹新喜劇も大衆演劇と同じく、陳腐化だとか時代錯誤な台本だとか、様々な悩みを抱えてるみたいです。「時代に合わない表現も」でいい?新体制・松竹新喜劇、昭和の名作、令和では違和感も(京都新聞)https://news.yahoo.co.jp/articles/395ae
1763年(宝暦13年5月5日)-小林一茶俳人(没1828年)1927年-ジョージ川口ドラム奏者(没2003年)シャレードジョージ川口,ビッグ・フォア·Song·2015open.spotify.com1928年-金田龍之介俳優(没2009年)あげまんToshiyukiHonda·Song·1990open.spotify.com1929年-藤山寛美喜劇俳優(没1990年)「キネマの天地」メインタイトル山本直純·So
ユーチューブで、久しぶりに藤山寛美さんの時代の松竹新喜劇を見て、腹を抱えて笑いました。子供の頃、良く母に連れられて京都の南座や大阪道頓堀の中座に見に行きました。演目は、忘れましたが、中座で舞台から母を見つけた藤山寛美さんが、アドリブで、「今日は、怖い人が見に来てるわー」と言われたことを覚えています。今から思うと、寛美さんは、常に、舞台から、今日は、どんなお客さんが来てるのかを観察しておられたのだと思います。凄いですね。それから覚えているのは、ある日、楽屋見舞いをした時、寛美さんが私に