ブログ記事1,386件
新宿花園神社の境内にその社号とは別に地味にグレーに祀られている神社があります。そこで何年かぶりに手を合わせて見ようと思いました。といってもその神社の御祭神には毎朝感謝の念を送っているのと花園神社自体、もう何度も訪れては来たのですが、メインは威徳稲荷となっているので、境内の端っこにあるこの神社までは近くまで来て顔を出さないっていう状態が続いていました。🙄😅今回は不思議と寄っていこうっていう気になりました。芸能浅間神社岩だらけの正直、見た目陰鬱感漂う感じ
寿美花代さんがお亡くなりになったとのことでいつもコアに思い出すのが沢田研二さんが歌謡大賞を2回受賞しているのですがその2回とも司会が高嶋忠夫さん寿美花代さんご夫妻なのですよ❣️歌謡大賞はTBSがレコード大賞の独占権をとったため他の民放局が受賞放映権を持ち回りで放送したのです❣️第1回目は1970年藤圭子さんの『圭子の夢は夜ひらく』でした🎵ジュリーも藤圭子さんに曲を提供していますがジュリーも曲作りを本格的に始めた頃かな?歌謡大賞第4回目これ
今は夜は父に付き添って寝てるけど、父は深夜でもラジオつけっ放しで寝てるよっ♪毎晩「ラジオ深夜便」流して寝てるよっ♪今夜の3時台「にっぽんの歌こころの歌」は「作家でつづる流行歌~阿久悠作品集Part1(歌謡曲・ポップス作品から)」だったよっ♪<セットリスト>沢田研二「時の過ぎゆくままに」伝書鳩「目覚めた時には晴れていた」和田アキ子「あの鐘を鳴らすのはあなた」藤圭子「京都から博多まで」ペドロ&カプリシャス「ジョニィへの伝言」山本リンダ「狙いうち」桜田淳子「夏にご用心」Cha
昨年末にNHKで放送していた、白黒時代の紅白歌合戦をカラー編集してみたっていう番組より。昭和44年(1969年)の紅白歌合戦です。番組も大詰めの37組目に登場したのは、初出場の内山田洋とクール・ファイブ。『長崎は今日も雨だった』を唄いました。直立不動のメインヴォーカル、前川清。わたくし的にはずっとこのグループに在籍しているイメージの前川清ですが、ウィキペディアによれば、いろいろあって、1987年に一回脱退していますね。5年後にはメンバーチェンジで、私たち80年代キッズには特撮ヒ
ぬばたまって、「夜」とか「夢」にかかる枕詞(まくらことば)らしいです。枕詞というのはですね、、、AIさんに聞いてください!(自分で言い出しておいて面倒くさくなるパターン)ぬばたまの夜、というのは真っ暗闇、みたいなニュアンスだそう。ぬばたまの夢、は真っ暗な夜に見る夢?まさにそんな、ぬばたまなライブが、やってまいります!(絶対使い方間違)もし、藤圭子さんがフリージャズと共演したら・・・という設定でおくるこのユニット。「散瞳」とは「瞳孔がひらく」という意味です。あまりの激しさに聴
オリコントップ20〈1970年7月27日付〉第1位「圭子の夢は夜ひらく」/藤圭子作詞:石坂まさを作曲:曽根幸明編曲:原田良一第2位「波止場女のブルース」/森進一作詞:なかにし礼作曲:城美好編曲:森岡賢一郎第3位「経験」/辺見マリ作詞:安井かずみ作曲:村井邦彦編曲:川口真第4位「愛は傷つきやすく」/ヒデとロザンナ作詞:橋本淳作曲:中村泰士編曲:森岡賢一郎第5位「希望」/岸洋子作詞:藤田敏雄作曲:いずみたく編曲:川口真第6位
気を晴らしたい時に耳にする唄サブちゃんのしょんぼりするコミカルな演技もいいねぇ
1970年発売「藤圭子」2枚目のシングル「女のブルース」(猪俣公章:作曲、石坂まさを:作詞)です。使用オカリナ:自作のオカリーナ凜アルトF管お聴きいただけると、大変うれしいです(^-^*)
最近頭からはなれない一曲。加山雄三も同じ題名があるが違う曲。マンボ調で軽快な曲調。作曲は佐瀬寿一。殿さまキングスには「けい子のマンボ」という曲もあるがそちらよりマンボ風味多め。この映像では藤圭子と。藤圭子ってこんなにあかるくきゃぴきゃぴした話し方だったんだ!歌のイメージと全然違いますねけ→い→こちゃん発音が違う。僕は独身なんでとアピールずっと藤圭子の方に体向けて話してるしほんとにワンチャン狙ってたのでは!?と思うデレデレっぷりメンバー紹介リーダーの温泉饅頭こと長田あつし。く
「はしご酒」歌:藤圭子作詞:はぞのなな/作曲:赤坂通/編曲:小山恭弘藤圭子が1975年最後のシングル盤として発売したレコードである。東京の東部、下町の地名が多数登場する、東京都のご当地ソングのひとつ。発売年である1975年の第26回NHK紅白歌合戦では前曲の「さすらい」で3年ぶりに出場を果たし、翌1976年大晦日放送の第27回NHK紅白歌合戦では本楽曲が披露された。藤自身2年連続5回目の紅白歌合戦出演だったが、これが生涯最後の紅白出場となった。私が若いころ取引先と
7月中席・池袋演芸場昼の部のトリをつとめております。2日目は、「景清」口演。池袋演芸場の表看板で〜す。この看板に恥じないように、明日からも一生懸命、つとめます。明日から平日・・・。是非とも平日の昼間、ふらりとお越しくださいませ〜。2日目もご来場ありがとうございました!【たけ平今日の一曲】〜藤圭子「京都から博多まで」〜今日はバタバタでした。池袋演芸場から横浜にぎわい座への移動。しかも、横浜にぎわい座は、私が池袋演芸場でトリをつとめて幕が閉まった時に、にぎわい座は開演をします(
昭和46(1971)年7月、週刊女性(主婦と生活社)7月17日号の新聞広告。佐川満男と伊東ゆかりの結婚、こまどり姉妹の妹(並木葉子)の病気、黛ジュンの入籍問題、藤圭子と前川清の挙式、嵐寛寿郎の41歳年下女性との4度目結婚、十代女性との結婚を告白する夏木陽介等々、男女をめぐるトピックが満載だ。そんな中、どうしても目を奪われてしまうのが、「ショック‼猿人少女ブラジルで発見‼」なる特集記事。猿人少女は14歳で、名前はマリア。たしかに見た目は当時放送中だった宇宙猿
宇多田ヒカルの才能を5歳で見出した母・藤圭子さん、母娘の知人が不安視する「天才」と「孤独」|週刊女性PRIME1月19日に39歳の誕生日を迎えた宇多田ヒカル。ヒカルの母といえば、'13年に亡くなった藤圭子さん。その母親譲りの才能で、ヒカルは“天才”と呼ばれるようになった。だが、その母娘をよく知る人たちからは、ある“心配の声”が上がっているという。www.jprime.jp
-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。www.youtube.com
藤圭子は、『新宿の女』『女のブルース』『圭子の夢は夜ひらく』など数々のヒット曲を残し、昭和歌謡を代表する歌手として多くの人に愛されました。2013年に突然この世を去ったという知らせは、日本中に大きな衝撃を与えました。近年は宇多田ヒカルの母として知られることも多くなりましたが、私にとっては、誰にも真似のできない歌声を持つ歌手であり、その存在は今も変わることがありません。そんな藤圭子の作品の中で、私が一瞬で心を奪われたのが『明日から私は』作詞:山上路夫、作曲:鈴木邦彦でした。この曲は
水やりをしなくて良いだけでも楽ちんですそんなに広くないのと、ホースでバァーっと撒くだけなんですけどね軒下の鉢植え・プランターで雨がかからないのには必要に応じて撒きますが・・・。逆にあまり降り過ぎると・・・特にミニトマトとか水分過多にならないかとか・・・せっかくあげた肥料分が流されないかとか・・・心配事も出てきますその点、果樹たちはほぼ放置プレーのままで収穫まで行けるので嬉しいです取りあえず野菜たちの混みあったり不要になった下葉を切り落としたり熟した実を収穫しました
藤圭子さんは、人の持ち歌でも、上手に歌い上げてしまいます。それで、大先輩の北島三郎さんから苦言を言われていました。冗談で言っていたのですが、それは、俺の歌だよ。そんなにうまく歌われては、俺の立場がないよと。そのあとで、フォローはしていましたが。それほど、うまいということなんでしょうね。updateGenreツール自前のyoutubeリストのジャンルとタイトルを編集する専用ツールですが、ここで、youtube動画のプレーヤーサイトを開き、再生することができます。favo
「松山千春、今年27回目のラジオでかかる曲予想と結果、放送内容。〜2026.7.5(日)分〜」S14634・松山千春DATABESE総合TOPPAGENF・アーティスト別LIVEDATABESE総合TOPPAGENF◇更新履歴V1.0:2026.7.5初稿〜随時更新V1.1:2026.7.6予想的中曲「空-翼を広げて」に🎯を付与『「●随時更新~最新記事リンク・文章番号&記事タイトル一覧」A1319』「最新記事リンク・文章番号&記事タイトル一
藤圭子さん藤圭子(ふじけいこ)出生名:阿部純子本名:宇多田純子(うただじゅんこ)旧姓:阿部(あべ)別名:藤圭似子RaU(RAU)1951年7月5日生まれ、2013年8月22日、満62歳没。岩手県一関市生まれ、北海道旭川市育ちの演歌歌手。元夫:前川清(1971年~1972年)夫:宇多田照實(1982年~)娘:宇多田ヒカル代表曲:「新宿の女」「女のブルース」「圭子の夢は夜ひらく」「京都から博多まで」1969年8月
オリコントップ20〈1970年7月6日付〉第1位「圭子の夢は夜ひらく」/藤圭子作詞:石坂まさを作曲:曽根幸明編曲:原田良一第2位「経験」/辺見マリ作詞:安井かずみ作曲:村井邦彦編曲:川口真第3位「今日でお別れ」/菅原洋一作詞:なかにし礼作曲:宇井あきら編曲:森岡賢一郎第4位「四つのお願い」/ちあきなおみ作詞:白鳥朝詠作曲:鈴木淳編曲:小谷充第5位「波止場女のブルース」/森進一作詞:なかにし礼作曲:城美好編曲:森岡賢一郎
皆様、ご無沙汰しております。2018年10月19日以来、ブログをほったらかしにしていました。私自身が忙しかったこと、書くネタがなくなっていたこと。そして何がきっかけだったが思い出せなのですが、一時完全に書く気力を失ってしまったこと。そんなことが重なり、更新ができなくなってしまいました。ただ、藤圭子さんへの興味を失ったわけではありません。最近、YouTubeでいろいろ音源を聴き直しているうちに、藤圭子さんを“違う観点”から見つめ直す文章が自然と形になりました。そこで、
今朝の道内最低気温釧路地方榊町+6.8℃02:32釧路地方標茶+6.9℃01:33道内最高気温はどご網走・北見・紋別地方滝上+29.8℃12:17上川地方名寄+29.7℃14:37上川地方富良野+29.7℃13:00道内夏日地点数174中77だった道内最低最高気温04:38+12.1℃15:58+23.6℃高松04:00+11.7℃16:46+21.9℃川汲03:41+11.7℃13:04+20.8℃予報通り暑くなってきま
昨年の8月22日は故藤圭子さんの13回忌。子供の頃、彼女の歌声を頻繁に耳にしたものです。抜群の歌唱力とその美貌オヤジの脳裏に深く刻まれています。藤さんは幼少の頃から浪曲師の父と曲師の母に連れ立って北海道や東北地方を巡業していたらしい。一家は所謂、“流し”と呼ばれていた旅芸人で経済的にはかなりシビアだったと思うなぁ~現に高校進学を断念しています。その後、類まれな才能が彼女の人生を変え1969年にデビューを飾りスターの仲間入りを果たします。でもこうなると、い
話題のホットミュージック(2)▽藤圭子作品集-歌謡スクランブル深沢彩子www.nhk.jp人生万歳MitsukoNakamura·人生万歳·Song·2026open.spotify.com(3分31秒)<キングKICM31200>君と輪舞ミスタートロットジャパン·君と輪舞·Song·2026open.spotify.com(3分59秒)<キングKICX1200>イル・テンポ・パッサ~時は過ぎゆく~風輪·イル・テンポ・パッサ~
梅雨に入り、空を見上げることの多い日々・・・いや、雨雲レーダーをしょっちゅう眺める日々?それにしても、演歌の世界にもよく雨が降りますさてさて、このライブの頃には、梅雨はあけていると思うのですが・・・トランペット/阿部泰也、ピアノ/中村明利、ボーカル私めのトリオでお届けするもう一つの藤圭子伝説「三歌音(みかね)」アコースティック&ミニマムな編成で、演歌の曲世界を重層的に表現していくという試み、名付けて「演歌組曲」が三歌音のこだわりの一品です(ちなみに、複数の曲をあるテーマのもとに集めた
オリコントップ20〈1970年6月15日付〉第1位「圭子の夢は夜ひらく」/藤圭子作詞:石坂まさを作曲:曽根幸明編曲:原田良一第2位「ちっちゃな恋人」/ジミー・オズモンド作詞:なかやままり作曲:井上かつお編曲:井上かつお第3位「今日でお別れ」/菅原洋一作詞:なかにし礼作曲:宇井あきら編曲:早川博二第4位「四つのお願い」/ちあきなおみ作詞:白鳥朝詠作曲:鈴木淳編曲:小谷充第5位「経験」/辺見マリ作詞:安井かずみ作曲:村井邦彦編曲:川口真
・(スポーツ報知)佐々木朗希、まさかの日米通じて最悪7失点5回途中KO初の四球から3連打に押し出し四球も…大谷翔平が“完全休養”の緊急事態に突如崩れるご乱調もご乱調。・#藤圭子#夢追い酒#昭和歌謡・【ばけばけ】小泉セツが亡くなった年、東京でも"あの人"が亡くなっていた#ばけばけ#朝ドラ#小泉セツ・【風薫る】東京で先生と生徒だった2人が新潟で院長と看護長になった#風薫る#朝ドラ#瀬尾原始・昨日は土曜日。ボンボンドロップシール発売の日であった。勿論開店アタックにて・・
ビートルズのコアなマニアやロック至上主義者NHKのうたコンはみないでしょうねww知らんけど6月9日(火)はロックの日この日のうたコン、新聞のTV欄にかビートルズ来日60周年を記念して、、、思わずうたコンに無縁な人も、みたのではないかと、、、、そうなんですよ、川崎さんですが、今年の6月25日から、オフィシャルな記念日は日本武道館初来日(6月29日)ではないのですよぉぉぉこの日のうたコンのビートルズ特集のシメは、♪愛こそはすべてこの曲の世界中継が記念日にな
藤圭子ビートルズメドレー尾藤イサオ白井貴子藤圭子他
Facebookさよならのあとでさんの投稿藤圭子さんhttps://www.facebook.com/share/p/1EwUW5fAF6/Facebookwww.facebook.com昔は芸能はいきる術でしかない。北島三郎さんの曲にもある高橋陽山さん⁉️でしょうか。盲目の三味線ひきの方も生きるために旅をしながらひき続けました。昭和、ある意味、酷い時代ですよ。宇多田ヒカルさんも同じような因縁があるようですね。やっぱり、なんとなく暗い雰囲気なのはお母様の影響かも。