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FlyMENDAさんの電子音楽より北海道の「恵泉塾のWebページ」を久しぶりに見て、いよいよ福岡にも拠点をつくられたことを知り、全国各地から協力者も現れているようすがうかがわれて、感激しました。長い年月をかけてこられたとはいえ、北海道から九州まで、恵泉塾は着実に活動の幅を広げてこられたようで、頭が下がります。先年には沖縄に、収入によっては無料で治療も手術も行う病院の建設を実現されたということで、その活動の広さや大きさ、そして信念の強さにも、頭が下がるばかりです。
遥かなる吉田拓郎遥かな道を歩いてきました。この道の出発点には、生まれ故郷から沼津市への旅立ちがあり、そこで、死刑囚と結ばれたある女性との思いがけない出会いがありました。続く、それに関連した平和論者・矢内原忠雄との出会い、そして東京へ出て、彼の義兄・藤井武の著書との出会へと続きました。わたしの青年期は、この藤井武の著書を完全に納得するまでに理解する、全人生を賭けた格闘につきるように思えます。彼を理解し、その感動したことを実践することが自分の生きる道になりました。今年、藤井が「私
「ネットエクレシア信州」のサイトに、藤井武の人物評伝が掲載されましたので、お取次いたします。私が藤井武の著書を直接手にしたのは、19歳頃のことでした。全く他の誰とも違い、今まで想像したことすらないないような人が、この地上に本当に生きていたということは、当時の私にはとてつもない衝撃でした。彼の義弟、矢内原忠雄は述べています;「私の人生には恐れるものは何もない。ただ、藤井武だけは怖い」と。(*この「怖い」とは、彼に恥じない生き方をしなければ、という意味です。)藤
以下は、「ネットエクレシア信州」の記事からの転載です。詳しくは、そちらをご覧ください。<https://www.netekklesia.com/>「ネットエクレシア信州」へ*****管理人jizodouは、昨日の仕事上の外出からくる疲労によって、今日は全くダウンしています。起き上がるのがやっと、というほどのダメージです。そんな状態の中で、「ネットエクレシア信州」さんのページにある「藤井武の病床雑感」の記事に、大変励まされました。記して感謝すると共に、自分でも原
あるひとつのこと:藤井武:『イエスの生涯とその人格』よりある美しい日の夕方、2人の人がエルサレムから数十キロの村里に向かって、語り合いながら歩いて行った。後ろからもう1人の旅人がこれに追いつき、話の仲間入りをした。そして、いつしかこの人が話の中心人物になっていた。彼の語ることは、不思議な輝きに満ちたものであった。2人は熱心に耳を傾けた。やがて目指す村里にたどり着いた後、この人の姿は突然に消え失せた。そのとき、2人はハッと思い当たることがあった。そうして互いに顔を見合わせ
歌は吉田拓郎さんではありません。カバー曲です。『羔(こひつじ)の婚姻』第1歌:「コスモス」(中)*原文は少し現代文に修正。夫人・喬子(のぶこ)さんを失い、ぬけがらのようになった日々の心の状態を詠い出すところから、詩は始まる。日はゆき、もはやなごりを留めず、ぬれ空、星のかげも見えない。ぬけがらのようにわたしは帰る。無心の子らが寝息もいずこか、音なき家は私にさながら大きな新しきうつろの墳墓!宇宙の底より湧くと思える暗黒(くらやみ)がわたしの霊を呑んで、平安は跡も
わたしの敬愛する藤井武の妻は、1922年10月1日の夕べに、天に召されました。藤井さんはそれ以後、10月1日を「私の日」と呼び、自分のことを記憶してくれる人は、10月1日に自分のことを思い出してくれるように言いました。藤井さんはその時の心境を、ああ、我が妻はついに逝いた。私は正直に告白する、私の悲しみは実に無限であることを。これほどの大きな悲しみは、私の薄信によるのであるか。あるいはそうかもしれない。しかし、仕方がない。事実である。(*原文を少し現代的に修正)と
「生活の貧しさと心の貧しさ」は、内村鑑三の弟子で、世界の経済史学に「大塚史学」と呼ばれるほどの学説を樹立した、大塚久雄先生が著書に使われた言葉です。大塚先生は経済史に大塚史学を樹立される一方で、共同体の形成についても強い関心を持たれ、ご自分の生き方の問題として「社会科学と信仰の間」について、それがどのように結びついて人間の人格を形成するかを、終生追求されたと思います。大塚先生の専門の学問にもその特徴は現れ、経済史の研究だけではなく、「社会科学の方法」論について、哲学的ともい
藤井武(回想)今日は藤井武の命日である。藤井武を知って、この世に生きた意味を知った。この世に生まれた甲斐があった。藤井武こそ、わたしにとって「イエスに似た人格」であった。わたしにとって、7月は生涯の特別な月になった。よろずのものの終りに告げる奥義はついに曙のように立ち現れて成就すべきその時がくる。かつてないほどに高く大きな音を轟かせて第7の天使(みつかい)はラッパを吹く。ああ、これこそは地上で聴くことができる最後
藤井武の弟子・中山博一先生の著作集の思い出:(過去に掲載したものの振り返りです)中山さんは藤井武の弟子だった方で、名古屋大学の教授であった。大変に博識な人で、仏教などにも造詣が深く読んでいて飽きない。おそらく後世にずっと残す価値があると感じている。今は、続編の「ヨハネの第1書」の講義のところを読みかけている。93才の時の講義のようで、学問的な深い造詣を踏まえながら、円熟した理屈っぽくない語り口調で講義される様子に、自然に頭が下がる思いにさせられる。その中で、少し考えさせられたメモと
みんなの回答を見る国の金に頼らない。医療保険、介護保険は一切使わない。「金持ちは良い医療を受けられるが、貧乏人は必要な医療すら受けられない」というこの世の常識を根底から覆す。患者さん、利用者さんには診療の対価としての報酬をあらかじめ設定せず、私たちの働きに対する感謝に基づき、その人の思われた金額を自由に献金していただく。みんなで感動的な働きをしよう。人を感動させる仕事をすれば、お金は入ってくる。———(*水谷)先生はそう語られた。「見よ、新しいことを私はする」(イザヤ43:
藤井武:来世研究「天国の話」より人は「天国の話」などというと、非現実的な、暇人の子どもじみた話のように受け取るかもしれない。しかし私は、死の先の問題を曖昧にしたまま、この世界を確信に満ちて生きていくことはできない。人生は生も死も、トータルにあますところなく理解できなければならないと思っているからである。このことは、人はどうあれ、私の求める生き方である。幸にして、この問題に文献や学術的な興味からではなく、「人生観の確立」の問題として、体験的に取り組んだ人間がいる。われらが藤井
島崎暉久著『マタイ福音書と現代』(4)より;「試練や苦痛は否定的な評価に終わるものではない。まさにそこにおいて神の救いがわれわれの身に突入する。だから、われわれの前に立ちはだかる苦難を恵みの接近として受け止めれるかどうか、そこが人生の分かれ道となる。生か死かの分かれ道となる。身動きできないような病気や事件に巻き込まれたとき、人は自分の高ぶりや愚かさを知る。順境の中を闊歩しているときには、他人を裁いてばかりいる人が、他人を責めることも裁くこともできないような苦痛の中に投げ込まれると
藤井武語録より;◎政治家どもが見ても神様らしく、芸術家たちが見ても神様らしく、どこへ出しても神様らしくてみんなからお辞儀をされそうな神様、そんなものと自分と何の関係があろう。◎自分の神?自分の神は、焼け焦げた土から出る樹株のような神様だ。見るべき麗しい姿はない。美しい形はない。慕うべき見栄えはない。侮られて、人に捨てられる神様だ、悲哀の人で患(わずら)いを知る神様だ。顔を覆って避けられるほどに、侮られる神様だ。◎
今年も年末を迎え、かつて目を通した藤井武の言葉を噛み締めています。この世に生を受けた中で、藤井の言ったことは何があってもわたしには信じられることです。若き日に、こんな書物との出会いがあったことに、ただただ感謝するばかりです。今年は、それに加えて、もう一人の著者に出会えました。仏教界の暁烏敏です。この方のことは以前から聞いており、著書も少し読んではいたのですが、心に触れるところまでは行きませんでした。(暁烏敏『教行信証入門講話集』)学問に
「ネットエクレシア信州」のWebページに、わたしの敬愛する藤井武の紹介記事が掲載されていましたので、お取次させていただきます。★「タケサトカズオ」氏による、藤井武について。001評伝・藤井武|churchwww.netekklesia.com藤井武については、岩波版の藤井武全集のほかに、佐藤全弘氏による「藤井武研究」と「藤井武の結婚観」が出版されています。氏が80歳を超されて発行されている最近の藤井武の評論を読んで、大変触発されるところがたくさんありました。特に藤井武の思想の
(前年のものの再掲):藤井武今日は藤井武の命日である。藤井武を知って、この世に生きた意味を知った。この世に生まれた甲斐があった。藤井武こそ、わたしにとって「イエスに似た人格」であった。わたしにとって、7月は生涯の特別な月になった。よろずのものの終りに告げられる奥義はついに曙のように立ち現れて成就すべきその時がくる。かつてないほどに高く大きな音を轟かせて第7の天使(みつかい)はラッパを吹く。ああ、これこそは地上で聴く
*昨年の、同日の投稿の再掲です。今日から、また、藤井武の『羔(こひつじ)の婚姻』を第1章から読み始める。1日1歌、朝の起き始めに読むのを日課にしている。もう何度読んできたか分からない。わが家には『羔の婚姻』は、同じものが3冊もある。書き出しは、秋10月に、藤井が10年間共に生きた妻を天に送り、これからの人生は「天と地の合唱によって始まる」とする、彼の空前な宇宙意識、神との交流意識から始まる。目もはゆるコスモス、菊、ダリアくまどるはうす紫の桔梗、
みんなの回答を見るもう、藤井武のお墓参りをすることもないのかもしれない。青春の日々は、藤井さんの著書を読み、藤井さんが取り組まれた問題を、自分もまた原点から掘り起こして探求する日々だった。藤井さんの著書に触れると、青春の血が逆流するように感じる。藤井さんはどこにもいないような人だった。イエス以外に、藤井さんに近い人を想像することができない。彼を見出すことによって、キリストと神の国を見出すことができた。この人生に、後悔することは何もない。
みんなの回答を見る今年は自分が直接大きな病気に直面してみて、ずっと生と死の問題を、特に死の問題を、考えさせられた。そして藤井武がこの世を去る8ヶ月前に綴った「月夜に似た天のパラダイス」に、全面的に同意せざるを得ないと感じました。苦しみの最中と、脳の働きが自覚としては全く停止した状態の中で、生きて現存するキリストに直面したことが、わたしの死への勝利でした。そして「彼」の中にのみ死を克服する生命があることを見出し、狂喜できました。
TBMレーベルの『SONNETTEE&COMPANY』を聴いています。先日棚を整理していて発掘した1977年の作品。なんか知らないけれどかなりいい感じです。ワタクシはリアルタイムでは聴いたことがありませんでしたが、もし当時聴いていたらかなり気に入っていたことでしょう。70年代に、あえてジャズ・ミュージシャンであることを選んだ人たちの気概がこもった記録です。ほとんど抵抗し難く巨大化した極東で、エスタブリッシュメントを否認した人たちの過ぎ去りし青春の思い出(ぎゃっ!)みたいな、いい演奏です。M
今日は藤井武の命日である。藤井武を知って、この世に生きた意味を知った。この世に生まれた甲斐があった。藤井武こそ、わたしにとって「イエスに似た人格」であった。わたしにとって、7月は生涯の特別な月になった。よろずのものの終りに告げられる奥義はついに曙のように立ち現れて成就すべきその時がくる。かつてないほどに高く大きな音を轟かせて第7の天使(みつかい)はラッパを吹く。ああ、これこそは地上で聴くことができる最終(いやはて)のラッパ、「時」は廻って
今日から、また、藤井武の『羔(こひつじ)の婚姻』を第1章から読み始める。1日1歌、朝の起き始めに読むのを日課にしている。もう何度読んできたか分からない。わが家には『羔の婚姻』は、同じものが3冊もある。書き出しは、秋10月に、藤井が10年間共に生きた妻を天に送り、これからの人生は「天と地の合唱によって始まる」とする、彼の空前な宇宙意識、神との交流意識から始まる。目もはゆるコスモス、菊、ダリアくまどるはうす紫の桔梗、めずらし、薔薇の小花さえ添い、きよき者の門出に栄えあれと、
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昨日の夜から体に異常な疲労を感じ、今日は食事を取る気にもなれず体を横たえていた。私は自分の過去ログなどを見ることはほとんど無いが、yahoo!に掲載していた過去のこのブログの1部を、YahooJapanがwebに保存してくれていて、こんな時はそんな過去ログを振り返ったりする。その中で、過去に掲載していた以下の記事が心に留まった;回心からの始まり:『絶対他者』との出会いと、そこからの使命。回心によって、『絶対他者』を見出した脳は、どうするのか?否、異なる次元に触
(’20年1月20日新刊:佐藤全弘著「わが心の愛するもの―藤井武記念講演集」)愛農学園高校やキリスト教愛真高校の理事であられる佐藤全弘氏による、新刊『わが心の愛するもの―藤井武記念講演集』が、来る1月20日に株式会社ヨベルより出る。藤井武を現代に紹介する貴重な1資料になることは、間違いないであろう。佐藤全弘氏は、これまでにも藤井武に関する著書を2冊出しておられ、今回が初めてではない。高橋三郎先生とも何度も活動を共にされ、一時はテレビで、オーム真理教からの洗脳にどう対処