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黄金の簒奪者たち:最終回昭和天皇は終戦後も日本を代表していた。これは憲法の解釈とは別のレベルの話である。日本国憲法上では天皇は「象徴」であり、実質的な権力は削ぎ落とされたと考えられたからである。しかし、前述した通り、実際には天皇は権力を行使していた。但し、天皇は憲法上の地位が変わった後は、「民間人」として外交に携わったのである。この場合の「民間」とは、日本政府の外交を担当する外務省などの官庁ではなく、「プライベート」であるということだ。あくまでもプライベートの立場から、天皇は外交および国
黄金の簒奪者たち:その137天皇財閥の総帥は天皇である。経営を執行する取締役会に相当したのが宮内省であり、その宮内省もまた薩長が仕切る組織であった。これまで何度も書いてきたように、明治維新は薩長同盟によるクーデターであり、天皇を現人神などと真剣に考える者など薩長にはいなかった。天皇という存在が、いかに薩長同盟にとって利用価値が高いものであって、それを有効活用すれば、一生安泰な地位が待っていた。失敗さえしなければ⋯。それまでは貧乏サムライであっても、この「秘密結社」に入りさえすれば、権力と
黄金の簒奪者たち:その136明治から大正までは、明治維新の志士の生き残りの連中であった「元老」たちが日本の政治を支配していた。大正期まで生き残った山縣有朋は大正天皇の妃であった「貞明皇后」から心底嫌われたとされている。その理由は「宮中某重大事件」にある。この「宮中某重大事件」とは、大正天皇の皇太子・裕仁親王(後の昭和天皇)妃に内定していた久邇宮家の良子女王(後の香淳皇后)の家系に色覚異常の遺伝があるとして、1920年(大正9年)から1921年(大正10年)にかけて元老・山縣有朋らが久邇宮
黄金の簒奪者たち:その135高橋五郎氏の『天皇の金塊』に登場する藤田なる怪人物は、大手銀行の頭取や日銀総裁と携帯で話をするような間柄で、「大室寅之祐は自分の曾祖父だ」と胸を張って嬉しそうに語るのだという。実際、藤田のもとにはイメルダ・マルコスがお忍びで融資の申込みに訪れ、”金塊”を担保にマネーを借りたいと言ってきたとある。藤田の仕事は、この世に存在しないカネを、存在するとみなすことで、「信用」という名の架空の担保をもとに大金を生み出すことであり、そうした高度なペテンを操る国際金融ブローカ
黄金の簒奪者たち:その134戦前の天皇財閥系企業を引き継いでいる会社の一つは「ソニー」であると書いた。創業期に後見役としてソニーに入ったのが初代宮内庁長官の田島道治だからである。田島は1953年(昭和28年)に宮内庁次長の宇佐美毅を後任とし長官を辞任した後、請われて「東京通信工業株式会社」の監査役に就任した。これが後のソニーで、田島は取締役会長、相談役を歴任し社内からは「会長さん」と親しまれた。田島は新渡戸稲造門下の支配階級として、国政の中枢に関与していた人物であり、特に宮内庁長官時代に
黄金の簒奪者たち:その131会社学を研究する奥村宏氏は、株式を持ち合う「持ちつ持たれつ」の関係を維持する旧財閥系の「企業集団・企業グループ」の在り方を、「法人資本主義」と名づけたが、この「法人資本主義」の本質的な問題は、それが「会社本位」と結びつくことだとする。会社とは、個人である株主が所有するものであり、株主が一番偉い。だが、法律上の存在である法人が会社を所有すると、一番偉いのは法人になってしまう。法人である会社は身体がない。よって意思も行為能力もない。そして身体のない会社は死
黄金の簒奪者たち:その130「狡猾な中国は、必ず日本支配へと乗り出すことになる」と書いていたら、中国海軍と中国海警局の多数の艦船が東アジアの海域に展開しているとロイター通信が12月4日に報じた。中国が高市早苗首相の台湾有事に関する発言に強く反発して以降、中国側の大規模な活動がこの海域で行われるのは初めてだ。報道によると、黄海南部から東シナ海を経て南シナ海に至る海域や太平洋で、一時100隻以上が集結した。4日午前時点でも90隻を超えていたという。中国当局はこうした動きについて、公表していな
黄金の簒奪者たち:その129「朱子学」に毒された国家はろくでもないことをしでかす。中国、韓国、日本と、どれをとっても酷い有様で、中でも日本は明治維新なるインチキ革命を成し遂げた薩摩と長州の人間たちがこの国の根幹を破壊し続けてきた。そして、明治維新以降の日本は、「近代国家」の建築を名目とした「戦争国家」となり、「大東亜共栄圏」の名の元にアジア12カ国から富を略奪、世界に冠たる経済大国となった。だが、国家経営など何もできない薩長の田舎サムライたちは、ただひたすら我欲を追い続け、この国のお財布がど
黄金の簒奪者たち:その128なぜか分からないが、韓国人人身売買ブローカーが関わってるとみられる人身売買事件や奴隷事件は2015年に次々バレた。2015年06月、ニューヨークで韓国人経営者による「搾取と人種差別」が大問題になった。韓国人経営者たちが運営するネイルサロンで人種差別や強制労働が横行してる事実が発覚し波紋を呼んだのである。なにせニューヨークである。「ニューヨーク・タイムズ」は、ニューヨーク市のネイルサロンに横行する賃金搾取や人種差別、健康被害などの特集記事を掲載した。取材には約1年を
黄金の簒奪者たち:その126韓国の自殺率のことを書いていたら、Newsweek日本版が、12月1日に最新状況を伝えるニュースを流した。タイトルは”若者から中高年まで──韓国を襲う「自殺の連鎖」が止まらない”で、今度は中高年の死因のトップも自殺になったと報じたのである。韓国統計庁の発表によると2024年の韓国における死亡者は35万8569人で、そのうち1万4872人が自殺だった。人口10万人あたりの自殺者は29.1人で前年を1.8人上回り、2011年の31.7人以来、13年ぶりの高い水準を
黄金の簒奪者たち:その124英国の旅行家イザベラ・バードが綴った『朝鮮紀行』は、日韓併合前から併合後の朝鮮半島の様子が記録されている貴重な資料である。現在の韓国(朝鮮)側の言い分、日本側の主張とも異なり、第三国の人間が見た事実が記されているからだ。その記述によれば、現在の北朝鮮(ロシア国境部の沿海州)では、ロシアの影響によって近代化が進んでおり、水路が整備され、衛生にも配慮され、そこに住む朝鮮人の家屋は朝鮮半島のものより立派で、彼らは大半が飢饉から逃げだしてきた飢えた人々だっだとある。
黄金の簒奪者たち:その123英国の旅行家であるイザベラ・バードは1894年から3年間で4度、朝鮮を訪問、その記録を著書『朝鮮紀行』として綴った。時は李王朝の末期から日清戦争、そして日韓併合(1910-45年)前の時期である。当時、既に60代だったイザベラ・バードが未知のアジアの国を旅すること自体、命がけだったに違いないが、客観的かつ率直に書かれた文章がなによりもこの紀行文の魅力になっており、そこには冷静に当時の朝鮮の様子が英国人の視点で描かれている。イザベラ・バードと『朝鮮紀行』
黄金の簒奪者たち:その122「タックスヘイブン」とは、世界の巨大企業、超富裕層、権力者たちが資産を隠し、税金から逃れるための「特区」だが、そのタックスヘイブンでさえも、最終的にはアメリカが簒奪する仕組みだったのである。イギリスは太平洋やカリブ海の狐島にタックスヘイブンの“イギリス領”を持ち、黙っていても王室に湯水のようにお金が入る仕組みを持っている。その意味で、結局、世界はこの2国が裏側を仕切っているということだ。そのイギリス式の国家運営のやり方を明治に導入し、大戦終了前まで続けた薩長の
こちらは、初めての作家さん映画化で、二重表紙戊辰戦争のただ中侍殺しの罪で捕まった駕籠かき人足の政は薩長率いる「官軍」から砦を守るよう命じられる勝てば無罪放免、負ければ死共に戦うのはあらゆる悪事を犯した十人の罪人たち彼らは生きて帰ることができるのか…強者たちの狭間で足掻く者の熱き闘いを描く極上の時代アクション通勤路の木も葉が散ってきょうも、皆さまとともに”いい日”でありますようにc
本日の言霊2025.10.13結局、いまの政治家はカネまみれ、利権まみれで、他人様のカネを自分の懐に頂戴するために政治家になるだけだ。いくら大言壮語を語ろうが、欲しいのは欲望を満たすためのカネとそれを実現するための権力であって、本気でこの国をいい国にしようなどと考えている政治家などいないと考えたほうがいい。それは国政だろうが地方自治だろうが関係ない。さらに、その後ろで政治家たちを操って自分たちの思い通りにさせたい宗教団体や大企業、労働組合といった組織も同じで、結局もって考えるの
明治天皇のすり替え説は、昔からありますがいろいろな方が説をいってどれが本当なんだろう?と思ってしまいますよね!まず、フルベッキ写真にも写っている長州藩の大室寅之祐(南朝)が明治天皇と瓜二つであったのですり替わったと言われています。あとすり替え説の根拠は、幼少期の写真や絵と即位後の姿が違うように見える。性格や嗜好が変わったという記録。南朝正統論(南朝の血統を正統とする考え)と結びつけられることもあります。少年時代の筆跡と大人になった字が違う(綺麗になっている)明治天皇の顔
源泉掛け流しの温泉はこの季節、あっつっつ4階の露天風呂まで辿り着くのに冷まされること無く熱さダイレクトにやってくるパンチのあるお湯お湯も熱いが公演も熱いこの日の講演会はものすごいタイトルと思わせてしまう歴史花ホテル講演会-会津柳津温泉花ホテル滝のや&アネックス花ホテル講演会データベース1000回を超えた花ホテル講演会。これまで行われた講演会を振り返ることができるよう、アーカイブを整えることとなりました。一部の講演につ
私が会津に戻ってきたのは、予備校も含めた6年もの東京生活に疲れたからであった。体重は50キロを切っていた。肥ったのは結婚してからで、貧弱な体と精神を持て余していた。働くことなど端から考えていなかった。それでも時間つぶしに会津若松市内の夕刊紙を手伝うようになったことで、戊辰戦争についても、それなりに本を読むようになった。当時の会津には錚々たる郷土史家がそろっていた。その筆頭が相田泰三先生であった。旧制会津中学で教鞭をとっていたこともあり、かなりの高齢であったが、会津藩教学の研究にいそしんでい
黄金の簒奪者たち:その12戦争というものは、敵と味方が戦うものではない。戦争をした国々は、マネーゲームの駒でしかない。駒を操る胴元はおなじみの超弩級富豪のロスチャイルド家を筆頭とした世界金融裹頭勢力で、いわゆる“特殊世界の富を手にした住人”たちである。戦争というのは、特殊世界方式による特殊世界のためのマネーゲームの産物であって、財産と身の保証をされている特殊世界の住人たちは高みの見物を決め込む一方で、命や財産を奪われる戦争の犠牲者は罪なき国民という寸法なのである。もちろん、日本にもこの特
『3か月でマスターする江戸時代-NHK』に合わせて、子どもの頃(1983~1984年)に放送されていた『まんが日本史』の歴史認識を照らし合わせたくてヒストリーチャンネルで放送されていたので観ました。攘夷の風が吹き荒れる幕末の江戸幕府の苦闘と薩長の動向を描く(ヒストリーチャンネルの『まんが日本史』より)内容について1860(安政7)年、桜田門外の変で幕閣トップの大老・井伊直弼が殺害され、幕末の騒動が始まります。攘夷の風が吹き荒れる天皇を敬い(尊王)、異国人を”夷狄
継之助方谷(ほうこく)見上げ城見上げ覚悟決めたか峠越えると😸ある方のブログで備中松山城を見まして、私は司馬遼󠄁太郎氏の「峠」の主人公で、ラストサムライと言われる越後長岡藩士の河井継之助を思い出しました。河井は藩を立て直す為、「経世済民」という思想に傾倒します。これは現在の「経済」の元になった言葉ですが、「国を治め民を救う道」ということです。河井は、この為に遊学の旅に出て、備中松山藩を立て直した山田方谷に弟子入します。そ
こんにちわぎゅうちゃん2020です。いつも見て下さる皆さんも、たまたま見たよの皆さんも、本当にありがとうございます。昨年の3月に、関西から福島県に引っ越してきた私ですが、この地にご縁ができた事で絶対に行きたいと思っていた場所、それは「白虎隊(びゃっこたい)」のお墓です。※鎮魂の祈りを込めて手を合わせました時はさかのぼって、平和が260年続いた江戸時代末期。アメリカのペリー来航をきっかけに、外国の脅威にどのよ
このブログは、私(鯛)の元に現れてくれた様々な偉人・神々との会話を記していくものです。現れた偉人たちは皆、口をそろえて現代の日本人に伝えたいことがあると言っています。神々には日本の行く末が見えてはいますが、あくまでも人間の意志を尊重していると言います。神々に救ってもらおうと考えるのではなく、人間が自分たちの手で社会をどう変えるかが大事なことのようです。信じる、信じないはあなた次第。一つの物語としてお楽しみください。勝海舟シリーズこれまでのお話はこちらから『勝海舟①「光に誘
昨日、会津藩が薩長に降伏した日やったんや。無念。
知恵を求める人のためのブログです。1941年、今から83年前、なぜ日本は戦争に突入したのでしょうか?終戦の日である8月15日が近づくと、太平洋戦争に関する報道・ドキュメントが増えます。その直前に原爆投下に関連した報道・ドキュメントがなされます。こうした報道・ドキュメントを見ると、戦争の残虐さ、不合理、非情さなどが取りざたされるものです。そして、戦争を知らない多くの人たちに、戦争をどう思うかを尋ねたりします。誰しも戦争はしたくないし、行きたくないし、平和を望むものです。ですから、
今日は父の日らしい。すてれんきょの親父は晩酌をするんで、晩めしの時はいっつも赤い顔して、同僚の批判ばっかりで、どこでスイッチONになるんかこんな感じで怒りだす。箸をお膳に突き立ててくどい。何処に地雷があるかわからんので晩めしがまずい。そんな親父やから「父」とか呼ぶことはほとんど無いけど、「父」と呼ぶ時はチチ↗️て、語尾があがる。昨日福山雅治がラジヲで、父と乳を語っとって、「父」はあがり、「乳」はチチ↘️と下がるらしい。すてれんきょと一緒なんやけど、寺尾聰と話したとき、寺尾聰は「
今日、読破した📚本は『一冊でわかる幕末』。私が敬愛する人の一人として吉田松陰先生がいます。過去にも松陰先生の著書を紹介しておりますが、そしてことあるごとに松陰神社にも何度も趣いてきました。今日読んだこの『一冊でわかる幕末』は本当にわかりやすく幕末を理解できる著書で、こんなにも全てがしっかりと用意されていたのでは?…と思う程、面白い時代なんです♪そして私は陰謀論も好きなので歴史として説明されている内容でも「もしかしたら…!?」と疑ってしまうことも沢山ある時代♪剣
「朝星夜星」朝井まかて、PHP研究所、本体価格2200円洋食料理人の域を超えた草野丈吉という小柄な男、長崎から始まり、大阪・神戸・京都にまでホテルやレストラン等を経営していきます長崎の頃は陸奥宗光や、あの竜馬らしき男に、やがて財閥を築く岩崎弥太郎等も訪れますそして何よりも、政府の要人と外国人客をもてなしたりしますその妻ゆきは、大柄で料理は不得意で、大まかな性格、なんかホッとするものがあります二人は2女1男をもうけますが、子どもたちの成長(特に長女きん)も興味深い丈吉の女好きな面も紙
http://www.meijijingugaien.jp/art-culture/seitoku-gallery/明治神宮外苑|聖徳記念絵画館聖徳記念絵画館。明治神宮外苑は明治神宮の外苑として大正15年に創建され聖徳記念絵画館を中心に神宮球場をはじめ各種スポーツ施設と四季折々の自然を満喫することができる。特にいちょう並木はよく知られている。www.meijijingugaien.jp遊就館に劣らない薩長プロパガンダ絵画館ワイのような会津藩推しには非常に胸糞悪い所です。明治大帝の生涯に絡