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こんにちわmisabaです😃長々と続けておりますが覗いて下さって有り難うございます😆💕✨恐縮しております後少~し我慢してくださいませ🙇弘法大師さまへのご挨拶を済ませた後奥の院前のバス停から🚏千手院橋(東)まで近くのカフェでランチを腹ごしらえも少し歩いて金剛峯寺へ入ったらおーおっ洒落ぇここで私が印象深かったのは「柳の間」です秀吉に追放された甥の秀次が自刃した間です秀次の気持ちを思うと……何とも無念無念無念……思わず手を合わせておりました
寺社No.5011御朱印No.5136高野山蓮華定院和歌山県伊都郡高野町高野山真言宗真田家墓所2019年4月6日真田家の墓所があります。BS朝日京都ぶらり歴史探訪
先月のなかばに高野山へ行って来ました大阪のなんばから特急こうやに乗り、極楽橋からケーブルカーに乗りました東京からだと初日は移動でおわってしまった。宿坊は真田家ゆかりの蓮華定院さん真田丸好きなのでそこらじゅに散りばめられている六文銭や結び雁金に興奮。お部屋はお隣との仕切りが襖!わかってはいたんだけどやっぱりびびる。でも一応釘みたいな鍵がついていたり空いてたからかお隣には宿泊者がいなかった。でも斜め向こうのお部屋のお声は聞こえました。でも何言ってるかわかんないしみな
会期中にお世話になる宿坊を訪ねました。蓮の花に迎えられた真田家所縁の由緒あるお寺です。各部屋の襖絵の素晴らしさに感激です。御住職と美しい奥様にもご挨拶させて頂きました。真田の六文銭と…あれなんだっけ?😅
引き続き、聖地高野山第一次巡礼です。金剛峰寺&檀上伽藍のあとは、北西の女人堂方面に向かい、道沿いの寺院をエリアカバーしてゆくかたちで巡りました。110以上ともいわれる高野山寺院(&宿坊)群。日帰りで実質滞在時間が五時間弱の旅。主要な見どころを押さえることも一日では不可能。そこで、金剛峰寺、檀上伽藍、女人堂エリア、そして奥ノ院と絞りました。明治の始めまで女人禁制であった高野山。そこで、女性も参拝できるように入口付近に参籠所を建てました。女人堂。絶えず参拝者観光客の
このところ、幕末記事がこれほど空いたことがなかったので「タイトルに偽りあり!」とならないか不安の珠里ですけど、「記録ねつ造」は出来ないのでもうちょっと幕末記事はお待ちくださいませさて、高野山の続き次に向ったのは…蓮華定院関ケ原の戦いの後、高野山への配流処分となった真田昌幸・信繁(幸村)さん一行が、最初に逗留したところです。後に九度山へ。夏の陣にて信繁さんが討ち死にしたあとは、松代藩・真田信之さんが高野山・真田菩提寺として庇護したそうです。現在は宿坊となっ
蓮華定院昌幸とともに幽閉された地真田古墳幸村が大阪に向かうための抜け穴真田庵真田昌幸・幸村父子が蟄居した庵
お宿は真田幸村が蟄居してた蓮華定院。仏具まで六文銭です💖頭の中であのテーマ曲が流れます🤣こちらではお夕飯前に数息観の瞑想がなんと40分!暇なのでお部屋でも写経し除夜の鐘まで待機!
また、間が空いてしまいましたが、今回のツアーも2日目に突入です。出発するころには、雨も小降りになってきました。宿泊した『蓮華定院』でバスに乗り込みます。1日目とは座る席が変わっていました。1日目は後ろの方の左側、2日目は真ん中の右側です。旅行会社の人も偏らないように考えているんですね。予定の時間に出発です。まず向かうのは吉野山。吉野山と言えば桜が有名です。下千本・中千本・上千本・奥千本と広大な地域に桜の木がたーーくさん植わっていて、下千本から順に開花していって、
ViewthispostonInstagram今日は急遽、天気もいいし、そうだ!高野山へ行こう!一緒に行きたいと思った方にラインしたら、よし行こう!となり二人で行って来ました。満喫✨本日の目標は、①高野ムゥを食べる②奥の院英霊殿の紅葉を見る高野ムゥは、二種類の味があります。生クリーム大福。ピンクのは生クリーム味、緑のは、生クリームに梅じゃばらが入ってます。大福には、高野豆腐の粉末が入ってるらしい。もちもちしてておいしかったです。ほんのり、アイスの方が好きかな。紅葉
昼食くらいの時間になり小腹が空いてきました。食事をしたいけど高野山へ来たら外しちゃいけない例のモノを食べないと。売り切れてしまったら大変!例のモノ「麩善の笹巻きあんぷ」「あんぷ」とは、こしあんを生麩で包んだまんじゅうのことを言うそうです。よもぎを混ぜた麩の中にあんを入れて熊笹で包んだ麩まんじゅう。もっちもちして程よく甘くって・・・あぁ幸せ♪購入後、店内のベンチで食べることができます。3席しかないのでイートインできるかどうかは運次第。
ご訪問ありがとうございます(^人^)イイネもありがとうございます(*^▽^*)参拝してきました~(*´∀`)まず女人堂で降りてこの自然な樹々が多いところを歩きます。女人堂にて男性職員:「下、暑いやろ~」私:「めっちゃ暑いですよ~(++;」和みました蓮華定院のハスの花ハスの花の散った後。お盆の御供え菓子でこんなのがあって、「これなに?(花でもないし葉っぱでもない、ヘンなかたち...)」と思ってました。つい最近まで(笑)。リアルにこんなふうなんですね~
『平成最後の夏にあなたがやりたいこと教えて』みんなの回答を見るあなたも答えるもうやっちゃったけど母と旅行✈️これで夏のやりたい事は終了2日目はゆったりだけど体力使ったわ先ずは蓮華定院へ🚌こちらには真田家墓所がありまして詳しいことはこちらをポチッとなお墓と言いましてもこちら高野山にある有名戦国武将の墓所はお骨は無くあっても歯や髪の毛だそうですこちら蓮華定院も宿坊になっているので真田家ゆかりの甲冑や書状など見たければ宿泊されるのも良いのでは?と思います良いですなぁ六文銭
高野山に参っています(^_^)/まず、真田家ゆかりの蓮華定院に来ています(^^)v宿坊ですので、寺院内部の見学とかは宿泊客でない限りできません(*_*;ただ、すぐ近くに真田信之とその子:信政の墓がありまして、そちらは参拝可能です(#^.^#)信之の墓というものは複数ありまして、そのうちの一つということのようです(~_~;)寺院の敷地外ですが、こちらの敷地を通らせていただく方が辿り着きやすいです(^^;)当然、寺務所の了承を得る必要がありますm(__)mこのように、墓所があるこ
関西の鉄道会社(南海電鉄)の懐かしいコマーシャル(ですから、流れているのは関西だけ!)なんですが、女性の爽やかな歌声で、「高野山て、どんな所かなぁって思って来ぃてみたらぁ、涼しいので、驚ぉいたぁ〜」と聞かせてくれるものがありました(^_^)そう、関西での高野山のイメージは、まず、涼しい所!夏の涼しさは快適です(^_-)←逆に言えば、冬は寒いっ!(――;)当然のことながら、それ以外のイメージとしては、1200年前に弘法大師(空海)様が開いた霊場!寺院が立ち並ぶ聖なる地域です(^_^
女人堂。本王院から一路、女人堂を目指す。約850m/徒歩十数分。ただし、全て登り坂となる。途上の塀沿いの紅葉が見事だったが、ちょうど真下に駐車する軽乗用車がお邪魔さまで。ちょうど、頂のあたり。見下ろすショット。結構な高低差だ。女人堂~南海ケーブル高野駅間はバス専用路線で、一般車両は通行できない。寺院というよりはまさに草庵的な佇まい。ここも観光客は多く、人を切った撮影は断念した。中の様子。御本尊さんは写さないようにね。御朱印は建物右手の納経受付で。自身
高野山金剛峰寺。http://www.koyasan.or.jp/ブログはだいぶお休みしてしまったご朱印行脚自体に出かけることが多く、記事を書いているヒマがなくて…昨年、秋。宝徳寺~崇禅寺~古峯神社のご朱印行脚を「クライマックスシリーズ」と銘打った。高野山は、まさにそれを上回る「日本シリーズ」に相当すると言っても過言ではないだろう。ご朱印巡りでは、高野山は例えるなら北極点、南極点のようにひとつの到達点とも言える場所。直近に放送されていたブラタモリが映像的な予習となり
本日は八十八ヶ所巡りの締めで、高野山にいってきました。四国八十八ヶ所巡りを終えたのは3年前。その後、私のいろいろなことがおき、やっと、気持ち的にも行けるようになったために念願の高野山へ。大門はやっぱりずっしりおもむきが違っていたよ。これから高野山って身が引き締まる想いがします。ちなみに息子が自分の携帯で写真を撮ることに没頭しています。ついでに私もご朱印をいくつかいただいてきました。⬇高野山奥の院豊臣秀吉や織田信長の霊場もあり、聖地という感じの杉林の中を2キロ歩きました。⬇金剛峯
こんにちは今回は、和歌山県の九度山と高野山を紹介します。↑九度山にある、真田庵(善名称院)です。ここは、真田幸村と昌幸の親子が、高野山に蟄居を命じられて、信州から紀州まで、来てここで、真田昌幸が、亡くなったので、境内には、昌幸の墓や幸村の碑が、あります。他にも、この近くには、真田ミュージアムや真田抜け穴などが、あります。↑手前にあるのが、真田昌幸の墓で、後ろにあるのが、真田幸村の碑で、真田大助など真田家臣の墓です。ここから、高野山です。↑空海が、開いた高野山
蓮華定院れんげじょういん真田昌幸と信繁一行が関ヶ原の戦後、九度山へと幽閉されるまで謹慎のために滞在していたお寺です六文銭じゃここにいたんですネ(^_^)byTORQUE
九度山ラブ❤️真田ラブ❤️の私ですが、この度、仙台真田家当主真田徹さんを囲む会を真田昌幸、幸村親子が過ごした九度山と真田家ゆかりの蓮華定院にて開催します宿泊、日帰り、真田徹氏の講演のみの参加と三コースあります!初日の九度山散策真田ミュージアムでは、真田幸村公の甲冑が展示されています真田幸村直系徹さんは、真田幸村次男大八が、大坂の陣後片倉久米助と改名し片倉重綱に養育されます。つまり、伊達家の家臣としての真田家であったのです。明治維新まで続いた真田信幸の松代藩も、宇和島伊達家と縁があ
こんばんは〜なっぱっぱです早いもので、今年は義父の13回忌。高野山の『蓮華定院』まで行って来ました先日ブラタモリにも高野山シリーズで出ていましたね〜。こちらのお寺さん、真田丸にも登場し、真田家ととても縁が深いそうです。入り口には、あの真田家のシンボル「六文銭」の提灯が下がっていました。確か三途の川を渡るのに、鬼たちに支払う銭が六文。真田家の者は、その六文をいつも首から下げていて、「いつでも死の覚悟を持って戦う‼︎」という誓いにしていたそうです真田家の家紋(画像はお借りしました)
10/7の宿、紀伊見荘書き忘れ。じぃちゃんは、ベッドじゃないと寝起きできないので、じぃ、ばぁは洋室。私たちと実家ばぁばは、4人で和室にしました。入り口は階段多いし、エレベーターまでが遠い造りで、お年寄りや足の悪い人に優しくなかったけど、お風呂には、介護用のお風呂椅子があったよ。じぃちゃんは、結局お部屋にあったユニットバスに入ったけど、手すりないし、出るのが大変だったみんなにすすめられたとおり、大浴場行けばよかった…と言ってました。ここのお風呂よかったよ10/8天気がいいのは嬉しいけど、暑
2017.8.11今年の夏は高野山に行ってきました。宿坊に泊まって、精進料理を食べて、お坊さんのお話を聞いて、プチ修行体験です…というのは、きちんと修行をしている方々にとっては申し訳ない話ですね、きっと。高野山の駅。さっそく鈴なりの風鈴が迎えてくれました。こういう演出、大好きです。泊めていただいたのは蓮華定院というお寺です。真田家ゆかりのお寺だということで、有名な六文銭の家紋があります。その隣の扉に飾られているのは結び雁金と呼ばれる、これもまた真田家の家紋です。平時にはこっち
2005年8月20日に亡くなった母の13回忌法要を今日、高野山の蓮華定院で行った。蓮華定院は、我が一族の菩提寺。我が一族は、平安時代末期に源頼朝に仕えた家来の一族であるが、その後泣かず飛ばず…何ら名声が聞こえて来ずに埋もれていったようだ…だが、蓮華定院は違った…真田幸村が最初に幽閉された場所として、有名になってからというもの、今日も多くのお客さんが訪れてきていた。外から見たら、ひっそりしているように見えるが、中は、多くの人でごった返していた。そんな中、私の母の法事を内
高野山蓮華定院真田幸村真田昌幸
今日の徹子の部屋は星由里子さんjunashidaのワンピースがとっても素敵✄---✄---✄---キリトリ---✄---✄---✄戻りまして高野山空の青が深い天に近いところれんげじょういん蓮華定院へ(HPよりお借りしました)真田家墓所へ
真田家ゆかりの蓮華定院さんに行ってまいりました高野山は22℃ほどで涼しくて快適。あがっていく途中は、雨が降ってきたのに着くとやみました!やっぱり私は晴女蓮の花がステキ本堂からの眺めが好きなんです!お庭もステキ。写経体験もできますよ。珈琲と銘菓をいただきました私はケーブル電車には乗ったことがないのです!秋に開催予定のイベントの為に駅の場所を確認に。ここも観光客で賑わっていました。今日は、とても不思議な感覚になりました。絡みついた糸がほどけては繋がり、今世で出逢う人達はきっと前
幼少期から母屋の仏間でお爺ちゃんが撮影した壇上伽藍をずっと眺めてたので初めて目の当たりしその大きさに圧倒され自分のカメラで撮影できた事に喜びをかみしめていました。次は青空の下で撮影したいな♪金剛峯寺宿泊した宿坊蓮華定院真田家が高野さんに幽閉されていた時に居たお寺さん。江戸時代に火事で消失してしまい当時の建物では無いのですがこの場所に真田幸村公が鎮座されていたと思うと感慨深いものが有りました。奥の院にて豊臣秀吉公と