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如意山乙宝寺新潟県胎内市乙1112真言宗智山派蒲原三十三観音霊場番外天平8年(736)聖武天皇の勅願により行基菩薩波羅門僧正の二人の高僧が開山金堂には胎蔵界大日如来阿弥陀如来薬師如来の三尊が祀られている境内は2万5千坪猿伝説の寺弁天堂仁王門三重大塔大日堂(本堂)インド僧婆羅門僧正は当寺お釈迦様の左眼を納めて乙寺と名づけたといわれている右眼は中国に納められ甲寺と呼ば
蒲原三十三観音霊場巡り平成30年9月からはじめました何回行っても留守無人などで時間もかかりやっと2月で終わりました福隆寺観音寺切畑の観音堂東光寺永谷寺正円寺興泉寺延命寺普談寺観音寺満願寺の観音堂大栄寺法幢寺東陽寺長安寺養廣寺西福寺多賀神社の観音堂鑑洞寺華報寺釈尊寺天樹寺千光寺白蓮寺相円寺興善寺宝積院内島見観音堂見龍寺
今日は寒いですあられが降りました天樹寺新潟県阿賀野市女堂第二十二番札所山号勝屋山本尊如意輪観世音菩薩いつも無人で電話して行きました御朱印見龍寺新発田市岡屋敷554第二十九番札所山号明白山本尊千手観世音菩薩ここは個人のお宅でいただきます御朱印行く途中の田んぼに白鳥まとまって居る所とポッリと居る所と近
補陀楽山千光寺新発田市五十公野5021蒲原三十三観音第二十三番札所曹洞宗天平年間(729〜749)創建兵火のため焼失し観音像は行方不明にとなり旧中条の地で見いだされ二百余年安置されさらに行方不明になった二百七十余年を経て発見され寛文(1661)の頃現在地に堂を建立像を移し千光寺と号した無人なので納経所は個人宅で!個人
宝珠山相円寺新発田市中央町2ー2ー5蒲原三十三観音霊場第二十五番札所本尊釈迦牟尼仏1540年宝珠庵という名で千手観音菩薩を本尊に開山その後釈迦牟尼仏を本尊に宝珠山相円寺として改名外の掘りには金色の鯉御朱印
徳昌寺阿賀野市村岡1386蒲原三十三観音霊場第三十番札所本堂釈迦牟尼仏森には大鷲が生息し多数の人命を奪った為村人は困り果て高橋弓の名人に大鷲退治を願い全て退治鷲の巣の辺りには乳児の白骨が山をなしていたので一堂を建立して供養したという大きい道路から中に入るのですぐにはわかりませんでした少し走ります御朱印
内島見観音堂新潟市内島見90蒲原三十三観音霊場第二十八番札所聖観観世音菩薩弘法大師の作で応永年間(1394〜)将軍足利和義時公の守護仏として兜の中に収められていた管理されているお宅の方に開けてもらい御朱印をいただきました仁王門御朱印
龍雲山興泉寺新潟県五泉市錦町2-35蒲原三十三観音第七番札所宗派曹洞宗千手観音菩薩本尊釈迦牟尼仏創建文明6年(1474)開山観音堂は大正2年(1913)の火災で焼失しましたが景継の守り本尊と伝わる千手観音菩薩像は無事で現在も安置されている御朱印
五頭山華報寺ごずさんけほうじ阿賀野市出湯794蒲原三十三観音二十番札所聖観世音菩薩本尊釈迦牟尼仏曹洞宗大同元年(806)弘法大使空海が北陸巡業の折当地に五頭山を開山し五頭山頂に五尊を観請山麓に建立されたこちらはいつも留守で今回は4回目やっといらっしやいました春はこんなでした今はこんな御朱印境
桃源山養広寺新潟県阿賀野市駒林1768蒲原三十三観音第十六番札所聖観世音菩薩本堂釈迦牟尼仏その昔は真言宗でしたが曹洞宗に改宗御朱印
台現山鑑洞寺阿賀野市笹岡1390-1蒲原三十三観音第十九番札所宗派曹洞宗本尊聖観世音菩薩植木安右衛門という人が両親菩提供養のため天明2年(1782)建物田畑などを寄進開基されたとする裏には笹岡城跡がある村の中の細い道を入っていきます本堂裏の山の上にある古い石仏お留守で書置きでした御朱印
祥瑞山大雲寺阿賀野市外城町14ー26蒲原三十三観音霊場第三十ニ番札所宗派曹洞宗本尊聖観世音菩薩元和4年33番長楽寺住職により開山といわれている寺の正面には白鳥飛来地瓢湖があります御朱印
聖籠山宝積院新潟県聖籠町諏訪山578蒲原三十三観音霊場第二十七番札所宗派真言宗智山派本尊十一面観世音菩薩観音像と仁王像は天平9年(737)泰澄大徳が百合若大臣と名鷹緑丸の菩提を弔うために彫ったもの異僧が来て両尊を供養礼拝し堂宇を建てて山籠りしたこのことからこの地を聖者の籠る山故聖籠山と呼ぶようになった三門にはサラシを巻く仁王像が立っている顔だけの像御朱印
玉峰山西福寺阿賀野市下条町5ー23蒲原三十三観音霊場第十七番札所宗派曹洞宗本尊聖観世音菩薩もと京ヶ瀬村にあり天文13年(1544)現在地に移転花頭窓(火灯窓)の鐘楼門回廊
福聚山興善寺新発田市道賀111蒲原三十三観音霊場第二十六番札所宗派曹洞宗本尊聖観世音菩薩開山超天久越大和尚昔領主新発田因藩主が門前を乗馬で通った際落馬されたことから以来本尊は秘仏とされ開扉は住職一代一回と定め下馬観音と呼ばれている参道も正面を避け斜めに設けられている御朱印
慈鳳山釈尊寺じほうざんしゃくそんじ蒲原三十三観音霊場第二十一番札所阿賀野市下の橋264ー2宗派曹洞宗本尊馬頭三面観世音菩薩普門庵が当地に移転その後昭和34年寺名を釈尊寺と改めた阿賀野市内と阿賀野川との中間くらいにあります本堂御朱印
廣喜山長安寺新潟市北区長戸呂777蒲原三十三観音霊場第十五番札所宗派曹洞宗本尊聖観世菩薩文安(1444〜)の頃現地に移り清源寺と改称その後寛文9年さらに長安寺と改め現在に至る高森に開かれ長戸呂に移転したもともとは真言宗のお寺だったようですが曹洞宗に改宗山門梁の天井100年ほど前明治時代の火災の跡が残っている最初見た時はビックリそんな前の物とは!かわいい猫ちゃんの作り物がたくさんありました御朱印
虎岳山東陽寺蒲原三十三観音霊場第十四番札所新潟市江南区大渕998宗派曹洞宗本尊聖観世音菩薩かつては阿賀野川対岸の豊栄高森集落にあったが度重なる水害被害のためこちらに開山された山門三十三観音札所の観音像を模した石仏本堂御本尊釈迦牟尼仏御朱印
揚揮山法幢寺新潟市江南区小杉3ー2ー30蒲原三十三観音霊場第十三番札所宗派曹洞宗本尊聖観世音菩薩寺宝酒呑地蔵尊は広く信仰を集めている春分の日一日だけの御開帳このお地蔵はよくできなかった味噌を美味しい味噌にかえる不思議な力を持っておりお地蔵に供えた酒を味噌に混ぜるとかならず美味しくなるといわれ遠くからお酒を持ってお参りにくる人も多いそうです御住職さんと奥様がとても親切な方で蒲原三十三観音の御朱印帳の事をたずねたらいろんなところに問
隆明山大栄寺新潟市江南区沢海3-3-18宗派曹洞宗本尊聖観世音菩薩蒲原三十三観音霊場第十二番札所満光寺極楽寺得船寺を合併し第栄寺と改称した北越の古禅寺研修道場曹洞宗選仏の大道場寒の30日間最も厳しい修業のひとつである寒行を行いますが節分の日をもって満願を迎え本堂で「大般若経」を転読して終わります住みこみの修行僧が毎月1日、15日に「わらじ」をはいて托鉢の行を積んでいる
満願寺新潟市秋葉区満願寺蒲原三十三観音霊場第十一番札所本尊十一面観音満願寺地集落の鎮守わかりづらい所にありこの集落に宗派の違う満願寺というお寺もあり間違えやすい管理と納経は12番札所が行なっている見えにくくてすいません観音堂御朱印
福聚山観音寺新潟市秋葉区新町2-5-51蒲原三十三観音霊場第十番札所宗派曹洞宗本尊聖観世音菩薩本尊は聖徳太子の御作鐘楼えと地蔵六地蔵閻魔さまですね御朱印お地蔵さまをいただきましたボランティアの方が一つ一つ作られているそうです
普談寺新潟市秋葉区朝日2560越後三十三観音霊場札所第三十番蒲原三十三観音第九番札所本尊観世音菩薩白色座像聖徳太子が自ら彫り込んだと伝わるもの真言宗智山派目がすごいですね体にまかれてるのはなにかな?観音堂本尊不動明王大杉推定樹齢700年十三佛御朱印
錫杖山延命寺(しゃくじょうざん)新潟県五泉市丸田戊115蒲原三十三観音霊場第八番札所真言宗智山派聖観世音菩薩数百段の石段を登って妙馥堂大悲堂彫刻がたくさん何かストーリーがあるのかな?ここからの眺めです本尊地蔵菩薩御朱印
正園寺新潟県五泉市村松6335蒲原三十三観音霊場第六番越後三十三観音第三十一番札所宗派真言宗智山派本尊不動明王延暦15年(796)当初は伝教大師により開山された天台宗の寺院であったがその後真言宗に改宗された観音堂観音堂の天井にかかれた雲龍画県内でも五泉村松地区周辺にしか存在しないという板碑五輪線刻塔婆11基御朱印
雲栄山永谷寺第五番札所新潟県五泉市川内1430曹洞宗本尊阿弥陀如来苔がきれいですね六地蔵観音堂大屋根の本堂御朱印詠歌
観音寺第二番札所新潟県阿賀野市草水751創立応仁二年(1468)開山月窓明潭大和尚宗派曹洞宗山号臨澤山本尊行基菩薩之御作にして立像の聖観世音菩薩境内には樹齢500年を超える程の三大銘木町文化財に指定欅樹高29m周囲7m戊辰戦争時の弾痕が残っている銀杏樹高33m周囲6.5m杉樹高33m周囲4.8m山門上杉謙信が領主となると観音寺を深く帰依し中興開山したことで隆成し未寺19か所を有
福隆寺新潟県阿賀野市寺社甲1853蒲原三十三観音霊場巡りを始めることにしました関連のお寺には専用の納経帳がなく一番札所にありました創建天平8年(736)宗派真言宗本尊大日如来名僧行基日本初の大僧正がこの地を訪れ自ら千手観世音(御丈2尺4寸)を彫り込み安置したのが始まり本堂は嘉永6年(1854)に建立された古建築で寄棟桟瓦葺平入外壁は真壁造り白漆喰仕上げ腰壁は縦板張り観音堂嘉永6年(1854)に建立本堂蒲原三十三観音霊場第一番札