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4月末に出かけた宮山墳丘墓の続きです総社市でのメインはこの後も控えていたもののここまできて辞めるわけには…と、そのまま宮山天望古墳に向かいました展望台あたりは開けています付近に意味ありげな巨石があり自然なのか、なんなのか、などと話しながら階段を登り墳丘が見えてきました宮山天望古墳です三輪山山頂部に立地全長約55mの前方後円墳です総社市のホームページはこちら総社市の公式サイト。市の紹介、暮らしの情報、観光・イベント情報。www.city.soja.o
5月13日(水)・・・今日はお仕事の日で・・・薬剤師さんも事務も人数が少なかった上に・・・患者様がどんどん来られて・・・お昼の休憩もきちんと1時間はとれず・・・めちゃくちゃ疲れました。。。まぁ・・・そうはゆーても!!!明日はお休みなわたしです~~~とりあえず今日のところは・・・10日(日)のたのしかった群馬ソロツーの続きです~~~(詳しくは過去ブログ見てね→『群馬ソロツー!!!その1(思いがけず・・・バラ満喫!!!)の巻♪』)さほど期待もしていなかったし・
9月4日木曜日10:04櫛山古墳に入ります入れるのは有り難いですね地蔵池の反対側の泥池前方部の横側ですか曲線が見えますがその先後円部でいいのかな左を見ればこちらが地蔵池前方部の前側ですね少し中に入ります右側のライン道がありますね左側のライン境界が分かりにくいですね振り返る前方部方向ここから右側括れぶでいいみたいですね後円部方向この石は石棺の一部?葺石ではなさそうですが…墳頂墳頂のさらに先双方の相棒造り出し部前
8月28日木曜日9時30分次のお目当ては、メスリ山古墳です鳥居です通り過ぎようとしたら解説板がありますなんか由緒正しそうです『談山神社大鳥居』御破裂山(標高618.5m)の山腹に、南面して鎮座する談山神社の、北の入り口に位置する大鳥居である大鳥居は石製で、高さ約8.5m、長さ約11.5mであるが、同地の火災の際、西側の石材の端部が落ちてしまった。石材は花崗岩で、御破裂山の山腹から切り出されている談山神社の桜井側の入口として繁栄したことが付近の街並から想像できる桜井
こんにちは、スタルペスです保渡田古墳群では、発見時の状態で保存しているのが「二子山古墳」で、築造時の状態で保存しているのが「八幡塚古墳」です。※保渡田古墳群のシンボル「八幡塚古墳」八幡塚古墳は、墳長102m、後円部の直径56m、高さ6m、前方部幅53m。周濠は馬蹄形で二重になっていて、さらに外側を幅の狭い外周溝が巡っています。内側の周濠にはくびれ部と後円部後側に4基の「中島」が配置されています。※なぜかUFOに見える「中島」墳丘には
愛知県一宮市にある浅井(あざい)古墳群、続きです。昨日アップした桃塚古墳から北東へ80メートルほどの場所にあるのが毛無塚古墳です。↑毛無塚古墳(浅井10号墳)、北西側から桃塚古墳とは違って、「古墳!」とわかる現状です。場所はこちら:35.350852,136.834257↑「史跡毛無塚古墳」の解説板直径38メートル、高さ3.5メートルの円墳。葺石をもつようです。↑墳頂に登って、そこからの写真も撮りましたが、周囲はすべて住宅なのでブログにアップできず
『史跡纏向古墳群ホケノ山古墳』です全長約80m後円部径約55m前方部長約25m定型化する前の初現的な古墳遺物画文帯同向式神獣鏡銅鏃加飾二重口縁壺など葺石周溝状遺構あり改元前は本場で墳活纏向2この時以来ですね令和7年ですから7年前ですかそして今回は雪のホケノ山古墳ですさすがに、マムシは大丈夫でしょう私以外にも墳活している人がいたのですね足跡が墳長に伸びてますね葺石ですかねその先に木棺直葬墓が見えますねこんもりとした木
こんにちは、スタルペスです。単頭双胴怪獣鏡の出土がこの古墳の運命を替えました。※直径44㎝の単頭双胴怪獣鏡明治25年(1892年)地元の二少年が偶然、丘の上の穴を発見し地元の警察・消防に通報。大人たちが穴の中を発掘すると直径44㎝にもなる大鏡を発見!!他にも、刀や剣なども出土し尋常ではない古墳だということが解りました。※明治22年、発見した少年たちと発掘の記念撮影この直径44㎝の大鏡は、古墳で発見された銅鏡では日本で最大だというこ
『群馬県指定史跡南下B号墳』未調査円墳径約22m高さ約5.2m葺石埴輪周溝は不明自然石を乱積みした横穴式両袖式石室一部に切石またはその手法あり玄門あり漆喰あり石室全長約7.62m以上玄室長さ約3.35m幅約2.63m高さ約3m出土品不明A・Eに先行7世紀中頃吉岡町教育委員会ここも『立入禁止』ですでも、今思えば、立入禁止でよかったです考えただけで恐怖です立ち入り禁止でよかった理由はこちらへ2月11日というのに、私の手の
南下古墳群の続きです『群馬県指定史跡南下C号古墳』径約15m東面からの高さ約4mの円墳葺石周堀は不明埴輪片あり自然石乱石積の袖無式横穴式石室全長約6.15m奥壁幅約1.55m高さ約1.35m開口部東向きで珍しい例副葬品は不明本古墳群では古い6世紀後半吉岡町教育委員会各古墳に解説があるのか嬉しい限りです『関係者以外立入禁止』入れるはずではなかったの悲しいです撮影はできますねキッチリした職人さんの印象ですね榛名山が近いですね続いて『群馬県
天皇陵だけに許されているはずの八角墳が関東にもある早く行かなければと思いつつ今回になってしまいましたこれはいわゆる、『ロボ古墳』ですね『群馬県指定史跡三津屋古墳』正八角形墳二段築性、周堀あり墳丘対角約23.8m残存高4.5m一辺下段約9m上段約6m唐尺使用と推定下段山石の葺石入口部に前庭上段扁平な河原石で精巧な葺石盗掘を受けている自然石乱石積の横穴式石室7世紀後半吉岡町教育委員会まさか、上毛野王国を名乗った人物がいたのか調査状況(1993年
2024年12月21日に企画展『子持勾玉』を観に行った時の墳活ですかみつけの里博物館は基本写真はOKですが、SNSはNGとのことでしたので保渡田古墳群を観ましょうとは言っても通路はいいでしょう大人になったら、したいこと。(大室古墳群)ポスターと埴輪たちトイレには、トイレの考古学タイルも埴輪特別展限定グッズ子持勾玉のデザイン『野帳』です野帳もいろいろな所で見ましたが500円は安いついに私もその筋の人?の仲間入りです先ずは二子山古墳さきたま古墳群の二子
1月15日に訪れた群馬県太田市にある古墳をアップします。↑稲荷山古墳、南東側より直径32メートル、高さ4メートル、6世紀中頃築造の円墳。場所はこちら:36.331539,139.416742↑稲荷山古墳の解説板南西部に周囲より一段高い平坦部があり、帆立貝形古墳の可能性も考えられている・・・・と書いてありますね↑墳丘南西端の様子確かに周囲より高くなってます。↑造出し?前方部?から後円部方向↑あらためて墳頂へ写真は稲荷山神社
今日からしばらく栃木県上三川町(かみのかわまち)にある上郷古墳群をアップしていきますまずは上郷1号墳(愛宕神社古墳)から。↑自動車工場に囲まれた中にある愛宕神社、一の鳥居「磯川緑地公園」の駐車場を使えるのでノンビリと古墳巡りができます。こちらの鳥居の場所はこのあたり:36.456298,139.918481↑一の鳥居横にあった「愛宕神社(古墳)」について毎年8月24日に子ども相撲が行われてるようです。ちなみに今日のブログの写真、すべて2021年3月撮影で
見えてきました目的の古墳です上円下方墳でしょうか葺石がびっしりです『史跡石のカラト古墳』八世紀初めの築造と推定上円下方墳上段直径約9.2mの円形下段一辺約13.8mの方形下段に30cm大の石を葺いている横口式石槨開口1.15m奥行2.6m高さ1.2m15枚の凝灰岩の切石でできている「カラト」の名はこの石室が〇〇に似ていることから付けられた出土漆の破片、金・銀の玉など豪華な副葬品の一部奈良時代初めの貴族の墓か数少ない終末期古墳奈良市教育委員会
☆三吉石塚古墳(みつよしいしづかこふん)大和国廣瀬郡奈良県北葛城郡広陵町三吉(P有)■形状帆立貝形古墳*葺石有り、二段築成*前方部南東隅に類例のない角状の張り出し有り(墓道か)*周濠有り(外堤を含めて全長62m)■全長45m■築造時期古墳時代中期後半■埋葬施設(未調査)■出土品円筒埴輪・朝顔形埴輪、蓋形埴輪・短甲形埴輪・草摺形埴輪・家形埴輪■周辺の状況「馬見古墳群」中央群の一基新木山古墳の西側に隣接■被葬者(本文にて)新木山古墳(三吉陵墓参考地)の
こんにちはスタルペスです番外編が続いています。石川県能美市にある能美古墳群シリーズも今回で3回目です。能美古墳群紹介の最後のオオトリは、北陸最大の前方後円墳「秋常山1号墳」です。※秋常山1号墳※秋常山1号墳への登り口北陸最大の古墳ですが、発見は比較的最近の1984年です。築造年代は4世紀後半、主体部はまだ未発掘で地中レーダーや電気探察で後円部に粘土槨の主体部があることが判っています。※葺石の再現をしています。※元々
岐阜県瑞浪市にある古墳、続きです。今日アップする戸狩荒神塚(とがりこうじんづか)古墳は、中央道の瑞浪ICの出口すぐの場所。↑戸狩荒神塚古墳、南西側からかなり目立ちます直径約60メートル、高さ約8メートル、2段築成、5世紀代築造の円墳。場所はこちら:35.367959,137.236150↑戸狩荒神塚古墳の解説板被葬者は八坂入彦命に関係のある「東農地区一帯に勢力を持っていた大豪族」であろう・・・・と書かれてます↑解説板がある南側から墳丘に登ることは
ドアパンチで傷ついたボディが気になって立ち寄ったイエローハットですふと見ると古墳の香りのする山が目の前にありますそういう訳で車で左回りに登り口を探しましょうありました神社古墳の側に神社あり『四所神社本殿』の解説版古墳については触れていませんしかしここの町名が朝倉という事が判明九州に縁が強いということは期待が膨らみます裏に回ると日露戦役記念碑がありました過去にも、戦没者の記念碑の側に古墳がありました本殿の裏は岩が露出しています石室の気配…は、ないか
イベント出展情報ALOHA!今日も、みなさんが笑顔になれますように。さきたま古墳公園に行ったお話の続きです。#不思議なメッセージ稲荷山古墳の墳丘部には、埋葬や出土品の説明がありました。「登ってはいけない」とのイメージが入ってきましたが、とくに何も起きなかったです。その時は、気のせいかなと思いました。稲荷山古墳を下って、そのまま歩いていくと丸墓山古墳です。#丸墓山古墳丸墓山古墳手前は、池があったりして地形が少し複雑なので、登り口まで迷ってしまいました。歴史によると、石
壬生町立歴史民族資料館に来ました壬生城跡地にありますお堀もあって、とっても素敵で居心地のいい場所ですそしておもむろに石です県指定文化財吾妻古墳石室部材『天井石』全長が134m栃木県内最大の前方後円墳下野古墳図誌に石室の部材が抜き取られた後の様子が描かれている玄門石の他は硬質の自然石で造られている天井石は内面を上にして置かれ、奥壁と側壁に接する部分が削られている石室から銀装の刀子、金剛製の帯金具、ガラス製の小玉などが出土上稲葉の赤御堂の地に運ばれていたこれは『玄門石
将軍山古墳円筒埴輪が立っているはずですが、よくみないとわからない築造当時も管理しなければこんな感じだろうから、盗掘されても気が付かないね左上:石室に使われた『房州石』…千葉とは遠い右上:段築の断面…色で見ればいいかな?どこから運んできたってわかっているのかな?左下:遺構模型配置図…さすが将軍様です。武器、武具、馬具が多いですね右下:将軍様…軍人で間違いないですね馬の後の旗がいいですね復元ものも大好きですもちろん、絵でもいいです左上:丸墓山古墳右上:二子山古墳左下:
宮塚古墳は、荒川左岸の自然堤防上にある広瀬古墳群のひとつです。上円下方墳上円部:直径約10m下方部:西辺24m、東辺17m、高さ4.15m7世紀末頃私、上円下方墳初体験なのですんー、四角いねえ・・・って感じです。墳丘にのぼります。上円下方墳初心者には全体像がつかみにくいです。復元されている府中熊野神社古墳で予習しておけばよかった💦
『田主丸大塚古墳』国指定史跡田主丸古墳群平成14年3月19日指定墳丘長103m後円部径60mの前方後円墳久留米藩士矢野一ノ貞が著した筑後将士軍談に紹介されている前方部は南向き、後円部墳丘外周には石垣状の葺石あり墳丘東側に幅10m程の周溝あり石室入口部分の前庭部は側壁が4m積み上げられている埴輪はない6世紀後半の築成縮小化が進んだ時期の大型前方後円墳で政治的環境や地域性を考える点で重要『田主丸大塚古墳(葺石)』・石垣のような葺石後円部の墳丘に葺石あり張り付ける
こんにちは、スタルペスですふたたび昨年訪問した、長崎県平戸との古墳を紹介します。前回は、日本最西端の前方後円墳「笠松天神社古墳(かさまつてんじんしゃこふん)」を紹介させていただきましたが、今回はそこから車で10分ほど北に行ったところにある「岳崎古墳(たけざきこふん)」です。※ここから右に230mのところに「岳崎古墳」があるそうです。この古墳は海に面した丘陵地にあります。目の前の壱岐水道の大海原が開けています。この坂を下ると「釜田港」に行き当たります。駐車場
特別史跡、王塚装飾古墳。外観自体は、まあ普通。前方部が大分削られてるが。これは実際の葺石だって。こっそり触る。こちらは陪塚と思いきや、他地区からの移築だった。全景はこんな感じ。
(162)私の古墳の楽しみ方(その4・葺石と埴輪)あまり有名でない古墳を見つけて墳丘に登ることができた時は、とても幸せな気持ちになるのは古墳マニアとして当然のこととして、葺石の痕跡や埴輪の破片がないか目を凝らしてしまうのは、もはやマニア癖の何物でもない。◎葺石の配置状況と種類を楽しむ葺石が有るナシは県や国の史跡レベルの古墳ならば説明版があって、記載されていることは多いが、市や町の史跡レベルになるとなかなか書かれておらず、古墳名が書かれた立看板が関の山だから、墳丘に登ってみて初めて葺石の存在
5月22日(日)、写真友達と連れだって、「ぎふワールド・ローズガーデン」へ向かいました。メインの目的地はそこですが、そこ以外にも、密かに目的地を設定してありましたところ、友達の同意を得て、他の場所も訪問することができました。目的地は、①ぎふワールド・ローズガーデン(ブログにアップ済み)②次郎兵衛塚一号墳(古墳)③かぐや姫の散歩道(竹林)今回のブログでは、「②次郎兵衛塚一号墳(古墳)」を取り上げます。2年ほど前に、可児氏の市街地に近い辺りを中心に、いくつか古墳の見学をしたことがあ
☆巻野内石塚古墳大和国城上郡奈良県桜井市巻野内(P無し、Pの有るホケノ山古墳から北へ300mほど)ホケノ山古墳から北へ300mほどに築かれた古墳。原形を留めておらず、また民有地のためか調査もなされておらず、詳細は不明。案内板には「二十数基の中・小規模な古墳が散在している。数基の方墳があるものの、多くは古墳時代後期の円墳と見られ、中には前方後円形を呈するものもあるようだ」と。桜井市観光協会のサイトによると、「測量調査や研究成果で纒向型の前方後円墳の可能性が高い事が判明しています。こ
2021年3月11日に公開されていた、『ウワナベ古墳発掘調査の記録』マッドフラッド的にも重要な古墳。GHQ1945年、オイハルコンを大量に持ち去ったアメリカ🇺🇸。どれだけ日本🇯🇵🗾から泥棒するのか⁉️かなり面白く、葺石、石の組み方、映像からインスパイアされ、楽しめる橿考研チャンネルさん。ありがとうございます💜🤍🧡💛❤️