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広津和郎「新編・同時代の作家たち」(紅野敏郎編、岩波文庫、1992年)を図書館で借りてきて読んだ。すでに読んだ広津の自伝「年月のあしおと」と重複するところも少なくない(多い)。「年月のあしおと」(昭和38年(1963年)刊)には、「同時代の作家たち」(昭和26年)との重複があると広津自身が書いている。そこで今回は、「年月のあしおと」に載っていない作家を中心に読んだーーと言いつつ、ほぼ全部を読んだ。なお、本書は当初「小説同時代の作家たち」という書名で発表されたという。佐藤春夫の
皆様、こんにちは本日はLessthanhuman(レスザンヒューマン)改め1011(イチゼロイチイチ)byJunKogaの新作メガネフレームをご紹介いたしますカ3iZenゾヲ(カサイゼンゾウ)089大正ロマンシリーズのメガネフレームで”哀しき父””子をつれて””椎の若葉””湖畔手記””酔狂者の独白”などの代表作を生み出し私小説の
十月一日曇、午后は雨、伊比井、田浦といふ家(七〇・中)よう寝られて早う眼が覚めた、音のしないやうに戸を繰つて空を眺める、雨かも知れない、しかし滞留は財布が許さない、九時から十一時まで、そこらあたりを行乞、それから一里半ほど内海まで歩く、峠を登ると大海にそうて波の音、波の色がたえず身心にしみいる、内海についたのは一時、二時間ばかり行乞する、間違ひなく降り出したので教へられた家を尋ねて一泊を頼んだが、何とか彼とかいつて要領を得ない(田舎者は、yesnoをはつきりいは
この巻では、この二氏の作品の内読んで欲しい作品集です。日本文学全集〈31〉葛西善蔵・嘉村礒多(1975年)Amazon(アマゾン)${EVENT_LABEL_01_TEXT}
<水上勉、太宰治、葛西善蔵>1375「越後つついし親不知」水上勉短編集野口富士男:解説新潮文庫収録作品1.越後つついし親不知2.桑の子3.有明物語4.棺5.西陣の蝶6.三条木屋町通り7.北野踊り雪深い越後の村から京都伏見の酒蔵へ杜氏に出た夫の留守に、おしんは村人の卑劣な行為によって、他人の子を身ごもってしまった……。貧しく閉ざされた寒村の生活で、愛するゆえに死を招かざるをえない悲劇を描く表題作など7編。また京都の四季の移ろい
前記事の三本ナラに続き、『新城三本ナラと赤とんぼ芦別暮らし』芦別市の道道4号線の深川市、旭川市よりに新城地区があります。この新城一帯は、丘陵に畑が広がり美瑛の丘のような「北海道らしい」景観が広がっています。私が、…ameblo.jp芦別市新城の隠れた観光スポット夫婦滝に向かいます。三本ナラの丘を下り、いったん、道道4号の郵便局の交差点まで戻り、道道4号を横切ります。要所要所に案内看板があります。舗装道路はここで終わり、田んぼの中の砂利道になります。
この二冊では、有名な作品や読んで欲しい作品が収録されています。日本の文学30山本有三Amazon(アマゾン)1,268〜1,600円日本の文学〈第33〉宇野浩二,葛西善蔵,嘉村礒多(1970年)Amazon(アマゾン)650〜3,634円
以下、二年半ほど前の駄文ですが、とんでもない間違いがありました。既に故人の西村賢太氏は「直木賞作家」ではなく「芥川賞作家」でした。また、西村氏が生涯にわたり師と仰いだのは藤澤清造でした。藤澤清造については、西村氏の解説文のある文庫を読んだ記憶があり、その内容が葛西善蔵とごっちゃになったまま、ここに書き流してしまいました。改めて訂正してお詫びします。なお、本文については「その程度の認識と適当さ、総じて人間のレベル」である自分は依然として変わらないので、手直しはしないことにし
今回の作品は、葛西善蔵「子をつれて」(12年8月8日放送)。朗読は松村沙友理。ストーリーテラーは畠中今日紹介する作家は、葛西善蔵経済的にも家庭的にも破綻した生活を送った私小説作家、葛西善蔵が大正七年に発表した代表作です松村による朗読部分の紹介:葛西善蔵「子をつれて」貧しい小説家の小田は、家賃滞納のため遂に借家を追い出され、二人の子供を連れて、夜の街をさすらうことになります駅近くのバーで父は酒を飲み、子供は晩ご飯を食べ
葛西善蔵葛西善蔵(かさいぜんぞう・1887年1月16日~1928年7月23日)<小説家>貧窮や病気など、さまざまな苦難に満ちた自らの生活・心境などを題材にとり、破滅型とも称される私小説作品を発表しました。代表作に『子をつれて』『哀しき父』などがあります。~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~≪Shikako(しかこ)☆のおまけ≫葛西善蔵氏以外で1月16日生まれの歴史上人物及び有名人は…1
お父さんに感謝の気持ちを伝えよう▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしようそうなんだ。雨が降っている。新画像来た。昨日入っていたらしい。もう一台はハーウィの初期設定無視したので入ってこない。池に映る夕焼け?それとも鏡?乳の日?“父”の日には“乳”のプレゼントを県内の酪農団体が今年もキャンペーン県庁でPR【愛媛】6月20日の父の日に牛乳を贈ってもらおうと愛媛県内の酪農団体が県庁を訪れ、キャンペーンのPRをしました。このキャンペーンは父親の“父”と牛乳の“乳”の語呂合
著作集の内の一冊「全詩」を気分に任せて拾い読みする一方で、詩論・詩人論であるらしい『内部と外部の世界』を買っていた。そうそう、このタイトルそのものに、かつて魅かれたことがあった。確か思潮社のブックレットのような体裁の詩集の裏表紙の片隅に著作のひとつとして紹介されていたのだった。まあ、浅はかな運命論めいた言い方かも知れないが、いずれ出会う本だったと思う。で、今日、後半の中原中也も含めて論じる部分を読んでみた。いやあ、面白い。深く繊細に思索された文章とは、こういうものなのかと唸
タイムトリップして当時の雰囲気を味わいたくなる✨旧仮名遣いの世界に🎵旧漢字体も大好き🎵🎵言葉づかいや今では使わない言い回しちょっと真似したくなる(笑)文字や言葉も少しづつ変わっているが面白い🎵
🌃ありがとうございます私小説の書き手として登場し、世間から見れば、破天荒な生き方を貫いて41歳の若さで病没した。葛西善蔵「おせい」という記事です。私小説というのは、作者の酒、貧しさ、不倫、家庭の不和、病気、そして心のダークサイド自虐的に書くもので、奔放な「生」を日々つづった私小説。『おせいは』病弱な作家を、おせいと彼女の実家が支えるさまを描いている。亡くなった父の弔いを郷里で済ませ、住まいの鎌倉に帰って来ると_「私はすっかりポカンとしてしまって、それを紛らわすために何年
🌃訪問ありがとうございます近代日本文学の主流だった私小説の書き手として登場し、世間から見れば破天荒な生き方を貫いて、41歳の若さで病没。今日では、ほとんど忘れられた作家です。葛西善蔵「おせい」という記事です。奔放な「生」を日々つづった私小説。葛西は家庭を持ちながら、おせいのモデルと一緒に暮らし子供までつくり、世間からは非難を受けた『おせい』は、病弱な作家を、おせいと彼女の実家が支えるさまを描いており、世間では、床に就いている「私」の世話をするおせいを愛人と見なし、だったら
今朝は7時半に起きたが、それ迄H君と夏にときめき求めて北東北をシャンパン「ボランジェ」何本も持って放浪するちゅう長~い夢を見とった。朝食は秋田産あきたこまちでご飯炊き、くめ納豆、海苔で二膳。デザートは和歌山産八朔。サラ・ガザレック→サラ・マッケンジー→ジェーン・モンハイト→リサ・エクダールと歌をユーチューブで聴いた。友人達にメール送付した。午前中からリサ・エクダール聴いとったのはどうかと思いながら散歩に出た。昼食に選んだのは、去年の夏にエアコンが壊れて以来になる駒形一丁目「ビストロマ
《破滅型の私小説家》《苛烈の文学》葛西善蔵彼や彼が書く文章はそんな風に呼ばれることが多々あります。皆様、おはようございます。こんにちは。こんばんは。いつもどの挨拶をしたらいいかわからず全部つけてしまいます。アクト青山のベイマックスよしざわちかです。外では、私が一番好きな藤の花が咲き誇っています。私にとって《藤の花》や《山》というものは《故郷》に近いものです。郷愁とでもいうのでしょうか?葛西の文学にも故郷への気持ちが出てきます。葛西善蔵は《苛烈の文学》と称されました。
釣り人なんて、どうせはなから酔っ払いである先週と同じく雨である。しかも台風。いや、先週日曜日の夕方の段階で新たな台風が発生していたので、予定調和と言うべきか。雨男の本領発揮といったところか。南湖では陸っぱりの釣り大会が開かれているらしいが...。フライの雑誌社「フライの雑誌」というフライフィッシング雑誌がある。その辺りの本屋では販売されていない上、フライフィッシングであるがゆえにご存知ない方も多いかも知れん。無論、私もフライフィッシングはやったこ
横浜に住んでいると、東京は移住先というより通うエリアです。実際に長年にわたり、東京に通学し、通勤していました。少なくとも、東京への移動は決心を伴う類いのものではありません。地方から東京に出ようとする、あるいは出た人たちの思いや物理的な苦悩はどんなものなのか、と考えました。◆◆◆東京物語考/古井由吉(岩波同時代ライブラリー)1984年刊、1990年岩波同時代ライブラリー先人たちの小説の内にさまざまな東京物語をたずねて、おのれの所在を