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戦争末期、数少ない残った精鋭パイロットで作られた「三四三空」この部隊は、みな精鋭パイロットでしたが、その中でも「菅野直(かんのなおし)」の生き方がカッコイイオレが「縁430」のプロトを計画した時はいろんな思いがあって「3ピース」とか「4.3m」という長さの設定とか(別に4.2mでも4.4mでも大差ないのになぜに4.3mにしたか)ブランクを作る時の品番には「ピース数」や「長さ」が品番の中に入ります3ピース設計で4.3mは「343」となります「3430」でもいいけどだから
菅野直さん菅野直(かんのなおし)渾名:「ブルドッグ」「イエローファイター」「菅野デストロイヤー」1921年9月23日生まれ、1945年8月1日、23歳没。日本統治下朝鮮竜口生まれの海軍軍人。海兵70期。大日本帝国海軍戦闘機搭乗員。大東亜戦争における撃墜王。公認撃墜25機のエース・パイロット。戦死認定による二階級特進で最終階級は海軍中佐。胴体に黄色のストライプが描かれた紫電改で、前方高度差1000メートル以上の高さから、背転して真っ逆さまに垂
8/10(日)、茨城県稲敷郡阿見町の予科練平和記念館に行ってきました。その日は成田の宿を予約しており。ドライブがてらに軽い気持ちで訪問。大人500円。近代的なデザインの予科練平和記念館事前に予科練平和記念館のホームページをチェックしたところ、展示の順番は以下のようになっており。1.入隊2.訓練3.心情4.飛翔5.交流6.窮迫7.特攻重そうな内容だったのでサクッと見学して出てこようかと思っていました。子供の頃、学校の図書館で戦争体験記を結構、読んでおり。多くは
菅野直大尉紫電改イラスト帝国海軍343空菅野直大尉(最終階級中佐)撃墜王で知られる菅野直大尉(中佐)ですが、今回は菅野直大尉(中佐)の紫電改を描かせていただきました。↓途中の絵靖國神社の遊就館には、菅野直大尉(中佐)の財布が展示されていますね。今もなお、根強い人気を誇る菅野直大尉(中佐)です。飛行機の絵が続いたので、艦艇も描けたらいいなと思っておりますが、時間を作るのはなかなか難しいですね。ですが、戦後80年ということで、いろいろな絵を描いていけたらいいなと思っております。
林大尉の紫電改引き揚げプロジェクト進行中!以前「よみがえる紫電改」で、鹿児島県阿久根市折口海岸に沈んだ紫電改の引き揚げプロジェクトが進行中と書きました。『よみがえる紫電改』愛媛県の紫電改展示館昭和54年(1979年)、愛媛県南宇和島の久良湾の海底に沈んでいた紫電改がほぼ完全な形で発見され、引き揚げられて「紫電改展示館」で展示さ…ameblo.jpその後、このプロジェクトは全国的にもニュースになり、調査活動が進んでいます。今年秋までに引き揚げることが目標ということで楽しみです。
海軍士官パイロットの理想形まんまるお目目の鴛淵孝(おしぶちたかし)大尉。(写真はWikiからお借りしました)海軍士官パイロットの理想形。誰からも慕われた人格者。戦闘機隊指揮官のお手本のような方。零戦と紫電改の両戦闘機を駆った撃墜王。夫にしたい海軍士官ナンバーワン(←オイ・・・(;^_^A)だって尊敬する宮野善次郎大尉は素晴らし過ぎて神棚に上げておかないといけないレベルの方だし。笹井醇一中尉はハンサム過ぎて芸者にモテモテだったそうなので芸者遊びが心配だし。やんちゃな菅
AceofAces西澤広義(にしざわひろよし)。零戦好きならおそらく知らない人はいないであろう、超有名零戦パイロット。その名は日本にとどまらず、アメリカでも有名。いや、世界中で有名といってよいでしょう。西澤さんは、最強ゼロファイターとして、英語をはじめとする多種多様な言語でサイトやYoutube動画により紹介されています。もはや完全にレジェンド。なんといっても、アメリカのスミソニアン航空博物館に、第二次世界大戦における日本の「エース」として肖像画が掲げられている零戦パイロット2人
いろいろなことがあった厚木航空隊豊田穣著『出撃海軍航空隊決戦記』(集英社文庫)の中の一編「本土防空戦」の冒頭、「昭和四十五年十一月一日、私(筆者)は、相模平野の北東にある厚木飛行場の周辺を歩いてみた。相鉄線の大和駅で降りて、タクシーで西に向かうと。左側に一段と高く飛行場が広がっている」という文章があります。豊田氏が訪ねた頃はベトナム戦争の頃で、厚木飛行場のアメリカ軍の戦闘機隊は大部分ベトナム方面に出撃していて、飛行場は空でした。豊田氏が乗ったタクシーの運転手さんは言ったそうです。
(中編から続く)この槍使い難し五郎さん、神雷部隊の飛行隊長に任命されてどういう気持ちだったでしょう・・・。五郎さんは、神雷部隊の隊員達を労わり、励ましながらも、桜花にははっきりと反対していました。五郎さんは自ら桜花を細かく観察し分析して、実際に桜花をぶらさげて一式陸攻で訓練してみて「無理だ」と実感したと思います。「この槍使い難し」と上官や同僚にはっきりと言っていました。「桜花の使用を止めさせてくれ」と周囲にも言っていました。特攻兵器開発とは別に、昭和19年10月から、爆撃機や零戦が敵
紫電改部隊がいた松山海軍航空隊跡を訪ねたい・・・と思っているのですが、まだ実現できていません。しかし、私の妹が旅行業界に勤めていて全国回っているものですから、妹に遠隔指令で、私が行けていない海軍航空隊跡を訪ねさせております(笑)。仮に妹をfuyunoBとしましょう。fuyunoBは今回松山に行ったので、仕事の合間に松山海軍航空隊跡を訪ねてもらいました。海軍航空隊跡は、現在松山空港になっております。海軍航空隊があった名残は、小さな碑と付近に散らばっている掩体壕ですね。こんな小さい碑し
菅野直大尉には、たくさんの逸話があるのでご紹介したいと思います。もはや伝説と化し、事実かどうか、あるいはデフォルメされているのでは?と思える話もあるけれど。その場にいた人が書き残した書物から確認されているお話を中心に紹介してみましょう。練習機で教官あおり運転秦郁彦著『太平洋戦争航空史話下』の「三四三空始末記」に書かれている話ですが。菅野さんが飛行学生時代に格闘戦訓練で教官の飛行機に突進しすぎて空中衝突を起こしかけることたびたび((;^_^A)それで、教官達は命が幾つあっても足り
海兵同期、関大尉の神風特攻を知る・・・昭和19年(1944年)10月、フィリピンのレイテ沖海戦で特攻隊による攻撃が始まったのですが。それまでの戦いで航空機も搭乗員(特に熟練のベテランパイロット達)も大きく減らしてしまった日本海軍としては、、栗田艦隊のレイテ湾突入を成功させるために、アメリカ空母から1週間くらい艦載機が飛び立てないようにする必要があり、そのために当時第一航空艦隊司令長官であった大西瀧治郎中将が「神風特別攻撃隊」、いわゆる特攻を決定しました。フィリピンをアメリカに占領されると
零戦パイロットとしては一般的には『大空のサムライ』を書いた坂本三郎さんがよく知られていると思うのですが。零戦の後継戦闘機、紫電改のパイロットとしては、やっぱり菅野直(かんのなおし)大尉が最も名が知られているのではないでしょうか。バカヤロー、コノヤローで、ついに異世界にまで飛び込んじゃいましたからねえ(笑)。戦闘機ファンではないという方でも、平野耕太先生の漫画『ドリフターズ』や、そのアニメ化作品で、菅野直を知っているという人もけっこういるのではないでしょうか。漫画の登場人物としてハチャメチ
第二次世界大戦中、日本海軍には数多くの優れたパイロットが存在しましたが、その中でもひときわ異彩を放つ人物がいました。太平洋戦争最強の撃墜王・菅野直(かんのなおし)氏破天荒な性格と卓越した操縦技術で知られ、敵味方問わず「デストロイヤー」の異名を持つ撃墜王でした。・1921年10月13日、朝鮮半島の竜口(現在の北朝鮮平壌近郊)生まれ・その後、宮城県伊具郡枝野村(現・角田市)で育ちます。幼少期の彼は、兄や姉を敬愛し家庭内では従順な子供でしたが、外では明る
スーパーロボット好きとしては気になるSMP…なんだこの背中?ありえん!まーたプレバンとの差別かよ(*`ω´)というわけで今回も購入見送りますさて本題の紫電改いきますかね暗緑色を吹いたとこでGさんが零戦のプロペラ回してたのを思い出しましたブームは過ぎ去った感があるハンドスピナーみたくベアリングを仕込んで回してみようかとミニ四駆のが良さげじゃね?ってことでスピナーの軸を切断し2mm穴を開けビスを通し、発動機にはパイプとベアリングを仕込んでみました貫通直前の抵抗でプロペラ折れたの
最近仕事のストレスが半端ない_:(´ཀ`」∠):解消には買い物じゃあ!じわじわと積みが増えていく(爆)あとイライラ解消に絶大な効果がある動画を視聴アンガーマネジメントに最適(笑)数日前、短い盆休みの暇つぶしに紫電改を作ってみようかと思い立ちアオシマ紫電改を引っ張り出しました紫電改といえば第三四三海軍航空隊が有名でしょうというわけで菅野直さんの機体で作りますよ٩('ω')وキットにはリニューアル版の操縦席と誉発動機が追加されてます士の字に接着…合わせ目の処理に少し苦戦した
8月15日だからというわけではないのですが。最近次の小説の題材として、ラバウル航空隊について調べていて、かって南太平洋のラバウルに日本海軍の零戦部隊の一大拠点があったのですが。いろいろ資料を調べているうちに、零戦そのものをまじかで見てみたくなりました。やっぱり小説に書くにしても、実物を見ないとなかなか零戦が飛ぶ様子は表現しにくいよねえ・・・と思い。Youtubeでも零戦の飛ぶさまや、空中戦の様子の動画はあがっているのだけど。どれくらいの大きさだったのか、動画を見ただけではよくわから
柳田邦男さんの『零戦燃ゆ』ではほとんど書かれなかった太平洋戦争末期の紫電改の奮闘について、膨大な調査により書かれた『源田の剣(つるぎ)Genda’sBlade』を読了。副題が「米軍が見た「紫電改」戦闘機隊全記録」ですから、米国側の戦闘記録を丁寧に調査し、米国軍が見た紫電改部隊の活躍を描き出したノンフィクション。文献一覧までいれて638ページの大作です。しかも、1ページ上下二段組み。高木晃治さんとヘンリー境田さんの共著で、この二人の紫電改にかける執念というか情熱というか・・・とにかくす
今回のグッズ紹介は過去にガチャガチャだったかな?であったドリフターズのラバーマスコットです既に販売は終了しているので探すのに苦労しましたが7巻が出たタイミングという事で集めてみましたwコチラです島津豊久織田信長那須与一菅野直オルミーヌ土方歳三になります主人公の島津豊久は欲しかったのでゲット出来てよかったです那須与一も探すのに苦労しましたが菅野直は、中々見つけられ
仕事始め今年はこのまま行きますよ!富士山!素晴らしい!職場に到着して、適当に!なんだか、きてもこなくても同じじゃねーかと、嘆きながら過ごす。お昼は最強どん兵衛の一角を崩す。麺も梅雨も素晴らしいが、やはりかき揚げ!少しだけ早引きして戻る。そのあと!呑み会断ったり、夕飯で何も呑まなかったり。お正月の別れを惜しんでいるいるのかなぁと自分マルシンの紫電改を弄る。下面色がシルバーでなく、グレイだったり出鱈目なところもあるが、どこから見ても紫電改イエローファイター紫電改【WarTh
昭和17年の暮れにラバウルに進出したのがデビューということで、もっとも激しいソロモンの戦闘には少々出遅れたが、幾多の空戦をくぐりぬけよくぞ生き残ってくれました。全海軍搭乗員中でも、出撃回数が最多に近く数えられる方。左側のキリッとしたお顔の方が宮崎さん。誰からも‘ミヤさん’と呼ばれ、多くの人から愛されたキャラだったことがうかがえる。名門丸亀中学出身なのに(中退らしいが)、水兵からのたたき上げ。これはかなり理想に近い戦記だ。空戦のこと、部隊のこと、隊員のことばかり書いてある。そして登場人物
https://youtu.be/aZmIKDMKDik【居島一平&小坂真琴】Weekly虎ノ門ニュース2021年4月11日#居島一平#小坂真琴#Weekly虎ノ門ニュース#Weekly#虎ノ門ニュース#真相深入り虎ノ門ニュース#歴史マジやばくね#菅野直#田北真樹子#石平#大高未貴#坂東忠信#武田邦彦#須田慎一郎#DHC#DHCテレビ#CROSSFM
こんばんはオープン戦も2週目に入って一昨日の。プニは緩球打つのめちゃくちゃ上手いですね〜昨日の。マッキー良いですね〜(๑´ㅂ`๑)ロペスはいつもネムネムアイだったけどマッキーはタレ目で愛嬌たっぷりだしたぬきさんみたいで2人ともスキ☆一昨日はわりとゆったり見てられたけど昨日は息子がぜんっぜんお昼寝しなくて流し見してたのであまり内容が分かりません得点した7回は見てました9回はちょっと見逃したあと15日でいよいよ開幕ですが助っ人全員来日出来ないのは前にも書いたけどフロント
ハセガワ1/32川西N1K2-J局地戦闘機紫電改です。パッケージには特別前期型とは書いていませんがイラストに機番343-15黄色帯2本の菅野隊長機なので前期型と思われます。菅野大尉15番機は垂直尾翼が大きい200号機までの初期生産機になります。もともと大型飛行艇を得意としていた川西が単発戦闘機の強風を設計開始したのは昭和15年9月、それから紫電をへて紫電改の試作の初飛行が18年末なので3年3ヶ月で完成させたことになります。しかも海軍にとって零戦
お疲れ様です〜〜いやいや、、凄い雨です☔️明日も雨みたいですね(T.T)雨はシンドイです、、水害が起こらないよう祈るばかりです🤲さて、、長らく、、、お目にかけていなかった紫電改ができました〜〜駐機バージョンではなく、飛行バージョンにしました〜〜増槽をオミットして、増槽の取り付け穴をバイスで広げて、スターウォーズの1/144の台座をお借りしました〜〜ちなみにまたしても、、アンテナ支柱と機関砲を折ってしまいまして(T.T)97艦攻の後部機銃を流用して
*当シリーズの趣旨については、プロフィールを参照してください。四国松山などを拠点として終戦間際に活躍した戦闘機紫電改を主体とした海軍の三四三航空隊には、三人の名物隊長がいた。戦闘七〇一飛行隊長の鴛淵孝、戦闘四〇七飛行隊長の林喜重、戦闘三〇一飛行隊長の菅野直である。各々、海軍兵学校六十八、六十九、七十期出身である。その中で最先任の鴛淵の伝記が、豊田穣『蒼空の器・若き撃墜王の生涯』、光人社NF文庫、1993(平成五)年である。この書については、以前「二著物語・蒼空戦記
先日、愛媛県の南レク公園の紫電改を訪問しましたので、今回は御来欧音の保存機です(笑)。日本海軍最後の希望といえば、やはりこの紫電改です。雷電のアクの強さを好む方もおられますが、紫電改は苦労人の優等生といったところでしょうか。紫電改の主な配備先としては、源田実大佐を司令とする海軍最後の精鋭部隊である松山第343航空隊、通称剣部隊が最も有名ですよね。こちらはちばてつや氏の漫画「紫電改のタカ」でもお馴染みの戦闘301飛行隊長、菅野直大尉機。日の丸に15番は紫電
どーも今から今年初、最後の海に行くんで、取り急ぎ更新。ハセガワ1/48日本海軍川西局地戦闘機紫電改前期型N1K2-JGEORGEアンテナ線追加、ピトー管を真鍮パイプと金属線に置き換え、主脚位置棒追加してます。機体下の日の丸がガサガサに剥げた感じを再現したかったけど、うまくいかん。笑勝手な解釈ですが、ジュラルミンに直に塗って、機体上より剥げやすいかなと。第2キャノピー、プロペラは未接着。第343海軍航空隊戦闘第301飛行隊長菅野直大尉搭乗機昭和20年4月松山基