ブログ記事7,611件
《新古今和歌集・巻第十八・雑歌下》1696松菅贈太政大臣老いぬとて松は緑ぞまさりけるわが黒髪の雪の寒さに☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆松菅贈太政大臣老いてしまったといっても、松は、ますます緑を深くしていることだ。わたしは、自分の黒髪が雪のように白くなって、寒々とした思いでいるのに。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆✴︎✴︎✴︎✴︎
10月5日手向山八幡宮へ749年に東大寺の大仏を造立する際、豊前国の宇佐八幡宮より、東大寺の守譲神として勧請された古社百人一首にも出てきますね歌人は菅原道真です「このたびは幣(ぬさ)もとりあへず手向山もみぢのにしき神のまにまに」鳥居をくぐってから社殿までの参道10月5日は例年、手向山八幡宮の例大祭、転害会が行われます転害会では明治廃仏毀釈により、東大寺に移された手向山八幡宮のご神体で国宝の僧形八幡像が東大寺・八幡殿で特別開扉されます雨のな
2010-11-12久し振りに、弊社専務と、散歩に出よう隊を組んで梅田を歩いていたら、綱敷天神が、こんな所にあったんだ心中天の網島じゃないかと立ち寄ることに…由来書を読んでいたらうかつにも…聞いた事は一度はあったかもしれないが…天神さんが菅原道真に由来していることと…此処の由来…九州に島流しにあった時に、此処で古くからの位臣たちと別れた…これからの苦しい旅と日々は、自分一人だけで良い…お前たちは此処に残ってくれ…それが此処の由来だと…が、天神さんが…お初天神やら、天神祭…僕は人が多
《新古今和歌集・巻第十八・雑歌下》1695雪菅贈太政大臣花と散り玉と見えつつあざむけば雪ふるさとぞ夢に見えける☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆雪菅贈太政大臣雪が、空に美しい花かと思わせて散り舞い、庭に降り敷いて、美しい玉かと見え見えして欺いたので、雪の降る故郷が夢に見えたことだ。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴
《新古今和歌集・巻第十八・雑歌下》1694霧菅贈太政大臣霧立ちて照る日(ひ)の本(もと)は見えずとも身は惑はれじ寄るべありやと☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆霧菅贈太政大臣霧が立って、照る日のありかは見えなくても、わたしは迷われはしないだろう。身を寄せるところがあろうかと思って。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴
ふ福岡でどこ行く?と考えたときに真っ先に浮かんだのが太宰府天満宮ということで到着して最初に向かいました。福岡空港から電車だと乗り換えもあるし、時間もかかるので大宰府行の西鉄バス「旅人」で向かいますバスは国際線ターミナルから出ているので、まずは国際線ターミナルへの連絡バスに乗ります。料金無料で5分おきに出ています。場所は端っこ、バス停1番乗り場から。国際線ターミナルに着くと、建物の中に入り、中からバス停に並びます。バスが目の前に着くとゲートが開いて乗車します。
《新古今和歌集・巻第十八・雑歌下》1693雲菅贈太政大臣山別れ飛びゆく雲の帰(かへ)り来(く)る影(かげ)見る時はなほ頼まれぬ☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆雲菅贈太政大臣山から別れて飛んでいく雲の、再び山に帰ってくる姿を見る時は、やはり、都に帰ることができるかと、頼みがかけられてしまうことだ。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆✴︎
前の記事では、飯田市坐光寺の麻績神社の祭りを通して紐解きをしてきました。その中で出てきた特徴の中に天狗が付けていた胡瓜の実の紋と、本殿に掲げられた五七の桐の紋、ヤタガラスを思わせる獅子がありました。「鼎(かなえ)」と言う希な地名の一致も見られました。キュウリの紋、桐の紋、ヤタガラスとくれば、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康(葵の紋/賀茂の氏子)となり、「鼎(かなえ)/三つの権力者が支える」の意味に重なるように現れています。飯田市座光寺の麻績神社の祭りは、菅原道真の太宰府への左遷の
広島市東区山根町の尾長天満宮にある「菅原道真腰掛石」です。『学問・書道の神として古くから崇敬された菅原道真(845-903)が、九州・大宰府に下る途中、この地・尾長山の麓に船を寄せこの山に登って休息したと伝えられ、その場所に小祠が建てられたのが尾長天満宮です。現在の社殿裏の天神川を登っていくと砂防ダムがありそのすぐ上に「道真公腰掛石」があります。』2009年別冊に編集していましたが、HP「広島ぶらり散歩」に移した頁です。裕編集:菅原道真腰掛石9zz29c菅原道真
《新古今和歌集・巻第十八・雑歌下》1692月菅贈太政大臣月ごとに流ると思ひします鏡(かがみ)西の浦にも止(と)まらざりけり☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆月菅贈太政大臣月の出るごとに西へ向かって流れると思ったそのます鏡のような月は、西の浦にもとどまらないことだ。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コ
1週間は早いです。10日。晴天でありました。体育の日だったね、昭和では。今日の百人一首、秋の歌「このたびはぬさもとりあへず手向山紅葉の錦神のまにまに菅家(菅原道真)現代語訳今度の旅は急いで発ちましたので、捧げるぬさを用意することも出来ませんでした。しかし、この手向山の美しい紅葉をぬさとして捧げますので、どうかお心のままにお受け取りください」ぬさ、とは神様に捧げる御供物です。さて先週は、日曜日が父の年回忌で私、ソワソワしておりましたね。まあ、いつもそうですが。前
令和8年10月4日の日曜日に三田天満神社秋季例大祭が開催されました!Youtubeはこちら-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be今年は、1年ぶりに参加させていただきましたが午後から所要があり、午前中だけの参加となりました。本宮の天気予報がイマイチで・・・昼頃から雨の予報です。安全に楽しく運行できると
人生の成功哲学である論語その名言を学び実践継続する2500年続く偉人たちの学問聖徳太子・菅原道真・徳川家康そして近代経営の父と言われる渋沢栄一と論語を学び歴史を創った
《新古今和歌集・巻第十八・雑歌下》1691日菅贈太政大臣天(あま)の原(はら)茜(あかね)さし出(い)づる光にはいづれの沼か冴(さ)え残るべき☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆日菅贈太政大臣大空に、茜色をして出てくる日の光には、どの沼が凍ったままで残ろうか、残りはしない。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《
さて、今回は神道のお話にしたいと思います。自分の書いてる怪談には、神社が出てくるものが多数あります。これはやっぱり神道の神が多様性を持っていて、怪談に使いやすい気がするからです。お寺さんだとなかなかそうもいきません。仏教には、開祖によるきちんとした法(のり)があり、多くの僧侶らによる学問と修行の歴史があるからです。それに対し、神社のほうはけっこう何でもありなんですよね。日本神道の神々は「八百万の神」(やおよろずのかみ)と言われているように、まず数が多い。この八百万というのはもちろん
《新古今和歌集・巻第十八・雑歌下》1690山菅贈(くわんぞう)太政大臣あしひきのこなたかなたに道はあれど都(みやこ)へいざといふ人ぞなき☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆山菅贈太政大臣山のこちらにもあちらにも道はあるけど、「都へ、さあ、行こう」と言ってくれる人はないことだ。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
『ユーカリ手帖』ご訪問ありがとうございますひっさしぶりの投稿です夏に走り抜いたからなのかしばらくゆっくりしたいと思ってブログを書くことから離れておりました気候も過ごしやすくなったおかげで時間ができたらあちこち出かけています気持ちのいい息抜きです一点集中していたものから少し距離を置くことでこれまでとは違う水路が通ったようそれが新たな余白をうんでいる気がします晴れると日差しはジリジリするけど木陰に入ってしばらく過ごしていると風がスーッと通り肌をやさしく撫でてい
菅原道真(すがわらのみちざね)845年8月1日生まれ903年3月26日死没平安時代の学者、漢詩人、政治家。著書には自らの詩、散文を集めた『菅家文草』全12巻。大宰府での作品を集めた『菅家後集』編著に『類聚国史』がある。六国史の一つ『日本三代実録』の編者でもある。忠臣として名高く、宇多天皇に重用されて寛平の治を支えた一人であり、右大臣にまで上り詰めたが藤原時平(ふじわらのときひら)の陰謀によって大宰府に左遷され、903年に現地で死去した。(享年59歳)死後は「怨霊」とな
前の記事「UFOと銀」の記事で書き忘れた事がありました。羽のラインから考察してきましたが、西のライン北端の羽咋市は、UFOの街として知られ、東のラインには、素粒子観測のカミオカンデがあり、私の記事の内容に近いものがあります。そして、東のライン上には、ノーベル賞受賞者の生誕の地が多くある不思議な特長を持つのです。今日の記事とは関係が無いように思われますが、私は、有るように思っています。二つ前の記事の紐解きで、祇園祭から土用の丑の日を深掘りしていきました。今日は、信州の飯田と絡めて紐
今日は元相方さんとランチでしたいつもの菅原神社へお参りし(必殺使い回し画像)待ち合わせ場所へランチ終えてお茶しながら今後どうするかを相談末端神経障害は治らない悪化すれば車椅子(その気はないが)筋力は戻らないこれらを踏まえてどうするかこのまま今住んでるトコはいずれ引越す(坂ばかりだから)何処へ実家(信楽)へが1番無難では、と年齢的に引越すのはこれが最後かぁ~実家はド田舎やし足がないと何処にも行けないし身体障害者手帳を取得すると乗れるとしてトライ
『集合無意識』金印「漢委奴国王印」は、西暦57年、中国の光武帝が日本の奴国の王に贈った物だ。呉服は、三國志の呉国から伝わる。三国時代は西暦184年頃から280年頃。呉が西晋に滅ぼされて終わる。魏志倭人伝に、卑弥呼が登場する。239年に中国の「魏」へ使者を送り、「親魏倭王」の称号や金印、銅鏡を貰う。魏国との交流が西晋の陳寿が書いた歴史書、三國志に加えられる。538年に仏教が伝来する。百済の聖明王から、日本の欽明天皇へ仏像や経典が贈られる。蘇我馬子と物部守屋の戦い丁未の乱は、飛鳥時代58
NHKのあさイチで「篠栗の母」と紹介された、篠栗四国霊場85番札所祖聖大寺坊守(そしょうだいじぼうもり)真誠です。大変遅くなりましたご報告です。皆様からご寄進いただきました稲荷社玉垣は9月30日無事に設置されました。心より感謝、御礼申し上げます🙏これからお社の飾り金具を取り付け、砂利を敷き直したいと思います。また、奉納のぼり旗ご希望の方を募っています。ご希望の方はお寺までお声をお掛けください。(6旗)よろしくお願いいたします。🙏さて、今日の参拝者さん寺務所で一緒に合掌しながら心の中
『北野祭還幸祭@上七軒その1』今日は北野祭の還幸祭でした。上七軒で御旅所におられた御神輿が北野天満宮に戻ってこられるのを待ちました歌舞練場北門の前あいにくの雨の中行列がやってきました宮本っ…ameblo.jp上七軒の歌舞練場前で、御旅所におられた御神輿が、北野天満宮に戻ってこられるのを待ちました。お稚児さん八乙女氏子域から選ばれた8人の女の子たちです。付き添うお母様方も皆様訪問着に袋帯雨の中大変です。可愛らしいお顔はお化粧が施されているので、ぼかさなくともよいです
カゴパス最高はいたーい、宮城です。沖縄を離れ、福岡を経由し北海道旅行へでかけた記録を書いていきます。10:35に那覇空港を飛び立った飛行機は12時過ぎには福岡につきました。この後、大宰府へ行きたいと思っていたのですがスーツケースが邪魔なのでどうしようか迷っていて、空港からホテルまで送れないか到着ロビーのinfomationのお姉さんに聞いてみました。すると「地下1階にカゴパスというところがあるので、そちらに預けていただくとホテルまで配送してくれますよ」という私の希望
現在の福岡県
こんばんは~🌃昨日の記事で書いた中華料理店は国立にありますそちらの近くにはぜひ参拝したい神社がありましたなので帰りにお詣りしてきました東日本最古の天満宮であり関東三大天神のひとつである「谷保天満宮」です「谷保」で「やぼ」と読みます(ずっと「やほ」だと思っていた)道真公の三男であられる道武公がこの地に流された縁で現在地から少し離れた天神島(府中市本宿=現在の国立インターあたり)に創建されたそうですその後に裔孫である津戸三郎為守という頼朝に仕えた武士が現在地に遷座さ
秋風の吹き上げに立てる白菊は花かあらぬか波の寄するか(菅原道真)◇6月にリリースされた◇三山ひろし君の◇新曲【鳴門海流】では、日本の歌謡界に大きな金字塔を打ち建てられた敬愛する先輩歌手◇三波春夫先生から譲り受けられた白地に吉祥文様【鳳凰】の手刺繍が美しい品格のある御着物を着用されています!◇日本の伝統的な様式美を体現しつつ、現代的な洗練された美を融合させたスタイルとして高く評価されています!ビタミンボイス
毎度、当ブログへお越しいただき、ありがとうございます。今回は皇居三の丸尚蔵館で展示された「和漢朗詠集」の古写本を紹介します。なんせ下調べをしていたため、紹介はだいぶ遅くなってしまいました。いずれも今は展示されていないので、ご注意ください。「和漢朗詠集」とは「和漢朗詠集」とは、11世紀ごろに編纂された、「これだけは詠んでおきたい」という漢詩や和歌を集めた朗詠用の詩集です。当代の名歌人で公家の藤原公任が編纂しました。もともとは藤原
さ~て、先日、ある資料を読んでいましたら、『埴生坂』に接する機会がありました。その資料から、歴史上に登場する坂である事は、理解出来ました。そこで、興味を持ちましたため、さらに、調べて見る事にしました。以下、『エナガ先生の講義メモ』の公式ホームページに掲載されていた内容を転載させて頂きます。尚、主旨が変わらない程度で、小職が書き換えています。令和3年(2021年)09月23日05:51大津神社の参道⑭竹内街道・埴生坂(羽曳野市)大津神社の参道⑭竹内街道・埴
玉川町にある天神社に参拝しました。所在地今治市玉川町龍岡下字宮ノ台乙48天神社ですので御祭神は菅原道真神です。もう一柱おられるそうで天穂日命も御祭神だそうです。天穂日命はAIによると•天安河での天照大御神と素戔嗚尊の誓約)の際、天照大御神の勾玉から生まれた五男神の第二柱です。•神格:名前の「ホ」は秀・穂、「ヒ」は霊・火を表し、農耕や稲穂、太陽信仰に関連する神とされています。とのことです車は入れません