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『名歌名句辞典』(佐々木幸綱・復本一郎/三省堂)より選句荻原井泉水OgiwaraSeisensui露けさ山の湯はわかすものという、けむり昭和12年9月の作品。作者の忘備録には、「南信に旅、蓼科小斎温泉滞在」とある。9月、長野県蓼品温泉にて宿泊する。ここは、露に濡れ、白い湯煙の立つ景色だ。聞くところによれば、この温泉は沸かしているものという。AworkfromSeptember1930.Theauthor'smemorandumsays,"Travele
『名歌名句辞典』(佐々木幸綱・復本一郎/三省堂)より選句荻原井泉水OgiwaraSeisensui前書き新和歌浦春はあけぼの潮(しお)は巌(いわお)にたわむれ昭和15年3月の作品。解説によれば、作者の備忘録に「和歌山へ、あしべや滞在」とある。春、日の出直前の和歌山県新和歌浦の海の景色を見る。波が岩に戯れるかのようにぶつかっています。AworkfromMarch1940.Accordingtothecommentary,theauthor'sme
『名歌名句辞典』(佐々木幸綱・復本一郎/三省堂)より選句荻原井泉水OgiwaraSeisensuiこよい月まるくなって山の中の山から出る昭和17年7月の作品。作者は、息子と長野県北アルプス燕岳を登山する。月の景色は、登山準備をする温泉宿からみえたか。AworkfromJuly1942.TheauthorclimbsMt.TsubakuintheNorthernAlpsofNaganoPrefecturewithhisson.Did
『名歌名句辞典』(佐々木幸綱・復本一郎/三省堂)より選句荻原井泉水OgiwaraSeisensui備忘録十月信州出小路新宮備林で天心の月一つ。月を天心にしてひとり横になる昭和18年10月の作品。岐阜県付知町の皇室所有の神社林の中で、作者は横になり、天の中央にある月を眺める。AworkfromOctober1943.IntheforestofashrineownedbytheimperialfamilyinTsukechiTown,
『名歌名句辞典』(佐々木幸綱・復本一郎/三省堂)より選句荻原井泉水OgiwaraSeisensui夕雲のきれいな林間学園日がくれると灯がともる昭和17年7月の作品。夕雲の景色がきれいな夕暮れになると、林間学園に灯がともります。AworkfromJuly1945.Atdusk,whentheeveningcloudsarebeautiful,thelightsarelitatRinkanGakuen.
『名歌名句辞典』(佐々木幸綱・復本一郎/三省堂)より選句荻原井泉水OgiwaraSeisensui池に散り満ちて花散りやまず昭和19年4月の作品。桜の花が、池の中に際限なく散って行く、そして散りやまない。AworkfromApril1944.Thecherryblossomsarefallingendlesslyintothepond,andtheywon'tstopfalling.
『名歌名句辞典』(佐々木幸綱・復本一郎/三省堂)より選句荻原井泉水OgiwaraSeisensuiかごからほたる一つ一つを星にする昭和31年6月の作品。籠の中の蛍は、暗闇の中で一つ一つが星のように瞬いている。AworkfromJune1955.Eachfireflyinthecagetwinkleslikeastarinthedarkness.
『名歌名句辞典』(佐々木幸綱・復本一郎/三省堂)より選句荻原井泉水OgiwaraSeisensui遠く確かに台風のきている竹藪の竹の葉昭和31年8月の作品。まだ遠いが、台風が次第に近づきつつあり、竹藪の竹の葉が、風の強さでざわつき始めた。AworkfromAugust1955.Althoughitwasstillfaraway,thetyphoonwasgraduallyapproaching,andthebambooleavesi
『名歌名句辞典』(佐々木幸綱・復本一郎/三省堂)より選句荻原井泉水OgiwaraSeisensuiわらやふるゆきつもる大正15年1月の作品。解説によれば、この頃、作者は京都東山に住む。藁屋に降る雪が積もる。AworkfromJanuary2015.Accordingtothecommentary,aroundthistimetheauthorlivedinHigashiyama,Kyoto.Snowfallsandpilesup
『名歌名句辞典』(佐々木幸綱・復本一郎/三省堂)より選句荻原井泉水OgiwaraSeisensui咲きいずるや桜さくらと咲きつらなりThecherryblossomsarestartingtobloom.Cherryblossomsarebloomingoverthere,andcherryblossomsarebloominghereaswell.昭和2年4月の作品。解説によれば、作者は、関東大震災を被災後、幼子、妻、母親と相次い
『名歌名句辞典』(佐々木幸綱・復本一郎/三省堂)より選句荻原井泉水OgiwaraSeisensui前書き大宰府楠木の大樹の老いらくの若葉せるなり昭和3年5月の作品。解説によれば、この頃、作者は、九州大宰府、唐津、長崎、雲仙、島原、桜島、霧島などを旅行している。作者は、年老いた楠の大木が、若葉を繁らす様を、素直に感動する。AworkfromMay1920.Accordingtothecommentary,aroundthistimetheaut
『名歌名句辞典』(佐々木幸綱・復本一郎/三省堂)より選句荻原井泉水OgiwaraSeisensui冬木の浮雲かな大正15年の作品。解説によれば、短律について、作者は、「単に字数の問題でなく、観照の心に於いて単純を窮めている。」と説明。Aworkfrom1920.Accordingtothecommentary,theauthorexplainsthattheshorttemperamentisnotsimplyamatteroft
『名歌名句辞典』(佐々木幸綱・復本一郎/三省堂)より選句荻原井泉水OgiwaraSeisensui月が明るくて帰る昭和3年12月の作品。解説によれば、作者は、月を季語としては使用していないとの由。AworkfromDecember1920.Accordingtotheexplanation,theauthordoesnotusethemoonasaseasonalword.月のある句松尾芭蕉名月や池をめぐりて夜もすがら与謝
『名歌名句辞典』(佐々木幸綱・復本一郎/三省堂)より選句荻原井泉水OgiwaraSeisensui南無観世音、木の間より散るは桜よ昭和5年4月の作品。尾崎放哉の5周忌が鎌倉杉本寺で行われた。作者は、故人を、「南無観世音」と追悼する。風で空に舞った桜の花びらが、木の間から落ちてくる。AworkfromApril1930.The5thanniversaryofHouyaOzaki'sdeathwasheldatSugimotojiTemple
『名歌名句辞典』(佐々木幸綱・復本一郎/三省堂)より選句荻原井泉水OgiwaraSeisensui前書き海わたしのひざに降る雪を見るのが我が子昭和8年1月の作品。前妻と死別した作者はしばらく放浪生活を続けたが。再婚を機に、鎌倉に居を定める。そして作者は、、長男、長女と二人の子どもに恵まれた。この時、長男・海(かい)は満2歳。幼子が、父である私の膝に降る雪を見つめる。AworkfromJanuary1930.Theauthor,wholosthise
『名歌名句辞典』(佐々木幸綱・復本一郎/三省堂)より選句荻原井泉水OgiwaraSeisensui水の深さを身に張りたわむ棹細し大正6年2月の作品。解説によれば、作者は、次のとおり説明している。「(大井の自宅の二階からみた景色で、)たった一本の棹に命を托して生活している船頭の淋しさ、それを現したいと思った。」AworkfromFebruary1917.Accordingtothecommentary,theauthorexplainsasfoll
『名歌名句辞典』(佐々木幸綱・復本一郎/三省堂)より選句荻原井泉水OgiwaraSeisensui陰もあらわに病む母見るも別れか大正9年9月の作品。作者の母は、脳溢血で突然倒れ、昏睡状態となった。作者は、母の死を覚悟しながら、動かぬ母を見つめる。WorksfromSeptember1920.Theauthor'smothersuddenlycollapsedfromacerebralhemorrhageandfellintoacoma.
『名歌名句辞典』(佐々木幸綱・復本一郎/三省堂)より選句荻原井泉水OgiwaraSeisensui空をあゆむ朗々と月ひとり大正9年7月の作品。明るい月が楽しそうに、一人、空を歩んでいるよ。AworkfromJuly1920.Thebrightmoonishappilywalkingaloneinthesky.作者は、自然、自己、自由の三位一体を主張。作者も、一人、地上を、歌を歌いながら歩んでいるものと思われる。これに、酒と自分の影が加われ
『名歌名句辞典』(佐々木幸綱・復本一郎/三省堂)より選句荻原井泉水OgiwaraSeisensui月高くして漁火それぞれの座につけり大正10年10月の作品。三浦半島三崎に吟行した際の句。WorksfromOctober1921.AhaikuwrittenduringavisittoMisaki三崎ontheMiuraPeninsula.イカの獲れる領域は決まっているので、作者からは、漁火が、あたかも決まった形で配置されているかのように見える
『名歌名句辞典』(佐々木幸綱・復本一郎/三省堂)より選句荻原井泉水OgiwaraSeisensui月光ほろほろ風鈴に戯れ大正12年8月の作品。月の光が、「ほろほろ」と、風鈴に戯れる。AworkfromAugust1923.ThelightofthemoonplaysHoro-Horowiththewindchime風鈴Hu-Rin.
『名歌名句辞典』(佐々木幸綱・復本一郎/三省堂)より選句荻原井泉水OgiwaraSeisensui自分の茶碗と箸があるところに戻り大正13年11月の作品。作者の備忘録には、「『野ざらし紀行』の跡を尋ねて大垣まで」とあり、無事、旅行を終えて家に帰ったものとみられる。待っているものが、家族でなく、茶碗と箸というところがおもしろい。(おもしろくない?)AworkfromNovember1924.Theauthor'smemorandumstates,"Iwe
『名歌名句辞典』(佐々木幸綱・復本一郎/三省堂)より選句荻原井泉水OgiwaraSeisensui伏して哭す民草に酷暑きわまりぬ大正元年の作品。解説によれば、明治天皇が崩御し、同年7月30日の大葬の儀において、一般市民は、喪章をつけ哀悼の意を表したとある。AworkfromthefirstyearoftheTaishoera.Accordingtothecommentary,afterEmperorMeijipassedaway,or
『名歌名句辞典』(佐々木幸綱・復本一郎/三省堂)より選句荻原井泉水OgiwaraSeisensui月のましたの海のまなかの燈台まわるUnderthemoon,inthemiddleofthesea,thelightofthelighthousespins解説によれば、大正5年11月の作品。「5・7・5」でなく「7・7・7」の調子。作者は、この時期、自由律俳句運動を始めた。Accordingtotheexplanation,itwas
2024年3月9日(土)【季語】春/蝶ねむるとは花にいる蝶がさめて立つ荻原井泉水(おぎわら・せいせんすい)1884〜1976年。俳人。昨年の3月9日の句→春月の『春月の〜山口誓子』2023年3月9日(木)【季語】春月/春春月の海ある方へ犬走る山口誓子(やまぐち・せいし)1901〜1994年。俳人。昨年の3月9日の句→戦争はいや『戦争…ameblo.jp岡崎弥保HP「言の葉」ブログ「言の葉つむぎ」
◆『草木塔』は,種田山頭火(1882—1940)の生涯を代表する句集です。初の句集『鉢の子』を刊行したのが,50歳のとき。『草木塔』は続く同題の第二句集『草木塔』を含む6つの句集を晩年にいたって集大成したもので山頭火の死の年1940年に東京八雲書林から発行された。山頭火57歳の4月のことであります。◆山頭火,本名種田正一は山口県佐波郡(現防府市)生まれ。母の自死や家の破産など波乱多き生涯を送り1925年,43歳のときに出家得度。以後,乞食僧として日本各地を放浪した人で
明治37年、22歳神経衰弱のため早稲田大学を退学し帰郷した山頭火のその後は1906年(明治39年、24歳)12月父竹治郎が防府市にあった古くからの酒造場を買収。一家で移り住む。その翌年頃から種田酒造場を開業したとみられます。1908年(明治41年、26歳)種田家が酒造に失敗し、家屋敷を全て売却。1909年(明治42年、27歳)8月佐藤光之輔の長女サキノと結婚。翌年には長男健が生まれる。1911年(明治44年、
山頭火,本名種田正一は禅僧として荻原井泉水に師事し同門の尾崎放哉とともに「自由律」の句風で各地を行乞旅(こじきかと思われる托鉢)のさなかに数多くの句を残した酒好きな俳人です。今日はそんな山頭火のプロフィールをちょっとだけ1882年(明治15年)12月3日山頭火は山口県佐波郡(現・防府市)にて大地主・種田家の長男として産まれました。1892年(明治25年)母親のフサが父竹治郎の芸者遊びなどを苦にして自宅の井戸に投身自殺(享年33歳)。
われ一口犬一口のパンがおしまい・・・(荻原井泉水)興味が湧いて荻原井泉水(おぎわらせいせんすい)を読みたいとさがしたけど、アマゾンで、3万円、4万円の本は見つかっても、安価で入手できる本は発見できないでいる。随筆は何冊かあったけど、最初は句集がいいなと思っているので、久しぶりにかっぱ横丁に出かけようと思いながら、結局、腰が重くて足が向かず、とりあえず、ネットで見つけたこの一句。子どものころを思い出す。犬の表情が伝わる給食で食べ