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自由とケアが響き合う場所へ:二つの教育思想が紡ぐ未来現代の学校教育は、どこか息苦しさを抱えているように感じられないでしょうか。かつて私たちを豊かにした「みんなで同じことを、同じペースで」という一斉授業のスタイルが、今、子供たちの多様な個性を前にして、少し疲れてしまっているように見受けられます。この混迷する時代において、教育の未来を照らす二つの大きな灯火とも言えるのが、佐藤学さんと苫野一徳さんという二人の思想家です。お二人はそれぞれ異なる登山口から、同じ「希望の頂」を目指しているように思われま
競争しないという選択私は、大人になってからではありますが、競争というものにあまり興味を持たなくなりました。たとえばスポーツ。たしかに、自分がプレイヤーとして走り回るときや、友人がチームの一員として頑張っているときは、自然と気持ちが盛り上がります。けれど、どんなに白熱しても、その興奮は翌日にはスッと冷めている。勝っても、負けても、どこかで「終わったこと」として過ぎ去っていく。だから、誰かの勝ち負けを外から見つめるだけのスポーツ観戦には、まったく関心が持てません。これは
今日対話型AIと小一時間ばかし話しました。パソコンにデフォルトで装備されているアクアというAIを使って。結論としてこんな無益な作業はなかった・・そう思わされたのはやはり彼らが生きていないからですね。普段のパソコンの使用状況も勘案して耳ざわりのいい言葉をこしらえているんでしょう。でもそれでは絶望的にダメなのです。これで満足しているようでじゃダメなんです。これはあたかもボールの壁打ちに似ています。どうボールが返ってくるかは自分が打ったボールの軌道で予測できるという。実際に他者に徹底
【自由の相互承認への道のりは遠いが、諦めない確信を得た!の巻】❤️「自由はいかに可能か」(苫野一徳著)の読書会•学習対話会に、著者の苫野一徳さんも参加されて、充実した楽しい学びを体験致しましたので、可能な限りシェアさせていただきたいと思います。❤️今回の学習会では、自由の相互承認を実現するためにどのような要素が必要で、どのような理解が求められ、どのような課題があるのかが明確になってきたように感じました。❤️他者との自由の相互承認において、過去の問題をどう扱うべきかという課題に取り組みました
わからないけど、きっと大事なこと最近ずっと頭から離れない音声配信がある。苫野一徳先生の「善意の批判が暴力を招来する」という配信だ。「批判」の文字に吸い寄せられるかのように再生ボタンを押した。1単語・1文が、初めて世界を見たときのように新鮮な衝撃を与えた。苫野先生の放送は、知識の浅い私には、何度聞いても全ての理解はできない。でも絶対大事なことをお話くださってる。スポンジが水を吸うように、何度も何度も聞いた。それでも零れ落ちるから、言葉に書き留めた。何度も聞き直した。#208「善意の批
私の考える「本当の哲学者」は永井玲衣さんと苫野一徳さん。ここに中島義道を加えても良いかな……(笑)理由は彼らがちゃんと「対話」を目指しているから。対話のない哲学はあり得ない。いくら本や論文を読み、SNSで仲間と慣れ合い、誰かを論破したって、それは哲学じゃない。そもそも「論破」という言葉を使っている時点で哲学ではない。哲学とは、あれこれ考える過程を言うのであって、既に完成された論理で相手を攻撃するような態度は、哲学からは最も遠い。よってSNS上のフェミニストも反出生主義者も哲学者
苫野一徳著日本評論社「自分の経験を一般化しすぎない」一般化のワナにはまらない。「あちらとこちら、どちらが正しいか」と問うことをやめよう。生きる意味に絶対的な正解なんてない。でも私たちには、「ああ、これが生きる意味だったんだ」「生きててよかった」と思える時がある。だったらそれをみつけよう。絶対的な正解でなく、自分にとっての「正解」をみつけること。「自由になる」ために学ぶ。私たちは、自由に生きるために実にさまざまなちからを必要とし
この記事で「存在することの意味はなんだろう?」という、本質的で明らかな答えのない問いを提示して思い出したことがあります。何年も前に、小学校3・4年生の時に担任だったK先生と友人を交えてご飯を食べたことがありました。卒業してからまともに話すのは、初めて。その時に、色々な近況報告の中で、私がやっていることや考えていることにについて、少しお話ししたのです。そしたらその先生、何て言ったと思いますか?なんと、ケラケラしながら「へー。でもそれって、答え無いんでしょ?
こんにちは、自分発見コーチの田村です。この度、「苫野ゼミ」に入会しました。苫野ゼミというのは、哲学者、苫野一徳(とまのいっとく)さんの主催するオンラインサロン。苫野一徳さんは、熊本大学の准教授で、なんと同い年(同学年)!苫野一徳さんを初めて知ったのは、とある本の帯でした。また、ちょうど時を同じくして、以前、哲学対話イベントに参加してくれた知人から、Voicyを紹介されたのです。https://voicy.jp/channel/3397紹介されたも
【愛とは何か】そばにいてもいなくても苫野一徳氏の「愛」を読んでインスパイアされて創りました。#愛#愛とは何か#哲学#愛の本質#だじゃれ#川柳#学び#気づき#学び楽し句#読書#AI#aiとコラボ#aiと対話youtube.com苫野一徳氏の「愛」を読んでインスパイアされて創りました。オーストラリアより愛と感謝を込めて。野中恒宏#愛#愛とは何か#哲学#愛の本質#だじゃれ#川柳#学び#気づき#学び楽し句#読書#AI#aiとコラボ#aiと対話
子供たちが、学校教育の中で身に付ける能力として、まず思い浮かぶのがリテラシーだと思います。これは、簡単に言ったら読み書き、計算能力と言ったら良いでしょうか。これが、社会の中で、自由に生きていく上での最低限の土台となると言う考え方に基づいていると思います。しかし、これは本当に自分だけのために身に付ける力なのでしょうか。そもそも、学校教育と言うのは何なのでしょうか。よく、学校教育と言うと、「子供のためなのか」「社会のためなのか」と言う議論がありますが、こうした二項対立の議論は、哲学的に言ったら
学校は民主主義の土台をつくる場だと工藤勇一さんは言います「民主主義」のはっきりした定義はないので工藤さんは誰一人置き去りにしないということに向けて物事を対話で解決することを民主主義の基本としています多数決はとりえあずの結論をだすためのものですからいずれに決まっても誰も不利益を被らないのであれば多数決で決定してもかまわないけれどそうでない場合は話し合いによって結論をだすべきだと工藤さんはしていますたとえば文化祭のクラス出し物で合唱にするか
すべてが十二分に満たされていても幸せを感じないひともいるでしょうしつつましい生活をしていても幸せを感じているひとはいるでしょう幸せと感じかどうかは状況ではなくひとそれぞれですけれども幸せを感じているひとはすべて自由だと苫野一徳さんは言います自由であっても幸せを感じていないひとはいるけれどそのベースになる自由をだれもが求めているだから教育の目的はすべてのひとが自由になることだということになるのです自由とはなにか
ものごとの判断においては正解はひとつではないということを意識しておきますひとつにするのであれば皆が納得できる解を探りますこのとき「二択の思い込み」(どちらかが正解だと思ってしまう)「一般化の思い込み」(特定の事例が普遍的だと思ってしまう)に気をつけなければなりませんまた脳内の情報を最新のものにアップデートしてアンラーニング(価値観の再構築)をしておく必要がありますですがそういう状態であっても教育関係の課題についてはなかなか答えがでません
千代田区立麹町中学校長を2020年に定年退職した工藤勇一さんは同校の宿題定期テスト学級担任を廃止していましたそれらが子どもたちの成長に良い影響を与えるものではないという考えからですもちろん宿題を廃止したら子どもたちの成績が向上するという単純なものではありませんそれは目に見える形態であって目に見えない日々の指導等があってこそのことです工藤勇一さんは言います子どもたちが宿題にやらされ感をいだくならそれは自主性につながらないそ
教育の目的の本質とは何かそう問われると私は幸せになることと答えていましたこれはまず個人の幸せがあってそれが世界中に広まり平和な社会となることそういうことを信じて私は授業をしてきました基本的には間違っていないとずっと思っていましたが哲学者であり教育学者である苫野一徳さんの著作を読んで彼の主張の方がより本質であると思うようになりました今回の「教育の目的」というテーマにおいては苫野一徳さんの主張を私なりに解釈したことを述べた
「子どもたちに民主主義を教えよう」工藤勇一苫野一徳あさま社2022年「学問としての教育学」苫野一徳日本評論社2022年
哲学的には命令よりも、相手が動くような条件に目を向けることが重要らしい。そうした「条件解明の思考」は教師にとっても必要。授業中「静かにしろ」と命令しても、まず無駄。だから「おしゃべり」発生の条件、学習の対話をし「たいわ」と思える条件を解明したい。探究学習やゲーミフィケーションが例として有効かも。オーストラリアより愛と感謝を込めて野中恒宏参考資料:【第18回】人は命令されても守れない〜命令の思想から「条件解明の思考」へ〜|苫野一徳「はじめての哲学的思考」/Voicy-音声
「FirstLove初恋」は、最初は「自己ロマンの投影」(特にハルミチ)だったので「恋」ですが、その後二人は様々な「分離」と「合一」を体験するので「愛」ではないかと。つまり哲学的に正確なタイトルは「初恋•初愛」かと考えました。【参考文献】【第15回】恋とは何か?|苫野一徳「はじめての哲学的思考」/Voicy-音声プラットフォーム音声放送チャンネル「苫野一徳」の「【第15回】恋とは何か?(2023年1月29日放送)」。Voicy-音声プラットフォームr.voicy.jp
最近、子どもたちの未来について、考えさせられます。そんな中で、道筋を指し示してくれる書籍に出会いました『子どもたちに民主主義を教えよう対立から合意を導く力を育む』(工藤勇一・苫野一徳著あさま社)帯に、「多数決の問題点、わかりますか?」とあります。多数決に、安穏としてきた私がいました。いや、ちょっとした違和感は持っていた、と思いたい私がいます突き付けられます。そこに寄り添っていきたいと思います。読んでいただきたいので、詳
哲学的思考勤務終了後、熊本市へ移動した。今夜は、苫野一徳先生の「哲学的思考」を学ぶために。実際に、哲学対話の実践時間もあり、たくさん思考する楽しい時間を過ごすことができた。哲学的対話、「授業に取り入れていけたらなあ」と、早速、準備を始めよう。
ようこそこんにちは〜朗読大好き人チッペです(⁎⁍̴̛ᴗ⁍̴̛⁎)小学5年生のあの日あの時まで(ここのところは、また今度)人前での朗読がほんっとに好きでした。根っからの模倣人間なんですよね〜あ、しかしモノマネの方向には進んでないな。それとこれとは、別か…ニャハฅ(^^ฅ)#4#4朗読「子どもの頃から哲学者」著:苫野一徳さん-チッペひょんラジオ|stand.fm苫野一徳さんのご著書「子どもの頃から哲学者」を友人のOくんと共有したい思いから朗読を始めました。グ
こんにちは、ゆうちゃんです。今日は、最近読んで面白かった本の紹介です。唐突ですが、質問です。みなさん、子どもの頃、学校は楽しかったですか?娘は、授業はつまらないけど、友達に会えるのは嬉しい、と毎日それなりに楽しそうに通っています。私は……とてもとてもとても、学校が嫌いでした。いくつも理由はありますが、・よくわからない決まりに、一律に従わなければいけなかったこと・みんなで同じことをしなければならなかったことが嫌だったんだと思います。このことにはっきりと気づいたのは、この本の冒
月曜日から水曜日までの行政視察が終わり、木曜日は広報委員会、そして同じく木曜日から金曜日に息子は修学旅行、今日は青苧復活夢見隊のサポートということで、予定がぎゅっと詰まった週でした。しかし、ここでようやく一区切り。あや子レポート発行に向けての記事をまとめていきます。行政視察などの報告を載せる予定です。今日は予約していた本が届きました。早速少しずつ読み進めます。
今朝の熊本日日新聞の記事。熊本市熊本県の多くの小・中学校は昨日から新学期を迎えた。新学期と言っても、山鹿市は二期制なので9月までが前期だ。だから正確には新学期ではない。夏休みが終わるこの時期に心を病む生徒が増えるという。相談できる人がまわりにいることを願う。さて、熊本市教育委員会は、インターネット上の仮想空間に2次元の学校をつくり、不登校の小中学生に授業を受けてもらう事業に乗り出すのだそうだ。小中学生はタブレットを使い、愛称やアイコンを設定
8月16日火曜日今日は、お盆明けで仕事始め。「ボランティアさんが沢山来ているから校長降りてきてください。」というスタッフからの連絡。私は全員と電話で話していたから、来られたら、ボランティアの誓約書を書いてもらって、その時の子供達の様子見てサポートてもらうつもりが、子どもの数の方が少なくて、やる事がないボランティアの方もいた。スタッフも多くて、今日に限ってプラスでパートの先生もいて、仕事を見つけ出さなくてはと!こんな日があるんだと、びっくり。それでは、常に、先を見越して、計画的に取り組
前回の記事「ヒラメを育てた小学校児童…」の中で、「トロッコ問題を小中学生に与えたら不安を訴える児童・生徒が続出したという。そのことについては、以下の記事に書いた。『熱心すぎる教師の早すぎたトロッコ問題思考実験。小中学生に殺人を強いる授業して何がしたかったのか。』いわゆる「トロッコ問題」を小中学生に授業の素材として使ったらしい。そうしたら、問題に不安を訴える児童・生徒が続出したとのこと。この教師たち、熱心はいいが、熱心…ameblo.jpと書いた。しかし、ふつう記事内で引用案内して
3、4月に読んだ本教育に興味あり。工藤勇一鴻上尚史ブレイディみかこ苫野一徳が好き。全部図書館で借りました。学校ってなんだ!日本の教育はなぜ息苦しいのか(講談社現代新書)Amazon(アマゾン)600〜4,710円何とかならない時代の幸福論Amazon(アマゾン)1,400円勉強するのは何のため?--僕らの「答え」のつくり方Amazon(アマゾン)1,463円現在読んでいる本子どもが教育を選ぶ時代へ(集英社新書)Amazon(アマゾン)