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こんばんは🤗寝る前にもうひとネタ(≧∇≦)ノ💞💞💞あれは私がまだ子供の頃に1度聞いて耳から離れない曲がありました🤔💞💞💞「ワッカミスギ〜♪」の部分しか覚えていませんでしたが、ようやくその曲をみつけましたのでご紹介します(≧∇≦)ノ💞💞💞ドクター南雲とシルバーヘッドホーンが唄う「ソウル若三杉」ヽ(=´▽`=)ノ💞💞💞https://youtu.be/DcdpF8ItARY?si=L-K_fm4mwG-7tZAb-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリ
幕下〇朝玉勢(送り倒し)周志周志ののど輪にあてがい応じた朝玉勢が追いかけ回して行司溜り背中着いてひと押し。〇家島(押し出し)出沼出沼の引きに乗じた家島おっつけ、ハズにあてがって西溜り押し出して勝ち越し。清水海(掬い投げ)大新海〇清水海に振り回されて白房詰まった大新海傾きながらも左で掬って物言いの末、差し違えで5勝目。〇豪ノ湖(寄り切り)納谷張り差しならずも右のぞかせて西に走った豪ノ湖小手に振られて傾くもなんのとしのいで寄り切って勝ち越し。新隆山(叩き込み)三
音楽備忘録(43)「食わず嫌いをしてました💦」日本で「ソウルブーム」が起きたのは、1976年の「ソウル・ドラキュラ」(ホット・ブラッド)がきっかけだったのだろうか?深夜放送でよくかかっていたのを覚えている。「どこの国の作品か分からない洋楽が、日本で支持を集めた」典型的な曲で、フランスのレーベルで発売されながら、フランスではヒットしなかったそうだ。厳密にいえば、ソウルミュージックというよりディスコサウンドに思える。ちょうど「第1次ディスコブーム」が起きたこととも相まって人気が出たよう
寺尾関(錣山親方)の訃報を聞いて…びっくりしています…闘いっぷりが…好きでした…小さくても勝てる‼️小さい頃…弱虫だった…次男の…希望の星でした…やはり…笑顔が…実は…もろ差し名人と言われた…鶴ヶ嶺(寺尾関の父)も好きでした…とっても…寂しく…悲しいです…寺尾関(錣山親方)のご冥福をお祈りいたします…余談ですが…私が…今までに好きになった力士…大鵬若三杉(二代目若乃花)寺尾大鵬が活躍したころは…まだ小学生で…大鵬が負けるのが怖くて…まともに…テレビが見てられま
朝青龍以降外国人力士の活躍ばかりが目につき、個人的にはすっかり興味が失せた大相撲ですが、昔は何人も好きな力士がいました。今日は、そのうちの一人である、第59代横綱隆の里俊英関の命日・十三回忌にあたります。隆の里関(本名:高谷俊英)は、1952(昭和27)年に青森県南津軽郡浪岡町(現・青森市)に生まれました。中学時代は柔道に打ち込んでいた高谷少年が各界に入るキッカケを作ったのは、一人のタクシー運転手だったとか。二子山親方(初代・若乃花)が故郷・青森に後の横綱・
トピックス北の湖独走時代到来若三杉綱取りへ優勝北の湖横綱14勝1敗決定戦記録2場所連続同一カード決定戦歴史的観点若乃花が横綱昇進北の湖初の三連覇、二強時代抜け出す前場所からの流れ昭和51、52年と輪湖の寡占状態が続いたが、53年に入ると前年年間80勝をマークした北の湖が連覇。対する輪島は10勝、途中休場と陰りが見え出した。代わって大関2年目に入った若三杉が初場所13勝で次点。春場所は北の湖を破って決定戦に持ち込み、敗れたものの連続13勝。優勝経験もあったが、直前の優勝
14日目、直接対決で若乃花が全勝北の湖を破り、相星で千秋楽へ。若三杉は、2場所連続で北の湖を破り、3場所連続となる13勝をマーク。優勝すれば綱取りは間違いないが、準優勝に終わった場合はどうなるか。柏戸、玉の海は直近2場所の優勝がなく上がっているが...幕内全取組立合い右差しに成功した出羽の花、左から挟みつけて寄り、下手投げを放つと、琴乃富士は宙を舞った。幕尻で勝ち越し。十両2枚目琴乃富士は8勝止まりで入替のチャンスを逸した。左肩で当たった黄緑の締め込み・大豪、谷嵐が押して出るのを
幕下の土俵から幕下6枚目・6戦全勝長岡と十両最下位で7敗の吉の谷の入れ替え戦。デビュー以来無傷の新星に対し、ベテランがやや左に動いて屈み、右足を取って高く持ち上げると一気に土俵の外へ運んだ。当時は角界の江川くん、のち大関朝潮、プロ初黒星で連続優勝は逃して自力昇進はのがしたが、最速タイの所要2場所で新十両を果たした。幕内全取組入れ替え戦。おっつけてから右差しの出羽の花、前に出つつ、豪快にすくい投げ。十両大豪を圧倒した。幕尻が粘って7勝7敗。十両5枚目は二桁に乗せられず。十両筆頭大錦
勝ち越しのかかる両者。十両筆頭大錦が左差し速攻で、魁輝をあっさり土俵の外へ。幕内復帰有力に。谷嵐、頭で当たるも、大觥にいなされて踏み込んだ足が流れ、送り引き落としのような形で尻もち。決まり手突き倒しで、大觥新入幕勝ち越し。栃赤城右で突いてから、右下手。半身気味から下手投げ。前に出てきた十両・琴乃富士を俵伝いに回り込んでかわし、3場所ぶりの勝ち越し。対する琴乃富士は勝ち越しお預け。すでに幕内12場所経験しているが、この年は初場所筆頭で7−6から負け越すと、西3枚目となった春場所から4場
ザンバラ髪の幕下長岡、立ってすぐ左四つ右上手。下手を取らずとも腕の返しで相手が浮き上がり、吊り出しの勝ち。デビュー13連勝、2場所連続優勝での十両昇進に王手。左四つは魁輝の形。左右から黒瀬川を揺さぶって、最後は左からの捻りも効いた上手投げ。両前ミツ狙いの出羽の花、吊り寄りで攻め立てたが、大觥捨て身の下手投げで縺れ、逆転負け。麒麟児、突っ張りで一方的に谷嵐を弾き出して勝ち越し。未だ1勝の若獅子、十両大登に四つに組まれて為す術もなし。長身のこの十両力士、のち大飛の大山親方であ
幕内全取組突いて出た三杉磯だが、栃赤城に右下手で食いつかれて深い左上手。投げを狙うも低く構えた相手を動かせず。栃赤城が機を見て攻めに出て、寄り切った。突っ張った若獅子、しかし琴ヶ嶽に右深く差されると一気に寄り切られた。立ち合い、左前みつで頭をつけて走る北瀬海。右で渡し込むようにして出羽の花に残す暇を与えなかった。ぶちかまして突いた玉輝山、しかし麒麟児が突っ張りで反撃すると、一方的な展開に。土俵下へ吹っ飛ばされて客席奥まで突っ込んだ。大觥、左に跳び違ってけたぐり。見事決ま
今日は、大相撲初場所を観戦に行きました。私は、必ず朝9時から観ます。楽しみ過ぎて寝不足なのが、恒例(笑)今日も前相撲から観戦しました。朝はまだお客様が少なめです。↓ちゃんと、ちゃんこも食べました(笑)今日は、塩ちゃんこでした。遠藤関の顔ハメパネルも一応、やりました。45歳おじさん、謳歌しています(笑)そして、観戦のお供はこちら!焼き鳥も美味しいですが、実は、「角力豆」、これ旨いんです。↓1日楽しかったです。さあ、今場所は誰
9月27日火曜日〜その7おやつに、HENRICHARPENTIREクリーム・ビスキュイチョコレート、RUSSIANCAKE、GoncharoffMARRONSGLACES。(写真)今年の夏、第五十六代横綱二代目若乃花さんの訃報に触れました。私が相撲少年だった時代の四股名は若三杉。懐かしいなぁ。色紙は、大阪場所の二子山部屋宿舎だった阿倍野区の晴明通で書いて頂いた一枚。太マジックです。スケッチブックは細マジックのサイン。ブラウン管のテレビで見ていた時代の力士が少なくなりました。寂
3つ前の当ブログで、7月16日に「若三杉」さん(僕の中では「若乃花」というより「若三杉」なのです)が亡くなったことについて書きました。横綱・北の湖関の全盛期にぶつかって、2場所連続で「優勝決定戦」に敗れてしまったことも触れましたが、その次の場所で「若三杉」関は横綱に昇進されたのです。直前3場所で優勝がないのに「横綱昇進」したわけです(「若三杉」関は大関になったばかりの頃、1回優勝しています)が、過去には優勝経験なしで「横綱昇進」を果たした力士がいます。「北尾」関です。やはり「双羽黒」と呼ぶより
ひとつ前の当ブログでも触れましたが、相撲取りには短命の方が多いような気がします。2019年9月16日には、58歳という若さで井筒親方が亡くなりました。元・逆鉾関です。この年の9月場所の直前に体調を崩して入院されたばかり、それが場所中に亡くなってしまったのです。僕より年下の人がこんなにすぐ亡くなってしまうことにもショックですが、僕もこの年の夏、入院、手術などをしたので、いつ死んでもおかしくないのだ……あらためてそういう年代なんだ……と身につまされたのを覚えています。その前年2018年に亡くなった
先週7月16日に、元横綱・若乃花(二代目)の下山勝則さんが肺がんのため亡くなりました。69歳というのは早すぎます。心よりご冥福をお祈りいたします。今、「若乃花」と書きましたが、横綱になるまで名乗っていた「若三杉」というほうがしっくりしますね。たしか、ご本人も「若三杉」という四股名は気に入っていて、「若乃花」への改名はやんわり断ったこともあるとか、何かで読んだ記憶がありますが、「土俵の鬼」と言われた初代・若乃花の二子山親方に言われればイヤとはいえないですね。なので、僕はあえて「若三杉」関と書き
1977年、小学3年のときタイガースの掛布雅之選手と大相撲の大関若三杉関のファンになりました以後もいないわけではないですが初めてファンになったお二人を超える熱量の選手はいませんその大関若三杉のちの2代目横綱若乃花去る7/16に亡くなられましたまだ69才でしたそして、この訪問者が少ない弱小ブログアクセス急増しましたアクセス急増はこの記事です↓『若三杉関1977』五十音順も「わ」まできました前回「ろ」は「ロボット」について書きました。
小学4年生の時に、3行だったか5行だったか忘れたが毎日日記を書く宿題があった。毎日書くのって当時は苦痛で、書くネタも見つからなくて嘘を書いて怒られたこともあった。そんな当時の日記の思い出の中に、大相撲の力士「若三杉」の思い出が強く残っている。当時、自分は大相撲が好きでよく見ていたのだが、応援していた力士が「若三杉」だった。相撲取りらしくない甘いマスクと、柔軟な身体を活かした粘りの相撲が魅力で、大相撲の場所中は、毎日「若三杉」のことを日記に書いていた。この日記には、先生が一言添えて返
いただいているコメントのお返事もまだ出来ておらずですがお相撲テーマでひとつブログを更新させてください大相撲名古屋場所折り返しました祝日「海の日」の夕方も普段の休日と変わらずテレビ観戦そんな中元2代目若乃花横綱のご逝去を知る・・・小学高学年の頃私のイチオシ力士こそ大関若三杉でした後に横綱昇進とともに四股名若乃花を襲名横綱時代の活躍はあまり印象に残っていないのですが大関時代(若三杉時代)に北の湖や三重ノ海、輪島・・・を相手に見応えのある相撲を見
昨日、横綱2代目若乃花の訃報があった。69歳である。優しい顔立ちで、当時で言えば男前、二枚目。柔らかい足腰に懐の深い相撲で、横綱に昇進。同じニッパチ組の北の湖が最年少で横綱になり、強すぎて不機嫌な顔していたから悪役で、そっちとは逆の人気を誇っていた。大関以下の若三杉時代から地力を発揮していたので、北の湖が苦手としていた。自分はこちらの四股名の方が印象に残っている。千代の富士台頭後は、精彩を欠いたのが残念だった。69歳での訃報を聞き、改めて横綱経験者の寿命の短さを実感する。年齢的に相
元横綱・二代目若乃花幹士(本名・下山勝則)さん(1953~2022)がお亡くなりになった。まだ69歳という若さだが、晩年は闘病生活を送っていたようだ。心よりご冥福をお祈りいたします。私のような「昭和の相撲好き少年」からとすると、一番夢中で相撲を見ていた頃の力士が次々と亡くなり、寂しい限りだ。私は大関旭國のファンであったが、昭和50年代の初めは輪島、北の湖の全盛である「輪湖時代」だった。長く二横綱の時代が続いたが、その後若乃花、三重ノ海が横綱に昇進して迎えた四横綱時代の一角を若乃花は担ってい
小学生の頃よく大相撲中継を観ていて、いちばん好きだったのは、当時の横綱北の湖や少し遅れて出世する千代の富士よりも、大関までのしこ名は「若三杉」だった関取でした。巨漢でもなく顔も良かった。二代目若乃花、間垣親方…、お疲れさまでした。合掌…。
まずは入れ替え戦の要素を含む2番白田山の肩透かしを残して右上手の隆の里。肩越し気味だったが、大きく足を引いて強引に投げ飛ばした。十両2枚目10勝目で入幕確実。下に2枚で9敗目の白田山は残留が厳しくなった。十両天龍が少し右に動いて突いたが、左差し右上手で捕まえた大錦が馬力を発揮して寄り切った。下に2枚の大錦だったが、7勝目で残留確実。3枚目の天龍は8勝止まりで昇進は難しくなった。十両吉の谷が突いて出たが、様子を見るようにその場で立った大鷲が冷静に受けつつ叩き込んだ。ともに3勝
優勝争い既に1敗の2人に絞られた優勝争い。結び前で登場の大関貴ノ花の相手には、前頭8枚目7勝6敗の金城が抜擢された。ほぼ昭和50年代を通して幕内を張り、のちに栃光を名乗るニッパチ組の一人だが、まだ入幕4場所目。互いに張るような動きから、金城の右と貴ノ花の左で差し手争い。巻き替え合いから、貴ノ花が差し手を手繰りにかかった。逆さ向きに極まりかけて何とか振りほどいた金城だが、今度は低く食いついた貴ノ花が鋭く寄り切った。自己最高の13勝目、場内大熱狂。突然訪れた優勝のチャンス。土俵下
播竜山、十両丸山に足を攻められるが、下手投げで転がし勝越し王手。十両筆頭の大潮、白田山の寄りを堪えて深く入った左差しを返して寄り切った。勝越して入幕確実。既に9勝と好調の十両筆頭玉輝山、低く突っ込んだが、大旺の叩きにダイビング。琴乃冨士、大きな体を活かした左四つからの吊りで下した。大錦が左上手、玉ノ富士のお株を奪う右ハズで割り出すような形で寄り詰めたが、逆に左ハズからリンゴでも割るように突き落とされた。本家の腕力が勝った。陸奥嵐が左四つで吊り上げようとす
1敗2人は?首位に並ぶ北の湖、貴ノ花。終盤戦を展望すると、両者の直接対決は輪島の休場によって番付順で千秋楽。45年初場所でも述べたが、やはり歴史に残る一番は、運命的に最高のタイミングとなる。残る取組は、共に大関魁傑戦と、北の湖が関脇若三杉、貴ノ花が1差で追う三重ノ海という難敵を残すが、あと2番は途中出場してきた小結旭國か平幕中位力士となる。この日は7枚目ながら8勝2敗と1差につける豊山が抜擢され、貴ノ花に挑戦。突っ張って出たが、大関は左から入って右も覗かせる。苦しい豊山は右から強引な
1970年代の事件◎あるキッカケ!アイザック・ニュートン!偉い人である。昔のイギリスの数学者であり、物理学者、天文学者、哲学者、神学者でもあった。つまりメッチャ頭が良い人。その彼の功績として有名なものは万有引力の法則の発見!全てのモノはお互いに引き寄せ合っている。そういう法則だ!その万有引力の法則発見のキッカケとなったのが、リンゴが木から落ちたこと!リンゴが木から落ちたのを見たニュートンはそこに地球の引力が影響していることを発見した。そしてあの偉大な発見をしたのだ
さて、昨日から、大相撲九州場所が開催されて、初日は、あっし贔屓の竜虎・琴翼・栃煌山・竜電、全て勝利と絶好のスタートをきりました。そんななか、新十両に琴手計改め琴勝峰が誕生しました。それまでの琴+本名から、グレードアップされた四股名になりました。このように改名は、力士のさらなる出世を期待して行われるもので、最近で、誰もが納得・祝福したのが、若貴兄弟の「若ノ花」「貴ノ花」への改名ですかね。まぁ「貴乃花」は、いい意味でも悪い意味でも永久欠番四股名になりそうですが(^^)でも、なかには
キャプテン翼のGK若島津くんは時代的にもあの若嶋津だろうと思うわけだが(大関になった辺りまで「若島津」を名乗っていた)、フィールドの貴公子こと三杉くんも考えてみれば二子山部屋流の名前なのだなァと。貴公子で女性ファンからの人気絶大と云うところからして若三杉だったのかな、と。のち2代目若乃花に。凄いんだけど、思ったほどは活躍し切れなかったところも三杉くんと似ているところ。三杉くんには心臓病の持病があったと記憶しているが、若三杉の持病は痔と云うね。。。休場理由「痔」、最初に見た時にはびっくりし