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獅子ケ森の小坂鉱山製錬所分工場跡地東側には現在大館郷土博物館が建っています。その博物館の展示物を見るのも目的でした。展示物とは地元鉱山で使用されていたバッテリー機関車です。鉱車を1両連結した姿で展示されています。バッテリー機関車にはマスクを付けた作業員が乗務。バッテリー機関車の他に坑道内で掘削に使われたバケットカー等も展示されています。再び小坂鉄道代野駅へ。代野駅に隣接して営林署の貯木場が設置されていました。雪沢や深沢の森林鉄道が廃止され、トラック輸送に置き換わった時代に設置された貯
どこへいつても、石よ。君がころがつてない所はない。青い扁豆、丸い砂礫。どれも、初対面ではなささうな。土ぼこりで白い雑草の根方、電柱や、道標の周りに、垣添ひに、車輪に砕かれ、荷馬の蹄にはじかれ、靴底にふまれ、下駄にかつとばされ、だが、誰もこころには止めないのだ。君を邪険にあつかつたこと、君がいることさへも。たまさか、君を拾ひあげるものがあつても、それは、気まぐれに遠くへ投げるためだ。君のやうなもののことを、支那では、黎民(れいみん)とよび、黔首(
1944年に起き、翌45年6月の「花岡事件」の要因ともなった、七ツ館坑道崩落事故当時の写真が見つかった。事件当時、小学校(当時は国民学校と呼ばれた)では校内放送が流れ、何人もの生徒が職員室に呼ばれていたという話を聴いている。戦後80年経ってもなお、こうした記録の発見は続いている。大館・花岡事件のきっかけ、坑道崩落事故の救助写真か保育所の段ボール箱から見つかるhttps://t.co/jbjcJB4uz8—秋田魁新報社(@sakigake)June21,2025
凸撃りおちゃんねるをご覧の皆さま。こんにちは!りおたんです(・∀・)ノ☆今回は秋田県大館市花岡町『花岡平和記念館』へご案内致します(^^)※この辺。えー。コチラを訪れるということは『花岡事件』に触れるということです。歴史の暗部というべきか本当にあってはならない凄惨な事件です。我々、現代日本に生きる者たちもそういう時代があったことは知るべきであり反省から学ぶべきだと思います。※ワタクシは筋金入りのノンポリなのでアレですが。それでは早
本日は雨降りで、大して予定はなく、途中に成っている話を書き上げようと思っていたが、・・・・何気なくみていた高校野球の試合内容の凄さに・・・見終わって疲れて、やる気が失せてしまった。試合は、金足農対名桜。高校野球ファンや、そうでなくても吉田輝星投手の名前はしっているかもしれない。その弟君が2年生エースの金農対、最近は甲子園常連となっている名桜対決。本日1回戦での好カード。延長になる激戦で、金農が勝った。雨が降る中での、金農は全校応援で、TVから視る雰囲気も、尋常ではなかった。同点に追
今年も半年が経過1月1日の地震から、今日まで結構激動の半年でしたそのうちのひとつが、新しい環境での仕事と生活夕食を作っていただくようになりました毎日、献立が異なり本当に美味しくいただいています🌃🍴そして、その夕食後の楽しみは、おしゃべりタイム小一時間、🍵😌✨を入れていただき色々な話をする新聞やテレビの話題若い頃の話家族の話育てている植物のこと料理や歴史等々多岐にわたる📙を貸し借りしたりもする昨日は、秋田に行った話から秋田犬大館小林多喜二花岡事件環
みんなの回答を見る今年もこの日が巡ってきた。400人以上が死亡した花岡事件から79年大館市で慰霊式|NHK秋田県のニュース【NHK】終戦直前、いまの秋田県大館市で、強制連行された中国人が過酷な労働などに耐えかねて蜂起し、400人以上が死亡した「花岡事件」から79年となる…www3.nhk.or.jp以前にも書いたが、僕の親族は幼少時、住民として、花岡事件の始まりから終わりまでを目撃している。始まりとは、つまり昭和一九~二〇年にかけて、986人の中国人「労務者」
沖縄や花岡の実相を知ることは、日本における戦争の内幕を知ることだ。https://t.co/Yw8UhxcDZqhttps://t.co/tTj0kmm6m1沖縄慰霊の日のついでに、6/30花岡事件の日も「忘れてはならない」日に加えてほしい。前者が日本の被害の側面だったとすれば、後者は加害の側面。戦争とは必ずこうした裏表を生む。僕たちに必要なのは戦争とは何かを知ることだろう。https://t.co/IrjVz1z1er—藤盛槐enjuF.noteにて第1~4詩集販売
公安検事というのは朝鮮戦争が始まる前にGHQが直接、共産党(主義)の弾圧のために日本の公安警察・公安検事に戦中の検事や特高を置いて取り締まりを強めたのが、現在にも至っているのです。これは嘘ではありません。例えば「ゾルゲ事件」などを担当した井本臺吉(台吉)などもそうです。つまり、戦中においては「思想検事」として戦争に逆らうような人物は特高に逮捕させて、検察にて取り締まり獄中にて拷問や「ゾルゲ事件」などでは極刑(死刑)にしていたのです。これらの事をジャーナリストの高野肇氏が2010年9月の自身
以前の記事の続きになりますが、今日は太平洋戦争末期に東条内閣によって中国人強制連行がどのように行われ、奴隷が如く働かされ、あるいは殺されたかなどの動画がありましたのでご覧下さい。ちなみにこの時の東条内閣での商工大臣は安倍元首相の祖父で戦犯を免れた岸信介です。ゾルゲ事件の担当主任でもあった井本臺吉も1945年の6月に花岡事件の捜査、つまり、拷問などにも加わっていたと十分に考えられます。この井本は1942年に刑事局第六課長(思想課長)になっていました。そして、戦後になって公職追放されるも1
先日から、孫崎享氏が書かれた「ゾルゲ事件の正体」を読んでいるが、第二次大戦末期の日本というのは思想や言論に対して凄まじく取り締まり、その犠牲たるや「ゾルゲ事件」などだけにとどまらないのだ。さて、現在、安倍晋三氏の国葬をめぐり「野党の主張はずれている」などと発言した自民党の茂木幹事長だが、これが最大与党の幹事長の認識だとしたら国民の民意は完全に棄てられていて、民主主義の根幹さえ揺るがしているとさえ思えるのだ。ところで、話しは戻るが、「ゾルゲ事件」を担当した二人の検事の事と二人がその後に扱
沖縄の夏の夜空を彩る!花火イベントまとめ-オリオンビールオリオンビール琉球海炎祭2022(宜野湾市).琉球海炎祭/©OCVB.「日本で一番早く感動する夏へ」をテーマに...山田孝之“服部半蔵”に仕える忍者集団の長として大河ドラマに出演「独特の雰囲気があります」WEBザテレビジョン千葉哲也が、2023年放送スタートの大河ドラマ「どうする家康」(NHK総合ほか)に出演することが発表された。松本潤主演、古沢良太が脚本を務める同ドラマは、.人気のFRスポーツ「トヨタ86
先日6/23は復帰50年、77回目の沖縄慰霊の日だったが、今日は花岡事件から77年目にあたる。1942年11月、当時の東條内閣によって閣議決定され、商工務相(のち次官)岸信介の下で発された「華人労務者内地移入ニ関スル件」に基づき数次にわたり行われた中国人の徴集(殆どが強制連行)は4万人に及び、秋田県花岡町(現大館市花岡町)にも986人の中国人が移送され、花岡川の河川改修工事に従事させられた。そもそもこの河川工事は1944年5月29日に起こった七ツ館事件を受けて計画されたも
これからはレンタカーで移動です。24時間5500円なり。最初に大館郷土博物館に向かいます。まずは併設されている秋田県三鶏記念館。秋田の地鶏である声良鶏、比内鶏、金八鶏の展示施設。なんだけど、12月になったら冬季休館でした。残念。大館郷土博物館https://www.city.odate.lg.jp/museumに入ります。旧県立大館東高校の校舎を利用した施設です。体育館がメインの展示室として改装されています。1Fには花岡鉱山についての展示。大館は明治になり、花岡鉱山が
はい、ありがたいことですね。13日付です。花岡事件が起きた秋田の新聞ですから、期待はしていたのですが、期待以上の論評が出て、とってもうれしいです。軍艦島をめぐって、またユネスコの舞台で対立がありそうですから(その記事は来週書きます)、この本ができるだけ早く広がってほしいです。ご注文はアマゾンでどうぞ。
出来上がったばかりの『花岡の心を受け継ぐ』を持って大館に行ってきました。一昨日と昨日です。本日は夜まで東京で仕事をして帰ります。一昨日はまず大館市役所へ。ゴールデンウィークから秋田杉をふんだんに使った新庁舎が稼働しているのですが、それに伴って旧庁舎が取り壊されます。けれど、この写真にあるように、歴史的な価値のある螺旋階段なども取り壊されるとか。残念としか言いようがありません。そして福原市長と面会。花岡の心を受け継ぐ』は、サブタイトルが「大館市が中国人犠牲者を慰霊し続けてきた
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はい、ご覧ください。書店に並ぶのは7月7日頃でしょうか。画像の左側に大きな石碑が見えるでしょう。これが十野瀬公園墓地にある中国人犠牲者の慰霊碑です。ここで毎年6月30日、大館市が主催する慰霊式が開かれるんです。その慰霊碑のウラに犠牲者のお名前が刻まれているんですが、この画像の下側にも記載しました。この慰霊碑の画像、実は、この本を買ってくださった方の手に入るんです。本のカバーの裏側って、普通は真っ白ですが、この本、カバーを外してウラを見てもらうと、これがあらわれます。お得でし
本日、白焼き・色校と呼ばれる印刷直前のものを印刷所に戻しまして、あとは完成を待つばかりです。25日に納品されるので、それを持って30日に大館市が主催する慰霊式に参加し、本の推薦を頂いた市長さんをはじめ、関係者にお渡ししてきます。思えば、この本をつくろうと決意したのは、ちょうど1年前の慰霊式でした。池田さんから、一度は慰霊式に参加してみたらとお誘いを受けていて、「まあ、行ってみるか」と義理を果たす程度の気持でした。でも、慰霊式で市長の言葉を聞いたり、政治的立場の異なるいろんな
本日は青森空港経由で秋田の大館市へ。昨年の6月30日、大館市で開かれた花岡事件の慰霊式に参加するまでは、こんなに入れ込むとは思いもしなかった。だけど、慰霊式で市長のお話を伺ったり、党派を超えて集まって慰霊している参加者を眺めながら、「この本はつくらなければならない」と思ってしまったんだよね。だって、この事件が全国であった中国人強制連行やその結果としての虐殺と比べて、質的にも量的にも悲惨だというだけではない。日本で唯一、行政がずっと慰霊式をやってきたという点で、現在の日本に示唆するも
何回も途中のものをお見せしましたが、ようやく完成。最後の12番目に「小坂鉄道花岡線跡」を入れました。日本に強制連行されてきた中国人は、奥羽本線の大館駅(地図の一番下にあるJR大館駅)に降り立つと、そこから100メートルほど歩いて小坂鉄道の大館駅に行き、そこから終点の花岡鉱山駅(点線が伸びている最後のところ)に行ったのですね。パソコン上でこれだけのものを自前でつくれるのだから、編集の仕事をクビになっても、デザインで生きて行けたりして。無理か。
またまた花岡事件のフィールドマップ用の地図です。水路変更工事でできた現在の花岡川の部分はすでに分かるようになっていましたが、では元の花岡川はどこを流れていたのかという話になるので、それが分かるようにしました。なぜ、そんなことにこだわっているのか。本に収録するフィールドマップの解説部分もできあがりましたので、そのうち花岡川の部分を以下、紹介しておきます。—————————旧花岡川は、信正寺(③)の北側約100メートルの地点から西に折れ曲がり、信正寺の西側を南下し、七ツ館を通って
ブラッシュアップしました。主に3点。強制連行された中国人が投入された花岡川の河川付け替え工事の範囲が分かるように明示しました。まずは、地図の太い線です。もとの花岡川は、太い線の上から左に曲がり、③④にある信正寺を南下して、太い線の下まで到達していたようです。その途中にある七ツ館というところの下を通っていた鉱床が浸水して陥没し、水が他の鉱床に広がらないよう閉鎖したため、中で作業していた朝鮮人11名、日本人11名の計22名を生き埋めにされたということです。そのため、花岡
どうでしょう。われながら、それなりの出来栄えです。昨日と違って、獅子ヶ森や博物館、JR大館駅も入りました。実際に本に収録する際は、この10か所に行くために、大館駅なり市役所前から何番のバスに乗って、どこで降りるかなども書き込みます。もちろん、現場の写真と解説も入れます。初めて花岡事件のツアーをする人で、ガイドがない場合も大丈夫なようにするんです。実際は、花岡平和記念館に頼めば、よほどのことがない限り案内してくれるんですけれどね。この本を出版し、さらにはもしかして映画
花岡事件のことを本にするため、この間、いろいろな資料をあさっている。その一貫として最近購入したのが、この本である。『草の墓標──中国人強制連行事件の記録』。表紙を見ただけで古い本だと分かるだろうけれど、半世紀以上前の1964年の出版である。版元は新日本出版社。定価は380円とあるけれど、いまやアマゾンの中古で1万円を超えている。古い記録を見ていて分かるのは、この時期、共産党が大きな役割を果たしていたことだ。想像できないくらい。例えば、戦後すぐ、占領軍の命令で中国人犠
一昨日の午前中、最後の仕事として池田香代子さんとお会いし、花岡事件の本をどう仕上げるか、いろいろ打ち合わせしてきた。昼からは、私の地元である高槻市富田に残っている酒蔵から買ってきた一升瓶を手に、そこから一駅のところにある伊勢崎賢治さんのお宅を訪問し、それを空にしたあとは駅の近くに出て、夜の8時過ぎまでまた日本酒を飲んでいた。それで疲れて昨日はぼやっとしていたけれど、大晦日の本日は朝からずっと集中して仕事をしている。その仕事が、冒頭に書いた花岡事件の本をつくることだ。今年の6月30日
先の土日は、池田香代子さんと一緒に秋田の大館に行き、花岡事件にかかわる人にお会いしたり、図書館で資料を調べたりしていた。これまで活字になったことのないこともつかめたりして、充実の(だから忙しい)土日であった。月曜日は東京で、これまた時間刻みでの仕事だった。だから、少し疲れて、ブログの更新はほったらかしにしていまったのである。本日から再開。それにしても、花岡事件をどう取り上げるかは簡単ではない。それを実感した土日であった。そもそも「花岡事件」というネーミングである。ど
先週末、秋田の大館市に行ってきたことは、すでに報告した。途中、青森は黒石市にある中野もみじ山に連れて行ってもらったり、いい体験もさせてもらったけれど、本筋は仕事。中国人労働者を何百人も虐殺した花岡事件を受け、大館市がずっと慰霊式を続けてきたことは、何回か書いてきた。そんなことをしている地方自治体は皆無な中で、なぜ大館市ではそれが可能になったのか。そこがいま準備している本で解明したいことである。24年間市長をした自民党の元市長さんにも話を伺った。革新市政時代に中心にいた元市議(現
2日続けてブログをさぼったの、久しぶりでした。さすがに東京、秋田と広域の移動は堪える年齢になったということでしょうか。本日も、自衛隊を活かす会のイベントの紹介チラシだけです。11月27日午後5時から、参議院議員会館です。どんな議論になるか、楽しみですね。お申し込みはホームページからお願いします。近くご報告しますが、秋田出張は充実していました。花岡事件に関して、少しは新しい材料を提供できそうです。それに、青森空港から大館市に向かう途中で、吹雪の中の紅葉という、ちょっと得がたい
いま花岡事件をテーマにした本をつくろうとしている。終戦の一か月前、過酷な労働に耐えかねた中国人労働者が決起したが鎮圧され、何百名もが虐殺された事件である。その事件全般を取り上げた本ではない。事件が起きた花岡のある大館市が、何十年もの間、ずっと市主催の慰霊祭をやっていて、なぜそんなことが可能になったのか、その真相にたどり着きたいということがテーマである。だって、連行された中国人、朝鮮人を死に追い込んだ事例は全国に散らばっているが、慰霊祭を行政がやっているところは、他にはない。