明治二十年(1887)六月九日の夜、峰吉を刺したお梅は父専之助に付き添われて警察に自首し、その場で逮捕されました。その後、裁判が始まるわけですが、当代人気の芸妓による殺人事件は世間を大いに騒がせることになり、同年十一月十八日に東京重罪裁判所で行われた公判には、裁判の様子を傍聴しようと千人以上の人々が朝早くから詰めかけ、法廷内は身動きも出来ないほどのすし詰め状態になりました。窓の外では中を覗こうとする野次馬たちの騒ぎ声が公判中も続いたといいます。そんな混乱を経て同月二十一日に判決が言い渡されました