ブログ記事74件
立山博物館には「まんだら遊苑」という屋外施設がある。12月から3月末までは休苑となるので、この時期に書くのもどうかと思うが…ここは立山曼荼羅の世界を芸術作品・効果音・証明・香りなど五感(見・聴・香・触・空)で表現した施設。文政6年(1823)に白山・立山・富士山を巡拝する三禅定の旅に出た大符村の一行は、険しい禅定道を歩いて登拝したわけだが、ちょっとそこまでマネ出来ないため、こちらの施設で立山禅定体験をしたいと思う。3年前に行った時の画像になるが、ザッと紹介を…。立山博物館から閻
来シーズンから、本格的にガイド事業に携わるにあたり、色々手を出し過ぎて、この頃、猛烈に忙しく皆さんの山レポも拝見出来ず状態先週末は、ナチュラリスト仲間+αで、私が企画した📄芦峅寺散策ツアーをして来ました。芦峅寺は、岩峅寺と並んで、かつて信仰登山が盛んに行われた江戸時代後期。日本三霊山を巡る旅が行われ、ひと夏に6000人もの人々👥が訪れた宿坊集落🛖そして…立山登拝の拠点となった場所。先ずは、雄山神社⛩️へ。開山の
文政6年(1823)に三禅定(さんぜんじょう)の旅に出た大符(おおぶ)村の13人が宿泊した相真坊の隣には、立山中宮雄山(おやま)神社がある。明治以前の日本は、神仏習合といって神と仏が一緒に祀られているのが一般的だった。立山の芦峅寺も、立山権現社と立山中宮寺で一つであった。芦峅寺集落にある現在の雄山神社は、かつての立山権現社になる。正面鳥居の両脇には樹齢約500年の杉木立。大符村の平七らが訪れた時にも見守ってくれていたはず。現在の祈願殿は、明治維新までは根本中宮の講
富山県側から、立山黒部アルペンルートへ行く際、必ず通るのが芦峅寺ここは、立山とは、縁(ゆかり)の深い場所。立山が開山して1300年…。信仰の山として、岩峅寺と共に年間6000人もの登拝者を受け入れて来た集落。かつては宿坊があり🛖、この集落の人々で布教活動・山案内等も担って来た。そんな歴史ある芦峅寺をご紹介します🖐️先ずは、立山博物館から。雪の太谷❄️をイメージして建てられてます。立山の自然🐦⬛🌱そして、立山信仰を
立山登拝の入口・岩峅寺(いわくらじ)集落から立山の麓にある芦峅寺(あしくらじ)集落までは約2里(約8km)。しかし、文政6年(1823)大符村の三禅定参詣記録『三山道中記』では、岩峅寺から芦峅寺まで1里となっている。一体、どこからの距離のことを言っているのだろうか…。富山地方鉄道で岩峅寺から芦峅寺へ向かう途中の横江駅付近には、個性的すぎる事で有名な立山サンダーバードという家族経営のコンビニがある。覗いてみたかったが、そんな時間は無いので千垣(ちがき)駅で下車。参拝に鉄道が利
今日は、二日、夢想となります。この写真は伊豆の宮辺りから南の方角を撮ったもの。左に薬師岳(緑◯)、西笠山(🔵)…(西笠山の山を越えた向こうに有峰村が在った。)そして🔴が御前山。かつてここ(御前山)山頂に雄山神社が在ったという。まだ現物には触れていないが、発掘された報告もある。その雄山神社は仏教の流入の頃か、より高山へと視野が広まり、今の立山へ移っていった。その古伝により旧船峅村民は旧氏子として、立山への登拝料は必要なかったという。さて、御前山の麓に姉倉比売神社(薄🔵=水色)がある。
芦峅寺と富山の夜20歳代のころ、立山にある文部省登山研修所に入所した時以来だから約40年振り。富山で友人と一杯飲むのが目的。富山市役所のそばにある友人が見つけた「やつはし」というお店へ。市役所の展望タワー天気が良ければ登ってみたかったけど、あいにくの曇天松川べりの桜並木~桜の時期はとてもよさそう目的のお店へ。予約でほぼ満席のようだったけど、カウンター席の端に運よく2席空きあり何と言っても勝駒ですよね。冷でいただきました。美味しいね
雄山神社芦峅中宮祈願殿雄山神社は3つの神社から構成。立山山頂の雄山神社峰本社。日本三霊山と呼ばれる立山連峰の主峰の雄山の山頂に位置して、これが立山の旅のハイライトになるかも。もう一つは岩峅前立社壇。立山信仰の拠点になった芦峅寺(立山寺)で、立山に入山する人は、参拝して、身を清めたという。今回は尖山がテーマだったので、通過してしまったのが、今になって悔いるところ。朝に早起きして、雄山神社芦峅中宮祈願殿に行ってみた。樹齢500年という杉の巨木に早朝から囲まれていると、身の引き締まる感
尖山の林道が怖くて登れず今回のもう一つのテーマが立山町の「尖山」「とがり山」とも「とんがり山」とも呼ばれる、きれいな円錐形の独立峰。本当にどの角度からもきれいな円錐形で、しかも、立山連峰や富山平野を一望出来るロケーションで、あまりにも“できすきている感”があるため、人工ビラミット説があるほど。実際、山頂からは和鏡などの遺物が発掘されているらしい。標高は559メートル。1時間で登れるということなので、気楽に考えていたら、予想以上に林道がせまく、登山口まで行くのが困難に。クルマが傷つく
「魚津駅前」周辺は、瀟洒なお店や、ビジネスホテルが立ち並び、活況を呈していました。魚津の繁華街は、完全にこちらに移っているようでした。魚津高校の前を出発をして進むと「大徳寺」があります。奈良期に「霊峰立山」を開いた「佐伯有頼」(慈興上人)の創建と伝わる寺で、慈興上人はここに住み立山の麓に「芦峅(あしくら)寺」建てて「立山権現」の信仰を広めたとされます。山門の横に「明治天皇碑」がありました。隆盛を清めた「立山権現信仰」も、明治の「神仏分離令」で「芦峅寺」は「雄山神社」に組み込まれ
2023年9月24日(日)南野陽子さんが立山信仰の伝統儀式『布橋灌頂会』に参加されました富山県立山町公式チャンネルさんで動画が上がっています現代に息づく立山信仰・布橋灌頂会2023年9月24日******************************立山町芦峅寺に伝わる女性救済のための儀式「布橋灌頂会」が9月24日、6年ぶりに有観客で開催されました。独特の静寂さと荘厳な雰囲気があたりを包み、全国から集まった女人衆60人が、この世とあの世の境界とされる布橋を渡り、極楽浄土を願
芦峅寺からもうひとつの雄山神社へ。千垣駅から在来線で10分の岩峅寺で下車。*読みは"イワクラジ"静かな住宅街を抜けていくこと5分、川辺の森に辿り着きます。<旅の行程>1日目:立山(芦峅寺・岩峅寺)→富山→岩瀬2日目:高岡→城端→五箇山(相倉・菅沼)→五箇山温泉3日目:城端→南砺高瀬→井波→高岡4日目:高岡→伏木→吉久→山町筋・金屋町→富山森に呑み込まれる様な中宮祈願殿とはまた少し違った、川の流れる音に包まれ、澄んだ空気が流れる空間へ。◆越中一の宮雄山神社
日本三霊山。それは、富士山・白山・立山。ここ芦峅寺の地は立山信仰の一大拠点として栄え、江戸時代には33軒の宿坊がありました。そんな巡礼の地の今を巡ります。富山県[立山博物館]*入館料¥300中宮祈願殿に隣接した資料館で、立山信仰や立山の自然についての展示がされています。*資料は撮影禁止施設名に括弧が使われているのは、富山県立"山"博物館との混同を避ける為だそうです。右の妙な生き物?は、江戸時代に流行った"くたべ"という、立山に住むと噂された悪病除
北陸漫遊3ヶ年計画。2月の福井県に続き富山県へ。再訪問と初訪問を織り交ぜて巡りました。<旅の行程>1日目:立山(芦峅寺・岩峅寺)→富山→岩瀬2日目:高岡→城端→五箇山(相倉・菅沼)→五箇山温泉3日目:城端→南砺高瀬→井波→高岡4日目:高岡→伏木→吉久→山町筋・金屋町→富山漫遊の始まりは一の宮から。一の宮が4社もある、他に類が無い越中国。(氣多神社・射水神社・高瀬神社・雄山神社)そんな4社の内の1社にお参りです。日本三霊山、立山を御神体とする古社
こんにちはおとはるの早喜麻結です❄立山に在ります雄山神社芦峅寺境内に一歩入りますと真っ白い世界空を見上げると雪がフワフワ舞い降りて輝いているよう雪化粧した杉並木も美しすぎて何度もふりかえる凛とした強さの中に優しさをかんじる芦峅寺。今年も弥栄でありますようにありがとうございます❄
前回の記事からまた間が空いてしまった…11月3日から陸奥国一之宮の鹽竈神社・志波彦神社さんをお詣りする旅を楽しんだ〝火打石〟夫婦。この旅で今年の一の宮参拝はおしまいかな。GWに佐渡国、お盆に越中国、長月に磐城国と岩代国の一の宮を参拝して、霜月に陸前国の一の宮をお詣りさせていただいたわけですが、昨年静岡からさいたまに戻って、願いどおり東北地方へ寺社めぐりの足を伸ばすことができたという次第。(「陸奥」の定義についてはウィキペディア「陸奥国」や「旧国名」等を参照
10月31日は“古代アイルランドに住んでいたケルト人が起源と考えられている祭り”(ウィキペディア「ハロウィン」参照)の日だそうですが、残念ながら〝火打石〟はあまり関心が無いんですよね…もともとそうしたイベントには関心が薄い性質で、年中行事も改まってはほとんどやらず(さすがに大晦日の大掃除くらいは形ばかりですが毎年行っていますが…)。そんな〝火打石〟ですが、お隣の韓国で起きた痛ましい惨事には言葉も出ない…亡くなられた方々には心から哀悼の意を捧げます。
立山町にある『弥勒塚』に行ってきた。ここへ行きたくなったのは、三鍋久雄著「立山御案内」に紹介されていたからだ。以前から何故、岩峅寺の雄山神社は立山(雄山)ではなく、魚津の方向に向かってお参りするのか不思議だった。また、社地も洪水で削り取られるなど危うい場所に立っているのか、やはり不思議だった。「立山御案内」には、元々は弥勒塚の位置にあったと書かれている。そして雄山がよく見える位置だとも書かれていた。確かめたくなった。赤丸の所に弥勒塚はある。現在の雄山神社は左上に前立社壇とある神社マークの
「山菜料理in立山」今日は、午前中のzoomセミナーを終え、参加された方々と一緒にお知り合いの山菜料理のお店へ〜🚗💨💨💨💕ルートカツラいつもは、5月か6月ごろに美味しい山菜料理がすごく食べたくて、必ず行く場所🌱今回も山菜づくしで、どれもこれもすごく美味しかったです❤️ご馳走様でした🙏💕山菜定食(タケノコご飯・きのこの味噌汁付いてます)山菜の天ぷらイワナの唐揚げ食後のコーヒー☕️💕帰りに、お久しぶりに芦峅寺の「雄山神社」参拝させていただきました⛩雨で浄化され、杉の並木が霧をま
土日の立山からの帰り道、どうにもお腹が空いて仕方なかったので食堂をリサーチ。いつもならあるぺん村の横のセブンイレブンでコーヒーとななチキ、からあげ棒、アメリカンドッグを買って済ませるところだが、ガッツリ食べたかったのでダメ元でGoogle検索してみた。そして見つかった「まんだら食堂」まんだら食堂旅行観光旅国内13万件の全国観光情報検索サイト全国観るなび全国まんだら食堂のことなら、国内13万件の全国観光情報検索サイト全国観るなび全国www.nihon-kankou.or.
2018夏の旅新潟北部~山形中西部(8/9~18)その29蕨岡大物忌神社8/14(水)④夕暮れが迫るまではまだ間があるから、比較的近くにある、蕨岡の大物忌神社へ。この神社は、鳥海山の登拝口に建てられた神社で、急な坂道を上っていった、山の中腹とでも言うべき立地にあるのだが、一帯が古くからの集落を形成している。つまりは、立山における芦峅寺・岩峅寺や、白山の禅定道における「馬場」と同じ役割を果たしていた集落なのだろう。信仰の山に登拝するための登山基地、ということだ。蕨岡の大物
いつも閲覧ありがとうございます!今回は知人が運営している山のシェアオフィス/体験型研修施設「KOTELO」のご紹介。NHKでも紹介された廃校を活用したシェアオフィス。富山県中新川郡立山町芦峅寺8にあります。オフィスからの眺めの写真もスマホで見せてもらったのですが、立山を背景とした紅葉が素晴らしい立地でした。校庭でキャンプファイヤーやキャンプもできるようです。現地の写真を入手してこのブログを更新していきたいと思います。KOTELO(コテロ)もと
心血注いできた仕事が、スキルが無用の長物となったら、どうだろう。専門能力があれば、鬼に金棒とはいうが、…時代の流れで、…佐伯(さえき)家にとっては登山ガイドの仕事は大切な収入を得る仕事であるが、難攻不落の獣道であった山道の開発により、登山ガイドを依頼する登山者が急減。立山案内人「仲語(ちゅうご)」の仕事はなくなることになった。登山者を迎えるため、立ち並ぶ「仲語」たちの横を、彼らに目もくれず、ワンピース姿、軽装で、老若男女が、渋谷の交差点を渡るがごとく、通り過ぎる登山者。いくら立って
2021/09/21G・某年某月7日、その13。11:40のバスに乗り(バスの中はもちろん寝る、寝る、まだ寝れる)、12:30美女平でケーブルカー。やっぱり乗り物は一番前に陣取らなきゃ。12:30立山駅。道を走りながら飯屋を探すのも面倒なので駅の食堂で食事。へぇー、山装備のレンタルもやっているのか。https://www.tateyama3015.net/rentallそういえば、ビブラムが剥がれたのか登山靴をグルグル縛って歩いている人がいた。また剣沢小屋で登山靴を購入している人も
富山駅に降り立ち立山へ向かう。富山地方鉄道の立山線に乗り終点の立山駅でケーブルカーに乗り換え、美女平に登る。もはや、そこは立山だ。弥陀ヶ原を過ぎ、室堂、雄山へと続く。この立山線の立山駅の一つ手前に本宮駅がある。今回は、この「本宮」のお話。本宮と云う位だから、立山信仰のメインだったように思う。本宮には、赤牛のお話が残っている。立山を開山した佐伯有頼が牛に乗って粟巣野まで来たがその先は牛では行けないほど峻険となり、徒歩で行かれ立山を開かれた。その時の牛が石に化身したと。(おおやま伝承記
こんにちは。カローレ松島です😊梅雨明けし、暑い日が続いてますね💦💦暑い🥵のが大の苦手なもので、最近は空調服が手放せません😅そんな暑い中ですが、薪ストーブ本体設置と煙突取付工事も進めております。今回の工事をさせていただいたお施主様は、この春立山町芦峅寺にオープンした、ごはんとお茶(コーヒー)を楽しめるお店「ままtoちゃ武平」さんまま=ごはんちゃ=お茶(コーヒー)武平=屋号合わせて「ままtoちゃ武平」素敵なお名前です😊ストーブの方はこちら↓オーストラリア🇦🇺で40年以上の歴
こんにちは。カローレ松島です😊立山町芦峅寺に先日オープンした、「ままtoちゃ武平」さんへ打合せ&現場調査に行ってきました。まま=ご飯ちゃ=お茶(コーヒー)武平=屋号食事とお茶(コーヒー)が楽しめるお店です。お店の中は、まさに日本(昭和?)を感じる空間。日本の方だけではなく、外国人の方も好きそうな空間となってます。芦峅から見える立山連峰の雪も減り、緑が多くなってきました。↓5/20📸↓4/22📸今年の冬には、ままtoちゃ武平さんで薪ストーブを見ながらお食事できる予定です😊
立山山頂も聖なるラインの相当古くから重要な支点となっているようだ。平安時代以前は、本来、地獄や浄土の信仰などでは無く、一等三角点としての役割を保守して来たと考えられる。だから、山伏をルーツにる現在の山岳ガイドらは登山客を案内することで生計を立てており、廃仏毀釈で地獄や浄土の信仰が廃れても、問題無く本来の目的を維持できていることになる。立山を開山した佐伯氏と言えば、広島の宮島や四国の讃岐の宮司と同名であり、真言宗の開祖、空海の一族と考えられる。立山を東に見下ろす(左方向が北、3D)芦峅寺
東京大学×光文社の共同出版『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』出版記念講演会を8月14日...PRTIMES当事者への取材や資料をもとに人の手で彩色。カラー化により当時の暮らしがふたたび息づく――。株式会社光文社(代表取締役社長:武田真士男)は国立...南ア山頂、絶景を再現大井川資料も展示島田市博物館/静岡毎日新聞大井川の源流である間ノ岳(標高3190メートル)をはじめとする3000メートル級の山々が連なる南アルプスの豊かな自然を紹介。大井川に関する資料
久しぶりのお天気の日曜日近所をウォーキングしてさてさて前から気になっていた雄山神社へ行く途中にあるまんだら食堂さんへ行ってきました。こちらは元保育園だった場所であしくら御前が美味しいのだそうです。※画像はお借りしました。そちらに気づかず山菜ソバを頼みました。しかも取り忘れて食べ終わったあとです山菜がとても美味しかったです。お客様がアッという間にいっぱいになり、お知り合いの方が多