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さくさくさくさくさくさく「ふふっ」さくさくさく「咲はんは何を笑ってるんや?」秋斉は花里に尋ねた。「さぁ、何やうちにもわからしまへん。」さくさくさくさくさくさく霜柱を踏みしめて一人喜ぶ咲であった。
「あ・・・・・・」発しようとした言葉が喉で粘つく。なんで私をあんな殺人鬼と見間違えるのか。当然の疑問が湧くこともなく、ただただ喉元に刃を突きつけられたごとき恐怖に強張ったのは、根っこが同じだったから。伝えなきゃ。感じたこと、気づいたこと。私も同じだったから、恥じ入る必要などないのだと。「総司の野郎が刀など渡しやがるから」私に預けていた手をすっと引き、乱れ落ちていた前髪をかきあげる。ああ、だめだ。整っていく。整えられてしまう。「言ってください」表面だ
そのまま浅草の医学館なり、お城側の屯所へ連れて行かれるものだと思っていたところ、土方さんが足を向けたのは、先ほどの居酒屋だった。縄のれんを跳ね除けると、「先生!」奥から飛んできたのは、聞き覚えのある声だ。声変わりは終えた、それでもまだ細い少年の声。市村鉄之助。土方さんのお小姓の一人である。土方さんの姿を認めてキラキラッと輝いたつぶらな目が、私を見るとすいっと細くなった。勝気さ溢れるへの字口が、物言いた気にぴくぴくしている。「親父、内所を借りたい」「へぇ、二階へどうぞ」
どっどっどっどっ右頬を押し付けられた胸が、激しい拍動を繰り返している。綿の入った着物から感じる湿気と熱気。荒い息。駆けてきたのだ、この人は。供も連れずに、息せききって。「土方さん・・・・・・」謎の鬼に怖さは感じていたが、わが身を案じてのことではなかった。助けて欲しいだなんて思っていなかった。なのに抱き寄せられた途端、厳重に封印された「手弱女」が両手に扇もって踊りだす。そんな場合ではないことは、重々承知。それでも、いつのまにやら取り落としていた提灯のめらめら燃える炎
「血ぃは出てへんよ」無意識に鼻をうごめかせた私に先んじて、鬼は言った。鬼と言っても、偽者だ。能の鬼面を被った何者か。能面のせいか、いささかくぐもって聞こえるが、男とでも女とでもとれる声だ。「血ぃ出るようなやり方、シロート仕事や」腰に手を当て胸を張る。「あんた、知ってるか。ヒトなんてもんは容易く死ぬんやで。ここ、ここんとこを」とんっと、左胸の一点を指すのを見て、血が冷えた。「掌で突いたったら、息ぃ出来ひん。上達したら指一本や」知ってる。人体には沢
自分にしては機転を利かせて、穏やかに事を治められた―――そんな満足感に、ほろ酔い気分でいた。高揚のまま早足で通り油町を抜け、やたらと存在感のある土蔵造りの呉服屋を束の間眺めた。この店は、大丸。言わずとしれた大丸松坂屋百貨店の前身だ。三越の前身である越前屋と並んで、この時代にあって日本橋のシンボルとなっている。二店に限らず、日本橋には現代にも残っているお店が幾つか見受けられ、私を複雑な気分にさせる。激動の時代に踏ん張り続け残るもの。押し流され消えゆくもの。その違いはどこにあるの
「思い切り」だとか、「勢い」だとか。ぐすぐずと思い悩むタチの私にとって、行動を起こすための重要な動力だ。「てやんでぃっっ!」その大切な「勢い」を、縄暖簾を跳ね除けた腕の下を、かいくぐって踏み込む影と、轟く威勢のよいべらんめぇに遮られた。見れば、店前にへばっていた男性ではないか。「おめぇら芋に飲ます酒ぁねぇって言ってんだ!それとも何か?薩摩モンは、耳ン穴に砂糖でも詰まってんのかいっ」「かぁ・・・・・・っ」思わず「かぁっこいいっ」と漏らしかけて口を噤んだ。そうか、薩摩
ふと、視線を感じて歩みを止めた。富士の見える西の空はまだ明るいが、足元には薄闇が這い出し、家路を急ぐ人たちの輪郭も、はや滲み始めている。私の持つ知識という知識を食らいつくそうとする清三郎さんの熱に引きずられ、予定よりも遅くなってしまった。医学館まで半刻はかかる。近頃の江戸は物騒きわまりないからと勧められた駕籠を、断ったのは早計だったかもしれない。振り向くことはせず、空模様を眺めるふりをしながら気配を探る。殺気、ではないようだ。敵意のある相手なら、もっと張り詰めた、うなじがぞわりとす
目の前にはずらり並んだ茶色の薬ビン。黄ばんだラベルに記されているのは横文字で、英語やらドイツ語やらまちまちだ。近藤さんに知らされていた通り、新選組の負傷者たちは、浅草の医学館に引越しをした。二十人余りいた負傷者のうち、ほとんどの人が翌日には退院し、残るは沖田さんを含めた重症者四人。私に刀を託したことが気持ちの落ち着けどころとなったものか、沖田さんはあれから酷く咳き込むことがなく、おがで手が空く時間も増えた。松本先生の講義録は、医学館にいる間は貸していただけることになった。とは言え、い
件の刀を前にして、近藤さんは大きく唸った。人差し指と親指で顎を撫で回しているのは、左の手。本人の主張とは違い、右肩がまだ痛むのだろう。無意識の動作は正直だ。日ははや、傾き始めている。沖田さんを見舞った後、松本先生と長い時間話し込んでいた近藤さんは、負傷者は明日、医学館に移ることになったと知らせてくれた。医学所と医学館は、乱暴なわけ方をすれば、内科と外科。できる限りの外科的処置を施した後の経過観察は、医学館の方が優れているといことなのか。もしくは、単にスペースの問題か。松本先生
「さくらさんは」沖田さんの声が喉に絡んでいる。発作の前兆かもしれない。「このまま、土方さんについていくのですか」枕元の手桶を引き寄せながら、頷いた。考えるまでもない。そこだけは寸毫の迷いもない。「ずっと?」「はい」「しかし・・・貴女に人が斬れますか」「私は・・・人を斬るつもりは」頭を振ると、沖田さんはきょとんとした目をこちらに向けた。「では、なにをしに戦へ?」嘲るでも、呆れるでもないただただ素朴な問いかけに胸抉られた。「ああ、鉄砲の方で?
閉じた襖に背を預け、大きく深く息をつく。天を仰ぐと、人に似た天井の木目が眉を下げている。―――これは、なんだ胸を塞ぐ、冷えた鉛のようなものについて考える。一時の激情が去ってしまったのち、私にとっての山南さんは、大事な師の一人だ。時折、連れてくる痛みにしても、鮮烈なものではなく、しみじみと全身に広がる疼痛のごときものになっている。だから、今すぐにでも吐き出したいような、胸の塞ぎは私のものではないのだ。―――沖田さん・・・・・・思えば、彼の病を一等初めに知らされたのは、
「よしっ」最後の一人の包帯を巻き終わると、思わず声が出た。換気のために開けられた窓障子から入ってくる空気は冷たいが、日ごと、日差しは力強さを増している気がする。新選組が、品川の釜屋を宿にしていたのは、わずかな間。すぐに移転の支度が整い、今は江戸市中、お城も近いお屋敷にいる。移転の理由は、よくわからない。品川のほうが、西から攻めてくる敵に対応しやすいという意見と、新選組は旗本・御家人なのだからお城近くに詰めていて然るべきだという意見があったようだけれど、結局のところ釜屋では手狭
「覚えておけ、さくら」肩に置かれた手に促され、振り向いた視線がとらえた、真摯な瞳。「この先、共寝は勿論、ひとつ部屋で休むこともできねぇ」「それは・・・はい」男としてついていく以上、仕方のないことだ。寂しいだとか、馬鹿なわがままを口にするつもりはない。土方さんはひとつ頷いて、けれど、「だがな」と続けた。「男として扱わなきゃなんねぇとしても、俺にとってお前は」言いあぐねた指が、挿しなおされたばかりの櫛をそっとなぞった。番(つがい)の浜千鳥。言葉なくとも、こめら
抱擁に、三十分延長オプションは適用されず、けれど三十秒よりは幾分長く。身を離した土方さんが、「そう言えば」と、手を伸ばしたのは秋草模様の風呂敷だった。結び目を解いて出てきたのは、懐かしい品ばかり。きちんと畳まれた、長着と袴、羽織に襷は、伏見、淀と続いた戦場で身につけて、大坂城に登る際に脱いだもの。その上に、ぱんぱんに膨らんだお守り袋。中身は、折りたたんだ半紙と綿にくるんだ小さな鈴。また別の、いまだふわりと香る錦の小袋には、双葉葵の絵。葛粉の包みと、珊瑚玉、冷たいままの懐炉。
隣の近藤さんの部屋から、ひそめた話し声が絶え間なく漏れてくる。時折、堪えかねたようにあがる声は、永倉さんのものだ。十秒の約束を超え、それでも一分に満たなかった抱擁の後に始まった軍儀は、夕餉を挟んでまだ尚終わりそうもない。夕餉では、総員が揃った板間の末席に加えてもらった。私の出自は、局長の遠縁で跡取り息子のため、正式な隊士にするわけにはいかず、年若の者と共に局長附きとする。戦闘には加わらず、賄い方や介護人を務める。よって、諸々の雑事を申し付けることは、是非に及ばず―――土方さん
千代田の御城から品川宿までは、予想通り、ほぼ一刻かかった。その間、土方さんは駕籠脇にぴったりと添い、私はそのかなり後ろを歩いた。そもそもが、彼らは二人きりで来たのではなかったのだ。お旗本になった近藤さんは、外出時にはお供を付けねばならない。登城なら尚更だ。そういった、武家のこまごまとした決め事に、私は疎い。近藤さんは、何俵取りだったろう。たしか、三百か四百かそこらだったはず。なのに、お供の数はちょっとした大名並みだ。お陰で、駕籠脇の土方さんの背中など、見えようはずもなかった。
宿はどこかと尋ねれば、品川の釜屋なる店だと言う。―――品川!遠い!優に一刻はかかるのではないか。怪我人の近藤さんは駕籠に乗るだろうが、土方さんはどうだろう。歩きだといい。散歩気分で楽しくお喋り、なんてわけにはいかないが、せめて並んで歩けたら。肩を並べるのが無理なら、背中を見て歩くので構わない。二人とも生き延びて、手を伸ばせば届く位置にいるのだという実感がほしい。―――でないと宿についたなら避けては通れない話題が、ある。今すぐにでも問いただしたい。けれど、聞き出し
※本編が進んだので、上げ直しときます。2014年5月に書いたこの話。本編がここまで追いつくのに、七年wwwwwあとがきは当時のままです。何日か続いた雨が上がり、昨日今日と、皐月の空はきっかりと晴れ渡っている。壬生よりここ西本願寺に居を移して一年余り。本堂から聞こえてくる読経にも、常に漂う抹香の香りにももう慣れた。日の当たる部屋で、将棋盤を前に次なる一手を考える。床の間の前では、私の将棋の師匠たるさくら君が花菖蒲を生けている。縁側には、身をかがめたトシが、小刀で足の爪を切っている
玉砂利の敷かれた庭を延々と歩き続け、御門が見える頃になって、「あれに」と指されたのは二つの背中。晒で肩を覆った一人をもう一人が支えるようにして歩いている。瞬時に駆け出そうとして、思いとどまり、お坊主へ頭を下げた。苛立たしいことも多かったけれど、世話にもなったし、面倒もかけた。「御箱を」端整でありつつ、のっぺり乏しい表情のお坊主は、同じく感情のこもらない平坦な声で言った。「お忘れなきよう」「はい、きっと」袂に手を入れ確認すると、かさりと確かな存在感。慶喜さんか
「どうか、貴方自身の人生を生きてください。誰かの代わりじゃない、貴方だけの、貴方のための人生を。間違っても、影武者になろうだなんて思わないで」ぴくりと跳ねた秋斉さんの眉が、一瞬下がって、きゅうと寄る。「あんさんは、なんで、行くんや」「え?」「七郎・・・慶喜は、戦を止めた。恭順すると決めた。確かに土方はんは、それでも戦を続けるやろう。ここから先は、大義なき戦になる。大義のない戦は」唐突に戻った京訛りに戸惑う私を見据えたまま、秋斉さんは息を継いだ。「人殺しと変わらへんやろ
「俺は今も戦っている」最後まで読み終えた私は、半ば放心したまま、末尾の言葉を声に出した。「もののふの、矜持を、捨てて」ズガーンと雷に打たれたような、啓示めいたものを得たわけではない。けれど、文を持つ手は指先まで痺れていた。丸く大きく作った心の器には、湧き出したもの溢れんばかりだが、それが何であるのか、適切な言葉が見つからない。合理的たらんとする現代人としての感覚は、納得しかけている。なし崩しのような形で始まったこの戦は、元治元年のあの戦や、長州征伐とは違う。関が原と
さくら俺はこの文を書き終えるのに幾日かかるだろうかこうして筆を執りて尚念慮と共に穂先はあちらこちらへさ迷うばかりだいや覚悟はもうできているされど何人にも打ち明けるつもりのなかった存念を言葉にするのは難しい城に入ってよりひねもす建言を聞き続けた皆一様に反撃をと申し立てるある者は艦隊を大坂へ遣わせとまたある者は箱根で敵を迎え撃てとなるほどどれも有効な策だそもそもが鳥羽や伏見で破れたりとは言え徳川の主力は残っている何より我が軍には開陽丸がある
お芳さんと別れた私は、ひとり、江戸城へ入った。といっても、私はただ駕籠に乗っていただけで、降りろと言われた場所で降り、促されるままに立派な御殿の中を進み、待てと言われた部屋に落ち着いた。駕籠から降りる際、ざっと見回したところ、いわゆる天守閣は見当たらず、それだけに御城にいるという感覚はあまり湧かずにいる。「一体いつまでここにいればいいんですか」食事を運んできたお坊主に、問いかける。もう何度したかわからない質問だ。お坊主の返事も毎度同じ。わからない、の一点張りだ。なににそ
一旦浜御殿に腰を落ち着けた私とお芳さんは、身なりを整え次第千代田の城へ移るように指示をされた。用意された湯と手ぬぐいで体を清めても、ろくに説明もなく、あちらこちらへと回されることへの不快感までは拭い去れない。けれど、ここは私のよく知る東京ではなく、慶応期の江戸なのだ。右も左もわからず、わかったところで行くアテもない。そもそも、まだ慶喜さんから何も聞けていない以上、従うしかなかった。「触ンないどくれっ」座敷の中央に立てられた屏風の向こうから、鋭い声が響く。お芳さんだ。「あ
随分と長い時間、私たちは丸く切り取られた夜明けを見ていた。朝日を受けた慶喜さんの後れ毛が金茶色に輝いている。まだまだ船は揺れているが、夜明け前の突き上げるようなうねりは治まったようだ。慶喜さんが、大きく深いため息を吐いた。それは、飲み込み続けた心の声をも吐き出す合図に思えたのだが。さくら、と私を呼んだ慶喜さんは、「今はまだ話せない」と首を振った。上陸してからにしよう、と。理由を問うと、「俺も此度に初めて知ったことだが」天井を見上げた。「船の中では、音が思いも寄らぬ伝わり方
「あたし、あんたは泣かないんだと思ってた。武家の女みたいにさ。あっ、泣くなって言ってんじゃないんだよ?」盛大に鼻を啜った私に、必死のフォローが入る。「アキナリの文だと、辛いのも悲しいのも飲み込んじまうように書かれていたから、そんなんじゃどうかなっちまうんじゃないかって。でも、そうやって泣けんなら、安心だ」確かに、私は泣き虫になった。悔しくては泣き、嬉しくては泣き。以前は、泣いたら負けだとか、涙は恥だとか思っていたのに。「・・・心をね、揺さぶられることが、増えた」「悪い
暫し、沈黙が落ちた。その間にも、船は揺れ続け、寝転がって机の脚に掴まっている私たちは、右へ左へと翻弄された。こうも揺れて、この船は大丈夫なのだろうか。不安を漏らすと、お芳さんは平気だ、と言う。「大船に乗った気で・・・って言うだろう。この船はさ、日の本でいっち大きい船なんだから」タイタニックより、大きいんだろうか。でもまあ、とりあえず大坂から江戸への航路に氷山はない。慶喜さんが乗っているんだから、航海士も一流のはず。きっと、大丈夫。そうでないと困る。私は、こんなところで死ぬ
待って。待って、待って。飲み込めない。戦はしないって、どういうこと。いや、しないで済むならその方がいい。そもそも、始まって欲しくなかった。「ああっ」ぽんっと手を打った。「わかった。私が眠り込んでる間に、戦は終わったんですね!和議がなったって、そういう」「そうだとよかったんだけどね」精一杯の、けれど無理があると重々承知の希望的観測を、お芳さんが払い落とす。「殿様は、言ったよ。ミナノモノにさ」伸ばした拳を私に突きつけ、芝居がかった調子で
奇妙な音がする。硬いもの同士がぶつかりあうような、聞きなれない音だ。なんだか足元が定まらない。小刻みな震動と、時折ふわりと浮き上がるような。足元?いや、でも私は横たわっている。頬に布地の感触。身じろげば、ギシリと木の軋む音。ベッド?いや、そんなものがあるはずない。なら、床か。木の床に寝転がっている?それにしては柔らかい。そもそも、私はどこにいるのだっけ。なにをしていたのだっけ。混乱しつつも、瞼を開くことに躊躇いを覚え、閉じたまま記憶を辿った。そうだ