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昨日、17日に中日新聞の東三河版で紹介された私設図書館に出かけた場所は豊橋市にあって、名前は「ともす図書館」リーフレットには「こころにともすともにする、ともに育む」と書かれている館長の父は集めた蔵書を「地域の人や次世代の人たちの為に活かしてほしい」とメッセージを残していて、それを実現したのだそうだ最近の自分は他人の本棚を見てみたいと思うようになっているそれを見れば性格や考え方の嗜好性が分かる気がするからでYoutubeにはその様な動画が思いのほかあって楽しんでいる部屋に入る
633)6畳一間20代前半、2階で6畳一間の部屋を間借りしてたことがある。近くの市立大学生が隣の部屋にいた。市会議員宅。曹洞宗の僧侶、良寛さんが約20年間定住した国上山(新潟県燕市)の草庵「五合庵(ごごうあん)」は、6畳一間ほどの板敷きに簡単な台所が付いた、非常に簡素な茅葺き(かやぶき)の小さな庵だった。茅葺き(かやぶき)屋根は、ススキやヨシなどの自然素材(茅)を厚く束ねて葺いた日本伝統の屋根工法。◆ミニマリストMinimalist本当に必要なモノだけを厳選し、それ以外の不要なモノを
過去70数年間、喜寿を迎える数年前まで本当に幸運、奇跡と言って良いほど健康には恵まれた。入院だって、古希前に急性アルコール中毒、過飲で、意識無くし胃に穴開けた時くらい。それが一昨年秋に転び、腰椎3本骨折その影響でお腹にチト問題発生、長く寝続けた。身体が楽になり始めた頃には種々考えはじめ、能天気な俺でも死生観とか?また人生最後に少しは気の利いた言葉の草草その想いを言葉にしておこうってそれも自由にならない身体と同様、、心、深い思いを言葉で表す事の困難さが多弁を
どうしようもないことはたくさんあるけど人は皆ちゃんと復興している神社に通って神に祈り念仏を覚えて仏に帰依して病気にならなかった人がいるだろうか?事故に遭わなかった人がいるだろうか?ウイルスに感染しなかった人がいるだろうか?たぶんいないよね?
『つきのうさぎ』文と絵まつむらまさこさん・どうして月にはうさぎがいるの?今昔物語や良寛さまの長歌で知られる「つきのうさぎ」の物語・こちらの本は絵本なので、朗読してみました😌・読みながら、うさぎちゃんの行動に泣きそうになりました。・そもそも私は良寛さんを知らなかった💦一休さんに出てくる、良寛和尚さんのこと。・良寛さんは、自然の中に身を置き、風の声を聞きながら過ごされたとのことです✨・うさぎちゃんは、自分の命が役に立つのならと火の中に身を預けた。・前にど
おはようございます夜中雨が降ったのかしら配達の朝刊にビニールカバーしてありました。昨日の午前は読書読む年齢で詠まれた歌のとらえ方が変わってきますね~~全紙に近代詩文を書くのに、、、良寛さんの歌を書きたいと思い読み返しています。【散る桜残る桜も散る桜】感慨深い良寛さんの気持になって書けるだろうか🖌以前も書いたことありますが、、、、、今回はなぜか感じるものがあるこの本を理解するには相当な時間必要ですが言葉の意味を心に感
良寛さんの名言「人さまに迷惑をかけたり、恥ずかしいことは慎むこと」良寛さんは、江戸時代後期の僧侶であり、詩人・書家としてもその名を馳せた。越後の山中で質素な生活を送り、子どもたちと戯れながら、仏教の教えを実践し続けた。良寛さんの生き方は、物質的な豊かさを求めることなく、精神的な充足を追い求めたことで、多くの人々に感銘を与え続けている。「人さまに迷惑をかけたり、恥ずかしいことは慎むこと」この言葉は、良寛さんの謙虚さと他者への深い配慮を示している。自分の行
新潟で訪れた北前船の寄港地は一日目が出雲崎、二日目が村上どちらも重伝建に登録された古い街並みや独特の文化が残ります。美しい田園地帯を走ります。ご飯、お米が大好きバスで1時間半ほど海が見えてきました。北国街道を挟んで海側と山側に「妻入り」の細長い家が3.6㎞も連なっています。「妻入りの街並み」江戸時代に出雲崎は天領となり佐渡の金銀の積出港、北前船の発着港として栄えました。北国街道の宿場町として多くの人が行きかい越後一の人口密
良寛さんの名言「知らないことを知っているふうに言うのはよくない」良寛さんは、江戸時代後期の曹洞宗の僧侶、歌人、書家。越後国(現在の新潟県)出身。若くして僧となり、諸国行脚の後、故郷近くの庵で質素な生活を送った。官位や名誉に無関心で、子どもたちと遊び、詩歌や書に親しんだ。その清貧な生活と優れた漢詩・和歌は多くの人々に影響を与え、「良寛さん」と親しみを込めて呼ばれる。形式にとらわれない自由な生き方と、深い禅の悟りを体現した人物として、今日まで広く敬愛されている。この素朴
良寛さんの名言「自惚れることも卑下することもない上もなければ下もない」良寛さんは、江戸時代後期の越後国が生んだ、特異な魅力を持つ僧侶である。歌人、書家としても知られ、その生き方は飾り気がなく、自然体そのものであったと言えるだろう。子どもたちと手毬つきに興じ、托鉢で得たわずかな食料を分け与える。そんな逸話の数々が、彼の飾らない人となりを今に伝える。良寛さんの言葉「自惚れることも卑下することもない上もなければ下もない」。この短い言葉には、彼の人生観、世界観が凝縮され
良寛さんの名言「食べ物は大事に少しだけいただくこと」良寛さん。その名は、飾り気のない生き方と、温かい眼差しで人々に親しまれた越後の僧侶として知られている。歌、書においても独自の境地を開き、その作品は今なお多くの人々の心を捉えて離さない。子どもたちとの屈託のない交流や、自然を愛でる姿など、彼の生き様からは、人間本来の純粋さが滲み出ているようである。良寛さんの言葉。「食べ物は大事に少しだけいただくこと」この何気ない言葉の奥には、彼の深い思想が潜んでいるように思えて
挨拶というものは、人と人とをつなぐ最初の一歩であり、その人の心のあり方が最も素直にあらわれる瞬間でもあります。忙しさに追われ、効率や結果ばかりが求められる現代において、挨拶はしばしば形だけのものになりがちです。しかし「挨拶は適当にしてはいけない」という言葉には、人として生きるうえで決して忘れてはならない大切な真理が宿っています。この真理を、静かで深い光として私たちに示してくれる人物の一人が、良寛さんです。良寛は、生涯を通じて名声や地位、財産から距離を置き、清らかな貧しさの中で生きました。粗末な
和室の引き出しのなかに、掛け軸が沢山あります。今回は掛け軸を整理しました。沢山ありました一部ですが珍しいものが出て来ました♪お雛様🎎五月人形無名源氏物語良寛さんと子供たちお雛様🎎、五月人形は、亡くなった祖父、祖母で買ったのでしょうか?まだ沢山あります。また、ご紹介いたします週末くらいから暖かくなりそうです♪♪
【『今を生きる』について】誰もが、『過去ではなくて、今を生きなければならない』という言葉を耳にしたことがあるはずです。『今を生きる』について、もっと深く掘り下げてみませんか?「人生は4つの『おつきあい』」(著者小林正観サンマーク文庫)の中に、こう書いてあります。「いまという瞬間に幸せを感じるということは、目の前にあるものを楽しみ、味わい、大事にすることです。いま目の前にいる人を大事にして、できるかぎりのことをしてあげること。それは、『念を入れて生きる』
今日の東京都心は晴天ですが、気温は低く、北風も強く、だから、結局、一言で言うと寒かったです今日もお参りのあとは、法話を聞きましょう。今日のご講師は神奈川県横浜市西法寺の西村信也師です。※青字は西村師の言葉の要約です。<良寛さんが頼んだ方>以前、こんなことがありました。お父さんが浄土真宗。お母さんがカトリック。そして、その娘さんが、私のお寺を訪ねてきました。聞くと、お母さんの方は、旦那さんのお墓には入りたくないと言います。つまり
花無心にして蝶を招く蝶無心にして花を尋ぬ花開く時、蝶来り蝶来る時、花開く吾れも亦人を知らず人も亦吾れを知らず知らずして帝の則に従う花は、無心であって蝶を招こうとして咲いているわけでもない。蝶もまた無心であって花を訪れようとしているわけでは無い。花が咲いてる時に蝶が飛んできて蝶が飛んでくる時には、花が咲いてる。私は他人の事など知りはしないが、他人もまた自分の事など知りもしない。互いに知らないながらに、自然の摂理に従って動いている。フリッツ・パ
今週みぞれマークも出ている週間予報晴れてて車の使える日にはドライブ🚗この人に会いに行ってきた〜😆良寛さん😊良寛さんは子供好きで子供とたくさん遊んでいたお坊さん子供達とかくれんぼをしていて子供たちが見つけられなくて良寛さんも帰っただろうと帰宅した翌朝藁の中に隠れてた良寛さんそこで寝ていて大人に見つかるという話が好き😄道の駅も良寛の里という名前そこからちょっと車で行くと史料館とか美術館がある〜😄先にうなぐし神社へ良い雰囲気の神社⛩️椎茸が干してあって
こんにちは今朝は小雨模様です銀杏の葉が雨に打たれて散り始めました連休はいかがお過ごしでしたでしょうか晴天に恵まれて最高でしたね中国が渡航制限したのにもかかわらず嵐山は大混雑みたいでしたねお店も大繁盛渡航制限の影響は0みたいでした良かった良かった私といえば次男の結婚式が昨日ありました慣れない留め袖を着る緊張で前日は睡眠不足でしたがYouTubeでトイレの行き方などを学び難なくこなす事ができましたYouTubeさんありがとう😊最後に花束をいただきお家も喜びで
良寛さんの名言「言葉はよく吟味してしゃべりすぎてはいけない」良寛さんは、江戸時代後期の僧侶・歌人であり、越後(現在の新潟県)を中心に質素な生活を送りながら、子どもと遊び、詩を詠み、清貧を貫いた人物である。その柔らかく親しみ深い人柄は、多くの人に慕われ、今なお愛されている。「禅」と「和歌」と「慈悲」が融合したような、その生き方自体が一篇の詩であった。「言葉はよく吟味してしゃべりすぎてはいけない」この言葉に、良寛の人間観がにじむ。言葉は、人と人とをつなぐ橋であ
良寛さんの言葉には、静かで澄んだ水の流れのような力があります。無理をせず、飾らず、あるがままを受け入れながら生きていく。その姿は、慌ただしい時代を生きる私たちにとって、そっと体を支えてくれる見えない椅子のように感じられます。何かに追われている時、心が重い時、ふと立ち止まった瞬間に寄り添ってくるのが、良寛さんの言葉の不思議な優しさです。良寛さんの生き方は、清貧、慈愛、自然体という三つの柱に支えられていました。まず清貧とは、ただ貧しいということではありません。必要以上を持たず、心が軽やかに保たれる
瀬戸内海を眺めるお空のグラデーション秋が深まっていく色づく補陀洛山円通寺良寛さんで有名です。寺社内からの眺め文化の秋🖼️🎨パノラマグァテマラのコーヒーで、こだわりのモーニング。岡山、いいとこだった。
猛暑もおさまり紅葉の季節となり私の故郷新潟越後の良寛さんの句を絵にしてみました😃うらを見せおもてを見せて散るもみじ🍁表も裏も見せたくない私などはとても及ばない句です😅何にもとらわれず自然体で生きられたらとは思いますが今世ではとても無理のようです😂拙い絵は恐れ多くもカケスが良寛さんになり国上山の五合庵でクロとニャンコとモミジを楽しんでいるところに愛しの貞心尼様が訪ねて来てくれました😆注)実際の五合庵は林の中にありますが絵は妄想したイメージの見晴らしの良い背景になってい
昨日は出荷後、何処かに出かけようと準備しました。国宝もう一度見ようかな、来月は出石に行く予定だし。。友人を誘ってお茶も良いけど、運動不足解消にとにかく出かけよう。良寛さんが修行をした円通寺と市内の安養寺にお参りしました。どちらも階段があるお山の上。杖を無くした私には修業の階段。頑張りました。御朱印も頂き有難うございます。お昼は近くに開店した資さんうどん。私は何時もごぼ天です。
道の駅国上で足湯あそび本来の予定では、長岡市の鋸山に登山のつもりだったのだが、まさかの大雨で中止に。山道がぬかるんで滑るのがちょっと恐怖。あと、朝露の中であるいて、ヒルに吸われた沼田の記憶がちょっとトラウマに。今回は無難に道の駅で遊ぼうと。道の駅国上(くがみ)は2002年に開業。道の駅としてもかなりの大型施設で、「ふれあい交流センター」「燕市温泉保養センター(てまりの湯)」「国上農村環境改善センター」「国上健康の森公園」の4施設をさらに統合したものであるとか。国上は、良寛さんが4
ありがとうございます。ここでは、良寛さんの清らかな生き方と珠玉の言葉を、彼の歌とともに現代の心に響くように綴ってまいります。流れるような文章で、慈しみと自然体の美しさを描きながら、最後に感謝の言葉を添えて締めくくります。---良寛の言葉に宿る、清貧と慈愛の光越後の国、出雲崎に生まれた良寛(りょうかん)さんは、江戸時代後期の禅僧であり、歌人であり、書家でもありました。しかし、彼の真価は、肩書きにあるのではなく、その生き方にあります。財を求めず、名声を追わず、ただ人と自然を愛し、子どもたちと遊
【ギブ&ギブ&ギブの生き方】上甲晃(あきら)氏の心に響く言葉より…一般的には、「ギブ&テイク」と言う。一つ与えれば、一つ得るといった意味だ。しかし、一つ与えるものがあれば、一つ得られるなどといった見方には、まだまだ打算がある。“テイク”即ち、「得る」ことなど全く考えない。それが、「ギブ&ギブ&ギブ」である。日本語で言えば、「与えて、与えて、与え尽くす」心意気である。与えっぱなしだから、見返りなど求めない。それが『志』の第一歩ではないだろうか。見返りを求めて与える心構えは、人
上甲晃(あきら)氏上甲晃プロフィール|講演依頼・講師派遣のシステムブレーン上甲晃への講演依頼・講師派遣ならシステムブレーンへ。専任スタッフが企画から実施までサポートします。ご相談無料。お気軽にお問い合わせ下さい。「志の高い国づくりは、まず日本人一人ひとりが志を高く持つことである」と説く人材教育のスペシャリスト。松下政経塾の塾頭、常務理事を経て、現在は志ネットワーク代表として活躍。次代を担う青年の人間教育の場として「青年塾」を…www.sbrain.co.jpの心に響く言葉より…
「人の話の腰を折ってはいけない」この言葉は、良寛という人の人柄と生き方を映し出しているように感じられます。良寛は江戸時代後期に生きた禅僧であり、歌人であり、書の名人でもありましたが、後世に大きな印象を残したのはその才能や名声ではなく、清らかで自然体な暮らしぶりでした。彼は世俗の名利や権威を避け、粗末な草庵に暮らし、村人や子どもたちと交わりながら、ひっそりと生涯を過ごしました。その生き方には、押しつけがましさも誇示もなく、ただあるがままの自分であることを選んだ静かな強さがありました。人の話を途中
先日、出かけるときに靴下を左右ちぐはぐに履いていたことに気づきました。「まあいいか」と思ってそのまま歩いていたら、孫にこう言われました。「じいじ、それオシャレ?」思わず笑ってしまいました。また別の日には、夜の講座でうっかり「おはようございます!」と挨拶。参加者のみなさんと顔を見合わせて、大笑いになったこともあります。小さな失敗や抜けているところは、恥ずかしい反面、人との距離を近づけてくれるもの。弱さや情けなさを隠さずにいると、むしろ安心感が生まれるのですね。🌿弱さ
良寛さんの名言「なにものが苦しきことと問うならば人をへだつる心と答えよ」良寛さんは、江戸時代後期の曹洞宗の僧侶であり、同時に優れた詩人・書家としても知られる。越後の山里に庵を結び、子どもたちと遊び、草木と語らいながら、静かで清貧な生を貫いた。その姿は「孤高」ではなく、「慈愛」に満ちたものであった。「なにものが苦しきことと問うならば人をへだつる心と答えよ」この言葉には、良寛の人間理解と仏教的な真理が凝縮されている。人が苦しむのは、状況や環境ゆえで