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「散る桜、残る桜も、散る桜」良寛の言葉である。この言葉には、無常の真理が静かに語られている。散ってしまう桜と、まだ枝に残る桜。その違いは一時的なもので、やがてすべての桜が散る運命にあることを示している。これは人生の儚さ、そして誰もが避けられない終わりを表している。人は生きている間、何かにしがみつこうとする。しかし、良寛はそれを手放し、自然の流れに身を任せることの美しさを教えている。桜が散るように、私たちもいつかはこの世を去る運命にある。そう考え
「良寛の筆追い春眠傾(かし)ぐ首」※良寛さんの筆文字はある意味で日本で最高峰のもの。でも、なぞっているとグラグラして首まで傾き眠くなる。「なゐ遅日明日は夏日は外れたし」※「なゐ」は地震のこと。地震のあった不安な夕方、明日は暑くなる予報はゴメン被りたい
寒いです…花冷えでしょうか。おかげで鼻がグジュグジュ背中ゾクゾクです🤧ここら界隈も満開の桜はすぎ桜蘂へと変わりつつあります。『散る桜残る桜も散る桜』良寛さんの言葉がしみますなぁ〜年齢を重ねれば重ねるほどに桜は儚いイメージが強くなります。そして、人生は有限であることを知らされます人生の扉-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be今日の一言
散る桜残る桜も散る桜桜の季節は西行さんや良寛さんや業平さんに思いを託します何百年経ても、心は同じなのだと…AIとか色々…生活の道具、手段は進化しても人としての想いはさほど変わらないのでしょうねお散歩コースのひとつに古墳があるんですこんもりした山に大きな桜の樹教育委員会の看板があって発掘しようとしたけどたたりを恐れてしなかった…ようなことが書かれてますあの世とこの世が混ざっている公的な看板に人間らしさが溢れていて好きなんです今年は三月初旬の河津桜から楽しん
ごきげんさまです書道の課題の意味を調べてみるとそうだよなぁ…と心にしみます3月の課題は「花無心招蝶」「はなはむしんにしてちょうをまねき」と読みます良寛さんの漢詩の一部です漢詩ぜんぶを読んでみました「花無心招蝶蝶無心尋花花開時蝶来蝶来時花開吾亦不知人人亦不知吾不知従帝則」意味は…花は無心でいながら蝶を呼ぶ蝶は無心でいながら花をおとずれる花
午前中は用事かあり出かけたので、午後から近場のお花見に出かけました。ポツポツと雨が降ってきて今ひとつのお天気となりましたが桜は見頃を迎えていました。鳥居の向こうは工業地帯童と良寛さんの像桜並木希望の鐘やっぱり桜は良いですね
世の中は桜の花になりにけり・・・毎年、この時期になると良寛さんのこの言葉を思います。そして私も昨日、いつもの目黒川にお花見に。テレビで見た中目黒方面の目黒川桜はかなり開花のようでしたが、目黒通りにかかるこの辺りはまだまだ2〜3分。来週の方が良さそうですが・・ちょっとだけお付き合いください。
【本当に大切なのは行い】6170良寛さんの心に響く言葉より…世の中には、しゃべるのが上手な人と下手な人がいるものだ。言葉が巧みだと、ついついその人を経験豊富で知識も確かな人だと判断しがちである。しかし、言葉はあくまでも言葉に過ぎない。本当に大切なのは行いだ。釈迦の教えとして利他行の功徳をとくとくと説くよりも、黙って人のためになる行いを一つでも実践した方がはるかに価値がある、そう良寛は言っている。確かに、何事においても、ああすればいい、こうすればいいと、あれこれ能書きを垂れていても何
【本当に大切なのは行い】6170良寛さんの心に響く言葉より…世の中には、しゃべるのが上手な人と下手な人がいるものだ。言葉が巧みだと、ついついその人を経験豊富で知識も確かな人だと判断しがちである。しかし、言葉はあくまでも言葉に過ぎない。本当に大切なのは行いだ。釈迦の教えとして利他行の功徳をとくとくと説くよりも、黙って人のためになる行いを一つでも実践した方がはるかに価値がある、そう良寛は言っている。確かに、何事においても、ああすればいい、こうすれ
皆さまこんばんは。「グランマ&コーチyokoこと東郷洋子」です(^^)今日も、自分の心の徒然なるままに書いていきたい思います。読んで頂けたら嬉しいです(^^)。o○☆*゜¨゜゜・*:..。o○☆*゜¨゜゜・*:..。o○.。o○☆*2026年4月開講わからないから、はじまる12の対話レッスン2026年4月14日(火)10:00開催!詳細はこちらから↓↓↓https://ocl.hp.peraichi.com職場・家庭・子育
旅の予定を一日延長した朝。前日の夕暮れに訪れた出雲崎町「夕凪の橋」からスタート時間が無いのはわかってるけど、この橋はどうにも渡りたくなる。1番先端まで行って帰ってきただけだけど、静かでただただ青く広い海が気持ちよかった。橋の近くにいらっしゃったのは“松尾芭蕉”さん。先生もこの地を訪れていたのですね。『道の駅越後出雲崎天領の里』新潟名物柿の種のクランチチョコをパパッと購入それはさておき、松尾芭蕉さんを尻目に、この地で有名なのは“良寛”
前回のブログ「Ⅱ74豊かな心と道徳教育」では、「国語はコミュニケーション、感性・情緒の基盤である」と、答申の文言を紹介しました。私たちは、相手の一言で感動したり、腹を立てたりを、日常茶飯に経験しています。言葉は、相手からだけでなく、時には、自分が自分に語り掛け、自分を励ましたり、奮い立たせたりもしてくれます。まさに、言葉を媒介にして、感情が揺さぶられ、とるべき行動の方向づけがなされたり、障害を乗り越える気持ちにしてくれたりします。「言葉」、「行
「花無心招蝶蝶無心尋花」花無心にして蝶を招く蝶無心にして花を尋ぬ良寛さんの漢詩より。花は招こうとせずとも自然に蝶を招き寄せ、蝶は尋ねようとせずとも自然に花を尋ねてしまう。自然に惹かれ合うものは無理がなく永続的なのだ。花、蝶、人。杉本健爾https://sugimotokenji.jimdo.com/
CDとかレコードを購入するには「ジャケ買い」と言われる選び方があるかっこいいデザインのものは中身もかっこいいだろうとの想定で購入するものだピンク・フロイドの「原子心母」の白黒斑の牛が大写しされたジャケットはどんな音楽だろうと思った記憶がある書店で本を購入する場合は、立ち読みという方法がある本のタイトルとか帯のコメントも参考になるが圧倒的に信頼できるのは、冒頭の文章を読むことだホンの1行読むだけで自分と合うとか今の気分にぴったりだと感じることができるその1つには今でも覚えてい
どうしようもないことはたくさんあるけど人は皆ちゃんと復興している神社に通って神に祈り念仏を覚えて仏に帰依して病気にならなかった人がいるだろうか?事故に遭わなかった人がいるだろうか?ウイルスに感染しなかった人がいるだろうか?たぶんいないよね?
2026/2/16如月今日の一句語らずもただ風が吹かむ良寛忌あとがき…良寛さんに学ぶ…「災難にあう時節には、災難にてあうがよく候。死ぬる時節には、死ぬがよく候」災難にあうと、人は自分の悲運を嘆き悲しむ。しかし、嘆き悲しんでばかりでは、災難を乗り越えることはできない。まずは災難という現実を受け入れる。そして、そのなかで何ができるかを考える。災難を乗り越えるためには、その現実を受け入れるところからしか始まらないと良寛はいうのである。「死ぬる時節には、死ぬがよく候」というのも、死期が
昨日、17日に中日新聞の東三河版で紹介された私設図書館に出かけた場所は豊橋市にあって、名前は「ともす図書館」リーフレットには「こころにともすともにする、ともに育む」と書かれている館長の父は集めた蔵書を「地域の人や次世代の人たちの為に活かしてほしい」とメッセージを残していて、それを実現したのだそうだ最近の自分は他人の本棚を見てみたいと思うようになっているそれを見れば性格や考え方の嗜好性が分かる気がするからでYoutubeにはその様な動画が思いのほかあって楽しんでいる部屋に入る
633)6畳一間20代前半、2階で6畳一間の部屋を間借りしてたことがある。近くの市立大学生が隣の部屋にいた。市会議員宅。曹洞宗の僧侶、良寛さんが約20年間定住した国上山(新潟県燕市)の草庵「五合庵(ごごうあん)」は、6畳一間ほどの板敷きに簡単な台所が付いた、非常に簡素な茅葺き(かやぶき)の小さな庵だった。茅葺き(かやぶき)屋根は、ススキやヨシなどの自然素材(茅)を厚く束ねて葺いた日本伝統の屋根工法。◆ミニマリストMinimalist本当に必要なモノだけを厳選し、それ以外の不要なモノを
過去70数年間、喜寿を迎える数年前まで本当に幸運、奇跡と言って良いほど健康には恵まれた。入院だって、古希前に急性アルコール中毒、過飲で、意識無くし胃に穴開けた時くらい。それが一昨年秋に転び、腰椎3本骨折その影響でお腹にチト問題発生、長く寝続けた。身体が楽になり始めた頃には種々考えはじめ、能天気な俺でも死生観とか?また人生最後に少しは気の利いた言葉の草草その想いを言葉にしておこうってそれも自由にならない身体と同様、、心、深い思いを言葉で表す事の困難さが多弁を
『つきのうさぎ』文と絵まつむらまさこさん・どうして月にはうさぎがいるの?今昔物語や良寛さまの長歌で知られる「つきのうさぎ」の物語・こちらの本は絵本なので、朗読してみました😌・読みながら、うさぎちゃんの行動に泣きそうになりました。・そもそも私は良寛さんを知らなかった💦一休さんに出てくる、良寛和尚さんのこと。・良寛さんは、自然の中に身を置き、風の声を聞きながら過ごされたとのことです✨・うさぎちゃんは、自分の命が役に立つのならと火の中に身を預けた。・前にど
おはようございます夜中雨が降ったのかしら配達の朝刊にビニールカバーしてありました。昨日の午前は読書読む年齢で詠まれた歌のとらえ方が変わってきますね~~全紙に近代詩文を書くのに、、、良寛さんの歌を書きたいと思い読み返しています。【散る桜残る桜も散る桜】感慨深い良寛さんの気持になって書けるだろうか🖌以前も書いたことありますが、、、、、今回はなぜか感じるものがあるこの本を理解するには相当な時間必要ですが言葉の意味を心に感
良寛さんの名言「人さまに迷惑をかけたり、恥ずかしいことは慎むこと」良寛さんは、江戸時代後期の僧侶であり、詩人・書家としてもその名を馳せた。越後の山中で質素な生活を送り、子どもたちと戯れながら、仏教の教えを実践し続けた。良寛さんの生き方は、物質的な豊かさを求めることなく、精神的な充足を追い求めたことで、多くの人々に感銘を与え続けている。「人さまに迷惑をかけたり、恥ずかしいことは慎むこと」この言葉は、良寛さんの謙虚さと他者への深い配慮を示している。自分の行
新潟で訪れた北前船の寄港地は一日目が出雲崎、二日目が村上どちらも重伝建に登録された古い街並みや独特の文化が残ります。美しい田園地帯を走ります。ご飯、お米が大好きバスで1時間半ほど海が見えてきました。北国街道を挟んで海側と山側に「妻入り」の細長い家が3.6㎞も連なっています。「妻入りの街並み」江戸時代に出雲崎は天領となり佐渡の金銀の積出港、北前船の発着港として栄えました。北国街道の宿場町として多くの人が行きかい越後一の人口密
良寛さんの名言「知らないことを知っているふうに言うのはよくない」良寛さんは、江戸時代後期の曹洞宗の僧侶、歌人、書家。越後国(現在の新潟県)出身。若くして僧となり、諸国行脚の後、故郷近くの庵で質素な生活を送った。官位や名誉に無関心で、子どもたちと遊び、詩歌や書に親しんだ。その清貧な生活と優れた漢詩・和歌は多くの人々に影響を与え、「良寛さん」と親しみを込めて呼ばれる。形式にとらわれない自由な生き方と、深い禅の悟りを体現した人物として、今日まで広く敬愛されている。この素朴
良寛さんの名言「自惚れることも卑下することもない上もなければ下もない」良寛さんは、江戸時代後期の越後国が生んだ、特異な魅力を持つ僧侶である。歌人、書家としても知られ、その生き方は飾り気がなく、自然体そのものであったと言えるだろう。子どもたちと手毬つきに興じ、托鉢で得たわずかな食料を分け与える。そんな逸話の数々が、彼の飾らない人となりを今に伝える。良寛さんの言葉「自惚れることも卑下することもない上もなければ下もない」。この短い言葉には、彼の人生観、世界観が凝縮され
良寛さんの名言「食べ物は大事に少しだけいただくこと」良寛さん。その名は、飾り気のない生き方と、温かい眼差しで人々に親しまれた越後の僧侶として知られている。歌、書においても独自の境地を開き、その作品は今なお多くの人々の心を捉えて離さない。子どもたちとの屈託のない交流や、自然を愛でる姿など、彼の生き様からは、人間本来の純粋さが滲み出ているようである。良寛さんの言葉。「食べ物は大事に少しだけいただくこと」この何気ない言葉の奥には、彼の深い思想が潜んでいるように思えて
挨拶というものは、人と人とをつなぐ最初の一歩であり、その人の心のあり方が最も素直にあらわれる瞬間でもあります。忙しさに追われ、効率や結果ばかりが求められる現代において、挨拶はしばしば形だけのものになりがちです。しかし「挨拶は適当にしてはいけない」という言葉には、人として生きるうえで決して忘れてはならない大切な真理が宿っています。この真理を、静かで深い光として私たちに示してくれる人物の一人が、良寛さんです。良寛は、生涯を通じて名声や地位、財産から距離を置き、清らかな貧しさの中で生きました。粗末な
和室の引き出しのなかに、掛け軸が沢山あります。今回は掛け軸を整理しました。沢山ありました一部ですが珍しいものが出て来ました♪お雛様🎎五月人形無名源氏物語良寛さんと子供たちお雛様🎎、五月人形は、亡くなった祖父、祖母で買ったのでしょうか?まだ沢山あります。また、ご紹介いたします週末くらいから暖かくなりそうです♪♪
【『今を生きる』について】誰もが、『過去ではなくて、今を生きなければならない』という言葉を耳にしたことがあるはずです。『今を生きる』について、もっと深く掘り下げてみませんか?「人生は4つの『おつきあい』」(著者小林正観サンマーク文庫)の中に、こう書いてあります。「いまという瞬間に幸せを感じるということは、目の前にあるものを楽しみ、味わい、大事にすることです。いま目の前にいる人を大事にして、できるかぎりのことをしてあげること。それは、『念を入れて生きる』
今日の東京都心は晴天ですが、気温は低く、北風も強く、だから、結局、一言で言うと寒かったです今日もお参りのあとは、法話を聞きましょう。今日のご講師は神奈川県横浜市西法寺の西村信也師です。※青字は西村師の言葉の要約です。<良寛さんが頼んだ方>以前、こんなことがありました。お父さんが浄土真宗。お母さんがカトリック。そして、その娘さんが、私のお寺を訪ねてきました。聞くと、お母さんの方は、旦那さんのお墓には入りたくないと言います。つまり