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あと残された「城郭建造物」の「塀」「橋」「供侍」「馬見所」等を紹介する「その他の城郭建造物を巡る」シリーズでは、毎回各お城毎に「その他城郭建造物」をお届けしていきたいと思います。併せて、そのお城の特徴的な建造物や普請物の写真もモニュメント的に掲出していきます。「塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノ
夏休みの子どもの王道、セミ採り。みなさんは、いつセミ採りを卒業されたでしょうか?ムスコ氏、セミ採り大好きで、職人のように、アブラゼミを「アブラ」、ミンミンゼミを「ミンミン」と呼び、猛暑の日には、暑さ対策という対策をしまくり、雨の日には、レインコートを着て、虫かごが乗車率100パーセント超えるまで採りまくり、最終的には、採れていない見知らぬ子に分けてあげるというセミ採り王のようだった夏。そして、西日本にしかいないクマゼミを採りたいと、帰省先で採りまくった小1の夏。
7月になってしまった💦焦りまくりですが、💦💦史跡高松城跡(玉藻公園)国の指定史跡園内には枯山水庭園などがあり、瀬戸内海の海水を掘に引き込んだ城で日本三大水城の一つ。日本三大水城(海城)とは高松城、今治城、中津城の3つの城を指します。堀に海水を導入している点が特徴です別名は「玉藻城」で、万葉集で柿本人麻呂が讃岐国の枕詞に「玉藻よし」と詠んだことに因み、高松城周辺の海域が玉藻の浦と呼ばれていたことに由来するとされている高松城は天正15年(1587)豊臣秀吉の四
坤櫓の後は本丸北側を廻り艮櫓跡と巽櫓を見に行来ます。本丸北側の高石垣。個人的には大阪城にも匹敵する凄さだと思う。北側はあまり整備されていなくて草ぼうぼうですが、古城の雰囲気があって良いと思う。明石城といえば櫓だけ見て帰る人がほとんどやけど実は一番の見どころは北側の石垣❗️だよ〜本丸東北の鬼門余け部分左側←だが眩しくて見にくい。艮櫓台ここも三重櫓が建ってた。北側と同じく帯曲輪があるけどだけど草ぼうぼうで立ち入り禁止🚧大堀切。左手が二の丸高石垣ここから二の丸・東ノ丸の石垣が素晴らし
前回はこちら昭和天皇・皇后御手植松の説明板です。披雲閣です。披雲閣庭園から見た、天守台です。披雲閣の入口です。披雲閣の説明板です。陳列館です。桜御門です。艮櫓の入口です。入口側から見た桜御門です。桜御門の説明板です。艮櫓です。艮櫓の説明板です。史跡高松城跡の説明板です。東門です。大手の説明板です。東側の入口です。続きはこちら
昨日(7/27)、大阪の城友と一緒に「青春18きっぷ」を使用し、「高松」まで足を伸ばして日帰りお城巡りに出かけました。行き先のお城は「高松城」、そして同市内で国指定史跡である山城「勝賀城」です。8時発の「播州赤穂行」新快速で「相生」まで行き「岡山行」に乗換えです。12両編成の車両から「6両」の電車へ一斉に乗り換えますので、座席の争奪戦です。それでなくても混雑する区間ですが、特に夏休み、青春18きっぷシーズンでもあることから混みようは半端ありません。岡山区間を走る新型車両「ウララ」(岡
先日の練習にて、足袋を履いた瞬間…指先に激痛が走る!!例えるなら鋭利な金属を素足で踏ん付けたが如き痛み。痛って!!なんだ!?金属片でも紛れ込んだか!?足袋から蜂が出てきたよ。お前かーーーーーーーーーー!!このクソ野郎…叩き殺すぞボケがぁぁぁぁぁ!!…と、勢いに任せてそのまま素手で叩き潰してしまいそうになった衝動を抑えやはりティッシュで包んでからブチ殺してやろうと思い直す。しかし、ティッシュを取り出した弾みで風が舞う…その風に乗って蜂の野郎は天井まで飛び去ってしまったの
高松城に行ってきた(66/100城)お城跡は玉藻公園になってます。帰りの時間を考えるとゆっくりできないので、とりあえず案内図を見てどうするか・・・本丸跡に天守閣はなく展望デッキになってます。結構広くて見て回るには時間が足りなそうなので、中に入るのはあきらめました駐車場近くの艮櫓を見て終了です
金沢在住のブロガーさんが、心配してくれたコメントが多かったということでブログを更新してくださいました皆さんの心配が申し訳ないくらい、金沢は今までと同じく暮らせてます能登半島の被災した皆さんにも申し訳ない思いです、とのことで安心しました被災地の方々が一日も早く日常が取り戻せますように乗り換え駅だと思って降り、階段を登っても気が付かず、いつもと違うと気がつくのが遅すぎ、2駅前でした大吉っていったい〜あぁぁぁ(辛抱が第一です)みなさんこんばんは※続きです昨日は玉藻公園西門から入りました
2023年四国のお城10ヵ所を攻略します徳島城・日本100名城・初一宮城・続日本100名城・初勝瑞城・続日本100名城・初引田城・続日本100名城・初高松城・日本100名城丸亀城・日本100名城川之江城・普通の城・初浦戸城・普通の城・初高知城・日本100名城・初岡豊城・続日本100名城・初ほとんどが初攻略なので楽しみです本日五か所目高松城3回目になります今回は日本100名城スタンプのチェックと、新たに発売された御城印とお城カードの購入です
ヤブヤブ蜘蛛の巣地獄ながらごんぼ積みが素晴しかった山城・黄峰城跡から移動すること9.5kmくらい。香川県高松市玉藻町讃岐・高松城(たかまつじょう)別名:玉藻城高松城は豊臣秀吉の四国征伐の後、生駒親正(信長さまの美濃攻めから臣下になり、秀吉の属将になる)によって築かれた城です。現在見られる遺構は、江戸初期に徳川光圀の兄で常陸国から12万石で高松に移封された松平頼重によって近世城郭の海城として改修されたものです。海城としては最初にして最大の城であり、日本三大海城の筆頭である。また、
おはようございます、たけちです。令和5年1月3連休の初日、みなさん、いかがお過ごしになりますか?たけちは、昨日、福岡の実家を出て、広島に移動本日、広島から兵庫の西宮市近郊の自宅に戻る途中で今年の城始めをしたいと考えていますさて、今日は昨年の城納めで訪問した高松城の紹介をします。『2022年城納め後編』おはようございます、たけちです。令和4年もあと少しで終わる12月29日木曜日、みなさん、いかがお過ごしになりますか?たけちは、正月の酒でも買いに行こうと思…ameblo.j
高松駅周辺2022年4月20日、板東駅で霊山寺・極楽寺・大麻比古神社を巡り、高松に向かいました。板東駅は特急は停まりません。板野駅で乗り換えです。四国遍路三番金泉寺が板野駅から15分の所にありましたが、当日は知らなかった。乗り換え時間を使って行けたのに残念。高松駅のマリンライナー、鉄仮面のようです。高松駅前の広場高松駅前のさぬきうどん「めりけんや」数日前の(行きたい駅30)TVで、高松駅長が良く行くさぬきうどん屋さんは駅前の「めりけんや」と言っていまし
こんにちは、philosophiaです<四国攻城TRG♪(2019.10.14~16)>の続編です特別名勝の<栗林公園>を後にし次なる攻城は、別名<玉藻城>と呼ばれている<高松城>へ運よく<艮櫓>前のベスポジに停めることができました(^^♪パンフレットによれば、現在隣接するレクザムホール(北東)にあった艮櫓が昭和40年に旧太鼓櫓跡に移築されたそうですいつものように、案内図で縄張をチェックです!生駒親正公の時代に、黒田官兵衛からアドバイスをうけた縄張に興味津々です!
今日も懲りずに明石公園です明石城跡の鬼門の地ですね蛇三線かな練習されてるかたがおられたのでバックにお借りしました耳を澄まして聞いてねここは明石城跡本丸にあたります⬇️最初は三味線かと思ったんですが沖縄の曲ですよね
昼からは歩数を稼ぐために明石公園へ行きました今回は桜掘りの北側を歩いてみました明石城の鬼門と言われてるところの石垣を見るためですこの石垣の上が艮(うしとら)櫓ですあまり人が来ないですが紅葉が綺麗です上の艮櫓のあった場所には案内板が立ってますちなみに歩数は1万を超えました(o^―^o)ニコ黄昏ばぁばのmyPick株式会社エイチ・アイ・エス【HIS】旅行プログラム株式会社一休一休.com
【月見櫓、水手(みずて)御門、渡櫓】高松城らしくて好きな風景です。別名「玉藻城」とも言われ、水城として有名です。1558年に生駒親正が築城に着手し、生駒家が4代54年間、松平家が11代228年間にわたり居城としました。松平家の初代(松平頼重)は黄門様で有名な水戸光圀の実兄です…月見櫓の傍から見た瀬戸内海(昔はすぐ下が海だった)「讃州さぬきの高松さまは城が見えます波の上」…【本丸】天守台のある本丸は木製の橋でつながっています。橋の名は「鞘橋」▽堀を
ドングリがもうこんなに大きくなっています暑い暑いと言っている間に着々と秋へと向かっていますね今日は玉藻公園(高松城跡)を散策槙の木の実も準備中ですこの暑い時に来ないと出あわない熟れるとこんな感じもっと赤黒くなるのもあります艮櫓天守がないのは寂しいですね高松市では天守復元に向けた各種調査を積み重ねています早くできるといいんだけど・・・昨年、天守復元の署名もしましたオオシオカラトンボ?シオカラトンボ?いい色ですね石垣に朝顔涼
本日の「”現存三重櫓”を色々な方向から顔・姿を見る」は、「高松城」(香川県高松市)に現存している三重櫓2基の内、重文の「艮櫓(後編)」をお届けします。昨日のブログでは、「月見(着見)櫓」を紹介しました。第六弾「”現存三重櫓”を色々な方向から顔・姿を見る」の総編https://ameblo.jp/highhillhide/entry-12598737807.html第六弾「弘前城丑寅櫓・辰巳櫓・未申櫓」https://ameblo.jp/highhillhide/entry-1259
パンデミックで緊急事態宣言ではいたし方なしですが、やはり正式発表を目にすると、心が痛みます。うどん県はまだ感染者が2名にとどまっているので、なんとなくのんびりです。教室は窓とドアを開けると風が通り換気は抜群です。(寒い季節は隙間風も吹くので、この建物は夏を旨としているのでしょう。)そのうえ除菌の次亜塩素水スプレーを吹いたり、拭いたりばかりしているので、なんだかしんどくなってきました。体のつくりがウイルス並みなんでしょうかさて、コロナ鬱防止のために、日曜日はお花見散歩に出かけま
今日は、本編のホームページに高松城の登城記をアップしました。本編のホームページはこちらです:http://cf916626.cloudfree.jp/index.html高松城の登城記の二回目は、艮櫓から披雲閣の様子です。高松駅に近い西入口から、玉藻公園内を通らず、外周に沿って東入り口まで散策してきましたが、いよいよ城内に入ります。中堀に架かる旭橋を渡り、その先に桝形門型式の旭門があります。撮影:2011年6月切り込みハギの立派な石垣が桝形門を固めています。この旭門を抜け
「高松城」(香川県高松市玉藻町)の「中編」です。本日の目玉は、「太鼓櫓台」に移築されている重文指定の「艮櫓」です。前編https://ameblo.jp/highhillhide/entry-12568621989.html「艮櫓」(重要文化財)前回のブログ(前編)では、「三の丸」跡に建つ「披雲閣」及び「三の丸」跡北側の「新曲輪(北の丸)」」跡に建つ、「月見(着見)櫓」「続櫓」「水手御門」「渡櫓」まで見てきました。「三の丸」内の「披雲閣」南側には、太平洋戦争前まで、下見
高松に戻り高松城へ月見櫓艮櫓高松に一泊し翌日改めてこちらが月見櫓名古屋に直接帰るバスが取れなかったので大阪経由で帰ります
前回はこちら天守台石垣の展望台から見た、お堀です。天守台石垣から見た、鞘橋です。高松城天守地下1階の発見の説明板です。玉藻公園で自撮りをしました。史跡高松城跡鞘橋修理記の説明板です。海城「高松城」と舟です。海城「高松城」と舟の説明板です。高松藩松平家の泳法の説明板です。水門の説明板です。西側から見た鞘橋です。西側から見た、石垣です。天守閣復元イメージの説明板です。再び石垣の撮影をしました。艮櫓です。艮櫓の説明板です。続きはこちら
栗林公園からは香川県の私鉄、ことでんで移動。高松築港駅。駅の隣がすぐ高松城趾。通称・玉藻公園と呼ばれています。一段高くなった石垣が天守台。海に向かう月見櫓。昔はこの向こうは海。披雲閣という江戸時代の松平家の御殿を大正時代に再建したもの。確かに大正っぽい。これは銀閣寺から持ってきたらしい。天守台の右側の高層ビルの辺りがJR高松駅。こちらは艮櫓。ことでん。高松築港駅のホームから天守台と鞘橋がよく見える。
2018/2/5(月)愛媛マラソン遠征の帰路。松山城→今治城→丸亀城を経て、暗くなってから高松城に到着。と言っても、この時間なので・・・玉藻公園にすら入れず旭門は、閉ざされておま。玉藻公園案内図案内板(大手)駐車場も閉鎖されており、柵外から望遠で艮櫓を撮影。アングル変えて・・・今回は、これにて退散また出直しまーすとりあえず、城域に入って写真撮影したので『攻城』
昨日の続きです。今日は本丸です。江戸時代の初期にはこの本丸に藩主御殿がありました。本丸に天守台はありますが、天守は造られませんでした。また、本丸の四隅には三階櫓がありましたが、現在では坤(ひつじさる)櫓と巽(たつみ)櫓しかありません。本丸です。左が坤(ひつじさる)櫓で、右が巽(たつみ)櫓です。坤(ひつじさる)櫓は伏見城から、巽(たつみ)櫓は船上城からの移築と言われます。一国一城令のために、廃城となった城から移築した例が多いといいます。二の丸と本丸は土橋で繋がれています
台風のせいで予定してた山城攻めイケずよりによって3連休を直撃するとは。イケずな台風だこと。そして。。。前回の台風直撃時。出張のついでながらも車窓から恨めしく眺めただけの・・・・・うどん・高松城(別名玉藻城)攻め直し高松城は天正15年(1587)豊臣秀吉の四国制圧後にうどん1国を与えられた生駒親正が、築城した輪郭式平城です。4代に渡り54年の治世が続いた生駒っちは寛永17年(1640)の「生駒騒動」というお家騒動により、うどん1国を召し上げられ出羽国
今日は玉藻城と歴史博物館で研修がありました。それぞれ学芸員さんのお話を聞いて教養を高める研修でした。私はどこかいい景色は無いか?と被写体探しに夢中になっていました。残念ながら歴史というと色彩は単調です。花の写真が多い私としては「お!きれい!」と思う写真は少なかったです。ただ、城内にある披雲閣が大正6年に建造され、戦後一時期進駐軍が使用していたとか。古い建物の中にペンキで白く塗装した部屋があったり、大きな床の間には何とバスタブがおかれていたとか。そんな歴史を重ねたのかと思うと感慨ひとし
城を観る今回は...(撮影2016/01/22)高松城(讃岐国)〜艮櫓(旧太鼓櫓跡)〜う〜ん雨降りそうだなヽ(´o`;なんちてにほんブログ村日本の城27号(高松城)[分冊百科]607円Amazon