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令和8年2月9日(月)旧東海道を歩く旧道部です。今回は静岡県の磐田市(見付宿)から愛知県との県境に近い白須賀宿の約40Km弱を歩く予定でした。まだ暗い早朝の4時20分いつものメンバーに特別参加の1名を加え5名での出発です。昨日降った雪のことも考え関越道を利用するルートを選びました。ところがこの安全策でしたが不安な要素が出てきました。各所の高速道路が不通との情報が入ってきました。まず、圏央道が途中通行止めとなり海老名ICで高速を下され
3日目の行程は次の通り。まず,浅草橋から東京内を少し観光して,新横浜からは新幹線に乗る。静岡県のスタバに行きたかったので,新幹線は浜松下車の予定。多少以上の無理は良くないので,午後はいつでもJR乗る気構えで出発,8:50。日本橋,東京駅,桜田門を観光。まずは日本橋。■日本橋は東海道の起点だ。同時に,北に向かうと,中山道の起点でもある。現在は,国道1号や4号の起点であり,とにかく日本の道路の中心である。東京駅の正面がどこなのか探した。あとから,皇
舞阪宿から、次は浜松宿を目指します舞阪宿から浜松宿までは、約10キロの道のり舞阪宿を出て、すぐに白王稲荷神社(はくおういなりじんじゃ)がありました白王稲荷神社を後にして、東海道を歩いて行くと松並木があり、すぐの場所に、浪小僧(なみこぞう)という石像が…遠州灘の浜で地引網漁をしていたところ、真っ黒な小僧が網に引っかかり、漁師たちは気持ち悪がって殺そうとしたところ、「命だけは助けてください。ご恩返しに海が荒れたり風が強くなったりした時は、海の底で太鼓を叩
東海道57次18日目浜松宿→間宿・篠原→舞阪宿→弁天島駅4連泊した浜松のホテルをチェックアウトし、全部荷物を背負って歩き始める。今日から、愛知県豊橋市のホテルに5連泊だ!東海道は、結構な確率で電車🚃が並行していて、便利だ!登山とは到底違い、飲料水の自販機もあれば、コンビニもスーパーも出会す!連泊だと、雨日傘とスマホさえあれば何とかなる。何ともならないのは、自分の身体的な事だ😓浜松駅を通り越して東海道に乗っかる。高札場跡や本陣跡を通る。日本橋から66番目「若林一里塚」跡があっ
4/12は、旧東海道を歩いてきました今回は、新居宿(あらいしゅく)→舞阪宿(まいさかしゅく)→浜松宿(はままつしゅく)までの東へ向かう旅静岡県の新居宿にある、新居関所からスタート新居宿から舞阪宿までは、約5キロ昔は、ここから先は浜名湖関所と湖の町湖西市JR新居町駅の前を通ります東海道本線と東海道新幹線の脇を歩いて行くので、めっちゃ近くで新幹線を見る事ができましたしばらくして、浜名湖に到着!まさか、浜名湖の上を歩いて渡る日
江戸時代(1802~1809)に出版された「東海道中膝栗毛」。舞阪宿から浜名湖を渡り新居へ向かう話。(本雁木:静岡県浜松市中央区(旧西区)舞阪町舞阪2119-18)駐車場なし。トイレ・自販機なし。“膝に毛が生えるほど歩いたよ~”っていう十返舎一九著の滑稽本「東海道中膝栗毛」。浜松~篠原~そして舞阪宿へ。‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐舞阪宿に着き新井宿へ渡るために渡し船に乗る乗客の中に汚ならしい身なりの50歳くらいの男がいた彼は何か失くし物をした様で居眠
昨年の7月末。舞阪にある「舞阪宿脇本陣」を見学に。ここは無料で見学できます。脇本陣が残っているのは、東海道宿の中でもここだけだそう。(本陣や旅籠は、複数有り)いい雰囲気!こちらから入ります。奥にかなり長い空間が間口からは想像つかないくらいの奥行き。中庭?坪庭?光が入ってきて趣あっていいなぁ長い廊下。二川宿本陣も廊下長かったなぁ。下湯殿。一般の人がこちらのお風呂を利用ですね。台所。どんなお料理をここで作ってたんだろう上段の間。偉い方のお部屋になります。上湯殿
おはようございま〜す!!桜の開花が延期に次ぐ延期ですね〜早く暖かくならないかな。。それでは、、街道歩きスタートです!!舞阪宿から浜名湖を臨んで、、なんだか解放された気分になりますね〜途中、脇本陣を見学したりして思いの外、時間が経ってしまいました。いつもだったらそんなに時間を気にしないで歩いているのですが、前回から御宿場印を入手することになり、、販売所
おはようございま〜す!!梅は咲いたか〜♪桜はまだかいな〜♪今週も頑張っていきましょう!!それでは、、街道歩きスタートです!!お腹がいっぱいになって歩き始めてますが、歩いているときは腹8分目がちょうどいいです。。食べ過ぎるとパフォーマンスが落ちますね〜さてさて、さっそくスポットが、、社殿の中の赤いのが気になって思わず
おはようございま〜す!!今年の桜の開花はちょっと延期になったようですね〜早く暖かくならないかな。。それでは、、街道歩きスタートです!!歩き始めて1時間ぐらいですかね〜ようやく体が温まってきました。桜の時期にはちょっと早かったのですが、、歩いていると、、これは桜ですね〜結構咲いてますね。。こちら
前回【3日目-⑨】白須賀宿~荒井(新居)宿『《ミニベロで行く》東海道五拾三次【3日目-⑨】白須賀宿~荒井宿』前回【3日目-⑧】二川宿~白須賀宿『《ミニベロで行く》東海道五拾三次【3日目-⑧】二川宿~白須賀宿』前回【3日目-⑥】吉田宿~二川宿『《ミニベロで…ameblo.jp地図左端、現在地湖西市新居町新居浜名湖から遠州灘まで流れる浜名川には浜名橋が架けられていましたが、室町後期1498年(明応7年)の明応地震、1510年(永正
19年前この時期に旅をしたことは昨日『19年前の今日静岡と浜松の旅切符とパンフレットで思い出す』平成16年(2004年)5月2日19年前の今日新幹線で静岡・浜松エリアに旅行に行ってました写真記録をしてたデータが紛失して切符とパンフレット等だけが…ameblo.jpこちらに書いたが今日は翌日・・・つまり19年前の今日の浜松と浜名湖エリアの旅を振り返ります浜松から普通列車で新居町へ向かうたしか211系ロングシート車だった画像イメージ(同車種別の時豊橋で撮
(その2からの続き)-舞阪(8:25着・8:40発)-朝ラッシュの高塚駅を後にして、旧東海道を西へ進み始めました。歴史ありそうな民家がちらほら建ってたり、こんな感じに松の木が植えられていたりしますが、旧東海道は住宅地を貫いていました。愛宕神社を通過そこから10分ほど歩いて、今度は稲荷神社を通過。昔から集落が連なっていたことが分かりますね。そうはいっても、延々と住宅地が続くのでちょっと中だるみ。家並みは雰囲気
浜名湖一周です。以前から計画していながらコロナ禍に突入して、ずっと先延ばしにしてましたが、そろそろいんじゃね?と、車に積んで妻と二人で行ってきました。4月23日(土)朝5:00に自宅を出発。東名高速舘山寺スマートインターから、浜名湖畔の内浦駐車場に到着したのは8:15我が家の愛車ダイハツウェイク。ホイール外せば2人(2台)なら余裕です。8:37準備OKスタート前にパチリ。水ぎわギリギリでも。向こう側に倒れたら水没なので、秒で撮影。😁コース図もチェック
東海道舞阪宿:脇本陣「名荷屋」江戸時代、東海道舞坂宿は江戸から30番目の宿場にあたり、東西交通を結ぶ今切渡しの渡船場でした。今日、当時をしのぶ町並みは失われてしまいましたが、天保9年(1838)建築の旧脇本陣「茗荷屋」の上段の間があった書院棟が残されていました。旧東海道では唯一の脇本陣の遺構です。この貴重な脇本陣を後世に伝えようと、建物を復元しました。私は、何度か訪れていますが、特に中庭から奥の上段の間までの通しの景色が好きです。上段の間以上東海道舞阪宿:脇本陣「名
昨日1/2もドライブ。三菱アウトランダーPHEV浜名湖弁天島浜名湖と遠州灘を隔てる今切口にある島です。国道の橋で渡ることができます。ホテルやマンションが並びリゾートな雰囲気沖合に建つ鳥居浜名湖キャラと一緒に。その向こうには浜名バイパス朱塗りの両部鳥居海中に建つのではなく、『いかり瀬』に建ちます。辨天神社の鳥居。扁額は太平洋側に向いています。弁天様なので、海から来るようです。カッコよく撮ってみました。波に揺らぐ陽の光を撮
(8)【東海道五十三次の旅】自転車で行く東京→大阪の旅《浜松宿→吉田宿》東海道の旅第5日
家康ゆかりの浜松城から西の三河方面に東海道を歩くと最初にあるのが舞阪宿。ここの脇本陣は現存で、現在資料館になってます。>>舞阪宿脇本陣の場所の地図脇本陣は大名、公家、幕府要人の宿泊施設ですが、空きがあれば庶民も泊まれました。(本陣はダメですけどね)。部屋も大名用、庶民用に別れてますが、風呂も別です。大名、公家、幕府要人は漆塗りの【上湯殿】。庶民は木桶の【下湯殿】。残っているのがスバラシイです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
徳川家康ゆかりの浜松宿から三河に向けて東海道を西に歩くと舞阪宿があります。東海道五十三次の江戸・日本橋から数えて30番目の宿場です。宿場の入り口にある、現存の見附(みつけ)の石垣。見附とは、宿場の入り口のこと。城でいう大手みたいなものですね。ここに門番が立っていました。一里塚跡。一里(約4km)ごとに築かれた塚で、行程の目安になった目印です。ホントは道の両脇にひとつずつあったのですが、今は石碑のみ。東海道舞阪宿の見どころのひとつ。資料館として残っている現存の脇本陣。脇本陣(わきほんじん
日本橋から京都の三条大橋までの東海道五十三次を踏破した思い出を忘れないために、、、という事で書き始めた旅歩きの記事。遂に後半戦に突入しました。東海道五十三次としては11日目になります。2014年5月4日浜松駅近くのビジネスホテルに宿泊したQさんと私。最後の別れをすべく浜松駅へ。負傷リタイア(不治の病が原因と知ったのは後日でした)して駅の改札で別れを惜しむ。「三条大橋は一緒に渡りましょう!」と言葉をかけ笑顔で二人は別れた。私の眼には薄っすら
11月14日(土)前回の続き掛川宿~浜松宿①→こちらから掛川宿~浜松宿②→こちらから浜松宿(天竜川駅)~白須賀(静岡県内最後の宿場)~二川宿(二川駅まで)愛知県の最初の宿場町までのマラニックをしてきました。今回も分岐点を間違ってコースアウトしたり散策や休憩したりの、のんびりマラニックでした。6時間20分距離は39.7㎞帰りを考えて駅に近い愛知県の二川宿までにしました。これで何回かに分けて走り、静岡県内(小田原から箱根峠越え含み)の旧東海道の宿場町を制覇で
静岡県浜松市ぶらり美味しいお魚を食べたいなら漁港だろという安易な決め方で舞阪を選んだのですがとても美味しかったです魚のてっちゃさんお世話になりました^^お腹がいっぱいになったところで次なる場所へ数分で到着舞阪宿脇本陣でございます東海道五十三次の宿場街である舞阪宿メインは本陣なのですがなんらかの理由で使えなかったり足りなかったりした時にこちらの脇本陣が使われましたちなみに本陣は脇本陣のまん前にありまして現在は駐車場となってましたよく判る解説
いつも応援ありがとうございます。前回10月2日、知立から吉田までの続きです。2020年10月3日吉田の宿を5時に出ました。東惣門(縮小復元門)東八町歩道橋脇。吉田城下の江戸口番所があった。秋葉山常夜灯東八町歩道橋上から撮影吉田宿東海道五十三次34番目、京都から20番目の宿場。飯村一里塚跡、お江戸日本橋から73里。国道1号線と旧道、殿田橋交差点の三角地帯にあります。旧東海道二川宿東海道五十三次33番目、京都から21番目の宿場。名物かし
作業机に並ぶデザート色や仮組みのプラモがぱっと見キンバライト基地より発進した勇姿のように見え我々の意地を見よ!!なんて書きながら静岡に遊びに行ったお話を書くのであります(´-ω-`)静岡市浜松市舞阪近辺行ってきました^^旅の目的は海を愛で魚を愛で魚を食しねこ様も触ろうといういつもの行き当たりばったりとは違う下調べのうえの旅らしい紹介内容になったと思いますので気楽に見てやってくださいな^^時間に余裕をもって出発のはずが思い
東海道53次をロードバイク(自転車)で訪れる6回目です。今回は新居宿から浜松宿を紹介します。↓まずは新居宿です。まもなく新居の関所です。風情のある橋桁です。↓新居の関所に着きました。↓新居宿から東に進んで弁天島に着きました。今は橋で簡単に渡れますが、昔は浜名湖を船で渡らないと舞阪宿に行けませんでした。弁天島から東に橋を渡ると舞阪宿です。↓江戸時代は、ここで船に乗って新居宿に渡りました。↓この港をきたがんげと呼ぶそうです。↓一般の建物に挟まれた脇本陣です。舞阪宿の松並
この投稿をInstagramで見るYoshitakaUshijima(@yoshitakaushijima)がシェアした投稿-2020年Apr月3日pm7時16分PDT
10~11回目を飛ばしてますが、一旦、先週末の出来事を記録します。歩き初めに相応しい快晴。新幹線からですが、富士山が本当に美しくて…途中下車したくなりました。8:30頃、29番宿場の浜松をスタート。旧道も車通りが多く、歩いていて楽しいかと言えば、正直そうでもないのですが、こんな松並木があると、気分が上がります。ちょっとよく分からないのですが、浪小僧…浜松から11キロほどで、30番宿場の舞阪。東見付の石垣は両側にあったのに…気づかずスルー(失態)。お土産に海苔としらすを買い、残存
先々週は台風19号で100kmウォーキング大会参加を回避、先週はゴルフ合宿があったものの台風被害対応で中止。強烈な自然の無慈悲な力の前に、人間の無力さを痛感し続けた2週間。なんとも言えない空虚感とモヤモヤ感に、押し潰されそうに感じた数日間。いっそ被災地ボランティアも考えたけど、素人ボランティアが行っても邪魔なだけ。結局、土曜の始発電車で気分転換を兼ねた「東海道五十三次ウォーク」へ。前回撤収したJR磐田駅前から10時半、リスタート。気温も程よく、ペースもイイ感じ。け