お釈迦さまのような、悟りを開いたお方のご遺骨は在家者が来世で天界に生まれること、また人として幸せな状態で再生することなどを期待して拝すべきものであり、出家者は、その遺骨が功徳を齎す聖なる存在であるとしても、遺骨供養にかかわる必要はなく、自らのなすべき修行に専心すべきであること、そして、一般のお方、すなわち凡夫の遺骨には、輪廻を前提として考えるとすれば、何等も意味もない、と(初期の)インド仏教では考えられていたことは、私も薄々知ってはいました。(あらためて、佐々木閑先生のYouTube上でのご講義