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釈尊の目覚ましい布教を妬む者たちの、魔の画策が次々と…!釈尊は悟りを開いてから、その胸中の覚醒した内容を、語るべきか否かとしばらく悩みました。しかし、自分の出家の目的は、「生老病死の苦しみの根本原因を探り、それを解決せること」であるという原点に立ち返りました。そうした時、自分以外にもその苦しみを味わっている人々もいる。自分の悟ったことを語っていくことだ決意し、布教の旅を開始しまし。それ以来、瞬く間に釈尊の教義に賛同し、ともに行動をする人が増えていきました。市井の人びとはもとより、なか
「写経会」時間は、朝の10時~11時半です。※当日の日程・おつとめ礼讃文仏説阿弥陀経(2回目)私たちのちかい・法話(写経する部分)・写経(正信偈)・お茶とお菓子・恩徳讃今回は、『仏説阿弥陀経(ぶっせつあみだきょう)』の2回目です。『仏説阿弥陀経』とは、お釈迦さまがコーサラ国の祇園精舎において、1250人もの仏弟子たちを前に、阿弥陀仏について説法されたものです。今回は、たくさんおられる仏弟子たちのなかで最も代表的な方たちについてお話
仏法は、単なる哲学や瞑想の世界に閉じこもることではない…!釈尊は、出家の決心を固めて以来続けていた長い難行・苦行の修行をやめて、瞑想に入りました。その間には、何度も何度も、襲い来る己心の魔との激闘もありました。しかし、ある日の夜明け前に、己心の魔を打ち破り、ついに、「生命の法」を覚りを開くことができました。その喜びも、束の間、自分の覚知した「生命の法」を"説くべきか否か…?"との迷いが沸き起こりました。それは、今まで誰も聞いたことない法を覚知したゆえに、「誰にも理解してもらえ
舎利弗の役割正法輪を転ずる増谷文雄『阿含経典による仏教の根本聖典』より第五篇教誡説法第十章正法の嫡子――舎利弗のことども――(二)南伝相応部経典、八、六、舎利弗漢訳雑阿含経四五、一二一〇Cf.同『仏教百話』24)道と道ならぬを分ち説きて(分別)ここでは、サーリプッタ(舎利弗)についての記述を取り上げます。仏陀の高弟にサーリプッタ(舎利弗)という者があった。彼は数多い仏陀の弟子のなかの第一人者であった。そのことは、仏陀も弟子たちも、ひとしく認めるところであ
東京は上野にあります、東京藝術大学美術館東京藝術大学大学美術館TheUniversityArtMuseum,TokyoUniversityoftheArts東京藝術大学の大学美術館の公式ホームページです。museum.geidai.ac.jpへ行ってきました✨先週末まで、こちらでは、定例の展覧会である「藝大コレクション展2025名品リミックス!藝大コレクション展2025名品リミックス!|東京藝術大学大学美術館TheUniversityArtMuseu
一昨日9/28、Amazonロッカーを開けて、注文していた書籍を受け取りました。『舎利弗の物語―阿弥陀経の黙った主役』大窪康充著阿弥陀経を読むうえで参考になると思い、購入しました。ブックカバーをつけてもらいました。大切に読みます。
昨日、お釈迦さまの十大弟子について、お話しいたしました。参考図書は『雑学3分間シリーズ仏教』PHP,2005です。(ここでは、その六人までのご紹介です。)釈迦の弟子たちのなかには、さまざまな人物がいましたが、とりわけユニークな10人の弟子を十大弟子と読んでいます。彼らはそれぞれ得意なジャンルをもっており、それぞれ「〇〇第一」と呼ばれています。(補説)さとりを開かれたお釈迦さまが、初めての法輪を転じられたのは、難行・苦行を共にした五人の同行者(=五比丘)に対してであり、彼らもた
真実のよろこび-3学校で、教室で、あるいはその他いろいろな所で学ぶような普通の知識でありましたならば、誰が聞いても同じ理解をするのが当然であります。しかし文学的なことになりますと、人によって少しく味わい方、理解の仕方が違ってくることもあります。けれども、それでもだいたい共通した理解をもつことができると思うのでありますが、み仏のおことばを聞かせていただくということは、ただ単に知識として理解する「AがBである」という風な理解の仕方では、まだほんの入り口でしか
今は昔、天竺に提何(だいか)長者という人がありました。提何夫妻は年老いていましたが、子がありませんでした。提何は妻に語りました。「天上の世界、そして人間の世界では子がある人こそ富める人だ。子がない人はいたましい。私は年老いたというのに、子がない。樹神に祈ろう」祈りの甲斐あってか、妻は懐妊しました。長者はおおいに喜びました。長者のもとに、舎利弗(しゃりほつ、サーリプッタ)がやって来ました。長者は問いました。「妻の腹に宿ったのは、男か女か」舎利弗は答えました。「男です」これを聞くと長者はさらに喜んで
過去記事2015年阿弥陀経黙って聴きなさい舎利弗よそうのなのだよ舎利弗解るかい舎利弗よお釈迦さまの、弟子筆頭!智慧第一の舎利弗極めた筈の、お釈迦さまの教えをが、そのお釈迦さまによって覆される(@_@;)阿弥陀如来や極楽浄土を、既に知っている我々とは違い、智慧者の舎利弗には、驚愕の教えだった💦
全譯『大方広佛華嚴經』巻下(江部鴨村訳,昭和10年)626〜627頁そのとき尊者舎利弗(しゃりほつ)は仏の神力を承(う)けて、文殊師利童子が菩薩の荘厳を以ってみずから荘厳して、祇園林を去って南方に遊行せられるのを見て念(おも)うよう『自分も文殊師利菩薩について行こう』と。かくて尊者舎利弗は眷属の六千の比丘に囲繞(いにょう)せられながら自分の住処をでて仏のみもとに詣で、仏足を頂礼して辞去し、文殊師利のあとを追いました。かの六千の比丘は舎利弗と修行を同じくする弟子であって、出家して未だ久
我々日蓮正宗信徒は当然ながら毎日の朝夕に法華経の方便品と寿量品を読みます。なぜ方便品を読むのかしかしながら、長年の習慣のうちにその意義が忘れがちになってきます。なぜ方便品を読むのか。初信の頃、「所破・借文」と教わりました。私の生半可な理解では、「爾前迹門を破折し本門の教えとして借りる」という理解ですが、正確にはこちらをお読みください。私が改めて方便品の意味を知ろうと、経本や聖典を読みますと、お釈迦様が「舎利弗」と呼びかけるところがたびたび出てくることに気づきました。そうです。舎利弗
般若心経に出てくる「舎利子」が、人の名前だとご存知でしょうか?舎利子、とは、舎利弗とも言われますが「シャーリープトラ」という、智慧第一、と言われたお釈迦様の弟子のお名前。阿弥陀経では36回も、「舎利弗(しゃーりーほー)」と呼びかけられているとか!お釈迦様に代わって、説法をするほどで、「子どもが仏門に入りたい、と言ったら舎利弗のようになれ」と言われたほど。「舎利」とは、そもそも舎利弗のお母さんのお名前で、舎利弗とは、舎利の子ども、という意
維摩経第一章釈迦如来の国のこと娑婆世界の尊厳「あなたは尊者でありながら心に高低があって平らではなく、仏の智慧に依らずにいるゆえ、この国土が不浄に見えるにすぎない。」ー中略ー「私の仏国土(娑婆世界)は常にこのように浄らかです。けれども、劣った人々を救おうと願うゆえに、この国は衆悪が満ちて不浄であると見せているのです。」そういうことなんですね。私自身の心がすっかり浄められてないから世界が不浄に満ちて見えるのです。目覚めていない人たちを見下しているからわかってない人たちに満ちてい
Amazonで購入してはるばる日本から届いたこの本。後数ページで読了というところで心に響いた箇所をシェアします。維摩経第十二章無動仏を見る舎利弗は言った「未曽有のことです、ーこの人が清浄な国土を捨てて、この怒りや害の多いと処をねがってやってきたとは」維摩が言った「あなたはどうお考えですか。日の光が出てきたときに、暗闇と合するでしょうか」舎利弗が答えた「いいえ。日の光が出てきたときには、ただちに暗闇は消えてしまいます。」維摩が言った「そもそも太陽はなぜにこの大陸に現れるのですか
台風10号が猛威を振るっていて、台風が上陸していない場所でも、影響を受けて大雨が降っているようです。どうか皆さま、くれぐれもお気をつけくださいね。さて、昨日のブログの続きですが……深川不動尊の2Fの三面大黒天を参拝して、ふと横を見ると「施餓鬼供養(せがきくよう)」の短冊がおいてありました。さっき参加した護摩祈祷の後に、住職の方が話してくださった餓鬼道の法話を思い出しました。餓鬼道というのは、仏教の六道輪廻の世界において、下から二番目にあたる、すごく苦しい
2600年昔に…釈迦牟尼仏陀…として知られた転生の魂が…弟子(舎利子)に問われた内容…御師匠様!質問があります!…何でしょうか?(仏陀…誠に穏やかな方なのです…)👈何せ相手の心を読める上に…傍に居ると…何か幸せ💞な感じを与えるから…👈森の中🌳にて瞑想🧘♂️すれば…小鳥は仏陀の頭に巣を作り(一番安全な場所だからね)…鹿や兎や狸が集まり…👈しまいには、象(印度象)やら猫科の大型獣(本来は人間を襲い喰らいますよ)👈穏やかに集まり…仏陀の話を聞きたいから静かに待ってます(懐かしいなぁ…)
大悪を大善に!『(大事には小瑞なし、)大悪をこれば大善きたる、すでに大謗法・国にあり大正法必ずひろまるべし、各各なにをかなげかせ給うべき、迦葉尊者にあらずとも・まいをも・まいぬべし、舎利弗にあらねども・立つてをどりぬべし、上行菩薩の大地よりいで給いしには・をどりてこそいで給いしか、(普賢菩薩の来るには大地を六種にうごかせり)』(御書1300頁)と。ゆえに、どんな大悪が競い起ころうとも、断じて嘆(なげ)かない。決して怯(ひる)まない。南無妙法蓮華経という「歓喜の中の大歓喜」の音声を響
https://youtube.com/watch?v=AwienK8LBzE&si=plULGB7w8AFyokCp2024年2月座談会御書大悪大善御書大悪大善御書わかりやすい座談会御書2024年2月座談会御書アニメーション作成訪問座談会オンライン座談会御書講義目次0:00冒頭0:12背景と大意0:58御文1:37通解2:23「大悪」は「大善」の前兆2:48牧口先生の教え池田大作全集第129巻3:31「舞」迦葉・舎利弗・地涌の菩薩4:...youtube.co
【音声配信中】大白蓮華2月号の巻頭言、座談会拝読御書「大悪大善御書」2024年2月13日座談会に関連するコンテンツのご紹介をします。【音声】大白蓮華2月号の巻頭言青年と共に青年の心で!――池田大作先生の師弟の道を継ぐ音声は、こちらから。2月度座談会拝読御書「大悪大善御書」【拝読御文】大事には小瑞なし。大悪おこれば大善きたる。すでに、大謗法、国にあり。大正法、必ずひろまるべし。各々なにをかなげかせ給うべき。迦葉尊者にあらずとも、まいをもまいぬべし。舎利弗にあらねども、立って
https://www.sokayouth-media.jp/buddhism/2597206.html圧倒的な楽観主義2024年2月度座談会拝読御書「大悪大善御書」|sokayouthmedia2024年2月度座談会拝読御書「大悪大善御書」の解説。「大事には小瑞なし。大悪おこれば大善きたる。すでに、大謗法、国にあり。大正法、必ずひろまるべし。各々なにをかなげかせ給うべき。迦葉尊者にあらずとも、まいをもまいぬべし。舎利弗にあらねども、立っておどりぬべし。上行菩薩の大地よりいで給いし
永遠の生命を通じて私たちに呼びかけを続けるお釈迦様..............久遠の仏陀釈尊.............の声、それが「法華経」です。現代においてもこの経典の影響の大きさには計り知れないものがあります。妙法蓮華経の第三章の譬喩品をご説明します仏になりきれない阿羅漢....仏の世界に、ほど遠く欲に満ちた現代の我々は、阿羅漢にすらなりきれない◎仏の子とは舎利弗は、仏に言った。「私は今、世尊の言葉を聞いて、大変嬉しく感じました」と大いなる感謝の言葉を述べまし
永遠の生命を通じて私たちに呼びかけを続けるお釈迦様..............久遠の仏陀釈尊.............の声、それが「法華経」です。現代においてもこの経典の影響の大きさには計り知れないものがあります。妙法蓮華経の第三章の譬喩品をご説明します釈尊の二大弟子の一人智慧第一といわれたシャーリプトラ、別名を舎利弗または舎利子◎譬喩品(ひゆほん)の教え............一切衆生を救うための喩(たと)え"舎利弗(しゃりほつ)に告ぐ。われも亦(また)、
【御書本文】大悪をこれば大善きたる、すでに大謗法国にあり大正法必ずひろまるべし、各各なにをかなげかせ給うべき、迦葉尊者にあらずともまいをもまいぬべし、舎利弗にあらねども立つてをどりぬべし(大悪大善御書全1300新2145)【通解】大悪が起これば、大善が来る。すでに大謗法が国にある。大正法は必ず広まるであろう。わが門下たちよ、何を嘆かれることがあろうか。迦葉尊者でなくとも、舞を舞いたまえ。舎利弗でなくとも、立って踊りたまえ。上行菩薩は、大地から踊りながら出現されたではないか。
【御書本文】舎利弗だにも智慧にては仏にならず、況や我等衆生少分の法門を心得たりとも信心なくば仏にならんことおぼつかなし(新池御書全1443新2068)【通解】智慧第一の舎利弗も、ただこの経を受持して信心を強盛にして仏に成ったのであり、自分の智慧によっては仏に成らなかった。ましてや我ら衆生が少しばかりの法門を心得たといっても、信心がなければ仏に成ることはおぼつかない。
【御書本文】大智舎利弗も法華経には信を以て入る其の智分の力にはあらず況や自余の声聞をや(聖愚問答抄上全499新580)【通解】大智慧の舎利弗も、法華経には、信によって入ることができたのである。その智慧の力によってではない。まして、その他の声聞はいうまでもない。【先生の指導から】釈尊の多くの弟子たちのなかでも、「智慧第一」といわれた舎利弗。彼でさえ、「信」によって初めて法華経の妙理を会得したのである。「智慧の力」ではなく、「信心の力」で成仏したのである。学会は「信心」が根本であ
〈ロータスラウンジ〉第5回譬喩品第三2019年05月14日(火)テーマ:ロータスラウンジ――法華経への旅〈ロータスラウンジ〉第5回譬(ひ)喩(ゆ)品(ほん)第(だい)三(さん)「譬喩」とは――仏の慈(じ)悲(ひ)と智(ち)慧(え)の結(けっ)晶(しょう)その心は学会の実(じっ)践(せん)のなかに法華経について、皆(みな)で学び、深めよう――「ロータスラウンジ――法華経への旅」の第5回は、「譬(ひ)喩(ゆ)品(ほん)第(だい)三(さん)」です(。■大(たい)要(よ
釈尊はこのようにお話になって過去と現在とを結び付けられました。「その時阿難はカワウソであり、目連はジャッカル、舎利弗は猿であった。わたくしは実にうさぎであった」と。ジャータカについて卯年にちなんでジャータカより一編の物語を紹介しました。ジャータカとは本生話•前世譚などと訳されるお釈迦様の人生についての説話です。お釈迦様が入滅し、長い月日年月が経過すると共に、人々はお釈迦様を神聖視するようになります。お釈迦様として生まれる前には様々な生き物として生死を繰り返し、善行
バラモンに食を乞われて、猿は第3の歌を唱えました。よく熟したるマンゴーと冷たい水が我のもの。バラモンさまよ、遠慮なくこのマンゴーを召し上がれ。バラモンはマンゴーに手をつけずにうさぎの所へ行きました。バラモンに食を乞われて、ウサギは次のように言いました。「バラモン様どうか薪を集め火をおこして下さい。わたしは自分を捨てて火の中に飛び込みます。わたしの体が焼けましたら、わたしの肉を食べ、修行の道を完成させてください。」うさぎは第4の歌
月のうさぎ昔ヴァーラーナシーで(インド北部の都市)でブラフマダッタ王が国を治めていた時の事です。菩薩(お釈迦様の前世)はうさぎの体内に生まれ森に住んでいました。うさぎの他に猿とジャッカルとカワウソが一緒に暮らしていました。4匹は賢者として他の動物たちから尊敬されていました。ある時うさぎは他の3匹に言いました。「明日は斎戒の日(戒律を厳に守って善い行する日)です。あなたがたお三方とも斎戒を行ってください。規律を守って施しをすれば大きな果報があります。托鉢の人がやっ