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台灣人有用過錢算命嗎?我的台灣朋友是“沒必要算命。”這是浪費錢她用清晰的語氣說話(笑)我沒有去算命。反而我去做了脚底按摩♪自那以後每次去台灣,我都會去脚底按摩。我每兩天都會去一次脚底按摩因為我的旅程需要很多步行為了保持健康,我花錢有點奢侈台湾の子達はお金を払って占いを受ける事あるの?私の台湾人の友達は占いは必要ない、お金がもったいないとバッサリ(笑)私は占いの代わりに、足裏マッサージ行く事にした♪以来、台湾に行くと、足裏マッサージに行きます。
今年度に入り、ようやくコロナ禍明けて海外旅行が本格的に解禁しています✈️『アートナビゲーター:テツシ・ハヤカワ』さっそくアジア各地の美術館で見聞を広めに行ってまーす🎨海外編、その1️⃣(令和5年5月5日:臺北市立美術館)圓山駅から東側、広がる公園の先、幹線道路を渡った向こうにあります。徒歩10分ほど当日は7つもの展覧会が開催、どの企画も鑑賞だけでなく体験することもできる空間が広がっていました。見応えたっぷり[TaiwanFineArtMuseum,TFAM]-R
『頼母子講』は地域によって呼び名が違い、『無尽(むじん)』『模合(もあい・もやい)』も同じ意味です。頼母子講は主に西日本での呼び方で、東日本では無尽、沖縄では模合と呼ばれています。無尽は仏教由来の言葉です。無尽講のように、196カ国がずっと助け合い続けるならば了見の狭い私は、了見の狭い島国日本人の中では、比較的親中派ではありますが、それは何も、おかしな中国政府の思考に寛容的である意味は含まれません。意図的の極悪面構えのモノをチョイス単に政府
打撲の影響で足が腫れ上がって歩行が不自由な為、食事はと云うと、宿の路地を出た近所のおばちゃんが何時もたむろっている住宅街の通路を、おばちゃん達の好奇の目とひそひそ声の中を、足を引きずり毎食一番近いコンビニで、あれこれ賄っていたのである。コンビニでは、基本ビール・ツマミ等を購入する事があっても、台湾で食事関係を調達すると云う発想は、これまで一切なかった。理由は飲食店で戴いた方が“美味い”上に、同等の物が決定的に“安い”からである。ニュアンスは違うかもしれないが、台湾でのコンビ
■リノベーションされた“裏路地”に魅了されて!-(1/2)…つい、ポチってしまったエアチケット!■前回覗いたに過ぎなかった、リノベーションが進んだ“裏路地”の一部を、今回丹念に歩いてみた。現地には、私が思う事と同じように捉えて居られると、思える方々も沢山おいでに為るようで、思った以上に賑わっていた。今回はそんな街区の“路地”のレポートをお送りするが、その前に「林百貨」の裏手南西部に当たる、一寸気に為る建物の「永福國小学校」に付いて、お付き合い戴きたい。
■驚きである!“米酒(日本酒)”がこんなに美味いって!…つい、ポチってしまったエアチケット!■季節にも依ろうが、“温かい飲み物”が飲みたくとも昼間であれば珈琲等もあれど、夜とも為ればご当地では中々見当たらない!と、思うだろうが。…真剣に!驚くなかれ、手短なコンビニには“米酒(日本酒)”が普通に売られている。このように何が在れど、めげずに酒だけは嗅ぎ付けるという話!そうなのです!臺湾では「宝酒造の松竹梅」が、確か現地生産されている外、何社かの地元企業が“日本酒”
■なぁ~なんだよー!この冷え込み”たったまら~ん”!…つい、ポチってしまったエアチケット!■[ミャンマー][ハノイ][クーバ]でも経験した事ではあるが、北回帰線より南だと云うのに“ダウンジャケット”のモコモコだらけの[臺南]!一体全体どうなっているのだろうかと、首を傾げてしまう。今日は、たまにこういう事あるあると云う愚痴話である。だが、日本本土から来られた方々には、丁度心地よい気温のようなのだ。決して若くもない方も其れなりに薄着である。そう考えると、沖縄
■「地球の歩き方」の[臺灣]担当カメラマンと出会う!…つい、ポチってしまったエアチケット!■宿の主が不在時、70歳代と思われる飛び込みの客が寝床を求め遣って来た。後日談だが、宿の主に聞くと明言は避けたが、新刊掲載を条件に宿泊費用はたかりであったようだ!気温が低いせいもあろうかと思うのだが、共用のリビングで、泊り客の何人かが出掛けもせずたむろっていた。その飛び込んで来た、何となく胡散臭さを漂わせた初老の老人(72歳目黒在住)が、何とはなくその群れに溶け込んで
■好物となった!「水連菜or草」と云う野菜の脂炒め物!…つい、ポチってしまったエアチケット!■今回は前回と違って、宿泊者も少なく年齢も顔触れも千差万別で、共通点が少ないと思えた。だが旅は道連れ、一人の食事よりは連れがある方が何かと良いもんだ。気の回し過ぎだったかもしれないが、この様に考えるのは、私の様な年寄りだけではなかったようなのだ。当然であるが、何人かが纏まれば必然的に安く上がる。と云うことで、定番の日式居酒屋「中成52號」へと繰り出す事に為った。今
■日治時代生まれの、レトロな西洋風建築遺産群の列!…つい、ポチってしまったエアチケット■今回の日治時代の歴史遺産を訪ねての街は!今日は[臺南]の東方向にある小さな街[新化]を訪ねる事にして、「臺南火車站」前ロータリーにあるバス・ターミラルへ遣って来た。昨年晩春“マンゴー”を訪ねて向かった、[玉井]に向かう同じ路線で、[新化]までは本数は多く、そんなに距離も無く20分強(43元)と云う処か。[新化]を訪ねる目的は、日本統治時代の1920~30年代、日本国内
■やっぱり、惚れられた訳じゃなかったか!…当たり前だ!…つい、ポチってしまったエアチケット!■今回割合落ち着いていた定宿のベッドで並んだ、日本で出生し[マレーシア]国籍の臺北の大学への青年留学生が、麺の朝食を取りに行くと云うと、その私の馴染の朝食の“麺屋”に連れて行けと云う。“湯素麺(小35元)”の朝食は、定番になってしまった「鴨母寮市場」の“フードコート”の、“小母ちゃんの麺屋”である。この“フードコート”にはこの“麺屋”
■「春節」は、まだまだ終わった訳じゃないようなのだ!…ついポチってしまったエアチケット!■夜、何時ものようにふらりと街路地を徘徊していた処、偶然にも道幅一面に、一つ一つ願いが込められ表情が違う「吊るし灯篭」が、飾られた通り(300m位)に出くわした。実は初日の夜、路地を入った廟の前の日式居酒屋を確認した序でに、まだ20時と時間が早かったので、夜のほのかな灯りが射す路地から路地を、徘徊して居た時に、偶然にも出くわしたのである。「西門圓環」の先の「永樂市
■春節後の「元宵節」、この“奇祭”の為だけに遣って来る!…つい、ポチってしまったエアチケット!■前項の続きのような内容に為るが!この奇祭「鹽水蜂炮(イエンショイフォパウ)」だが、「元宵節」の深夜(正確には一日の始まりかもしれない)執り行われる。単に“ロケット花火”を四方の群衆に向かって、遠慮容赦なく打ち出すのだが、“ロケット花火”が体に当たれば当たるほど、「厄落とし」の効果があると言われている。その為、年々人気が高まって人出は何万となるらしい。その為、奇祭
■世界に二ヶ所にしかない!奇祭の“ロケット花火祭の地”!…ついポチってしまったエアチケット!■早速考えていた[臺南]近郊の街へ出かけてみた。[臺南]から北へ区間電車で40分弱、[嘉義]に近い[新営]と云う街から、ローカル・バスに乗り換え、[鹽水(イエンショイ)]と云う内陸部にある古き河港の街へである。何気に気に為って、朝食後区間電車に飛び乗り遣って来てしまった。昨日宿の置いてあったガイドブックの一つに、掲載されているのを目にしたからであ
■今回は、何時もの“便當”だ!”ビール”も忘れて為るか!…つい、ポチってしまったエアチケット!■「臺鉄桃園火車站」に付いてみると、珍しく直近の「自強号桃園⇒臺南(671元)」は満席、残念なことに一時間待ちとなった。理由は分からないが、「桃園火車站」からの乗車で初めての事だ。少しでも早く[臺南]に辿り着きたいのも事実だが、こんな事位でくじけはしないおっちゃんである。これ幸いと近代的な「桃園火車站」の裏口を覗いて見る事にした。階段を降り切ると、う~ん!見事になぁ~
■「春節」は終わったはずだが一体何なの?エアは満席だ!…つい、ポチってしまったエアチケット!■旅に出ていません!読者の皆さんは如何でしょう!手短な[臺灣]悪くないですよ。2023書き込みと、言うような前振りから、[臺南]旅の思い出記事が今回も続きます。お許し頂き今回も是非お付き合い下さいませ!「那覇空港」の端の端、貨物棟の「ピーチ」専用出国ゲートの手荷物チェックに、長々と列が出来ている。私のチャックイン手続きが何時もよりやや遅いせいか?今年の「春節」連休
■次回は、「臺南発祥」の地域を歩こうっと!…飽きもせず、また来て仕舞った[臺南]!■今回の[臺南]滞在のテーマは「裏路地を歩こう」であった。完全に嵌ってしまった。街区の割れ目と云うか隙間から、あらゆる生活の匂いが溢れ返っているのだが、思った以上に整えられていた。この様な“裏路地”を歩いてみると、止まらなくなってきそうなのだ。表通りがとことん“化粧した顔”だとするならば、裏路地には表通りと一つも二つも違った“素顔”の、生活の匂いで溢れている。今回は昼間の
■噂の、貴重な「阿里山珈琲豆」どうにか手に入れたくて!…飽きもせず、また来て仕舞った[臺南]!■今臺湾は、一種の“珈琲豆”ブームではなかろうか。意外であったのは、そもそも日治時代以降、臺湾山間部は“茶葉”の栽培が盛んで、中でも「紅茶」加工が主体であったらしい。一般的に云う“中国茶”の、臺湾で栽培が始まったのもそんなに古い事ではないらしいのだ。“珈琲豆”の栽培であるが、これも日本統治時代から栽培が始まったとの事。今回のミッションは、前回と打って変わってマンゴ
■今回の大発見!驚きの「田鰻」頂いちゃいました!…飽きもせず、また来て仕舞った[臺南]!■明日[臺南]を出ると云う夜、又、嬉しいお誘いを受ける事になった。今日も食い物話です。今回の企画は、日本で殆ど見かけないと云うか、居るのか居ないのかどんな物かも曖昧な「田鰻」を、食べたいと云う事のようだ。今回は、「哈木家」では珍しくもないおっちゃん達のアイドル、和歌山から来られた女性看護師さんの仕切りだ。この我らおっちゃんのアイドルで在った看護師さん、この後臺灣の男性を見初
■中々遣るもんだ!びっくりの「水餃子」「滷味」との出会!…飽きもせず、また来て仕舞った[臺南]!■私の在住している那覇の「栄町地区」は、那覇の中でも物価が割合安く生活がしやすい環境にある。その様な栄町には、全国的にも名を馳せた甲乙付けがたい「水餃子」を戴ける店が二軒ある。その為、中華圏である[臺湾]を訪れても触手が動かないのが、この「水餃子」なのである。端的に云わせて戴けるならば、「小龍包」は必ず口にしたいのだが、「水餃子」はどうでも良いのであ
■偶然とは言え、“早期退職者”がここまで集まれば!…飽きもせず、また来て仕舞った[臺南]!■今回の定宿「哈木家」、時節柄なのかなんだって言うの?リビングでのたっとたむろって居るのは、若手少なすぎない!…見事にムサイおっちゃんばっか!此方としても気を使わずに和めて良いのだが?若い人ばかりだと余計な気を遣う。エアコン温度下げるし!とは言っても人口密度的に云っても、男性率も高くおっちゃん率もこれまで経験しない比率で高い。宿泊の後半に入ってみると、50代以上の
■これだよ!のこれ「蝦飯」「雲吞麵」「割包」-(2/2)…飽きもせず、また来て仕舞った…[臺南]!■前項よりの続き二番手は左程珍しくもない「雲呑麺」である。この店の“雲呑”はプリプリで私のお気に入りである。この店はお宿「哈木家」から700m程行った、「国華街二段」の寂れ果てた「浅草青春新天地」横の、「西門市場」の建物の奥にある。店名は「福榮小吃点」、やや分かり辛い位置かもしれないが、市場の建物の表からの二本の通路の何方でも構わないので、突き当たるまで進むと真
■これだよ!のこれ「蝦飯」「雲呑麺」「割包!-(1/2)…飽きもせず、また来て仕舞った[臺南]!■昼飯時になると毎度のことながら、夕食までではないにしても悩む。だが、「臺南」では観光客目当ての店でない限り、どの店に飛び込んでも好き嫌いを別に、基本味に外れはそうそうは無い。一つの昼食の取り方としては、街角にある総菜が入れられたパレットが並ぶ「素食屋」で、自分好みの総菜をチョイスし、店内で食べても(大体の場合スープが無料)良いし、お持ち帰りでその辺りの公園で戴くのも
■街区の“裏路地”に必ずひそむ、庶民の拠り所“廟・宮”!…飽きもせず、また来て仕舞った[臺南]!■裏路地シリーズ-3[臺南]の中心市街区の隙間の様な亀裂の“裏路地”には、必ずと云って良い位、西の大陸の福建省の名残と云うか“道教”の名残の“廟・宮”等が、街区の住民に依って建立され守り神として祀られている。日本と同じで、神社的な一般庶民の拠り所的な役割を、担っているようなのだ。いやいやそれ以上かもしれない。時と場合に依っては、「占い」と云う手段によって人生を託す場
■整備され魅力ある“裏路地”を、ひたすら歩く!-(2/2)…飽きもせず、また来て仕舞った[臺南]!■前項よりの続き、おっちゃんの人生と同じで、表通りより裏路地が似合うというお話の続きです(決して裏稼業の人生では在りません)。これら個性あふれる店は、“裏路地”と云う環境を生かし、溶け込み、反発し、生存しようとしている様に思えて為らない。確かに全てが成功している訳ではなさそうだが、若者のこれからを表し得難い存在となっているように思えて為らない。このよう
■生活の温もりが漂う“裏路地”を、ひたすら歩く!-(1/2)…飽きもせず、また来て仕舞った[臺南]!■裏路地シリーズ-2今回の[臺南]滞在では、なにせ老街の「裏路地を歩こう!」をテーマに「哈木家」がある中心市街地の、街区内にあるありとあらゆる隙間の様な“裏路地”を徘徊してみようと、決めての訪臺である。この[臺南]でも、太平洋戦争末期の1945年3月1日、米軍による「林百貨店」の屋上の鳥居の笠木が吹っ飛ぶ程の、空襲での機銃被害を被ったとの事であった。現状の中
■いつもの“市場”で、「麵屋の小母ちゃん」に惚れられて!…飽きもせず、また来て仕舞った[臺南]!■今回は、おっちゃんのこうなったら良いなの、ありもしない単なる妄想的お話です。表題は無視しお付き合い下さいませ!何時もの癖と云うか慣習で、[臺南]に到着した翌日の朝「哈木家」から5~6分の処にある「鴨母寮市場」の“朝市”に、早速出かけてみた。ここ「鴨母寮市場」は建物の中にある生鮮三品の市場に加え、一般的に言う場外的な販売店に、路上には午前中だけ営業のそこそこ賑や
■やっぱり来てもぅた!“ビア・ガール”が出迎える居酒屋!…飽きもせず、また来て仕舞った[臺南]!■今日も夕暮れ時を迎え、落ち着きのなくなる時間が遣って来た。一人飯は毎回何処であっても、あれこれと悩む苦痛の時間であるのだが、嬉しい事に今回は違った。知人のK氏が居てくれる!二人と為れば、行ける店もグッと選択幅が広がりを見せる。とは云っても男同士、決して洒落た処を考える訳ではない、Tシャツ・短パンで行ける店が基本である。先ず初日は、旅友のさっぱりしたものと云う
■一体何なのだ?日が暮れども終わる気配がない!-(2/2)…飽きもせず、また来て仕舞った[臺南]!■前項よりの続き。各廟と云うか宮の集団は、殆どが統一されたユニホームで纏まっていた。年時なのか、毎回なのかは判らないが、これだけの費用どうしているのだろうか?寄進は儲かると云う事の証なのか!このおっちゃん他人様の余計な心配してどうするのだ!まさか、寄進でもしようと云うのかいな?街中の廊・宮の守り神“御本像”を信徒が担ぎ出し、派手な旗をなびかせ、
■一体何なのだ?「爆竹」が弾ける音で包まれた!-(1/2)…飽きもせず、また来ちゃった[臺南]!■朝から一体何なのだ!おちおち寝ても居られない!街の至る所で「爆竹」がたかれ、楽器が吹き鳴らされ、太鼓が叩かれ、街中が騒々しいを通リ越して喧し過ぎるのだ。沖縄の那覇以上に[臺南]では、ほぼ毎日空軍の戦闘機が訓練飛行で街の上空を遠慮会釈なく飛ぶ為、轟音が凄く会話も遮断去れる位なのだが。普段そこそこの高さの建物に囲まれている為、それ程騒がしくない「哈木家」である。