ブログ記事15件
SNSでは、誰もが自分を見せる。明るい自分。強い自分。成功している自分。人を癒やす自分。愛を語る自分。最初は、自分が仮面を使っている。でも反応が増え、ファンができ、売上が生まれると、その仮面を簡単には脱げなくなる。明るい人は、苦しい日にも笑う。怒りで伸びた人は、怒っていなくても誰かを斬る。成功者は、不安や失敗を隠す。癒やす人は、自分が疲れていても誰かを癒やす。やがて、順序が逆転する。最初は自分が仮面を使っていた。やがて、仮面が自分を使い始める。数字が、人格を侵食
「終末」って聞くと、世界が大変なことになる話…みたいに思いがち。でも最近、ぼくは逆に感じています。聖書って、外の未来を当てる本というより、**人の心と体の中で起きる変化を描いた“内側の地図”**なんじゃないか、って。たとえば、胸の痛みとか動悸とか、パニックみたいな感覚。もちろん体のことだから、強かったり長引くなら医療の確認は大前提。でも、原因がはっきりしない苦しさって、ただの不調というより、**古い自分が終わって、新しい自分が始まる前の「抵抗」**みたいに感じることがあ
お越しいただきありがとうございますあなたの今ここが整っていますようにONENESSのさらに奥へONENESSという概念と出会ったのが十数年前すべてがひとつであるこの感覚に憧れて導かれて体得できるまで歩んできた深まり手放し透過したことで炙り出されてきたのはONENESSに対する小さな違和感八百万和合源今世、日本人として生まれてきたからこその感覚を内へと問
お越しいただきありがとうございますあなたの今ここが整っていますように自我の死を受け入れる2025年11月1日LeiVILLAGEピラミッドハウスタントリックヒーリングEV”TantricLaboratory”開催(通称:タントラボ)『\タントラ×ピラミッド/』お越しいただきありがとうございますあなたの今ここが整っていますように振るえて融けるレイビレッジ×ピラミッド×タントリックヒーリング数年前…ameblo.
こんにちは、緒方瞬です。今日は、8月1日の「再始動記事」では語らなかった**“本当の理由”**を綴ります。当時、僕はサロンOKAGESAMAを立ち上げ、年商3,000万を達成し、安定した経営をしていました。表向きには「うまくいっている人」に見えていたと思います。でも、心の奥では、**確実に“死んでいっていた”**んです。僕は、ずっと逃げていた。怒り、悲しみ、羞恥心、無価値感、性の否定、そして自己否定――それらの“感じたくない感情”に触れないように、思考や行
これから究極は死ぬか(肉体の死)目覚めるか(自我の死)どちらかの時代なんじゃないか…二極化2.『2023/01/04(ある出来事12.・二極化2.・真っ新)』ある出来事がわたしの中では一旦一段落した『2022/12/21(ある出来事9.・大解放・統合(離婚の着地点)・ハートに辿り着く)』15(木)から始まったある…ameblo.jp二極化4.『2023/08/28(二極化4.)』ふと…ああ、もう目覚めている人や目覚めていく人としか縁が無いのかもな…と思った二極化
5日程前に、″抵抗できない・・・″と言う記事を書いたばかりですが、又、しばらくすると、徐々に抵抗してしまう自分を感じて来ます。今日は、再び、抵抗しない、力が抜ける自分が戻って来ています。この時、自分が純粋になっていることを感じています。何のことかと思われるかも知れませんが、これは、私にとって最も重要なことです。抵抗しないことで、自我は、その存在を失って行きます。これが、自我の消滅、自我の死なのだと感じています。少しづつ、少しづつですが、
〝埋もれない〟ということ『〝埋もれない〟ということ』まつやま絵画教室の松山先生によく今まで(有限の世界に)埋もれませんでしたねと言われわたしは埋もれなきゃと思ったこともあるし埋もれたこともありますがいつも何かの…ameblo.jp◆りん(息子)プロフィール『りん(息子)プロフィール』◆1999年2月24日三重県鈴鹿市生まれ(現在22歳)両親と4歳と2歳違いの二人の姉が暮らす家の第三子長男・凜(りん)として誕生受精日、性別、出生時の体重その…ameblo.jp
今迄も、適時、書いて来たことですが、しっかり理解しておいて欲しいことなので、改めて書いて置きます。非二元が、一番、嫌われる理由は、自我を捨てると言う教えです。自我は、自分を捨てることを、自我の死と捉え、恐怖を覚えます。でも、実際には、自我が無くなる訳ではありません。行為者の感覚は無くなりますが、自我の個人の感覚は残ります。それを、自我を捨てると呼んでいます。ですから、何も怖がる必要はありません。それに、もし、自我の感覚が完全に無くなったとしても、
本来、人は苦悩するようにはできていないのです。苦悩はないので、癒しも救いも喜びも楽しみも新たに求めるずとも生きていけるのです。しかし、なぜ、「人々は、苦しみ悩み多き人生を生きている」と感じているのでしょうか?それは、本来の自分の有り様、出来栄えに気づくことなく人間的思考によるところの生き様しか相手にしていないからなのです。ある時、根源的なるとことんの苦しみに支配され切った私は、激しい絶望感に苛まれいよいよ進退窮まる崖っぷちに立ちさぁ、飛び込むか、或いは
人は圧倒的な体験をすると世界が変わる。世界をとらえる目がかわる。そんな圧倒的な体験をした。生きていて、こんな経験ができるのは感謝でしかない。私が観じていた世界。その確信。記憶の確認私の世界は誰かの記憶という感覚全ての記憶、記録が私の中にあるということ。死の側から生をみる全てを含んでいる感覚私は私でないということ。でも私であるということ。この、現実がなんと幻想で現実を作っているのは、私が作った抵抗という壁で実はそんなものなかった。そこにある私の心には何も、なかった。
こんばんわ~~三日月の頃ですね~~みなさんの新しさはじりじりと、どんな風に育っていますかぁ?な~んて投げかけた、わたしの新しさは・・・紫色かな。(なんとなく、ふとおもった)https://www.pinterest.jp/pin/313563192782383367/やっとみつけたやさしいやさしい穏やかなスペース大切に育てていきたいなhttps://www.pinterest.jp/pin/76800454270356716
自我は、自分自身が死ぬことを怖れます。肉体の身体を、自分だと認識している自我は、肉体の死が、自分の死だと錯覚し、感じているからです。又、死とは、無に帰することだという観念もあります。自分が、無くなってしまうという観念、感覚です。ですから、自我は自分を捨てること、自分が死ぬことを怖れます。でも、それらは、全て、自我自身が想像している観念でしかありません。今の私にとって、自我を捨てることは、何も怖いことではありません。自我の死というものも、本当は無い
セッションを受けてくださる方は、色んな悩みや葛藤をお持ちですが、最近は特に多くの方が「葛藤ゆえの輝き」を放っておられるのを強く感じます。表面上は、悩み、苦しまれているのですが、その方の魂は本当に、その体験でしか得られなかったであろう輝きや美しさに満ちていて、「本当に完璧なプロセスを歩まれてきたのだなぁ」とひたすら感動する瞬間が多々あります。3次元的には、何かができること、成果が上がること、結果を出せることが重視されます。もちろんそれらの目標や目的に向かって進むことはすばらしいことで
今日も昨日の阿部さんのブログから。よく「人は死なない」などと言われることがある。昨日の阿部さんのブログはそんな内容だったので、コメントをつけたくなった。阿部さんのブログは青字、私のコメントは黒字。生まれもしないし、死ぬこともない【般若心経のなかの言葉:不生不滅】これが死についての見解です。言葉
Death「死」大きな手放しがあるでしょう。ここに来るまで自分と向き合うことをやってきた人はそれほどではありませんが、これまで自分と向き合うことを避けていた人には強烈に感じるでしょう。けれど起こることは恐ろしいことではありません。全ては「自分を知るため」のことです。これからは、幻想に囚われた自分を脱ぎ、リアルな自分に近づいていきます。執着を手放すというのは、死んで肉体を脱ぐことと似ています。新しい人生を生きるのに、古い価値観を持ったままでは、本当の意味での新しい人生にはなりません
Death「死」「死」です。これは、自我の死です。これまで自我によって執着していたことは、すでに終わっています。実感はないかもしれませんが、あなたの内側で「終わり」を迎えたものがあります。あなたは、軽やかに楽にそれを受け入れています。まるで、ゲームの1ステージをクリアしたように。ゲームを終えて、少しわびしさや虚無感があるかもしれませんが、終わったことにはもう執着しないと決めましょう。エネルギーは過去にではなく、これから先の未来に対し