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海陸に乱立する風力発電の巨大な風車たちを掻い潜り、男鹿半島は脇本城に登りました。車を国道脇に止めて、登り始めたのですが、意外に山城で、途中の資料小屋には主人はおらず。まばらに登城する人の誰もが熊鈴を携帯しているのでした。そんなにクマが出るのか〜何も注意書きないのになあ〜とヒヤヒヤしながら丸腰のまま曲輪をうろうろしたのでした。熊を防御するにはさすがの歴史ある城廓も無力なのか〜とか思いながら、冷や汗か高気温に反応した発汗なのかわからない汗をダラダラとかきながら下城したので
先月50歳を迎えたアタクシ。。デコ面積は拡張の一途を辿るも有難いことにハゲ領域には至らずせめて定年までの毛量維持を嘆願すべくナマハゲ様巡礼の旅へ百選巡り呪縛から解き放たれ未訪の男鹿半島一帯巡りの軌跡やでぇプロローグ前日羽田14:50発JAL165便で秋田入り久保田城跡(千秋公園)散策し夜は由実さん37年ぶりの秋田ライブへWアンコ『晩夏』泣けたわぁ(;∀;)脇本城跡旅は2日目。。。男鹿半島付け根の続100名城からスタート2018年9月
TOP-名所・旧跡-秋田県-男鹿市-脇本城「続日本100名城」めぐりで秋田県男鹿市の脇本城を訪れた。城名脇本城(わきもとじょう)秋田県男鹿市脇本脇本七沢外Google地図緯度,経度39.901819,139.888702別名城郭構造階郭式山城天守構造建造されず築城年代元弘4年(1334年)頃?築城主鎌倉幕府側勢力?、(主な改修者)安東愛季主要城主安東氏廃城年天正18年(1590年)?遺構曲輪・土塁・空堀再建造物登城日2026年
⭐️脇本城(秋田県男鹿市)内館南側☆全城制覇まであと17‼︎
前回↓の続きです。『秋田の旅2025③秋田城跡散策♪』2025.8秋田旅2日目☆1日目②『秋田の旅2025②秋田の夜♪』前回↓の続きです。『秋田の旅2025①出発〜♪』2025.8.14(木)〜3泊4日で秋田へ行…ameblo.jp道の駅あきた港→男鹿へ移動。男鹿のナマハゲ☆男鹿市の入口に、2体の大きななまはげ像が立っています。巨大です‼︎記念にパチリ♪記念撮影を楽しんでから、少し移動。脇本城跡☆続日本100名城に選ばれています。案内所に向かいます。中世へのかけ橋(古道階段
8月上旬旦那と私と末っ子の3人で東北ドライブ旅へ行ってきました道の駅おがの次に向かったのは脇本城跡毎日のように県内で熊情報が出ているようで散策はせず怖くてスタンプのみにしました車はこの神社あたりに止めましたもう少し奥まで車で行けるのにこれ以上は却下と旦那に言われ末っ子と2人で熊ずず鳴らしながら会話をしながら怖々と少し先の案内所まで歩きましたここにスタンプありスタンプ逆さに押しちゃった〜と下にもう一つ押していました
2025.05.06訪問2日前のブログで「続100名城達成しました!」と記載しましたが、まだその前が書けていないので、<100/続100>の記事はしばらく先になります。もうしばらく、5月訪れたお城のBlogにお付き合いください。話は5月6日の途中になっていたが、秋田城を見学後、タクシーで土崎駅に。9:33発の男鹿行きに乗って脇本駅まで。男鹿半島と言えば“なまはげ”列車もそれっぽいのに乗る。脇本駅から脇本城は徒歩40分弱。歩くかぁ。その時、駅の駐車場を見るとタクシーが1台。
▲脇本城跡秋田県男鹿市脇本脇本字七沢外続日本100名城秋田県男鹿半島の付け根にある脇本城跡山城に登って来ました昨年は2回今年は1回脇本城跡は安東氏の一族安東愛季(ちかすえ)が安土桃山時代の天正5年(1577年)に大規模な修復を行って居城とした城であるといわれています▲菅原神社第一鳥居▲トリカブトがあった▲菅原神社第二鳥居▲牛🐃▲細葉の椿(男鹿市指定天然記念)▲日本海マイカーは中腹の案内所まで行けますが私達は下から登ります標高100mですが案内所
マイホームを建てるには、土地選びがとてつもなく肝心です。脇本城跡·〒010-0342秋田県男鹿市脇本脇本七沢外★★★★☆·城maps.app.goo.gl土地の形や日当たりにとどまらず、職場や商業施設へのアクセスの利便性、周囲の治安や風水害のリスクなど色々と挙げだすとキリがありません。土地は有限の資源ですので、人気のある物件は当然競争率が高くなり、値段も跳ね上がります。札束で頬を叩いてでも、お金があれば良い土地は欲しいもの。きっと堤康次郎だって、そう言います(妄想
東北の旅の続き。この日、3つめのお城。この旅は無計画にその場、その場で進む方向を決める行き当たりばっ旅。カーナビアプリで所要時間を見たら行けそうだと行って見ました。お城の事前調べもなし。この旅ではじめて海を見ました。海が見えるお城も初めて。急坂を登る山城で躊躇したけど行って見たら牧草地帯のような気持ちがいいところでした。5月5日撮影
2024.4.27ランチを新よしさんで食べた後に秋田城跡に行きました。町中のお城なので、坂がなくて良かった!町中なのですが、熊注意の看板が!去年は結構熊出ましたよね…次に男鹿半島に向かいました。先ず向かったのは、秋田県のウユニ塩湖と言われている鵜ノ崎海岸に!素敵な写真を撮りたくて!満潮時間を調べて、、満潮時間内の午後3時頃到着!でもこの日は曇り空。曇り空というか晴れているけど青空が見えなくて…普通の海の写真なのです…↑ちょっと丸石が海面に写ってる?夫はこの場所をなんか不
【8/144日目③】く~!結局、一年前のソロ夏旅のコースを辿ってるよ(笑まあ、「ソロ活動=家族活動の下見」の位置づけでもあるから、それはそれでOKなんだけどね。やっぱり、一度来てみて良かった場所だから家族を連れてくるのであって、良くなかったら連れてこないからね。『続日本100名城の脇本城!』【9/174日目⑤】さてさて、お次は海辺に出て…続日本100名城の脇本城へ街道脇にこんな入口がありました。この鳥居をくぐって、階段を先へ進むと…こん…ameblo.jp
3月13日、朝の秋田駅JR男鹿線(通称:男鹿なまはげライン)で出発車両の行先にも「なまはげ」と表示されています車体にもなまはげ秋田駅を出てからは、家、木々、草と、同じような景色が続く八郎潟と海を繋ぐ太い水路を渡る八郎潟を過ぎると、家が減って来た終点の2つ手前、脇本駅続日本100名城の1つである脇本城への最寄り駅この山の向こう側に脇本城があります。戦国時代まで使われた城で、土塁、空堀などの遺構がよく残っているらしい。規模が大きく眺望も良好で、評判の良い
名称:脇本城城郭:階郭式山城築城年:1334年築城主:鎌倉幕府側勢力か改修者:安東季愛主要城主:安東氏所在地:男鹿市脇本脇本字七沢外指定文化財:国史跡続日本100名城
幹線道路から細〜っい道を登ったところに無人案内所がありました資料・パンフレットなどが置かれていますが熊出没注意の文字・・・に怯えながら熊鈴を鳴らしながらキョロキョロ振り返りながら登っていたらこちらからも洋上風力発電機がみえました小高い山の頂に位置する脇本城
昨日からパパと5泊6日で秋田・青森・函館・八戸・盛岡を巡るお城旅🏯へ7、8月は暑いのでお休みだったから久しぶりの城旅羽田空港からANAで秋田空港へ朝食に購入パパはお稲荷さん&太巻き、私はヨシカミ・ロースカツサンド秋田空港到着後レンタカーで出発久保田城🏯佐竹義堯公像こちらは天守ではなく櫓に展望室を加えて再建したとの事ですババヘラアイスかわいいサッパリしてて美味しかったです秋田城🏯復元ですがこの時代に水洗トイレがあったみたいです🚽なまはげ脇本城🏯下の駐車場に車停めたら、
東北続・名城登城と胸ときめく感動絶景を記憶する11日間ドライブ⑨こんにちは東北11日間ドライブの3日目になります。まずは、宿泊先のホテルから県道から国道101号を北上。男鹿市に入り、わかりにくかったが国道からの狭い脇道をすこし上ったところの数台しか停められない空地の駐車場に到着しました。国道から脇道に入るところに、大きな「脇本城跡」碑があり、その横に車一台がやっと通れる上り脇道があります。脇本城ののぼりや脇本城跡説明板もあるので、上がって
5/17(水)~18(木)にかけて、「青森・秋田のお城巡りの旅」に出かけました。2日目の午前中に「檜山城」を登城した後の2城目(通算3城目)は、続日本100名城に指定されている「脇本城」(秋田県男鹿市)に向かいました。「八郎潟跡」の東側と「日本海」の間を通る道を南下して約1時間のドライブでしたが、進行方向に向かって左側の「八郎潟」を開拓した田園風景は、そこが嘗て日本で2番目の面積を誇る「湖」であったことが全く分からない情景でした。快調に走っていくと、風力発電の3枚羽の大きな風車が見え
【9/174日目⑤】さてさて、お次は海辺に出て…続日本100名城の脇本城へ街道脇にこんな入口がありました。この鳥居をくぐって、階段を先へ進むと…こんな感じの道になりました。先行者も居らず、後ろから来る人もいない。ということは…自分一人きり。でも、ズンズン先へ進んでいくと…急に目の前が開ける。こんな感じの高台というか…いい感じでしょ!?別角度からみても、ほんと、いい感じの場所なんですよ。でもね。城として考えた時に、この眺望って…海から攻
日本海男鹿半島の付け根の丘陵に築かれた脇本城戦国期に安東愛季がここを本拠としました広大な丘陵の地形を活かした縄張りで石垣はありませんそれでも東北最大級の城跡は見応え充分空堀、土塁、井戸、郭跡などがはっきりと伺い知ることができますそして何より素晴らしいのが日本海の眺望麓の駐車場から結構な坂を登った先に絶景が控えていますこれがあるから城跡巡りが止められない(笑)
秋田の旅2022秋Part4秋田県でも名城100選・続名城100選スタンプラリーやっていきますよー!男鹿半島には続名城100選に選出された脇本城跡があります。また山道を歩くパターン(笑)しばらく歩いて着きました!といっても、城跡だし観光地化してないので、丘?が見えるだけです。脇本城はの由緒はこちら。続名城100選スタンプはこちら!この旅で秋田コンプリートするぞー!
Tetsu龍でございます。今年も暮れていきます。コロナも3年経っちゃいましたねぇ。あとどのくらい続くのかしら……???さて、今年の登城BEST3位は秋田脇本城今回、直前まで行くかどうか迷っていたお城、行って良かった。日本海の荒海が印象的でした。2位滋賀小谷城滋賀は色々な種類のお城があって、面白い。小谷城は、でかい山城です。12年ぶりの登城は結構こたえました。そして、本年の1位は兵庫竹田城兵庫と滋賀はお城の双璧その中でも竹田城はとにかく美しい。
Tetsu龍でございます。森林資料館にも別れを告げて秋田に戻ります。が、予定より早く五城目をクリアー出来たので、行くかどうしようか迷っていた男鹿半島へ!泣く子はいねかぁ!なまはげちゃんや!少し行くと続100名城脇本城です。案内所があって、スタンプはそこにあるらしいので、何処やろと思いつつ登城。細い林道を登ってゆくと駐車場がこれが案内所ね!無人でした。ただ、なんなら24時間スタンプが押せるのは嬉しい。城跡は広大で、現在見学できるところは内館と呼ばれる部分や
Tetsu龍でございます。寒くなる、寒くなると言われてるのに、一向に寒くならない今年の冬です。さて、今年多分……最後の遠征が終了しました。掠めたことはあったけど、実際に行くのは初めて。秋田県でございます。取りあえず初見と云うことで、興味のあるところを回ってみました。ぼちぼち、レポ上げていきます。
訪問する度にその壮大なパノラマに圧倒される脇本城ですが、3回目の訪城となった2022年もまた感動しきりとなりました。今回初めて「馬乗り場」地区にも足を伸ばしたのですが、「徒歩15分」の表示は案外ウソではなく、それなりの起伏を伴いながらしっかり15分かかりました。初めから15分かかると見ていればそれほどでもないのだろうと思いますが、どうしても「同じ脇本城の中なので、それほどの距離はないだろう」との先入観が勝ってしまうのでしょう。現地では「遠いなー」「なかなか着かないなー」という印象が強く残りました
城をめぐります。有名無名関係なく、興味があるところならどこへでも!今回のルート:脇本駅-菅原神社-史跡脇本城跡案内所-内館-馬乗り場今回は脇本城をめぐります。スタートは脇本駅です。ここから徒歩30分で登城口に到着します。なお駅舎は北西にある寒風山をイメージして造られています。登城口。入口の案内図を見ておきましょう。下段中央が現在地、赤い線で描いてあるのが「天下道(てんがみち)」です。天下道は秋田方面と男鹿半島を結ぶ、かつての幹線道路でした。南の端は生鼻崎
前回の続きです。5年前UPした千早赤坂村の棚田と彼岸花を追加しました。『彼岸花と棚田の風景2日本棚田百選の千早赤阪村棚田の風景』今日は日本棚田百選の千早赤阪村棚田風景写真です。棚田に彼岸花は少ないのですが、棚田の秋の稲穂の黄金色がきれいでした。この日は天候も良く青空でしたのできれいな写…ameblo.jp今回は城主館跡から菅原神社までで、最終回です。下図⑱から⑲方向です。下図の城主館跡⑱から天下道⑲に降ります。上が北です。城主館跡⑱から天下道⑲への坂道
前回の続きです。今回は主郭城主館跡です。下図⑯から⑰方向です。土塁の上を歩いて、大土塁を越えて城主館跡に行きます。白いプラカードのある所が、土塁の登り口です。上が北です。大土塁を上がった、上図⑪付近から登ってきた土塁です。昔は竹藪がなかったそうです。館神堂跡です。館の守り神が置かれていた所です。昔は背後の竹藪がなかったそうです。主郭全体の想像図です。⑰の土塁上から土塁の北側です。カメラを右に回すと大土塁の高さはここで約6mです。
前回の続きです。今回は黄金の茶釜の伝説までです。天下道を横切り主郭へ行きます。下図⑮付近から⑯方向です。男山と家臣屋敷跡から天下道を越えて主郭部に行きます。上が北です。天下道を横切ります。山桜が咲いていました。横切ると左側に馬乗り場へ行く虎口があります。空堀です。この先を右に曲がり、坂を登ると主郭部です。⑯の所に行くと主郭部の⑯付近から見た、歩いて来た空堀方向です。主郭のへりは盛土をして、曲輪を広くしています。盛土
前回の続きです。今回は最南端曲輪から西側曲輪へです。下図⑪から⑤方向です。西側を通りながら⑤付近の⑮に戻ります。上が北西側土塁上に行きます。西側土塁の上にあがります。土塁上から西側の風景です。男鹿半島の西側が見えます。道路の先には男鹿市があります。案内板です。カメラを少し左に回した風景です。西側の土塁上には板塀がありました。土塁の内側は家臣屋敷跡です。西側土塁上から発掘された塀跡です。発掘時の西側土塁写真上図曲輪2